急性期脳卒中患者にリハビリと鍼を併用した観察研究

松浦悠人、建部陽嗣

脳卒中患者への鍼灸治療研究が増えてきた

 脳卒中は、脳の血管が破れたり(脳出血、くも膜下出血)、詰まったり(脳梗塞、一過性脳虚血発作)することによって脳の働きに障害が起こる疾患である。脳卒中を発症すると、高次脳機能障害、構音障害、運動障害、感覚障害、自律神経障害、精神症状など多種多様な症状がみられる。さらに、寝たきりの状態が続くと筋萎縮や骨粗しょう症、認知症の進行などの「廃用症候群」をきたし、より複雑な症状を呈する。

 かつては脳卒中が日本人の死因第1位であったが、薬物の開発や医療技術の進歩により患者数は減少傾向にある。しかし、脳卒中を発症すると後遺症や合併症によって要介護状態となる可能性もあるため、一命をとりとめた患者の生活の質(QOL)を保つことが大切である。
 その方法のひとつがリハビリテーションである。

 脳卒中リハビリテーションは、①廃用症候群の予防とセルフケアの早期自立を目指す急性期、②日常生活に必要な動作や機能回復を目指す回復期、③回復期に取り戻した機能を保つ維持期、の3つに分けることができる。脳卒中発症によって失われた生活に必要な能力を取り戻すために、発症後早期からリハビリテーションが行われている。

 世界に目を向けると、鍼灸治療も脳卒中患者に広く用いられている。脳卒中モデル動物による実験では、鍼刺激によって神経障害と脳浮腫の改善、神経新生の促進が確認されている[1]。さらに、合併症のひとつである肩手症候群へのリハビリテーションに鍼灸を併用すると、痛みの軽減や日常生活動作の改善に効果的であることが示された[2]。

Fuらが脳卒中患者100人の臨床データを解析

 このように、脳卒中患者への鍼灸治療は、脳の神経機能を回復させるとともに、症状の軽減に成功していることが数多く報告されている。つまり、リハビリテーションと鍼灸治療とを組み合わせることで、より大きな効果が期待できる可能性がある。しかし、現在までのところ、神経機能や予後の改善に対するリハビリテーションと鍼灸治療の併用効果に関する研究はまだ少ない。

 そんななか、2022年2月に武漢市中医医院のFuらは「Effect of Acupuncture and Rehabilitation Therapy on the Recovery of Neurological Function and Prognosis of Stroke Patients(脳卒中患者の神経機能回復と予後に対する鍼灸治療とリハビリテーションの効果)」を発表した(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8888046/)[3]。

 Fuらの研究は、カルテに残された臨床情報を分析する観察研究である。すでにある情報を過去に遡って利用するため「後ろ向き観察研究」と呼ばれる。脳卒中リハビリテーションに鍼灸治療を併用することによる効果の検証を目的として、2019年1月~2021年7月までに来院した100人の脳卒中患者を、その治療履歴から「リハビリテーションと鍼灸治療を併用したグループ(鍼灸併用群)52例」と「リハビリテーションのみのグループ(リハのみ群)48例」に分け、2群の神経機能や予後を比較した。

 対象患者は、MRIまたは頭部CTにより脳卒中と診断され、発症から7日以内でバイタルサインが安定した55〜75歳の患者で、研究への参加に同意した者が組み入れられた。
 一方、意識障害のある者、重度の外傷のある者、悪性腫瘍のある者、肝臓や腎臓などの脳以外の臓器に損傷のある者、鍼灸治療中に失神する可能性のある者は対象外とされた。

リハビリメニューと鍼灸併用群に用いた経穴、評価項目

 鍼灸併用群とリハのみ群は、どちらも脳卒中への標準的な治療とリハビリテーションを受けた。リハビリテーションは、発症から48時間後の時点で、意識鮮明でバイタルサインが安定しており、神経障害の進行・悪化がみられない場合に開始された。実際に行われたリハビリテーションは、単純な動作から複雑な動作へ変換、徐々に運動量を増加、受動的から能動的なトレーニングといったように改善のレベルに合わせて変化させた。具体的には、(1)良肢位の保持、(2)関節運動トレーニング、(3)体位変換、(4)バランストレーニング、(5)嚥下機能訓練が行われた。四肢機能については、1日1回30分間のトレーニングが1カ月間実施された。

 鍼灸併用群の患者は上記のリハビリテーションに加えて、鍼灸治療が行われた。使用経穴は症状別に選択され、片麻痺には、肩髃、合谷、環跳、手三里、陽陵泉、足三里、太衝、腎兪、大椎、十二井穴、委中、外関など、構音障害には、瘂門、廉泉、通里など、口の歪みには、頬車、太衝、水溝、合谷などの経穴が用いられた。

 また、患者の手足に単収縮や響きを感じさせるために、雀啄術が行われた。他のツボは、補瀉の方法に則り操作され、両側の経穴に3cm以内の深度で刺鍼された。刺鍼後、25〜30分間置鍼された。鍼灸治療の頻度は、1日1回×7日間を1コースとして合計4コース(=28日間)行われた。

 主要評価項目は、治療後の神経学的スコアの変化が81%以上を「とても有効」、36~80%を「有効」、35%以下を「効果がない」とした。治療前後の神経障害の評価には急性の脳卒中患者の神経障害の評価に最も使用されている米国国立衛生研究所脳卒中スケール(The National Institutes of Health Stroke Scale: NIHSS)という尺度が用いられた。

鍼の併用で運動機能や嚥下機能、気分状態も改善

 結果は、鍼灸併用群では「とても有効」30例(57.69%)、「有効」20例(38.46%)、「効果がない」2例(3.85%)、全体の奏効率は50例(96.15%)であった。一方、リハのみ群では「とても有効」22例(45.83%)、「有効」16例(33.33%)、「効果がない」10例(20.83%)、全体の奏効率は38例(79.17%)であり、鍼灸治療を併用していた鍼灸併用群の方が高い奏効率が得られた(図1)。

 また、NHISSの点数でも、治療前には鍼灸併用群22.16±2.7点、リハのみ群22.44±2.95点で2群に差はなかったが、治療後には鍼灸併用群11.24±1.12点、リハのみ群17.19±1.23点となり鍼灸併用群で統計的に有意な症状の減少がみられた。

 その他の指標として、血漿中のコルチゾールやニューロペプチドY、運動機能の評価にFMAスケール、ADLの評価にバーセルインデックス、バランス能力の評価にバーグバランススケール(Berg Balance Scale:BBS)、嚥下機能の評価にM.D.アンダーソンがんセンター版症状評価票(MD Anderson Dysphagia Inventory:MDADI)、気分状態の評価に自己評価式抑うつ性尺度(Self-rating Depression Scale:SDS)と自己評価尺度(Self-rating Anxiety Scale:SAS)、QOLの評価にWHO Quality of Life 100(WHOQOL-100)スケールが用いられ、すべての項目において観察グループで治療後でのポジティブな結果が得られた(図2)。

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  このように、急性期脳卒中リハビリテーションに鍼灸治療を併用することは、リハビリテーション単独よりも神経機能の改善に優れており、さらに運動機能や嚥下機能、ネガティブな気分状態、ADL、QOLの改善にも効果的であった。Fuらは、脳卒中患者への鍼灸刺激による効果には、リフレッシュと機能回復、腫脹の軽減とうっ血の除去、筋肉と側副路の弛緩、フリーラジカル生成の抑制、脳浮腫の軽減、炎症反応の抑制、興奮性アミノ酸の放出の減少などが機序として考えられると述べている。

 また、鍼灸を併用した鍼灸併用群では、客観的な指標である血漿中コルチゾールとニューロペプチドYの減少もみられた。血漿コルチゾール濃度の上昇
は、脳出血などの疾患が生じる可能性が高いことを示している。ニューロペプチドYは、血中での濃度が上昇すると血管収縮を引き起こし、脳の血流を減少させることで脳卒中症状の悪化につながる。Fuらの研究では、血漿中コルチゾールとニューロペプチドYが減少しており、この結果も鍼灸治療の効果を客観的に裏付けるものである。

観察研究からランダム化比較試験への発展が待たれる

 以上がFuらの研究の結果である。脳卒中発症後のリハビリテーションは、患者の神経機能の回復や生活の自立、QOLを保つためにも非常に重要である。Fuらの研究は、脳卒中リハビリテーション単独よりも鍼灸治療を併用することで脳卒中患者の神経障害と関連する多くの症状の改善に効果的であることを示した。この結果は、脳卒中患者に関わる多くの鍼灸師の手応えを形にした、臨床的に価値のある論文ではないだろうか。

しかし、本研究結果をそのまま鵜呑みにして解釈しないよう注意が必要である。

 筆者がそう考える理由にはふたつある。

 ひとつは、統計手法の問題である。今回は「輪切り検定」と呼ばれる統計的に有意差の出やすい方法で統計解析が行われている。そのため、統計学的な有意差のみで効果を判断していけない。

 もうひとつは、今回の研究はあくまで観察研究だということである。観察研究で治療効果を検証するにはいくつかの注意点がある。治療効果を比較するためには、比較する2群の背景が同じでなければならない。これは、「片方の群に重症者が偏ってしまった」といった比較に影響する要因をなくすためである。2群の背景を均等にできる方法がランダム化比較試験であり、治療の有効性を評価するのに最も適した研究デザインであることは間違いない。つまり、今回のFuらの観察研究では、鍼灸の受療経験の有無でグループ分けしているため、両群の背景が異なっているかもしれないのだ。そのため、どちらかのグループの効果が過大評価、あるいは過小評価されている可能性を念頭に置いて結果を解釈する必要がある。

 とはいうものの、観察研究の結果が全く信頼できないというわけではない。実際の臨床データを用いたいわゆる「リアルワールド」なデータであり、今後の比較試験につながる貴重な研究である。臨床データを測定し、記録しておくことで今回のような臨床研究を行うことが可能である。Fuらの研究は、日々の臨床のなかでの測定の重要性を再確認させるものだといえるだろう。

【参考文献】
1.Lu L, et al. Acupuncture for neurogenesis in experimental ischemic stroke: a systematic review and meta-analysis. Sci Rep. 2016;6:19521.
2.Peng L, et al. Traditional manual acupuncture combined with rehabilitation therapy for shoulder hand syndrome after stroke within the Chinese healthcare system: a systematic review and meta-analysis. Clin Rehabil. 2018;32(4):429-439.
3.Fu L, et al. Effect of Acupuncture and Rehabilitation Therapy on the Recovery of Neurological Function and Prognosis of Stroke Patients. Comput Math Methods Med. 2022;2022:4581248.

「脳腸相関」による不安やうつ症状は鍼灸で改善できるか

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松浦悠人

 脳腸相関という言葉が、今注目されている。

 脳腸相関とは、脳の状態が腸に影響し、腸の状態もまた脳に影響するといった双方向的な関係のことである。鍼灸臨床の場面でも、ストレスを感じると胃が痛くなったり下痢をしてしまったりする患者に遭遇することは珍しくない。

 脳腸相関による疾患として挙げられるのが機能性消化管疾患(functional gastrointestinal disorders: FGID)である。全世界の40%の人々が罹患しているとの報告があるほど身近なものである[1]。このFGIDには、過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome: IBS)、機能性ディスペプシア(functional dyspepsia: FD)、機能性便秘(functional constipation: FC)機能性下痢(functional diarrhoea: FDr)などが含まれ、検査をしても異常が認められないにもかかわらず、胃や腸の不快な症状が出現する。

脳と機能性消化疾患患者の気分症状に対する鍼治療の有効性を評価

 FGID患者の多くは不安やうつなど、いわゆる気分症状を有している。そして、胃腸症状の悪化は気分状態をさらに悪化させ、悪化した気分状態によって胃腸症状のさらなる増悪を招く。そのため、FGID患者の気分症状に対しても着目することが重要となる。

 現在、FGIDの不安やうつに対する治療として抗不安薬や抗うつ薬が使用されており、FDやIBSの診療ガイドラインにおいて弱いものの、推奨されている[2][3]。しかし、抗不安薬では依存性の問題、抗うつ薬では副作用の問題によりその使用が制限されることも少なくない。

 鍼治療は、薬物療法や偽鍼治療と比較してもFGID患者の胃腸症状を改善することが報告されている[4]。さらに、うつ病や不安障害などに対する有効性が示されていることから[5]、鍼治療がFGID患者の気分症状に対しても効果が期待できる。しかし、これまでの研究では、主に胃腸症状への効果のみに焦点が当てられていた。

 そんななか、2022年1月山東中医薬大学のWangらが「Acupuncture for emotional symptoms in patients with functional gastrointestinal disorders: A systematic review and meta-analysis(機能性消化管疾患患者の情動症状に対する鍼治療:システマティックレビューとメタアナリシス)」を発表した(doi: 10.1371/journal.pone.0263166. )[6]。この研究は、ランダム化比較試験(randomized controlled trials: RCT)を網羅的に収集し質を吟味するシステマティックレビューと、集めた研究を統計学的に統合するメタアナリシスという手法により、FGID患者の気分症状に対する鍼治療の有効性を評価したものである。

24文献、2,151人の参加者を定量的に解析

 Wangらのレビューは、FD、IBS、FC、FDrなどFGIDと診断された患者のRCTを対象とし、会議録(conference abstracts)、論説、総説、症例報告、症例集積、重複データなどは除外された。鍼治療グループは、鍼治療や鍼通電療法、耳鍼、頭鍼など「経穴に鍼を刺入する治療」を受けた患者と定義され、比較対照のコントロールはsham鍼治療または薬物療法を受けた患者とした。

 不安とうつの評価尺度には、自己評価式不安尺度(self-rating anxiety scale: SAS)、自己評価式うつ尺度(self-rating depression scale: SDS)、ハミルトン不安評価尺度(Hamilton Anxiety Rating Scale: HAM-A)、ハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Rating Scale: HAM-D)、patient health questionnaire-9(PHQ-9)、generalized anxiety disorder-7(GAD-7)が用いられた。

 文献の検索は、3つの英語文献データベースと5つの中国語文献データベースを用いて、2021年7月31日までに公開されたRCT論文が収集された。さらに、文献の漏れを防ぐためにGoogle ScholarやChiCTR(中国の臨床試験登録簿)の検索、その他の論文記事や会議録(conference proceedings)を手作業で検索している。

 集められた文献をもとに、著者名、発行年、組入れ/除外基準、サンプル数、鍼治療の種類、使用経穴、対照群の治療、評価項目などの情報が抽出された。さらに、それぞれのRCTに含まれるバイアスリスクを評価するため、Risk of Bias 2(RoB 2)というツールを使用して、RCTのバイアスリスクを「低リスク」「懸念あり」「高リスク」に分類した。これらの文献の収集・スクリーニングからの情報抽出、バイアスリスクの評価は、すべて2人の研究者によって行われ、意見の不一致があった場合には3人目の研究者が決定した。

 上記の方法による検索の結果、最終的に24文献、2,151人の参加者が定量的な解析に含まれた。これら研究の特徴として、サンプルサイズは34~348、治療期間は2~10週間の範囲で行われていた。また、鍼治療グループでは、17件で鍼通電療法、7件でマニュアル鍼治療(置鍼や雀啄など)が行われ、コントロールグループでは、4件でsham鍼治療、20件で薬物療法が行われていた。うつと不安の評価尺度については、SASとSDSが17件ずつ、HAM-D が5件、HAM-Aが4件、PHQ-9とGAD-7が1件ずつ使用されていた。

薬物療法よりも鍼治療のほうが不安とうつ症状を軽減

 鍼治療とsham鍼治療を比較した4研究をまとめた結果では、不安とうつ症状ともに鍼治療とsham鍼治療との間に有意差は認められなかった。これらはFD、IBS、FC、FDrなど疾患別に解析しても同様の結果であった。

 しかし、使用経穴に注目して解析してみると、鎮静化によく用いられる経穴(鎮静化経穴:百会、印堂、四神総などうつ病に効果があるとされる経穴)が用いられていた場合、鍼治療がFDIG患者のうつ症状をsham鍼治療より有意に軽減することが示された。なお、4研究すべてで非経穴への2~3mmの浅い刺鍼をsham鍼治療としていた。

 一方、鍼治療と薬物療法を比較した20研究をまとめた結果では、鍼治療は薬物療法と比較し、不安とうつ症状を有意に軽減した。疾患別に解析しても、不安症状はFD、IBS、FC、FDrのすべてで、うつ症状はFD、IBS、FDrの患者で、薬物療法に対して鍼治療のほうが有意に症状軽減を生じさせていた。薬物療法との比較においては、鎮静化経穴の使用や鍼通電かマニュアル鍼治療なのかなどの鍼治療の種類による結果への影響はなかった(表1)。

表1 鍼治療との有意差の有無(機能性消化管疾患)
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 鍼治療の安全性についても9件の研究で報告されており、鍼治療グループとコントロールグループの間に有意差がないことが示された。

気分を改善するツボを使用したほうが結果良好

 以上をまとめると、鍼治療はsham鍼治療との間に有意差を認めなかったが、薬物療法と比較すると有意に不安とうつ症状を軽減した。Wangらの研究は、収集された研究の質が低~中程度であることや、特異的/非特異的効果、プラセボ効果などの関与に関して不明な点はいくつかあるものの、鍼治療がFGID患者の胃腸症状だけでなく、気分症状に対しても効果的である可能性を示した最初のシステマティックレビューである。

 興味深い点は、sham鍼治療との比較において、百会や印堂、四神総といったうつ症状に効果的とされる経穴を使用すると、より症状を軽減させることである。鍼治療とsham鍼治療との間に有意差がなく、鍼治療と薬物療法との間に有意な差がみられたということは、鍼治療に非特異的な効果が多く含まれていることを意味している。しかし、一部経穴に特異的効果がある可能性も示唆されており、気分症状の目立つFGID患者に鍼治療を行う際には、積極的に気分に効果的な鎮静化経穴を用いることがいいといえる。

 さらに、Wangらは腸内細菌叢に及ぼす鍼灸治療のメカニズムからも今回の結果を考察している。先行研究によると、天枢、足三里、上巨虚への鍼灸刺激によって腸内細菌叢のバランスを調節できる[7-10]。これらの経穴は本研究に含まれた論文でも多く用いられていた。

 腸内毒素症は、不安やうつの原因となることから、胃腸症状によく使われる経穴も、脳腸相関によって気分症状の改善に関与しているとも考えられる。しかし、Wangらが引用している先行研究の多くは灸治療が中心であることから、この説には少し懐疑的な点もある。臨床的には、FGID患者の胃腸症状に灸治療はよく用いられ、治療効果を実感する患者も多いのではないだろうか。腸内細菌叢へのメカニズムを考慮すると灸治療も有用な選択肢であり、今後の重要な研究課題となるであろう。

日本でも機能性消化管疾患に対する鍼の臨床試験を

 本研究は、24件中23件が中国からの論文であること、個々の研究のサンプルサイズの小ささ、質の低さなどの問題点はあるが、FGID患者の気分症状への有効性を十分に示唆するものであった。旧版の機能性消化管疾患診療ガイドライン2014では、FDとIBSともに「鍼灸治療にプラセボ以上の効果はない」と有効性を示すエビデンスがなく、推奨も提案もされていなかった[11][12]。それから約6年を経て、FD(2021年)では提案や推奨はないものの鍼治療の有用性を示唆する記載[2]、IBS(2020年)では、鍼灸治療を代替療法として行うことが提案されている[3]。

 こうした進歩は間違いなく臨床研究の積み重ねによるものである。しかし、依然として本邦から臨床試験が行われていない状況は変わっていない。鍼灸治療は、FGIDの胃腸症状と気分症状のどちらにもアプローチできる有用性の高い治療法であることから、次回の診療ガイドラインの改定時には、本邦での臨床試験からのエビデンスを含みより高い推奨度を得ることが大きな目標となる。

【参考文献】
1. Sperber AD, Bangdiwala SI et al. Worldwide Prevalence and Burden of Functional Gastrointestinal Disorders, Results of Rome Foundation Global Study. Gastroenterology. 2021;160: 99-114.e3.
2. 日本消化器病学会(編).機能性消化管疾患ガイドライン2021-機能性ディスペプシア(FD). 第2版. 南江堂.
3. 日本消化器病学会(編). 機能性消化管疾患ガイドライン2020-過敏性腸症候群(IBS). 第2版. 南江堂.
4. Wang X, Wang H et al. Acupuncture for functional gastrointestinal disorders: a systematic review and meta-analysis. J Gastroenterol Hepatol 2021;36(11):3015-3026.
5. Smith CA, Armour M et al. Cochrane Database Syst Rev. 2018 Mar 4; 3:CD004046.
6. Wang L, Xian J et al. Acupuncture for emotional symptoms in patients with functional gastrointestinal disorders: A systematic review and meta-analysis. PLoS One. 2022;27;17(1):e0263166. doi: 10.1371/journal.pone.0263166.
7. Wang X-M, Lu Y et al. Moxibustion inhibits interleukin-12 and tumor necrosis factor alpha and modulates intestinal flora in rat with ulcerative colitis. World J Gastroenterol. 2012;18: 6819-6828.
8. Wei D, Xie L et al. Gut Microbiota: A New Strategy to Study the Mechanism of Electroacupuncture and Moxibustion in Treating Ulcerative Colitis. Evid Based Complement Alternat Med. 2019;2019: 9730176.
9. Wang L-J, Xue T et al. Effect of acupuncture on intestinal flora in rats with stress gastric ulcer. Zhongguo Zhen Jiu. 2020;40: 526-532.
10. Sun H, Zhang B et al. Effect of warm-needle moxibustion intervention on immune function and intestinal flora in patients after colorectal cancer radical operation. Zhen Ci Yan Jiu. 2021;46: 592-597.
11. 日本消化器病学会(編).機能性消化管疾患ガイドライン2014-機能性ディスペプシア(FD). 第1版. 南江堂.
12. 日本消化器病学会(編). 機能性消化管疾患ガイドライン2014-過敏性腸症候群(IBS). 第1版. 南江堂.

五行色体表の成り立ちを正しく知る

篠原孝市

 私は、本連載第7回「蔵府概念の根底にある陰陽五行」において、「〈陰陽〉〈五行〉という認識には二つの側面がある。一つは〈分類〉であり、もう一つは〈関係〉である」、「〈五蔵〉は、〈陰陽〉と〈五行〉の関係論に行き着いて初めて意味を持つ」と述べた。そして第8回「人体で繰り広げられる表裏の関係」から第9回〈「表裏〉関係とは〈病いの深さ〉の認識の一部である」において、〈蔵〉〈府〉と〈経脈〉の〈表裏〉について、古典と現在の古典的鍼灸の臨床の両面から解説した。

 今回から〈五蔵〉〈六府〉の重要な側面の一つである〈五行〉の〈分類〉と〈関係〉について述べることとしよう。

表形式による五蔵六府の要約

 『素問』『霊枢』『難経』には、〈五行〉的な〈分類〉や〈関係〉を述べた箇所が数多く見られる。

 それらの中には、『素問』金匱真言論篇や陰陽応象大論篇のように、外部の自然から人間の身体各部や〈五蔵〉などに至る様々な分野の〈関係〉を、構造的に叙述した篇がある。

 また『素問』宣明五気篇や『霊枢』九針論篇のように、カテゴリーごとに〈五行〉によって総括的に〈分類〉した篇もある。風熱湿燥寒の「五悪」、酸苦甘辛鹹の「五味」、皮脈肉筋骨の「五主」などがそれである。

 この〈五行〉によるカテゴリー〈分類〉は、後に五蔵六府を基軸とするものに整理される。その最初の本格的な整理は、『脈経』巻第三の五つの章によって行われた。沈炎南主編『脈経校注』(1991)は、巻第三の巻末に〈五行〉による〈分類〉内容を要約した附表を加えるとともに、「本巻は中国医学の身体に対する有機的一体観に貫かれており、体内の各臓腑と組織器官、人体と外部の自然を密接に関連させて、総体的な考察研究を行っている」と評価している。

 次いで唐代の『備急千金要方』巻第二十九・五蔵六腑変化傍通訣では、56条の表形式として整理された。これを承けた『外台秘要方』巻第三十九・五蔵六腑変化流注出入傍通ではさらに80条に増補された。

 この表形式の「傍通」は、日本の江戸期前半の鍼灸書においても取り上げられている。意斎流の鍼書『意斉流針書』(1713奥書)、著者未詳の『鍼灸抜萃』(1676)とその系列書である『広益鍼灸抜萃』(1696)、安井昌玄『鍼灸要歌集』(1693)、本郷正豊『鍼灸重宝記』(1718)所載の「五蔵の色体」などがそれである。「色体」とは「傍通」の和語で、江戸期の意斎流から出ている可能性がある。また江戸後期には、浅井家が主宰する尾張医学館でも前記「五蔵六腑変化傍通訣」を「諸病主薬」「十四経穴分寸歌」と併せて刊行している(1839)。

 この傍通訣(色体表)は、近代以降も、代田文誌、柳谷素霊、本間祥白らの著作に「五行(五蔵)の色体表」として載せられたことから広く知られた。彼らにとって、「色体表」は、『素問』『霊枢』『脈経』以来継承されてきた、身体を診るための伝統的な有機的全体観(現代中医学でいうところの「整体観念」)を象徴するものだったからである。ただ、1980年代以降に日本で作られた各種の鍼灸辞典の見出し語には、「傍通」や「色体表」の言葉を見いだすことはできない(見出し語の解説文中にはなお「五行色体表」などとして散見する)。

ポイント

  • 五行による分類の源は『素問』『霊枢』『難経』にある!
  • 五行による分類は五蔵六府を基軸として整理されていった!
  • 最初の本格的な整理は『脈経』巻第三!
  • 「色体」とは「傍通」の和語!

用語解説

『脈経』(みゃっきょう):第1回用語解説参照。

沈炎南(しんえんなん):1920~1992。現代中国の中医師。広州中医学院(広州中医薬大学)教授などを歴任した。著書に『脈経校注』『脈経語訳』『中医学整体観』『肺病臨床実験録』『沈炎南医論医案集』などがある。

『備急千金要方』(びきゅうせんきんようほう):第3回の用語解説参照。

『外台秘要方』(げだいひようほう):第3回の用語解説参照。

意斎流(いさいりゅう):第3回の用語解説参照。

『鍼灸抜萃』(しんきゅうばっすい):著者未詳。3巻。延宝4年(1676)初刊。袖珍本に改変された『合類鍼灸抜萃』『広益鍼灸抜萃』もある。上巻は診察と施術、中巻は経穴、下巻は病証と主治を論じる。本書は江戸期に最も読まれた鍼灸書の一つで、安井昌玄『鍼灸要歌集』(1695)、著者未詳『鍼灸和解大全』(1698)、岡本一抱『鍼灸抜萃大成』(1699)、本郷正豊の編とされる『鍼灸重宝記』(1718)などはいずれも本書を基礎として著されたものと見られる。

安井昌玄(やすいしょうげん):江戸中期の鍼医。紀州の人。生没年未詳。唯一の著作『鍼灸要歌集』(1695)は、『鍼灸抜萃』(1676初刊)に基づいて著されたと見られる。

本郷正豊(ほんごうまさとよ):江戸中期の鍼医。生没年未詳。御園意斎の孫・常憲の次男。母方の実家をついで本郷姓を名乗った。『医道日用綱目』(一名「医道日用重宝記」「医道重宝記」。1692初刊)、『鍼灸重宝記』(一名「鍼灸重宝記綱目」。1718初刊)の著者とされている。

尾張医学館(おわりいがくかん):第3回の用語解説「尾張浅井家」参照。

身体の全体性は〈五行分類〉で捉える

 〈五蔵〉を基軸とする〈分類〉は、身体のさまざまな現象を全体的、有機的、構造的に捉えるために必要である。中国医学には、〈蔵府〉と〈経脈〉以外に、身体の全体を捉える方法はないからである。しかも、身体の全体性とは、個々の〈蔵府〉や〈経脈〉によって捉えられるものではなく、〈関係〉の論理であるところの〈陰陽〉や〈五行〉を介して初めて見いだされるものなのである。そのことは、〈蔵府〉や〈経脈〉から〈陰陽〉や〈五行〉を完全に排除してみればわかるであろう。

 以下、五蔵を基軸とする〈五行〉的な〈分類〉や〈関係〉の種々相について述べることにするが、その最初として、〈五蔵〉と外部の自然との〈関係〉を取り上げ、その意味について考えてみることにする。

ポイント

  • 〈五蔵〉を基軸とする〈分類〉は、身体を構造的に捉えるために必須!
  • 身体の全体性は〈蔵府〉や〈経脈〉では捉えられない!
  • 身体の全体性は〈陰陽〉や〈五行〉が介して初めて見出される!

〈五蔵〉と春夏秋冬・東西南北の深い関係

 漢魏以前の伝承医学古典において、〈五蔵〉と循環する時間(春夏秋冬の「四時」に「長夏(季夏)」を加えた「五時」)あるいは空間(東西南北に中央を加えた「五方」)の関係を論じたものに、次のようなものがある(後世の附加とされる運気七篇を除く)。

 『素問』四気調神大論篇、金匱真言論篇、陰陽応象大論篇、六節蔵象論篇、平人気象論篇、玉機真蔵論篇、蔵気法時論篇、宣明五気篇、欬論篇、風論篇、痺論篇、刺要論篇、水熱穴論篇、四時刺逆従論篇。
 『霊枢』本神篇、陰陽繋日月篇、順氣一日分爲四時篇、論勇篇、五音五味篇。
 『難経』十五難、五十六難、七十四難。
 『傷寒論』平脈法。
 『脈經』巻第三。

 このうち、金匱真言論篇、玉機真蔵論篇、『難経』十五難は、〈四時〉あるいは〈五時〉に方位を加えた詳細な記載となっている。他方、〈五蔵〉と方位の〈関係〉だけに言及したものは陰陽応象大論篇しかなく、その他はすべて〈五蔵〉と春夏秋冬に関するものである。このことは、〈五蔵〉を考えるうえにおいて、春夏秋冬の問題が重要であることを示唆しているように思われる。これらの記述のうちから〈五行〉〈五時〉〈五方〉〈五蔵〉を抜萃すると、以下のよく知られた一覧表となる。

表1 五行色体表の抜粋
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 この表のうち、〈五行〉と〈五時〉〈五方〉は、後漢の『漢書』五行志や『白虎通』はもちろん、前漢の『春秋繁露』などにも見えるもので、医学の外の世界で形成されたカテゴリーである。古代中国医学は、こうした世界観の上にその学術を展開したのである。(注)へ

 〈五蔵〉は内部にあって、見ることも触れることも、現代医学の臓器のように検査や実験でその機能も知ることも難しく、現れてくる所見の集積としてしか確認することができない。しかも、〈五蔵〉というものは、身体に現れるさまざまな所見の帰納法によって、つまり単に経験を積み重ねればその果てにその姿が浮かんでくるというものではない。たとえば腰痛や肩凝りは、それだけでは何の〈蔵〉に関わるものであるかわからないし、目や耳や鼻が何の〈蔵〉に配当されるものかは決められない。

 したがって、〈五蔵〉をつかむためには、人体とは別の地点で、所見を〈五蔵〉に〈分類〉するための基準が作られる必要があった。それは、木火土金水の〈五行〉であり、春夏秋冬の〈四時〉、東西南北の〈四方〉(あるいは中央を含む〈五方〉)であった。

 たとえば、〈五行〉の木、東方、春には、「風」「動」「発生」「蠢動」などの意味がある。これらを基準として、人体に同じような現れを探せば、身体が自在に動くこと、あるいは動かなくなること、瞼や顔面が痙攣すること、突然眩暈が起こることなどはすべて肝に関わる症状となる。こうした類推を経て初めて、肝は「木蔵なり」(『説文解字』)と断じられ、「肝は風を為す」(『淮南子』精神訓)と表現されたのである。

 これはつまり、何を生理的状態とし、何を〈病い〉とするかという判断基準を、個人の主観とか倫理、社会一般の常識ではなく、人間の意思とは独立した外部の自然に置くということを意味する。

 生病死の判断の物差しを、人間の意思とは独立した自然に置くことは、同時に、人間の中に自然を見いだすということでもある。しかし、そこからは必ずしも「自然に従って生きる」という倫理は生じてこないように思われる。

 現実の人間は、身体も心も、何ものからも完全に切り離された自由で自立的な個体のように見え、またそのように振る舞っている。そして人間の〈自然性〉を私たちはコントロールできると感じ、筋肉やメンタルのトレーニングに励んだり、養生に努めたりする。しかし、中国古代医学では、人間は不可避の〈自然〉の盛衰と変化に規定されており、その〈自然〉は倫理とすることも選択肢とすることもできないものと考えているのである。

ポイント

  • 五蔵をつかむためには外部の自然に判断基準を置く!
  • 人間の〈自然性〉はコントロールできない!
  • 中国古代医学では、人間は〈自然〉の盛衰と変化に規定されていると考える!

用語解説

『漢書』(かんじょ):第2回用語解説参照。

『春秋繁露』(しゅんじゅうはんろ):中国・前漢の董仲舒(とうちゅうじょ)の撰。17巻。前半では公羊学に基づき『春秋』の筆法を解説し、後半では陰陽五行説に基づき天文と人事の関わりを解く。『呂氏春秋』『淮南子』とともに、中国古代医学と関わりの深い記述が多い。

『説文解字』(せつもんかいじ):第1回の用語解説参照。

『淮南子』(えなんじ):第4回の用語解説参照。

脈状にあらわれる〈五蔵〉と春夏秋冬の関係

 春夏秋冬の〈五蔵〉に対する〈関係〉が最もはっきり現れているのは、脈状である。そもそも、内に有って見えない〈気〉としての〈五蔵〉は、症状よりも、脈状に最もその姿を現す。

 『素問』玉機真蔵論の冒頭に、それを象徴する一節がある。

 「黄帝問うて曰く、春の脈は弦の如し。何如にしてか弦なる、と。岐伯こたえて曰く、春の脈は肝なり。東方の木なり。万物の始生する所以(ゆえん)なり。故に其の気の来たること耎弱(ぜんじゃく)、軽虚にして滑、端直にして以て長、故に弦と曰う。此に反する者は病む、と。」

 これは「万物を始生させる」春の気(それは〈五行〉の木気、方位としての東方でもある)の到来が、肝の蔵の気を盛んにさせ、それが弦脈という脈状として現れることを述べた文章である。

 この発想の根底には、『霊枢』順気一日分為四時篇に「春は生じ、夏は長じ、秋は収め、冬は蔵す。是れ気の常なり。人もまたこれに応ず」とあるように、春夏秋冬の〈気〉の在り方(「成」「長」「収」「蔵」)に対応して、人の体内の〈気〉も盛衰を繰り返すという考え方がある。

 この春夏秋冬の〈気〉に動かされるものこそ、〈五蔵〉の〈気〉であり、〈五蔵〉の〈気〉が盛んになる(それを「旺気」と称す)と、それが脈状に反映する。したがって、春夏秋冬の脈状とは、春夏秋冬に喚起された五蔵の平常の脈状でもある。後代、この脈状診は、たとえば滑寿の『診家枢要』では「五蔵平脈」「四時平脈」と命名され、現在では「四時五臓脈」(樊佳如[等]『四時脈法』、湖南科学技術出版社、2021年)などと呼ばれている。この脈法については、次回に詳しく述べることにする。

ポイント

  • 〈気〉としての〈五蔵〉が最もよくわかるのは症状よりも脈状!
  • 春夏秋冬の〈気〉に対応して人の体内の〈気〉も盛衰を繰り返す!

 (注)
この表については、若干の説明が必要である。一つは中国古代においては、五蔵への〈五行〉配当に別説があったということ、もう一つは土の行の問題である。
 漢代、五蔵への〈五行〉配当には、古文説と今文説の二説があった。医書においては当時から今文説が用いられ現在に至っているため、医書を見ている限りは矛盾を感じないが、『呂氏春秋』や『淮南子』に附された後漢の高誘の注のように、古文説を伝えるものもある。両説を以下の表に示す。

表2 五行配当の古文説と今文説
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 土の行の問題とは、春夏秋冬の四時に五行を取り入れようとしたことから生じた。土をどの季節に入れるかについては、旧暦の六月(季夏)をあてる場合と、春夏秋冬それぞれの末の十八日にあてるとの二つの説がある。

浅刺鍼での脳機能の変化と鎮痛作用が証明された

建部陽嗣

 2021年12月、上海中医薬大学のXiangらによって慢性腰痛患者への鍼治療に関する新たな論文が発表された。「Frequency-Specific Blood Oxygen Level Dependent Oscillations Associated With Pain Relief From Ankle Acupuncture in Patients With Chronic Low Back Pain.(慢性腰痛患者の足首への鍼治療による疼痛緩和と周波数特異的な血中酸素濃度依存性振動との関係)」と名付けられたその論文(https://doi.org/10.3389/fnins.2021.786490)では[1]、鍼治療によって、安静時の磁気共鳴画像(rs-fMRI)の血中酸素濃度依存性(BOLD)変化を周波数ごとに行うことで、慢性腰痛患者に対する鍼治療の生理学的寄与を調査したのである。

慢性的な痛みで脳内ネットワークに異常発生

 鍼灸治療は、頭痛、首・肩の痛み、膝痛、腰痛など、急性および慢性の痛みに対する効果的な治療法であることはいうまでもない。このメカニズムを解明するために、これまで数多くの動物実験も行われてきた。よく使用される経穴への鍼治療に関する機能的磁気共鳴画像(fMRI)研究では、前頭前野、大脳辺縁系、傍辺縁系、皮質下灰白質、小脳など、鎮痛に関連する多くの脳領域で有意な機能的な反応が示されている[2]。

 ただ、脳には、何もしない安静時にのみ、活動が活発になる脳の領域が複数存在する。これらの領域はさまざまな認知課題において比較的共通した活動のパターンを示すことから、ネットワークを形成していると考えられている。このネットワークをデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼び、内側前頭前野、後帯状皮質、楔前部、下部頭頂葉、外側側頭葉、海馬体などから構成される。つまり、どんなに安静にしていても、脳のこれらの部位ではエネルギーが大量に消費される。

 慢性的に痛みを抱えている患者では、このDMNが正常から逸脱していることがわかっている。また、慢性疼痛患者は内側前頭前野のDMNとの接続性の低下や、痛みの強さに比例してDMNと島皮質との接続性が増加することなどもわかっている。

 安静時fMRI(rs-MRI)を用いた機能的ネットワークの解析では、安静時における血中酸素濃度依存性(BOLD)信号を使用する。このBOLD信号には、周波数特異的なものがあることが知られている。生理学的および病理学的観点から、それぞれの異なる周波数帯が脳のネットワーク統合に独自に寄与している[3]。0.01〜0.25Hzの振動は、norm-1(0.01〜0.1Hz)、norm-2(0.01〜0.08Hz)、slow-5(0.01〜0.027Hz)、slow-4(0.027〜0.073Hz)、slow-3(0.073〜0.198Hz)、slow-2(0.198〜0.25Hz)に分けることができ、周波数ごとに異なる生理学的変化を意味すると考えられている[4]。

Xiangらが用いた「腕踝鍼」は得気が発生しない?

 Xiangらの研究では、「腕踝鍼」と呼ばれる鍼治療方法を採用している。腕踝鍼は、手首や足首の特定の部位1カ所に鍼を刺入し、全身の治療を行う。 Xiangらは、12カ所ある治療点の中から、左下5番と呼ばれる部位に鍼治療を実施した。正確な位置は外果から指幅3本分ほど上で、腓骨と隣接する腱の後縁付近である。患者を仰向けに寝かせ、消毒後、鍼を皮膚面から約30°の角度で刺入する。その後、水平方向に角度を変え、膝の方向に向かって約35mm鍼を刺入しテープで固定する。つまりは足首から膝に向かって横刺をしている。

 なぜ、Xiangらはこの鍼刺激方法を選択したかというと、得気が発生しないからだというのだ。鍼鎮痛に関連する脳の反応を調査するうえで、得気を伴う鍼刺入による刺激との交絡を除外することで、鍼刺激そのものの変化を捉えようとしたのである。刺入が浅く、得気をあまり重要視しない日本の鍼灸治療に近い研究ともいえる。

 患者は、(1)18歳から65歳までの右利きの成人で、性別は問わない。(2)6カ月以上の腰痛の既往があること。(3)視覚的アナログスケール(VAS、0-10)で評価した初期の自己申告の痛みの強さが4点以上であること。(4)同意書および臨床評価アンケートを理解し、補助なしで記入できること、の4条件を満たしたものとした。また、同時に健常者でも脳活動を計測している。

 鍼治療と偽鍼治療(鍼を皮膚に軽く当て、皮膚を貫通させずに5秒間保持)をランダムに交互に受け、その鍼治療間にfMRIを撮像するのである(図1)。休憩の間、被験者は静かに横になり、目を閉じて起きているように指示された。

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図1 fMRI撮像スケジュール

 鍼治療もしくは偽鍼治療(接触鍼)の直後に、各被験者の現在の痛みの強さを評価するために VASにて評価した。VASは10cmの水平線で構成されており、左の「0」は痛みがないことを示し、右の「10」は想像しうる最も激しい痛みを示す。参加者は、現在経験している痛みの強さに応じて線上に「×」を付けるように指示された。0 からマークまでの長さ(cm)を痛みのスコアとして記録した。

すべての周波数帯の低周波摂動振幅が変化した

 浙江省中西医結合医院にて、52人の参加者(慢性腰痛患者27人、健常ボランティア25人)が登録された。3人がMRI撮像に耐えられず、2人が閉所恐怖症のため、3人が過度の恐怖のために脱落した。また、1人の被験者は潜在的な神経障害の疑いで除外され、3人の参加者が自主的に辞退した。最終的に40人の患者(慢性腰痛群:20人、健常者群:20人)が、すべての評価と撮像を終えた。また、撮像中に頭部が激しく動いたため、患者群1人、健常者群1人を除外した。そのため、19人の患者(男性12人)と19人の健常者(男性11人)のデータが解析対象となった。

 参加者全員が、鍼治療中に明らかな得気の感覚はないと答えた。患者群における腰痛罹病期間は9.0±7.7年だった。
 慢性腰痛患者の痛みのVAS値は、鍼治療後では3.50±2.23、偽鍼治療(接触鍼)後では5.64±1.98と、有意な差を認めた。健常者群ではVAS値はどの時点でも1点以下であり、治療間での差はなかった。

 fMRI画像に関して、偽鍼治療と比較して、鍼治療刺激でいくつかの脳領域で有意な差が認められた。すべての周波数帯の低周波摂動振幅(ALFF)は内側前頭前野で増加し、小脳、後帯状皮質、海馬傍回で減少した。slow-5帯を除くすべての周波数帯では、右島皮質のALFFが減少した。norm-2帯とslow-5帯以外では、右上側頭回でALFFが増加した。norm-2帯、slow-3帯、slow-2帯内のALFFは、右の中心前回、中心後回、扁桃体で減少した。slow-2帯のALFFは、左島皮質、扁桃体、腹前野で減少した。

 上記のALFF値と鍼治療後のVAS痛みの強さのスコアとの間に有意な関連性が見られた。具体的には、小脳のslow-5周波数帯のALFFは、鍼治療後のVASスコアと有意に正の相関が認められた(r = 0.65, P = 0.003)。また、小脳のslow-3周波数帯のALFFも、鍼治療後のVASスコアと正の相関を示した(r = 0.48, P = 0.04)。逆に、右島のnorm-2(r = -0.48, P = 0.04)とslow-4(r = -0.48, P = 0.04)周波数帯のALFFは、鍼治療後のVASスコアの変化と負の相関を示した。

小脳と島皮質に見られた明らかな変調

 いかがであっただろうか。まとめると、まず、得気を伴わない皮下への鍼刺激でも鎮痛効果を示した。0.01~0.25Hzの周波数帯におけるALFFは、患者および健常者ともに、DMN内で一貫して変調していた(内側前頭前野では増加し、小脳、後帯状皮質、海馬傍回では減少)。また、両側の島皮質におけるALFFの減少は、周波数特異的な変調を示し、患者が経験する痛みの強さは、右島皮質と小脳の特定の周波数帯における反応と密接に関係した。

 DMNにおける、鍼治療による脳機能の変調パターンはとても似ていた。それだけでなく、健常者でも慢性腰痛患者でも、0.01~0.25Hzの各周波数帯内のDMN振動の反応に一貫性があることが示された。つまりは、得気を伴わない皮下への浅い刺入刺激でも、健常者だけでなく慢性疼痛患者のDMN機能を調節することができるのである。

 特に、小脳と島皮質において、浅い刺入による鍼鎮痛と関係する、周波数特異的な静止状態の脳活動が見られた。

 島皮質は、本人が物理的な痛みを感じていない状態でも、親密な人が痛みを感じている場面を見るだけで活動する。いわゆる心理的な痛みに対して島皮質が関与するのだ。現在では、島皮質は内臓を含む身体内部の状態をモニターし、異変が生じたときに、それを意識化させる機能を持つと想定されている。つまり、身体のちょっとした変化や、自己の痛みと他者の痛みを同一視する傾向が、痛みとDMNとの関連を強めていると考えられるのである。

 一方、小脳は、一般的に運動処理に関わる脳領域と考えられている。最近では、小脳は非運動機能、さらには記憶、連想学習、運動制御などの多くの統合機能にも関与していることが示唆されている。特に、他のfMRI研究では、侵害受容処理中に小脳の活性化が認められた[5]。鍼灸刺激に関わるC線維の侵害受容器は、苔状線維(海馬CA3野および歯状回門に投射する歯状回顆粒細胞の軸索)を介して小脳のプルキンエ細胞に到達すると考えられている。つまり、鍼鎮痛の過程で小脳活動を変調させることが考えられるのである。

浅い刺入鍼は機能性身体症候群の改善にも使える

 現在のヒトの痛みの概念は、侵害刺激の知覚、痛みの情動的特徴、認知的要素を含む多次元的なものである。鍼鎮痛に関連する小脳の機能的役割としては、感情、認知、運動制御などが想定される。

 慢性腰痛の他に、過敏性腸症候群、緊張型頭痛、顎関節症、月経前症候群、線維筋痛症、慢性疲労症候群、化学物質過敏症といった、患者が持続的な身体症状を訴えているが、医学的検査を行ってもその症状を説明するだけの器質的、機能的所見が得られない病態を機能性身体症候群(functional somatic syndrome:FSS)と呼ぶ。これらの疾患に対して、鍼灸治療が広く適用されている。これらの状態は、非常に高い順応性を持つ脳でさえも、現代社会の環境に適応できなくなり、その機能が破たんしてしまった結果生じている状態といえる。そんな脳機能を、鍼灸治療は修正する力を秘めているのかもしれない。

【参考文献】
1. Xiang A, Chen M et al. Frequency-Specific Blood Oxygen Level Dependent Oscillations Associated With Pain Relief From Ankle Acupuncture in Patients With Chronic Low Back Pain. Front Neurosci 2021;15:786490. doi: 10.3389/fnins.2021.786490. https://doi.org/10.3389/fnins.2021.786490
2. Wang X, Chan ST et al. Neural encoding of acupuncture needling sensations: evidence from a FMRI study. Evid. Based Complement. Alternat. Med. 2013;2013:483105. doi: 10.1155/2013/483105
3. Hipp JF and Siegel M. BOLD fMRI correlation reflects frequencyspecific neuronal correlation. Curr. Biol. 2015;25:1368–74. doi: 10.1016/j.cub.2015.03.049
4. Yan Y, Qian T et al. Human cortical networking by probabilistic and frequency-specific coupling. Neuroimage. 2020;207:116363. doi: 10.1016/j.neuroimage.2019.116363.
5. Borsook D, Moulton EA et al. Human cerebellar responses to brush and heat stimuli in healthy and neuropathic pain subjects. Cerebellum. 2008;7(3):252-72. doi: 10.1007/s12311-008-0011-6.

〈表裏〉関係とは〈病いの深さ〉の認識の一部である

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篠原孝市

 前回、私は、〈蔵〉と〈府〉が〈表裏〉という〈陰陽の関係〉にあること、その表裏関係は経脈にも見られると述べた。そして、この〈表裏〉という関係が意味するものは、〈蔵(陰経)〉から〈府(陽経)〉へ、〈府(陽経)〉から〈蔵(陰経)〉への病いの伝変(転換)を説明するための装置の一つであるとした。

 付け加えておかなくてはならないが、この〈蔵(陰経)〉と〈府(陽経)〉の〈表裏〉関係は、実は中国医学で認識されている〈病いの深さ〉という認識全体の一部をなすものである。以下、〈表裏〉についての補足として、説明する。

〈病い〉の〈深さ〉〈原因〉〈病態〉

 私たちが臨床の場で出会う症例は、その主訴が肩こりや腰痛などの症状であれ、現代医学的な病名のつくものであれ、その診察の直接の対象となるものは、患者が表すさまざまな所見(症状、脈状など)である。

 中国医学的立場では、それらのさまざまな所見を直接診察の対象としない。また多くの場合、施術の対象とすることはない。所見とは、〈病い〉の〈所在〉〈深さ〉〈病因〉〈病態〉からなる病態像構築のための素材であって、それがなければ、中国医学的な施術は実現しない。ここで所在、深さ、病因といった言葉が〈〉でくくられているのは、それらが〈気の在り方〉という独特の基準によって見いだされたものだからである。

 中国医学では、実際の身体とそこに現れている症状から病態像を構築する場合、〈気〉を指標として判断する。だから、〈病い〉の〈所在〉も、〈病い〉の〈深さ〉も、実際の身体における部位や深さではなく、〈気としての部位〉〈気としての深さ〉によって判定する。ちなみに、中国医学では、〈病い〉の〈所在〉は、〈病い〉の〈深さ〉と重なっている。

ポイント

  • 中国医学では、病態把握は所見ではなく〈気の在り方〉を指標とする!

〈深浅〉の指標となるもの

 〈深さ〉を考えるには、指標がなくてはならない。中国医学では、〈深さ〉を、まず陰陽の観点から二分する。

 浅い部分は、五蔵に対応するところの「皮」「脈」「肉」「筋」「骨」の五つで構成されている。これら五つは、実際の身体の組織である皮膚や血管、筋肉や骨から作り出された深さを示す概念であって、実際の皮膚や骨などの概念を引きずっている。しかし、それは皮膚や骨ではなく、〈浅い部分の気〉なのである。もしこの説明が難解と感じられるならば、身体表層のイメージと考えてもらってもよい。

 深い部分とは、〈蔵〉〈府〉〈経脈〉のことである。この中にも段階かあって、〈経脈〉は浅く、〈蔵〉〈府〉は深い。〈経脈〉も陰経は深く、陽経は浅い。〈蔵〉〈府〉の深浅はいうまでもない。重要なことは、これらもまたすべて〈気〉としての深浅、すなわち身体の深層のイメージなのであって、間違っても、実際の深さと混同してはならない。さらに注意しておかなくてはならないことは、この〈病い〉の深浅は、〈病因〉〈病態〉と深く関わりがあるということである。

ポイント

  • 〈病いの深浅〉はイメージの深層浅層!
  • 〈病いの深浅〉は実際の身体の深層浅層ではない!
  • 〈病いの深浅〉は〈病因〉〈病態〉と深く関わっている!

〈病い〉の深浅と症状の軽重の関係

 ところが厄介なことに、浅い部分の〈病い〉といっても、それは症状というレベルでは、経脈や蔵府の深い部分の〈病い〉とは区別できない。

 「肩こりや腰痛なら鍼灸でもやっておけばよい」という医師や一般人がいる一方、「私の治療院では、肩こりや腰痛などの患者ばかりで、重い症状の患者は来ない」という鍼灸師がいる。それは、肩こりや腰痛といえば、軽微な症状にすぎないと思い込んでいるからである。しかし、それらの中には、いくら施術を繰り返しても治らないもの、時に重篤な病気に転じるものが含まれていることは、少し臨床をやればすぐにわかることである。その判断の指標となるものが、〈病いの深さ〉という考え方である。

 注意しておかなくてはならないが、〈病いの深さ〉はそれがどんなものであっても、多くの場合、頭痛、肩こり、腰痛、軽い食欲不振などのありふれた症状としてしか現れない。また〈病いの深さ〉というものは、症状の激しさとは必ずしも関係がない。ぎっくり腰で動くこともできない状態であっても、それが本当に重い病状かどうかはわからない。

 浅い部分の〈病い〉と判断できるのは、そのまま放置しておいても数日以内に症状が消えてしまって再び繰り返さない場合と、症状のある部位への施術や、特効穴治療によって簡単に治癒してしまう場合である。特定の手技やテクニックによってすぐに症状が寛解するものもこの部類に入る。つまり経過観察と対症療法によって解決ができるものであり、以後再発しないものである。その症状が劇烈であってもなくても、誰が施術しても、どんな施術をしても、その場で、あるいはそのうち治ってしまうような部類のものなのであるが、これは、しばしば鍼灸師に「自分の腕が上がった」と錯覚させ、道を誤らせることになる。

 たとえば片手で重い書籍を掴んでいるうちに、前腕に激しい痛みが生じたとする。この場合、前腕に散鍼すれば、痛みがすぐに消えてしまう場合がある。打撲による腰痛や膝痛の場合にもそういうことが少なくない。しかし、原因がわずかのことであっても、「痛みがすぐ消える」となぜ言い切れないかといえば、それはその症状を起こした患者の、〈病いの深さ〉次第だからである。簡単な原因によって起こる病態は、必ずしも簡単な病態とは限らない。

 肩こり、眩暈、腰痛、五十肩、捻挫など、日常的によく見ることがある症状であっても、症状が軽いからといって簡単に治癒しない場合や、よくなってもすぐにまた症状がぶり返す場合が少なくないのは、そのためである。特に厄介なものは、軽い症状がいつまでも続く場合である。

 浅い部分の〈病い〉ではない場合、初めて経脈や蔵府を考慮した見方が必要となってくる。蔵府経脈の分野の〈病い〉について、日本近代以降、初めて、本格的に臨床で問題としたのは、1941年以降に創成された経絡治療である。

ポイント

  • 〈病いの深さ〉はありふれた症状として現れる!
  • 肩こりや腰痛は〈浅い〉〈軽い〉という思い込みをなくそう!
  • 浅い部分の〈病い〉は経過観察と対症療法で解決ができる!
  • 軽い症状に含まれる重篤な病気の判断の指標が〈病いの深さ〉!

経絡治療における深浅の認識

 経絡治療では、まず病態を、浅い部分のそれと、〈蔵〉〈府〉〈経脈〉レベルのものに分別した。経絡治療の創始者の一人である井上恵理は、それを〈蔵病〉〈経病〉と名付けて分別している(『名人たちの経絡治療座談会』4の3)。この命名が適切か否かはさておき、病態を二分したその指摘は、臨床的に甚だ的確である。経絡治療が成立することによって、日本近代の鍼灸臨床は、初めて意識的に〈病いの深さ〉という問題に対処するようになった。

 経絡治療が〈蔵〉〈府〉〈経脈〉をどのように構造化したかについて、ごく簡単に概括しておく。経絡治療こそ、わが国において初めて、〈蔵〉〈府〉〈経脈〉の〈表裏〉という概念を援用することによって〈病い〉の解析を行った現代鍼灸だからである。

 経絡治療が、病態認識(証)の内容を〈十二経脈の虚実〉としたことは、周知の通りである。しかし、その方法は、十二本の〈経脈〉から虚あるいは実と見なす一本の〈経脈〉を見いだすというようなものではなかった。

 経絡治療では最初から、〈経脈〉の虚実(証)を有機的、構造的なものと考えた。それは中国医学の古典を読み込んだ結果なのか、そうした問題意識が中国医学の古典、たとえば『難経』六十九難や七十五難などを引き寄せたのかはわからない。いずれにしても、六十九難や七十五難などの関係の論理は、『素問』『霊枢』に見える〈蔵府経脈〉の表裏の論理とともに、診察と選経選穴に一定の方向性を与え、施術とその効果判定が無秩序になるのを防ぐために、不可欠だったのである。

ポイント

  • 深い〈病い〉は経脈や蔵府を考慮した見方が必要!
  • 深い〈病い〉を臨床で問題としたのが経絡治療!
  • 経絡治療は〈表裏〉の概念を援用して〈病い〉を解析した現代鍼灸!
  • 六十九難や七十五難などの関係の論理は秩序立てに不可欠だった!

経絡治療の病態認識における〈表裏〉と〈五行〉の援用

 経絡治療の病態認識(証)における〈表裏〉と〈五行〉の援用は次のような手続きで行われた。

 ①まず『霊枢』経脈篇にならって〈蔵〉〈府〉と〈十二経脈〉を一対一に関係づける。つまり〈蔵〉〈府〉と〈十二経脈〉を別のものとせず、〈蔵府経脈〉と見なすということである。経絡治療では、〈蔵〉と〈陰経〉、〈府〉と〈陽経〉は大略同義である。その理由は、『素問』『霊枢』、特に現在の〈経脈〉についての考え方の基本となっている『霊枢』経脈篇や、それを継承した十二経脈理論(唐代の『明堂』、元末の『十四経発揮』など)の中で、〈蔵府〉と〈経脈〉が一対一の関係で結びつけられていることによる。
 もちろん、一方では、〈蔵府〉と〈経脈〉には、その出自に違いがあること、また〈蔵府〉と〈経脈〉には、その出自においても(たとえば〈経脈〉には、〈五蔵〉のいわゆる色体表的要素はない)、また〈病い〉が生じた場合の、その〈深さ〉に違いがあるとの認識があった。しかし、基本的に同義と考えたからこそ、〈手少陰心経の虚証は採らない〉〈足少陰腎経の実証も採らない〉という〈経脈〉レベルでは決して出てこない、〈五蔵〉レベルの治療法則が出てきたのである。誤解を恐れずにいえば、〈蔵府〉は深いところにある〈経脈〉であり、〈経脈〉は浅いところにある〈蔵府〉なのであった。

 ②既に述べたように、〈蔵府〉と〈経脈〉の間には一体であるという側面と、異なる面がある。しかし、本連載第4回で述べたように、〈蔵府〉、特に〈蔵〉は「生命の根源としての精気」と結びつけて認識されている。そして本連載第5回で述べたように、この〈精気〉は時間とともに、あるいは内外傷によって、常に虚していく過程にある。
 また「内傷がなければ外邪は入らない」という考え方があるように、あらゆる〈病い〉はそれがどんなものであれ、根底に〈蔵府〉の虚があると考えたのである。それは日常の鍼灸臨床で扱う〈病い〉の在り方にも合致するものであった。そこで、すべての〈病い〉の基本を、〈蔵〉〈府〉の虚、特に〈五蔵〉の虚(陰虚)におくこととしたのである。五蔵の虚レベルの〈病い〉とする判定は、睡眠・食事・大小便、月経などの変化の有無を指標とする。

 ③鍼灸の治療というものは、それが一穴に対する施術であれ、それがどんなよい結果と悪い結果は引き起こすのかは、なかなか測りがたいものである。たとえば肩こりという主訴はとれたのに、逆に頭が重くなったなどといった場合に、それをどう考えればよいのかということは、なかなか難問である。現実の鍼灸では「ある穴に施術したら、かくかくしかじかの効果があった」といった単純な話にはならないのである。
 このことは〈蔵府経脈〉を運用しようとした古代中国においても、1940年代の日本の経絡治療においても同様であった。足の太陰脾経が虚していると判断して、脾経を補ったら食欲不振は少し軽くなったような気がするが、両足がとてもだるくなった等々、刺鍼や施灸によって全身に何が起こるかはなかなか測りがたい。一つの〈経脈〉への施術は、当然、〈経脈〉全部を動かすからである。それは「経験を積めば、わかってくる」といったような簡単なものでない。そこで、〈蔵府経脈〉の一見無秩序な反応に対応するため、古典に書かれている枠組である〈表裏〉や〈五行〉が求められた。そしてすべての〈病い〉を、〈蔵府経脈〉の〈表裏〉関係および〈五行〉関係によって、仮説として位置づけるようにしたのである。
 言い換えれば、〈蔵(陰経)と府(陽経)の間の関係〉〈蔵(陰経)と蔵(陰経)との間の関係〉という観点から位置づける。具体的には肺・大腸、脾・胃といった〈表裏〉一対の関係、肺・脾、肝・腎といった五行の相生関係、肺と肝、肝と脾といった五行の相剋関係によって、〈蔵府経脈〉の〈病い〉を構造的に整理するのである。

 ④そして病態を、陰虚を土台として、陰陽虚実で分別し、a.陰虚(たとえば肝虚・腎虚、肺虚・胆虚など)、b.陰虚陽実(たとえば肺虚・大腸実など)、c.陰虚陰実(たとえば肺虚・肝実など)、d.陰虚陽虚(選経的には陰虚と同じ)に四分する。

 ⑤ここで注意しておきたいが、b~dの三段階は、陽実、陰実、陽虚と呼ばれようとも、いずれも陰虚のバリエーションであり、その虚実補寫は根底にある陰虚を回復させることを目的とする。

ポイント

  • 経絡治療は〈蔵〉〈府〉と〈十二経脈〉を〈蔵府経脈〉と見なした!
  • 〈蔵府経脈〉だから〈五蔵〉レベルの治療法則となった!
  • 〈蔵府〉は深いところにある〈経脈〉!
  • 〈経脈〉は浅いところにある〈蔵府〉!
  • 深い病いは陰虚、陰虚陽実、陰虚陰実、陰虚陽虚に分類できる!

近年の教科書に書かれた〈表裏〉の説明について

 今回の最後に、最近の日本の『新版 東洋医学概論』(2015年)において、どのように〈表裏〉が扱われているかを見てみよう。その〈表裏〉の認識と、前述の経絡治療の認識の違いを比較していただきたい。

 たとえば、第2章・第2節・「Ⅱ.蔵象五臓とその機能に関連した領域」では、肺と大腸の表裏関係については、次のように説明されている。

 「肺と大腸は表裏関係にあり、経脈を通じて互いに連絡し、生理的にも病理的にも密接な関係にある。肺の粛降は大腸の伝導を助け、津液を輸布することにより大腸の潤いを維持している。肺の機能が失調すると、大腸の伝化機能に影響を及ぼし、便秘などの症状が起こる。また、大腸の通りが悪いと肺の粛降機能に影響を及ぼし、咳嗽・喘息・胸満などが起こる。」

 この説明は、呼吸に関する症状を〈肺〉、排泄に関する症状を〈大腸〉のしるしとするなどの点において、一見、これまで私が述べてきたことと変わらないように見えるかもしれない。しかし、私にはこの説明は、倒錯した見解、あるいは現代医学風に粉飾された説明に見える。

 「経脈を通じて互いに連絡」しているから「肺と大腸は表裏関係」、とは、絡脈を想定した説明と思われるが、「互いに連絡」しているのは、肺(手太陰)と大腸(手陽明)だけではない。手陽明と足陽明も連絡しているし、そもそも現在の経脈説の典拠である『霊枢』経脈篇では十二経脈はすべてがつながって、環の端なきがごときものとなっているのであるから、この説明は説得力を欠く。

 そもそも、経脈篇の絡脈自体、経脈に比べて実在感が乏しい。まして、その絡脈を持ち出して〈表裏〉を説明することは、現実感の薄い説明であり、臨床に即した理由になっていない。私は、肺と大腸の間の関係や病態の移行を説明するために、手太陰と手陽明という経脈レベルの間に〈絡脈〉を仮定したと考える。そのように考えるほうが、現実的ではないだろうか。

 前記『新版 東洋医学概論』の後半の、肺の〈機能〉から〈表裏〉を説明する部分についても、吟味の必要があるが、それは今後、機会をみて行うこととしよう。

ポイント

  • 『霊枢』経脈篇では十二経脈はすべて互いに連絡し、つながっている!
  • 絡脈は表裏関係や病態の移行を説明するために仮定された!
  • 絡脈で〈表裏〉を説明することは現実感が薄い!

米国発の耳鍼療法はがんの慢性痛に有効か

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建部陽嗣

 がんサバイバーという言葉を知っているだろうか。サバイバーは「生存者」と訳すことができるため、がんを克服した患者をイメージするかもしれない。しかしそうではない。がんと診断されたその直後から患者が生涯を終えるまでを指す。つまりは、がんを経験した人すべてが対象である。

 医療の進歩に伴い、過去にがんと診断されたがんサバイバーの数は急速に拡大している。がんサバイバーは、がんを経験していない人に比べて痛みに悩まされることが多い。にもかかわらず、アメリカではがんサバイバーの2人に1人しか痛みに対する治療を受けていない。そのため、生活の質の低下や身体機能障害が生じ、病気の進行に関して悪化する要因の1つとなっている。

米国医師会発行のがん専門誌に掲載されたMaoらのRCT論文

 鍼灸治療、とりわけ鍼治療は慢性痛に対してよく用いられる。がん性疼痛ではないが、20,000人規模のメタアナリシスでは、鍼治療は慢性的な痛みに対するプラセボコントロールよりも優れていることが示された[1]。この論文に関しては、鍼灸ワールドコラム第89回(月刊 医道の日本、2018年10月号)にて紹介している[2]。そのなかで鍼治療は、長期にわたって持続する慢性痛に対して臨床効果を有する、その効果はプラセボ効果だけでは説明できない、鍼術の特異的な効果に加えて多くの因子が重要な貢献をしている、慢性疼痛患者にとって合理的な選択肢であると結論付けられた。がん患者の痛みに対するメタアナリシスも出されてはいるが、その規模が小さく、鍼治療の方法自体が不均一であるため、エビデンス強度は中等度と判定されている[3]。

 このような背景のなか、2021年5月、がんサバイバーの痛みに対する鍼治療効果を検討した論文が発表された。ニューヨークにあるメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターのMaoらによる「Effectiveness of Electroacupuncture or Auricular Acupuncture vs Usual Care for Chronic Musculoskeletal Pain Among Cancer Survivors: The PEACE Randomized Clinical Trial(がんサバイバーの慢性筋骨格痛に対する鍼通電療法・耳鍼療法対通常のケアとの有効:PEACEランダム化臨床試験)」である[4]。

 この論文はがんに関する世界的な雑誌JAMA Oncologyに掲載された。JAMA Oncology誌は、米国医師会が発行する査読付き医学雑誌であり、2020年のインパクトファクターは31.777とがん専門誌の中でも最も高いランクの雑誌の1つといえる。PEACEとは、Personalized Electroacupuncture vs Auricular Acupuncture Comparative Effectiveness(個別化された鍼通電療法と耳鍼療法との比較試験)の頭文字をとったもので、2017年3月~2019年10月(追跡調査は2020年4月に完了)にニューヨークとニュージャージーの都市部にあるがんセンターと郊外にある5つの病院で実施されたランダム化比較試験のことである。

 題名からもわかるように、鍼治療(鍼通電療法)と通常ケアとを比較しただけでなく、耳鍼療法も比較対象に加えている。これは日本とは異なるアメリカの鍼灸環境が影響しているのかもしれない。通常の鍼治療による痛みのコントロールにおいて、最もエビデンスが積みあがっているものが鍼通電療法による内因性オピオイドの放出である。この技術は、鍼麻酔として知られ、日本でも米国でも正式な鍼灸教育を受けた有資格者によってのみなされる。

 それに対し、2016年、米軍は標準化された耳介への鍼療法を開発した。この耳鍼療法は正式な鍼灸教育・臨床経験を持たない2,700人以上の臨床医が比較的簡単に習得し、臨床で用いられているという事実がある。そういったわけで、Maoらの研究は、がん生存者の慢性筋骨格痛に対して、鍼通電療法と耳鍼療法の両方の有効性を、通常のケアと比較するためにランダム化臨床比較試験を実施したのである。

試験に用いた鍼通電療法、耳鍼療法、通常ケアの手順

 この試験では、以前にがんと診断され、現在は病気の証拠がない成人が登録された。患者は、少なくとも3カ月以上、そして過去30日のうち15日間以上筋骨格痛を経験しているもので、過去1週間の最悪の痛みの強さを中程度以上(0-10の数値評価尺度で4以上)と評価した場合に適格とされた。
 Maoらはまず、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターに登録されている患者データベースの検索を通じて特定された潜在的に適格な患者に、研究の詳細を記した募集状を郵送した。そして、希望する患者には、適格基準を満たしていることを確認するために臨床医が面談を行った。患者は、書面によるインフォームドコンセントを完了した後、鍼通電療法、耳介鍼療法、または通常のケアの各群に、それぞれ2:2:1の比率で無作為に割り振られた。

 鍼通電療法の介入は、がん医療の現場で5年以上の経験を持つ鍼灸師が担当した。まず、患者が最も痛みがあると訴える体の領域(膝、腰、足首など)を特定する。そして、その領域の痛みをとるために、表から経穴を4つ選ぶ(表1)。それ以外の症状(不安、うつ、疲労感、睡眠障害など)に対しては、各鍼灸師が4カ所の経穴を表の中から自由に選び記録に残した。

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 それらの経穴を電極で結び、2Hzの頻度で、患者が感じる程度の電気刺激を30分間継続した。患者は10週間にわたって10回の鍼通電療法を受けた。

 耳鍼療法は、鍼通電療法のときと同じ鍼灸師が施術した。戦場鍼(battlefield acupuncture)として知られている米軍によって開発・標準化されたプロトコルに従った。耳鍼療法は、痛みの場所やその他の症状に基づいて行われた。

 鍼灸師は片方の耳の帯状回点にASP針(Sedatelec)を刺入し、患者に1分間歩くように指示する。歩いた後、患者の痛みの重症度が10段階で1より大きいままである場合、もう一方の耳の帯状回点に針を刺入した。
 このようなプロセスを他の治療点(視床、オメガ2、ポイントゼロ、神門)でも同様に実施した。
 (1)痛みの重症度が10段階で1または0に減少した、(2)患者がそれ以上の鍼治療を拒否した、(3)血管迷走神経性反応が観察されたかのいずれかが出たら、その日の耳鍼治療は終了とした。最大10本の針が刺入れ、各治療時間は約10〜20分だった。針は3〜4日間留置され、患者自ら抜針した。患者は10週間にわたって10回の耳鍼療法を受けた。

 通常ケア群の患者は、鎮痛薬、理学療法、糖質コルチコイド注射など、臨床医によって処方された標準的な疼痛管理を受けた。

24週目まで痛みの低下が持続

 主要評価項目は、ベースライン時から12週目までのBrief Pain Inventory(簡易疼痛質問票:BPI)の平均疼痛重症度スコアの変化とした。BPIには、痛みの重症度に関連する4つの質問が含まれており、応答の選択肢は0(痛みなし)から10(想像できる最大にひどい痛み)の範囲で答える。これらの4つの項目の平均値を、主要な評価項目とした。

 2017年3月~2019年10月までの間に患者をリクルートし、最終的に登録された360人の患者を、145人が鍼通電療法群、143人が耳鍼療法群、72人が通常のケア群にランダムに割り当てられた。ベースライン時の、BPI疼痛重症度スコアの平均値(SD)は5.2(1.7)ポイントで、疼痛期間は5.3(6.5)年、210人(60.5%)の患者が何らかの鎮痛剤を使用していた。

 鍼通電療法は、通常ケア群と比較して、ベースラインから12週目までの期間において、BPIスコアを1.9ポイント低下させた。耳鍼治療も、BPIスコアを1.6ポイント減少させた。BPIスコアの低下は、耳鍼療法よりも鍼通電療法のほうが0.36ポイント大きく、痛みを軽減する意味において鍼通電療法に対して耳鍼療法が劣性ではないとは言えない値となった。両方の鍼治療群で、痛みの低下は24週目まで持続していた(図1)。

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有害事象は、両方の鍼治療群である程度認められた。鍼通電療法を受けている患者の中では、あざ(皮下出血)が最も多い有害事象であり、145人中15人(10.3%)の患者に認められた。耳鍼療法を受けている患者では、耳の痛みが最も多い有害事象であり、143人中27人(18.9%)の患者によって報告された。鍼通電療法群では、145人中1人(0.7%)の患者が有害事象のために治療を中止した。耳鍼療法群では、143人中15人(10.5%)の患者が有害事象のために治療を中止した(P <0.001)。

「戦場鍼」の可能性と今後の検証

 いかがであっただろうか。慢性筋骨格痛を伴う多様ながんサバイバーにおける今回の鍼通電療法および耳鍼療法のランダム化臨床試験では、通常のケアと比較して、痛みの重症度、痛みに関連する機能的干渉、および生活の質が改善され、鎮痛薬の使用が減少していた。
 たしかに両方の鍼治療はともに効果的であったが、耳鍼療法のほうが鍼通電療法よりも治療中止率が高く、鍼通電療法に対する非劣性の基準を満たさなかった。

 戦場鍼として知られる耳鍼療法は、標準化され、退役軍人保健局からその有効性が報告され、実装までされた新しい鍼治療技術の一つである。しかし、これまでは大規模なランダム化臨床試験によるエビデンスは欠けていたといわざるを得ない。今回のMaoらの論文における耳鍼療法の効果量は、過去のメタアナリシス[1]で報告された鍼治療のものと同等かそれよりも大きい。さらに、今回の試験で観察された痛みの軽減値において、耳鍼療法と鍼通電療法との絶対差は小さい。まだまだこれから可能性を秘めた技術といえる。

 ただ、残念ながら、10人に1人の患者が耳鍼による耳の不快感に耐えることができなかった。どの患者が耳鍼を許容できないかを予測すること、このような副作用を軽減すること、この技術を安全に施術する方法を調査するといった、さらなる研究が必要だろう。

【参考文献】
1)Vickers AJ, Vertosick EA et al. Acupuncture for Chronic Pain: Update of an Individual Patient Data Meta-Analysis. J Pain. 2018;19(5):455-474.
2)建部陽嗣, 樋川正仁. 鍼灸ワールドコラム第89回 慢性疼痛に対する鍼治療 臨床研究結果のアップデート. 医道の日本. 2018; 10: 206-208.
3)He Y, Guo X et al. Clinical Evidence for Association of Acupuncture and Acupressure With Improved Cancer Pain: A Systematic Review and Meta-Analysis. JAMA Oncol. 2020; 6(2): 271-278.
4)Mao JJ, Liou KT et al. Effectiveness of Electroacupuncture or Auricular Acupuncture vs Usual Care for Chronic Musculoskeletal Pain Among Cancer Survivors: The PEACE Randomized Clinical Trial. JAMA Oncol. 2021; 7(5): 720-727.

人体で繰り広げられる表裏の関係

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篠原孝市

〈五蔵〉と〈六府〉の陰陽関係

 前回、私は、〈五蔵〉〈六府〉にとって〈陰陽〉〈五行〉という論理が不可避である理由、〈陰陽〉や〈五行〉には分類と関係の二つの側面があり、とりわけ重要であるのは、関係の側面であると述べた。そして、〈五蔵〉には〈陰陽〉という分類あるいは関係があるが、〈六府〉にはそれがないことを指摘した。

 今回はさらに進んで、まず〈蔵〉と〈府〉が〈表裏〉という〈陰陽の関係〉にあることとその意味について述べることにする。

 〈蔵〉と〈府〉の関係を「表裏」という言葉で表現しているのは、『素問』調経論篇の次のような一節である。

「帝曰く、夫子、虚実を言う者、十有り。五蔵に生ず。五蔵は五脈なるのみ。
夫れ十二経脈は、皆な其の病を生ず。今、夫子、独り五蔵を言う。
夫れ十二経脈は、皆な三百六十五節を絡う。
節に病有れば、必ず経脈に被(およ)ぶ。
経脈の病、皆な虚実有り。何を以てか之れを合せん、と。
岐伯曰く、五蔵は、故(ことさら)に六府を得て、與(とも)に表裏を為す。
経絡支節、各々虚実を生ず。其の病の居る所、随いて之れを調う」

 ここでは身体の深部に想定されている〈五蔵〉〈六府〉が表裏関係にあるとともに、浅い部分に想定されている〈十二経脈〉〈三百六十五節〉と相対することが述べられている(「三百六十五節」の解釈に定説はないが、ここでは三百六十五の兪穴としておく)。

ポイント

  • 深部の五蔵と六府は表裏関係!
  • 五蔵六府は浅部の12経脈、365兪穴とは相対する関係!

〈五蔵〉〈六府〉表裏関係の具体例

 〈五蔵〉と〈六府〉の「表裏」の関係について、『霊枢』本輸篇では次のように述べている。

「肺は大腸に合す。大腸は、伝道の府なり。
心は小腸に合す。小腸は、受盛の府なり。
肝は胆に合す。胆は、中精の府なり。
脾は胃に合す。胃は、五穀の府なり。
腎は膀胱に合す。膀胱は、津液の府なり。
少陽は腎に属す。腎は上りて肺に連なる。故に両蔵を将(おさ)む。
三焦は、中瀆の府なり。水道出で、膀胱に属す。是れ孤の府なり。
是れ六府のともに合する所の者なり」

 同じく『霊枢』本蔵篇にも次のようにある。

「黄帝曰く、願わくば六府の応を聞かん、と。
岐伯荅えて曰く、
肺は大腸に合す。大腸は、皮、其の応。
心は小腸に合す。小腸は、脈、其の応。
肝は胆に合す。胆は、筋、其の応。
脾は胃に合す。胃は、肉、其の応。
腎は三焦膀胱に合す。三焦膀胱は、腠理毫毛、其の応、と。」

 以上、二つの経文はともに〈五蔵〉と〈六府〉の表裏関係から書き出されているが、実は〈六府〉を位置づけることに主眼があると思われる。本輸篇の経文の後半に〈六府〉それぞれの位置づけをしてあるのはそのためである(『素問』霊蘭秘典論篇にその異文が見える)。

 本蔵篇の経文に先行するのは、おそらく『素問』宣明五気篇の次のような経文である。

「五蔵の主る所、心は脈を主り、肺は皮を主り、肝は筋を主り、脾は肉を主り、腎は骨を主る、是を五主と謂う」(『霊枢』五色篇にも略同文がある)

 宣明五気篇では、一方には〈五蔵〉の概念があり、他方には身体の深さや機能を表す概念である〈皮〉〈脈〉〈肉〉〈筋〉〈骨〉があって、両者は一対一の対応関係と考えられている。ここで忘れてはならないことは、目・舌・口・鼻・耳と同様、〈皮〉〈脈〉〈肉〉〈筋〉〈骨〉もまた、あくまでも〈五蔵〉との関係であって、〈六府〉と直接の関係はないということである。

 本蔵篇では、〈五蔵〉と〈皮〉〈脈〉〈肉〉〈筋〉〈骨〉のこの対応関係の中に〈六府〉を入れこむことで、たとえば肺を例とすれば、肺―大腸―皮という人体の構造を展開しているのである。

 『素問』陰陽応象大論篇の以下の経文も、そうした三位一体の構造を述べたものである。

「外内の応、皆な表裏有り。……
故に天の邪気感(うごかさ)るれば、則ち人の五蔵を害(そこな)い、
水穀の寒熱に感(うごかさ)るれば、則ち六府を害い、
地の湿気に感(うごかさ)るれば、則ち皮肉筋脈を害う。
故に善く鍼を用うる者は、陰より陽に引き、陽より陰に引き、
右を以て左を治し、左を以て右を治し、
我を以て彼を知り、表を以て裏を知り、
以て過と不及の理を観(み)て、微を見て過を得、
之れを用うれども殆(あやう)からず」

ポイント

  • 『霊枢』本輸篇、本蔵篇は六府を位置づけることに主眼がある!
  • 皮・脈・肉・筋・骨も五蔵と関係し、六府と直接関係はない!

心包と三焦の表裏問題

 ところで、本輸篇や本蔵篇では、肺と大腸、心と小腸、肝と胆、脾と胃、腎と膀胱の表裏関係は指摘されているが、三焦は膀胱に所属せしめられていて、対応する独自の〈蔵〉はない。これは本輸篇や本蔵篇が、〈十二蔵府〉説以前の、古い〈十一蔵府〉説の段階で書かれているためである。

 つまり、現在のような〈六蔵〉〈六府〉になる前の〈蔵府〉は、〈五蔵〉〈六府〉の十一蔵であって、三焦は膀胱と併せて「三焦膀胱」というふうに認識されていた。そうした認識は、『素問』『霊枢』はもちろん、『脈経』巻第一・両手六脈所主五蔵六腑陰陽逆順第七からもうかがうことができる。ちなみに、馬王堆から出土した前漢の医書によれば、前漢以前は経脈自体も十一本であったためであろう、〈蔵府〉と経脈の対応関係についての問題は起こらなかったのである。

 前漢から後漢へと時代が変遷する過程で経脈が三陰三陽の十二本になると、初めて蔵府と経脈の数の不一致、およびその表裏関係が問題となった。それを象徴するのが、『難経』二十五難の次のような経文である。

「二十五の難に曰く、十二経有り。五蔵六府は十一のみ。其の一経は、何等の経ぞやと。然るなり。一経は、手の少陰と心主との別脈なり。心主と三焦は表裏を為す。倶に名有りて形無し。故に言う、経に十二有りと」

 これらの経文を経て、膀胱に関連する何かの実質臓器からイメージされた〈府〉の一つであった〈三焦〉は、原初の実質臓器のイメージを引きずらない、有名無形のものに転じるとともに、やはり有名無形とされる「心主」と表裏関係とされた。ただし、「心主」は現在の研究でも、①心の外膜(心包絡)、②手厥陰の脈、③〈五蔵〉の一つの〈心〉そのものなどと解釈され、定説がない。

ポイント

  • 『霊枢』本輸篇や本蔵篇は〈十一蔵府〉説の段階で書かれている!
  • 本輸篇や本蔵篇では三焦は膀胱に所属していた!
  • 三焦は府から有名無形のものに転じ、心包(心主)と表裏関係!

経脈にも見られる表裏関係

 ここで指摘しておかなくてはならないが、〈蔵〉〈府〉に見られる表裏関係は、陰経と陽経の間でも設定されている。たとえば『素問』血気形志篇には次のようにある(九鍼論篇にも略同文がある)。

「足の太陽と少陰は表裏と為す。
少陽と厥陰は表裏と為す。
陽明と太陰は表裏と為す。
是れ足の陰陽為るなり。
手の太陽と少陰は表裏と為す。
少陽と心主は表裏と為す。
陽明と太陽は表裏と為す。
是れ手の陰陽為るなり」

 経脈の表裏関係があまり意識されない形で織り込まれているのが、『霊枢』経脈篇の十二経脈の流注である。各経脈は表裏関係単位で組み合わされ、それを手足の陽明、太陽、少陽がつながるように並べられている。

 経脈篇は、環の端なきがごとき循環やその流注経路ばかりが問題とされる傾向にあるが、経脈の選定という意味からいえば、経脈の表裏関係は、経脈流注と同様、あるいはそれ以上の重要性があると、私は考えている。

 〈蔵府〉と経脈はそれぞれ別に成立したが、早い段階から相互の関係づけが進められたようである。そして、経脈篇において各〈蔵府〉に経脈が一本ずつ配当された。ただ、〈蔵府〉の表裏と、経脈の表裏のどちらが先に成立したかについては、しばらく結論を保留しておきたい。

ポイント

  • 表裏関係は陰経と陽経の間でも設定されている!
  • 経脈の選定には経脈の表裏関係は重要!
  • 蔵府と経脈はそれぞれ別に成立し、相互の関係がつくられた!

「肺は大腸に合す」とはどういう意味か

 以上のことから、〈蔵〉〈府〉や〈経脈〉に表裏関係が設定されているということは、この医学にとって、甚だ重要な意味を持っていることがわかる。私たちはこの〈表裏〉ということを、単なる知識として受け止めるだけでなく、診断学的、あるいは選経論(経脈の選定法則)的に解かなくてはならない。

 たとえば「肺は大腸に合す」の「合」は普通、配合、会合、合同、応当などと解釈される。張介賓は本輸篇に注して「是れを一表一裏と為す。肺と大腸は表裏を為す、故に相合するなり」と述べているが、「表裏」や「合」の意味はこれだけではわからない。

 また「肺と大腸は同じ〈五行〉の金の気である」との考え方がある。しかし、これは肺と大腸が「表裏」であることを前提とした後付けの物言いにすぎず、やはり「表裏」の意味は明らかではない。

 「表裏」という問題を具体的に考える指標となるのは、たとえば評熱病論篇の次のような経文である。

「巨陽は気を主る。故に先ず邪を受く。少陰は其れと表裏を為すなり」

 これに対して張志聡は「巨陽は太陽なり。太陽の気は表を主る。風は陽邪為り。人の陽気を傷る。両陽相搏てば、則ち病熱を為す。少陰と太陽は、相表裏を為す。陽熱、上に在れば、則ち陰気、之れに従う。之れに従えば則ち厥逆と為るなり」と注している。

 張志聡注に従えば、風邪による陽熱に対応して、陰気による厥逆(足冷)が生じる病態の転変を、巨陽(足太陽)と足少陰の表裏関係によるものと見ているのである。

 また『素問』欬論篇には次のような経文がある。

「五蔵の久欬は、乃ち六府に移る。
脾欬已まざれば、則ち胃、之れを受く。……
肝欬已まざれば、則ち胆、之れを受く。……
肺欬已まざれば、則ち大腸、之れを受く。……
心欬已まざれば、則ち小腸、之れを受く。……
腎欬已まざれば、則ち膀胱、之れを受く。……
久欬已まざれば、則ち三焦、之れを受く」

 欬論篇の意味するところは簡単である。つまり脾の病は続けば胃に移行し、肺の病は大腸に移行するということである。

 以上のことからわかることは、〈表裏〉とは、〈蔵〉から〈府〉へ、〈府〉から〈蔵〉への病の伝変(転換)を説明するための装置の一つであるということである。

 〈気の医学〉としての鍼灸にとって、〈蔵〉〈府〉とは、現代医学の臓腑ではなく、蔵象とその変異、変調のことである。つまり、簡単にいえば、〈肺〉とは呼吸とか声、皮毛(体表)、排尿の多少などのことである。また〈大腸〉とは排泄のことである。それらの諧調が蔵象であり、乱調が病証である。〈気の医学〉で使われる言葉は、ことごとく蔵象の説明や病証の組み立てのためにある。

 たとえば外気温の低下は、まず皮毛が影響を受けて、体表温の低下を防ぐためにまず悪寒が起こる。この悪寒が長く続いたり、強かったりすれば、下痢をしたりする。私たちはそれを「冷えて下痢をした」とか、「皮毛から大腸に冷えが移行した」と称する。そこで終わればそれでよい。そこまではほとんど生理的段階といってよい。しかし、やがて咳が出始めれば、事は簡単ではなくなる。あるいは大小便が出なくなり、あるいは甚だしく悪寒したり、喉が痛くなれば、それはもう鍼灸による治療の段階である。私たちはそれを「大腸から肺に病が伝変した」とか「肺から腎に病が伝変した」とでも称さなくてはならなくなるのである。

 この〈蔵府〉と経脈の表裏関係が、後代、内外傷の議論の中で、どのように展開され、臨床に活かされたかについては、また稿を改めて述べることにする。

ポイント

  • 鍼灸医学は蔵府や経脈に表裏関係が設定されている!
  • 蔵から府へ、府から蔵への病の伝変を説明する装置の一つが表裏!
  • 〈気の医学〉で使われる言葉の役割は蔵象の説明や病証の組み立て!

用語解説

張介賓(ちょうかいひん):第2回の用語解説参照。

張志聡(ちょうしそう):1610~1680?。銭塘胥山(浙江省銭塘)の人。字は隠庵。明末清初の著名な医家。『清史稿』にその伝が見える。清代の初期に侶山堂を設け、同郷の医家や門人多数を糾合して、医経や方書、本草書の共同研究を行った。主な著作に『黄帝内経素問集註』『黄帝内経霊枢集註』『侶山堂類弁』『本草崇原』がある。門人・高士宗は後に『素問直解』を著して医経研究に寄与した。

蔵府概念の根底にある陰陽五行

篠原孝市

中国医学の構成を正しく理解する

 前回、私は、〈五蔵〉あるいはそこに所藏される〈精気〉と人間の生死や生存との関わりを概括した。

 また〈五蔵〉〈六府〉と〈病い〉の関係に言及し、あわせて〈五蔵〉〈六府〉確立以前の蔵府論に触れた。

 それらをふまえて、今回から、〈五蔵〉〈六府〉の運用について述べることとする。

 〈五蔵〉〈六府〉の運用を考える際に(それは経脈の運用に際しても同様であるが)、どうしても避けて通ることができないのが、〈五蔵〉〈六府〉という認識方法の根底にある〈陰陽〉と〈五行〉についてである。

 現代医学の立場に立つ場合、〈陰陽〉〈五行〉はつまずきの石となる。中西合作的な要素が見え隠れする現代中医学においても同様である。そこで、行われるのは、〈五蔵〉〈六府〉から〈陰陽〉や〈五行〉的要素を薄めたり外したりして、現代医学に沿った形に解釈しようとする試みである。対象が理解できない場合、理解できるように歪めて理解することも珍しいことではない。

 しかし、中国医学の〈五蔵〉〈六府〉から〈陰陽〉〈五行〉を外すことはできない。〈五蔵〉や〈六府〉に〈陰陽〉や〈五行〉の論理を適応して整理してあるからではない。それならば〈陰陽〉や〈五行〉を取り除いても問題ないはずである。しかし、そうはならない。そもそも〈五蔵〉や〈六府〉は〈陰陽〉〈五行〉の論理と一体不可分なのである。具体的には、たとえば〈肺〉とは、〈肺〉のことではなく、肺と大腸という〈陰陽〉の〈関係〉、あるいは肺と肝、肺と脾、肺と腎、肺と胆、肺と小腸、肺と膀胱という〈五行〉の〈関係〉を示す概念だからである。こうした〈五蔵〉の〈関係性〉に耐えられず、古典のなかから、〈關係性〉の希薄そうな〈五蔵〉経文を探し出して対置しても無駄である。中国二千年の〈五蔵〉概念は、ほぼ〈陰陽〉〈五行〉のもとに記載されているからである。中国医学の〈五蔵〉〈六府〉の姿は、現代医学の常識の中にいる私たちを安心させるようなものではない。

ポイント

  • 医学の根底の蔵府概念、その根底の陰陽五行!
  • 蔵府も陰陽五行も、ゆがめず本来の形を理解する!
  • 蔵府概念は陰陽五行があって成立する!

〈陰陽〉〈五行〉という論理の必要性

 以下、〈五蔵〉や〈六府〉という概念に〈陰陽〉〈五行〉という論理が必要とされた理由を考えてみよう。

 自然界や人間の在り方を、言葉や概念、カテゴリーなしに理解することは難しい。この世界は明るさと暗さが反覆し、雨が降るかと思えば風が吹く。長いスタンスなら、日照時間の長さは刻々と変化し、それに伴い寒暑の傾きがあり、地上の動植物が変化する。

 私たちがそこに一定の規則性と安定を見いだすのは、既にある昼や夜、春夏秋冬、寒暑などの言葉、天文学や気象学の知識を意識的、無意識的に援用してそれを見ているからである。それが人間の生活と意識を安定させる。そして、その安定の中に不安定が含まれていることを忘れさせる。

 たとえば寒い夏や温かい冬が珍しくないように、自然界の安定と諧調には、必ず不安定と乱調が含まれている。人間の身体と意識も相対的に安定しつつ、やはり不安定を避けることができない。自然界同様、人間の身体にも、何が起こるかわからない。人間が最初に身心の不調を意識するのは、十代の頃であるが、年齢とともに調和は不調和に変わり、しかも、それを止めることはできない。そして、その不安定や不調和の理由がわからないということが、私たちを苦しめるのである。

 自然界や人体の秩序と無秩序の原因や状態は多様であって、それを捉えることは個人の経験や直感ではどうにもならない。現象に対する命名や抽象化、そして〈分類〉と〈関係〉付けが不可欠である。どんな事態にも対応できるような汎用の理論がなくては、対処することはできないからである。

 古代中国の医家たちにとっても、それは自明のことであった。『素問』『霊枢』『難経』の〈蔵府〉論はもちろん、『傷寒論』の〈三陰三陽〉の病位論も、直接の経験を記載したものではなく、それを抽象化し、〈病い〉を診るための規範を示しているのはそのためである。

 これに対して、経験を抽象化せずそのまま記載することで規範を示したように見える古代医薬書の例として、『神農本草経』や『明堂』の主治条文がある。しかし、それらの経文から何らかの〈論理〉が抽出できなければ、そこに載せられている薬物や兪穴を、臨床において汎用的に用いることは難しい。

 私たちは論理なしに、物事を判断することはできない。いうまでもなく、論理というものは、混沌とした現実を整理し、物事を構造的に把握して、仮説としての認識を形成するための規範ではあっても、現実そのものではない。私がここで「規範」というのは、単に〈陰陽〉や〈五行〉だけを指すものではない。たとえば、混沌とした脈搏の動きをつかむために設定された〈脈状〉もまた、現実の脈拍ではなく、規範なのである。

 古代の中国人も、世界が〈陰陽〉と〈五行〉で秩序正しく動いているなどとは考えなかったと思われる。現在、古典的な鍼灸を行っている私たちもまた同じである。だからこそ、それらの論理を適応し、運用する過程においては、親試実験が必要とされる。医学や鍼灸のような実学では、論理を振りかざしても無駄で、実際の効果が上がるように、仮説としての認識は絶え間なく変更されなくてはならない。それが〈陰陽〉や〈五行〉を使った医学概念の真実の在り方である。〈蔵府〉や〈三陰三陽〉の理論を使っている臨床家は、誰もみなそのようにしているはずである。

 ただ、論理は一般に、人間の頭の中では、目の前の現実よりも現実的に見えてきて、しばしば現実と混同される。論理の通りに現実が起こらないはずがないと思い、現実を、それが論理と整合しないことを理由に否定するようにすらなる。もちろん、それは〈陰陽〉や〈五行〉に限ったことではないが、心すべきことである。

ポイント

  • 自然界や人間の在り方は言葉や概念、カテゴリーで理解する!
  • 理論によって混沌とした自然、現実、脈拍を整理できる!
  • 現実と論理が整合しないことはよくある!

〈陰陽〉〈五行〉における〈分類〉と〈関係〉

 〈陰陽〉〈五行〉と一体不可分の〈五蔵〉や〈六府〉とは、具体的にどのような認識の世界だろうか。

 〈陰陽〉〈五行〉という認識には二つの側面がある。一つは〈分類〉であり、もう一つは〈関係〉である。

 〈分類〉とは、事物をその種類・性質・系統などに従って分けさまざまな現象をそこに当てはめていくことである。これには二つの側面がある。空間的側面と時間的側面である。

 自然界でいえば、空間的側面とは、上・左・外・表・日向・東方と南方などを陽、下・右・内・裏・日陰・西方と北方などを陰とするなどである。時間的側面とは、昼夜、春夏秋冬などである。人体でいえば、上下、左右、内外、表裏、寒熱、腹背、手足と体幹であり、身体部位を〈五蔵〉に〈分類〉すること、すなわち目は肝の気に、耳は腎の気に、鼻は肺の気に配当するということである。五行の色体表的なものと考えてよい。

 しかし、〈分類〉の一対一的認識は、それ自体が甚だ固定的な認識であって、臨床の診察に使ってみると、その硬直性や観念性は明らかである。ためしに目の症状を持っている患者に、肝の気に関わりのあると考えられる足厥陰肝経や肝兪、あるいは期門、あるいは手足の末端にある井木穴に施鍼や施灸をしても必ずしもうまくはいかない。

 つまり〈分類〉は基礎ではあるが、応用にはなお十分ではないのである。別の言い方をすれば、〈五蔵〉は、〈陰陽〉と〈五行〉の関係論に行き着いて初めて意味を持つ。
 たとえば私は先ほど、上下や左右を〈陰陽〉に〈分類〉した。しかし、上下や左右を陰陽的に見ることの本質は、上を陽、下を陰に〈分類〉することを越えて、上下を一体と見るときにおいてのみ意味を持つ。すなわち「上」は「下」なしでは成り立たない相対概念である。

 このことは脈状の浮沈を例にして考えるとわかりやすいかもしれない。「浮」を陽、「沈」を陰の脈と〈分類〉し、これらを二つの脈とみた場合、「浮と沈の間に位置する脈」という考え方が成立する。しかし、それは中国医学を理解しない、現代医学的な発想である。なぜならば、「浮沈」とは最強部が診脈部の深さの相対的な〈偏り〉を示す指標なのであって、浮脈や沈脈が単独に存在するわけではないからである。遅数、虚実、滑濇など、南宋金元以降に一対として理解されるようになった脈状も同じである。だから「滑っぽい濇」とか「浮のような沈」という診察はあり得ない。

ポイント

  • 自然界や人体に関わることを「空間」と「時間」で分類してみよう!
  • 五蔵は陰陽と五行の関係論が必須!
  • 「浮沈」は相対的な偏りを示し、浮脈や沈脈は単独で存在しない!

〈五蔵〉〈六府〉の陰陽分類

 ここからは〈五蔵〉が〈陰陽〉論によって、どのように構想されたかについて述べることとする。

 『素問』金匱真言論篇では、内外、腹背、〈蔵〉〈府〉を陰陽に分類し、次に肝心脾肺腎と胆胃大腸小腸膀胱三焦を陰陽に分類している。さらに春夏秋冬の陰陽分類からの類推で、陰陽の中にさらに陰陽を設けて心を「陽中之陽」、肺を「陽中之陰」、腎を「陰中之陰」、肝を「陰中之陽」、脾を「陰中之至陰」と規定している。この場合、心と肺の違いは陽の中の陽気の過多を表したものと解釈できる。ちなみに「陽」とは「陰の気が少ないこと」、「陰」とは「陽の気が少ないこと」を意味している。

 〈五蔵〉のこうした陰陽分類は、『霊枢』九針十二原篇や陰陽繋日月篇にも見える。それらの篇では、心は「陽中之太陽」、肺は「陽中之少陰」、腎は「陰中之太陰」、肝は「陰中之少陽」、脾は「陰中之至陰」となっているが、意味に違いはない。

 これらの経文に見える「至陰」は、『素問』の六節蔵象論篇、評熱病論篇、痺論篇では、土、腹、肌、土用と関わりのある用例が、水熱穴論篇では腎と関わる用例が見える。

 これらはもともと、〈五蔵〉のもととなった実質臓器の高低から類推されたものであろうが、この〈五蔵〉の陰陽のイメージは、『難経』四難、五難、十二難、七十難などに受け継がれ、後代、五蔵病証を考えるうえにおいて、重要な指標となったのである。

 〈六府〉にはこうした陰陽的分類はない。その代わりに登場するのが、〈五蔵〉と〈六府〉の表裏関係であるが、それについては、次回に述べることとする。

ポイント

  • 『素問』『霊枢』では内外、腹背、蔵府を陰陽に分類している!
  • 古代医学者は陰陽に分類して事象を理解しようとしていた!
  • 陰陽分類は伝統医学の指標!

立て続けに報告されたわが国での鍼灸事故4症例

建部陽嗣

 2020年11月から2021年3月にかけて、わが国から鍼灸の症例が英語で立て続けに4例報告された。この4症例はすべて、医師からの報告である。そして残念ながら、すべて事故症例である。そのうち2症例は、過去の鍼灸治療による障害、残りの2症例は鍼灸治療直後に生じた事故の報告である。症例①~③は、画像を無料で見ることができる。URLからぜひ見に行っていただきたい。

症例①89歳男性、けがで発覚した約50年前の埋没鍼

https://doi.org/10.1002/ams2.588

 大阪医科大学救急医学教室のOtaらによって「Discovery of decades-old acupuncture needle fragments during routine care for an arm injury(腕の怪我の日常的なケア中に数十年前の鍼治療の針の破片を発見)」と題して、埋没鍼症例が報告された[1]。

 89歳男性が家で転倒し、右肘からの出血により救急搬送された。緊急治療室に到着したときのバイタルサインは、ほぼ正常であった。右肘外側の擦過傷と右前腕橈骨側の裂傷が確認されたが、これらの創傷の周囲に異物はなかった。右腕のレントゲン写真を撮影してみると、右肘関節の周りに多数の放射線密度の高い異物が見つかった。これらの異物は当初、外傷による何か、異物による断片、もしくはX線フィルムの破片によるものと考えられた。しかし、患者に注意深く問診を行うと、約50年前に右腕の痛みとしびれに対して鍼治療を受けていたことが明らかとなった。

 レントゲン写真を見てみると、合谷や手三里の付近に、細い異物がいくつも映し出されていることがわかる。この症例では、鍼灸針は何年も無害であったので、処置はせず、そのままにされた。しかし、現在、このような埋没鍼療法を行う鍼灸師はいないと信じたい。

 2020年に刊行された「鍼灸安全対策ガイドライン2020年版」でも、埋没鍼療法は禁忌となっている[2]。そこには、体内に残存した鍼が移動し、神経・血管や臓器を損傷する可能性があること、MRI撮像や外科的処置に多大な影響を及ぼす可能性があることが記されている。ガイドラインはネットでも公開されているため、鍼灸師は必ず読んでいただきたい。

症例②腰痛治療のための埋没鍼で尿管結石に

https://doi.org/10.1016/j.ajur.2019.10.009

 2つ目の症例は、北海道社会事業協会帯広病院泌尿器科のMatsukiらによる「Ureteral calculi secondary to a gradually migrated acupuncture needle(徐々に移動する鍼治療針に続発する尿管結石)」である[3]。

 74歳の女性が尿管結石と腎盂結石の治療のために当科に紹介された。臨床症状や愁訴はなかったが、胃癌治療後の術後腹部CTスキャン画像で、左側の水腎症と、腎盂と尿管にそれぞれ直径6mmと15mmの2つの結石が映し出されていた。身体検査、血液検査、尿検査、すべてに異常がなく、尿路結石形成につながる可能性のある薬物の投与も認められなかった。

 CTおよびX線画像により、細長い異物にくっついている不自然な結石が特定され、他にも主に腰部に埋め込まれた鍼灸針が観察された。患者は、約10年前、腰痛の治療のために鍼治療を受けていた。そのため、Matsukiらは過去の画像をあらためて見直してみることにした。すると、5年前に撮像された冠状CTスキャンでは、鍼灸針が左腎実質に移動したことが示され、鍼灸針の上部にかすかな腎結石が観察された。3年前に撮影されたCTスキャンでは、左腎盂に鍼治療針を伴う左腎結石が既に認められ、その他にも多くの埋め込まれた鍼治療針の断片が確認された。つまり、尿管結石は、徐々に腎実質に移動した鍼灸針に起因するものと考えられる。

 まず、硬性尿管鏡とレーザーを使用した経皮的腎結石摘出術を実施し、1つの結石と細い針の断片を抽出した。しかし、尿管結石が壁にぶつかり、粘膜が浮腫状であったため、細いガイドワイヤーを尿管に通すことができなかったため、手術は中止された。2週間後、尿管粘膜の浮腫が解消されたので、軟性尿管鏡を使用して尿管内の針と結石の残留断片を除去した。処置以来、患者は6カ月のフォローアップ期間中、結石の再発はみられなかった。

 論文に掲載された写真を見ると、2㎝程度の鍼灸針とその断片が見て取れる。今回、尿路に移動した鍼を内視鏡で摘出することはできたが、この患者の腰にはまだ長い鍼灸針が残っている。10年前、埋没鍼は既に禁止されていたはずである。誤って折れたとしても、2cmの長さの鍼を患者の体内に残し、そのままにしておくことは決して許されることではない。

症例③アスリートの殿筋で折れ体内で発見された鍼

https://doi.org/10.1186/s40792-020-01065-8

 3例目は、三重大学医学部消化管・小児外科学のYamamotoらによる「Laparoscopic removal of an aberrant acupuncture needle in the gluteus that reached the pelvic cavity(骨盤腔に達した殿筋に刺さっている鍼灸針の腹腔鏡下除去:症例報告)」である[4]。
 患者は、26歳の男性アスリートで、殿部に残った鍼治療針の検査のため当院に紹介された。入院の6日前、鍼治療を受けたのだが、鍼灸針の端が折れて殿筋に残ってしまった。鍼灸師はすぐに針を抜こうとしたができなかった。殿部に鍼灸針が残っているにもかかわらず、症状がなかったため、患者はトレーニングを中止しなかった。アスリートである患者が、トレーニングの中断を嫌がったのだ。しかし、その後、左下肢の屈曲時に痛みを感じるようになり、整形外科を通じて当科に入院することとなった。

 患者の身長は174 cm、体重は68 kg、鍼灸針の刺入部位は特定できなかった。体内に残った鍼灸針に触れたり感じたりするのは困難な状態だった。腹部X線検査では、長さ40 mmの細い金属異物を認めた。腹部のCT検査でも、殿筋に線状の超高密度の異物が確認された。しかし、鍼灸針の針先が後腹膜を破り骨盤腔に到達しているかどうかまでは不明だった。

 迅速な異物除去が必要ではあったが、上記CT所見に加えて、急性腹症を起こしていないことから、緊急手術を行う必要はないと判断された。そして、Yamamotoらは、異物を安全かつ最小限の侵襲で除去する方法を議論した。最初は、整形外科的に体表面からのアプローチによる異物の除去を考えた。しかし、鍼灸針の断端が殿筋の真ん中にあること、殿筋の切開により患者の運動能力が低下する可能性を考慮し、経腹的アプローチを使用することが適切だと判断した。

 経腹的アプローチは直腸癌手術における外側リンパ節郭清に用いられる方法で、これによりCTで確認した鍼灸針を認識できると判断した。腐食した針は壊れやすく、除去中に断片化する可能性、針の断片が膿瘍を形成する可能性を考慮し、残存した鍼灸針をX線透視ガイド下で腹腔鏡を用いて除去することが決定された。

 実際の手術では、X線透視検査で異常な鍼灸針が殿筋にあることが確認されたが、鍼灸針周囲の腹膜が炎症により肉芽腫性変化を示していたため、腹腔鏡鉗子では鍼灸針を感じることができなかった。したがって、後腹膜をさらに解剖して鍼灸針を探すことになった。外側リンパ節郭清で使用されるアプローチで解剖学的構造を特定すると、肛門挙筋に入り内閉鎖筋に至る鍼灸針が特定された。無事に取り除くことに成功し、折れた鍼灸針の長さは40mmであった。鍼灸治療から手術による鍼灸針の抜去まで8日が経過していた。患者に合併症はなく回復し、術後2日目には退院し、すぐに競技スポーツに戻った。

 この症例では、折れた鍼灸針の鍼柄側の写真も掲載されていることから、施術した鍼灸師が協力していることがうかがえる。2.5寸(75mm)の長さの鍼灸針が施術に使われたようである。折鍼が起きてしまった場合、鍼灸師は折れた鍼の柄側と、未使用の鍼の情報を医師に提供することは重要である。使用した鍼灸針の太さまでは写真からは確認できないが、アスリートのような筋肉が発達した患者に対しては、いつも以上に太い鍼灸針を選択することが必要だろう。

症例④肩こりの女性医師が鍼治療後に両側性気胸を発症

http://dx.doi.org/10.1136/bcr-2020-241510

 最後は、慶應義塾大学医学部呼吸器内科のNishieらによる「Bilateral pneumothorax after acupuncture treatment.(鍼治療後の両側性気胸)」である。
 患者は、31歳の呼吸器内科女性医師である。彼女は、肩こりの治療のため鍼灸院を訪れ、首、肩、背中、腰、胸部に鍼治療を90分間受けた。鍼治療部位は、A:胸横筋、B:僧帽筋の中央部、C:肩甲骨上角;肩甲挙筋の起始、D:肩甲挙筋、E:僧帽筋の上部、F:棘下筋、小円筋、大円筋、G:外腹斜筋、腰方形筋、H:腸肋筋の外縁、I:腸肋筋の起始、J:大殿筋の起始、K:中殿筋、小臀筋、L:頭板状筋の起始、M:頭半棘筋、N:僧帽筋と頭半棘筋の起始、O:小胸筋の起始の15部位である。患者は、身長158.1 cm、体重42.3 kgで、呼吸器疾患の既往や喫煙歴はなかった。

 鍼治療30分後、胸と肩に倦怠感と不快感を覚えた。当初、彼女はこの感覚は鍼治療によるものだと考えていたため、様子をみることにした。しかし、背臥位になると、胸の両側から「パチパチ」という軋音が聞こえるようになった。この音は翌日も続き、くしゃみをすると胸が痛くなり、吸入時に不快感を覚えるようになった。彼女は気胸を疑って救急治療室に報告した。胸部レントゲン写真では、第3肋間腔までの右肺の虚脱と、左肺尖部のわずかな虚脱が明らかとなった。患者は、処置なしで11日後に回復した。

 施術を受けた鍼灸院では、対象の筋肉の解剖学的深さに対応するために、15~60mmまで異なる長さの鍼灸針が用意されていた。しかし、肩こりに対して使用された鍼灸針は、8番2寸(直径0.3mm、長さ60㎜)のものであった。施術部位において、特に上記Cの領域(肩甲骨上角部)は、解剖学的に胸膜に近い部位である。Nishieらが超音波検査により確認したところ、肩甲骨上角の肩甲挙筋付着部における患者の皮膚と胸膜との間の距離は22 mmであった。

 使用された鍼灸針の長さは60mmもあり、首や肩の領域に日常的に用いるには適していない可能性が高い。たとえ斜刺で刺入したとしても、刺入できる最大の深さは約30mmであり、長い鍼灸針を用いたことにより両側の胸膜を貫通した可能性が示唆された。
 今回、施術した鍼灸師は初心者ではなく、11年の経験を有していた。そのため、気胸を起こした原因は、施術した鍼灸師の「impudence(怠慢、厚かましさ)」であると論じている。同感である。施術に慣れてきた時こそ、注意が必要である。鍼灸師は、個々の患者の体格に合わせた鍼灸針(長さ・太さ)を選択する必要がある。

 患者は初めて鍼治療を受けたということもあり、鍼治療後に生じた違和感に対して、当初は鍼治療によるポジティブな反応だと勘違いした。呼吸器内科医であっても気胸を疑うことができなかった。そして、無処置で回復したことからも、鍼灸治療によって引き起こされる医原性気胸の発生頻度は、報告よりも高頻度で起きている可能性がある。この症例では、鍼灸治療に関して詳細な記載がなされているだけでなく、鍼灸師が注意する要点が記載されている。これは、論文の著者の1人として、慶応義塾大学病院漢方医学センターで鍼治療を担当する萱間洋平氏が名を連ねていることが関連しているのだろう。

慢心を慎み、鍼灸針を選択する

 いかがであっただろうか。埋没鍼療法は論外である。症例②は、故意かどうかはわからないが、体内に針を残して対処していない鍼灸師がわずか10年前にいたことに愕然とした。今一度強く禁忌であることを強調しておきたい。

 鍼灸針の単回使用はいうまでもないが、必要以上に細いもしくは長い鍼灸針を使用してはいないだろうか。長い鍼灸針を用いても技術があるから大丈夫と慢心するのではなく、必要な部位に必要な太さ・長さの鍼灸針を選ぶことも、プロとして必要な臨床能力である。

【参考文献】
1)Ota K, Yokoyama H et al. Discovery of decades-old acupuncture needle fragments during routine care for an arm injury. Acute Med Surg. 2020;7(1):e588.
2)坂本 歩 (監修), 全日本鍼灸学会学術研究部安全性委員会(編集). 鍼灸安全対策ガイドライン2020年版(日本語版). 医歯薬出版. 2020. https://safety.jsam.jp/pg157.html
3)Matsuki M, Wanifuchi A et al. Ureteral calculi secondary to a gradually migrated acupuncture needle. Asian J Urol. 2021 Jan;8(1):134-136.
4)Yamamoto A, Hiro J et al. Laparoscopic removal of an aberrant acupuncture needle in the gluteus that reached the pelvic cavity. Surg Case Rep. 2021 Feb 17;7(1):51.
5)Nishie M, Masaki K et al. Bilateral pneumothorax after acupuncture treatment. BMJ Case Rep. 2021 Mar 1;14(3):e241510.

蔵府概念が医学の根底をなす

篠原孝市

人間の〈自然性〉は生存と衰退にある

 前回、私は、〈蔵府〉における最も根源的な要素、すなわち五蔵に所蔵される〈精気〉(先天の精気)の継承(生存の連続性)と、時間とともに不可逆的に進行する衰退が、人間の根本的な条件であると述べた。

 この生誕と老化の二つは、あまりに自明のことで、いまさら指摘するまでもないように思われるかもしれない。しかし、私たちは常に、この二つのことから目をそらそうとする。その二つが、私たちの生存を決定的に規定、制約し、自由な意志による選択を阻害するからである。

 親を選択できないこと、人が他人の助力なしには生きていけないこと(自助の余地がわずかであること)、瞬く間に高齢になり、心も体も機能しなくなること、しかしそれは、絶望でもなければ、悲劇でもない。なぜならば、〈精気〉の継承とその衰退(老化)こそ、人間の中に在って、人間を支える〈自然〉だからである。そして人間は〈自然〉に勝つことはできないのである。

 一人で生まれて一人で生きてきたと考えること、あるいは秦の始皇帝がそうであったように、人の作り上げる制度や文化と人間の生存の〈自然〉を同一視し、それを人為的に覆すことが可能であるかのように考えること、それは手の届かないものを求めるという意味で、確かに人間的であり、ロマンティックでもある。

 なるほど、その地点で人間は自らを自然と区別する。しかし、人間的であること、ロマンティックであることは、常に悲劇的なもの、痛ましいものなのである。

ポイント

  • 人は生誕と衰退から目を逸らす!
  • 人間は自然には勝てない!
  • 人間は手の届かないものを求める!

〈気〉の病いとしての〈五蔵〉〈六府〉病

 私はここまで、〈精気〉という概念をもとにして、人間の生病死を考えてきた。それは生死という長い過程を考えるうえでは有効であるが、生死の間に頻繁に起こる〈病い〉の複雑な構造を考えるうえでは十分ではない。〈精気〉には盛衰しかなく、しかも衰退の一本道だからである。

 〈病い〉の現れを分析し、そこから一定の認識に至るには、そのための拠点が必要となる。現代医学であれば、それは解剖学、病理学であり、そのための細胞や微生物に関する知識ということになろう。それは総じて可視の〈モノ〉についての認識から組み立てられた体系的知識である。

 これに対して、中国医学では、生理や病理の土台となる人間の体内をブラックボックスとみている。そうした中国医学における病態認識の拠点は、これまでも述べてきたように、不可視の〈気〉であり、そこから認識されるものが〈気の病い〉である。

 中国医学を初めとする東アジアの〈病い〉の診察の枠組には、『傷寒論』の三陰三陽病、『霊枢』経脈篇の経脈病証(是動病、所生病)、寒熱や虚実、気血や津液の〈病い〉などがある。あるいは、わが国近世後半においては後藤艮山の〈一気留滞〉説吉益東洞の〈万病一毒〉論吉益南涯の〈気血水〉説などさまざまであるが、当然のことながら、現代医学的な解剖学、病理学、細胞学、微生物学などを基礎とするものではない。理論を持ち出そうと、経験を主張しようと、そこで捉えられているのは、〈気の病い〉である。そして、〈気の病い〉の最も中核をなすものこそ、〈五蔵六府〉なのである。

ポイント

  • 精気だけでは〈病い〉の構造をとらえられない!
  • 現代医学は見えるものを、中国医学は見えないものを対象にしている!
  • 〈気の病い〉の中核は〈五蔵六府〉である!

用語解説

『傷寒論』(しょうかんろん):第1回の用語解説参照。

後藤艮山の〈一気留滞〉説(ごとうこんざんの〈いっきるたい〉せつ):後藤艮山(1659~1733)は江戸前期から中期前半の医家。名は達(とおる)、字は有成、号は艮山、養庵で、左一郎と通称した。名古屋玄医へ入門しようとして果たせず、苦学して「百病は一気の留滞より生ず」として、順気(気をめぐらせること)を治療の綱要とした。そしてその具体的方法として、服薬とともに、施灸、熊胆(くまのい)の服用、温泉、食事を重視した。〈一気留滞〉説の眼目は、『素問』『霊枢』『難経』に見える陰陽五行、蔵府経脈の説を「空論雑説及び文義通じ難き者」と見なし、併せてその延長線上にある南宋以降、明に至る金元李朱医学とその温補の説も否定することによって、〈気の病い〉を、陰陽五行説や蔵府経脈説などを介して構造的に理解するのではなく、〈気のめぐり〉という感性的な捉え方の一点に集約させることにあった。

吉益東洞の〈万病一毒〉論(よしますとうどうの〈まんびょういちどく〉ろん):吉益東洞(1702~1773)は江戸中期の医家。名は為則(ためのり)、字は公言、東洞と号し、周助と通称した。東洞は、伝統的な病因と病機の診察(病いの構造的な把握)に基づく医学を、陰陽論や五行説という「論理」の故に観念的として否定し、「論理」と無関係の〈証〉に基づく処方学を以てあるべき医学の姿と考えた。そこには、「論理」や「観念」を、人から実体を遠ざけて直に物を見せなくする虚構と考える、根深い日本土着の思想があったと考えられる。そのために東洞が必要としたのが、『史記』に見られる古代の伝説的名医・扁鵲の逸話と、五行説の色彩の薄い『傷寒論』であった。そして『傷寒論』の処方とそのしるしとなる証を以て診察治療のためのカテゴリーとした。これが「方証相対」であり、東洞の医学は証即処方の治療体系であった。

吉益南涯の〈気血水〉(よしますなんがいの〈きけつすい〉:吉益南涯(1750~1813)は江戸中期後半から江戸後期の医家。吉益東洞の嗣子。名は猷(ゆう)、字は修夫で、謙斎、南涯と号した。気血水理論を述べた『医範』(1825)がある。また門人の編纂した『気血水弁』『気血水薬徴』が写本で伝存する。南涯は『医範』において、父東洞の万病一毒論を継承する形をとり、〈毒〉を無形のものとし、その病態が有形の〈気〉〈血〉〈水〉に現れると考えたようである。しかしながら、実際には、病機の中核となる〈内気〉を、後藤艮山の〈一気〉でも、東洞の〈一毒〉でもなく、〈気〉〈血〉〈水〉の三つの〈気〉と仮説し、その循環と停滞で病いを説明するという大きな転換を行ったと考えるべきである。これは古くからある〈気血〉の〈血〉をさらに〈血〉と〈水〉に区分したと考えることができる。あるいは朱丹溪や初代曲直瀨道三の有名な「気血痰鬱」を発想の遠因とするものかもしれない。

〈五蔵〉〈六府〉以前の蔵府論

 ここで、現在行われている〈五蔵〉〈六府〉の説以前の、古い蔵府論について総括しておきたい。

 現行の蔵府論は、隋唐以降の新しい医書を読むには十分であるが、それをもって『素問』『霊枢』『難経』『脈経』などの古い医学書を読もうとすると、甚だ難儀する。『素問』『霊枢』『難経』などの秦漢以前の医学書は、現行の医学説の源基ではあるが、内容自体は後代のそれと大きく異なっているからである。その事情は、『十四経発揮』以降の綺麗に整序要約された経脈と経穴の学説では、『霊枢』の複雑な経脈概念や『甲乙経』(『明堂孔穴鍼灸治要』)の兪穴部位が理解できないのに似ている。

●〈五蔵〉

 〈五蔵〉と〈六府〉は最初から現在の肝心脾肺腎や胆小腸胃大腸膀胱三焦であったわけではない。その古い形態は秦漢以前の思想書にその例を見ることができる。

 例えば『淮南子』精神訓では人間の生誕に言及したあと、「是の故に肺は目を主(つかさど)り、腎は鼻を主り、胆は口を主り、肝は耳を主り、[王念孫の『読書雑志』ではこの後に「脾は舌を主る」を補う]……天に四時(しいじ)、五行、九解、三百六十六日有り。人にも亦た四支、五蔵、九竅、三百六十六節有り。天に風雨寒暑有り、人に亦た取與(しゅよ)、喜怒有り。故に胆は雲と為(な)り、肺は気と為り、肝は風と為り[王念孫は「肝」を「脾」に改む]、腎は雨と為り、脾を雷と為し[王念孫は「脾」を「肝」に改む]、以て天地と相參(まじ)わりて、心、これが主と為る」とある。

また『文子』九守にも『淮南子』を引いたとされる類文があり、そこでは〈五蔵〉と五官の関係部分は「肝は目を主り、腎は耳を主り、脾は舌を主り、肺は鼻を主り、胆は口を主る」となっている。

 これらの文章の〈五蔵〉には現行の説には見られない「胆」が入っている。また『淮南子』と『文子』は略同文でありながら、〈五蔵〉と五官の関係に異同があるが、その理由については別に述べる。

ポイント

  • 秦漢以前の思想書には〈五蔵〉に「胆」がある!

●「六蔵」

 古代中国には「六蔵」という捉え方があった。『荘子』斉物論に「百骸、九竅、六蔵、賅(そな)わりて存(あ)り。吾れ誰(いず)れとともにか親しむことを為さん」とあるのがそれである。

 『列子』仲尼篇の中にも「乃ち是れ我が七孔四支の覚(さと)る所、心腹六蔵の知る所なるかを知らず」、同書周穆王篇にも「百骸六蔵、悸(おのの)いて凝(さだま)らず。意(こころ)迷い、精喪(うしな)う」とある。この「六蔵」は腎を左腎と右腎に分けた結果と解釈されている。おそらく『難経』三十九難の「経に言う、府に五つあり、蔵に六つ有る者は、何ぞや。然るなり。六府は、正に五府有り。然して、五蔵も亦た六蔵有る者は、謂る腎に両蔵有るなり。其の左は腎と為し、右は命門と為す」によるものと思われるが、その正否は未詳である。

ポイント

  • 腎を左腎と右腎に分けた結果の「六蔵」!

●「九蔵」「十一蔵」

 さらに古代中国では、「九蔵」という言葉も使われている。たとえば『周礼』天官・疾医の「これを参(まじ)えるに九蔵の動を以てす」の鄭玄の注に「正蔵は五、又た胃、膀胱、大腸、小腸有り」とある。
 また『素問』の三部九候論篇に「神蔵は五、形蔵は四、合わせて九蔵と為る」、六節蔵象論篇にも「形蔵は四、神蔵は五、合わせて九蔵と為る」とあるが、三部九候論の王冰注では、「神蔵」とは五つの神気(魂神意魄志)を蔵するところの肝心脾肺腎の〈五蔵〉であり、「形蔵」とは頭角、耳目、口歯、胸中を指すとする。

 『素問』のなかでも、かなり後代の魏晋南北朝頃の篇とされる霊蘭秘典論篇には「十二蔵の相使(しょうし)貴賎」を問う経文に対して、「心は、君主の官なり。神明、焉(これ)に出づ。肺は、相傅(しょうふ)の官、治節、焉に出づ」のように、心、肺、肝、胆、膻中、脾胃、大腸、小腸、腎、三焦、膀胱とその役割が列挙されている。
 このうち「膻中」は、『霊枢』脹論篇に「膻中は、心主の宮城なり」とあることから、心の包絡のこととされる。

 また同じく後代の篇とされる六節蔵象論篇では、心、肺、腎、肝と脾、胃、大腸、小腸、三焦、膀胱を挙げて「凡そ十一蔵、決を胆に取るなり」と結んでいる。この二つの篇では、〈五蔵〉〈六府〉を並列的に扱い、それぞれの意味付けをしているように見える。

●奇恒の府、胃の意味

 『素問』の五蔵別論篇には「黄帝問うて曰く、余聞く、方士或いは脳髄を以て蔵と為し、或いは腸胃を以て蔵と為し、或いは以て府と為す。敢えて問う、こもごも相反すれども、皆な自ずから是と謂う。其の道を知らず。願わくは其の説を聞かん、と。岐伯答えて曰く、脳、髄、骨、脈、胆、女子胞、此の六なる者は、地気の生ずる所なり。皆な陰に蔵して、地を象どる。故に蔵して写さず。名づけて奇恒の府と曰う。夫れ胃、大腸、小腸、三焦、膀胱、此の五なる者は、天気の生ずる所なり。其の気は天を象(かた)どる。故に写して蔵さず。此れ五蔵の濁気を受く。名づけて伝化の府と曰う」とある。これは、〈五蔵〉や〈六府〉とは別に、「脳」「髓」「骨」「脈」「胆」「女子胞」の六者をひとまとめにして、〈奇恒の府〉というカテゴリーを設けている。「奇恒」とは、常と異なる、の意味である。

 このうち、「胆」を除く五つは『素問』『霊枢』諸篇の中に散見する言葉である。また「胆」は周知のように〈六府〉の一つである。しかし、この〈奇恒之府〉という概念は、『素問』『霊枢』の中ですら五蔵別論一篇に止まるマイナーなものであって、その後の医学の中でも臨床応用されることはなかった。にもかかわらず、南京中医学院が主編した『中医学概論』(1959)以来の現代中医学の中医学書や、日本の『新版東洋医学概論』(2015)において、〈五蔵〉や〈六府〉に続いて〈奇恒の府〉に一章を割いているのは、『素問』『霊枢』中に散見する「脳」「髓」「胞」という言葉を意味づけようとする意図というふうに善意に解釈したしても、不可解である。

 六府の中でも「胃」と「胆」、そして「三焦」は特別な位置にある。特に「胃」は「脾」とともに「脾胃」とも呼称され、また〈六府〉とは異なる〈腸胃〉という概念(現代医学の消化器系に類似した概念)を表す言葉としても使用されたことから、〈五蔵〉とともに特別の位置に置かれている。
 これらの経文は、五蔵論の先駆的状態をうかがわせるものとして興味深い。しかし、〈蔵府〉が後年の医学的基礎となるのは、これが陰陽論と五行説によって整序され、〈五蔵〉〈六府〉となってからのことである。

ポイント

  • 奇恒の府はマイナーな存在!
  • 胃は特別な存在!

用語解説

『十四経発揮』(じゅうしけいはっき):別名「十四経絡発揮」。三巻。滑寿(字は伯仁。1304~1386)著。中国・元末の1341年に成立した経脈経穴書。巻上では『霊枢』経脈篇所載の十二経脈の流注を述べ、本書の中核を為す巻中では十二経脈に督脈と任脈を加えた十四経脈の流注に沿って所属する経穴を配当して注解を加え、巻下では『素問』『難経』『甲乙経』『聖済総録』を典拠として、奇経八脈の流注と所属する経穴を列挙している。本書の内容には、元の忽泰必列著『金蘭循経』に依拠するところが大きいと見られる。経脈と経穴の関係を一義的に関係づけるための試行錯誤は、魏晋南北朝以降、宋代まで繰り返し行われてきたが、その試みは、北宋の『銅人腧穴鍼灸図経』と『聖済総録』を経て、本書によって一応の決着をみた。この十四経理論は、その後の中国鍼灸書に継承されたものの、『十四経発揮』自体は中国ではほとんど重刊されず、かえって日本の近世において20回以上版を重ね広く流布し、江戸初期から1970年代まで、経脈と経穴に関する標準的典拠書として高く評価された。

『甲乙経』(こうおつきょう):第3回の用語解説参照。

『明堂孔穴鍼灸治要』(めいどうこうけつしんきゅうちよう):『甲乙経』巻之三のほぼ全文と巻之七~巻十二所載の鍼灸主治条文、計24000字あまりを指す。書名は『甲乙経』の皇甫謐序による。後漢後期頃に成立したと考えられる、著者未詳の中国最古の経穴書『明堂』の一伝本で、『素問』『鍼経』とともに『甲乙経』を構成する要素となった。唐の楊上善が撰注した『黄帝内経明堂』(現存は巻第一のみ)、それを節略して引用した『医心方』巻第二、唐の王燾の『外台秘要方』巻第三十九、敦煌出土『黄帝明堂經』断簡などの『明堂』復元資料のうちでも第一にあげられるべきものである。

『淮南子』(えなんじ):第4回の用語解説参照。

『文子』(ぶんし):中国古代の思想書。一名「通玄真経」。『漢書』芸文志に著録された段階で既に偽託の可能性が指摘され、また通行本の文章の多くが『淮南子』と共通することなどを理由に、魏晋以降の偽作すら疑われてきたが、1973年に前漢の漢墓から出土した本書の竹簡の研究から、成立や内容についての再評価が進んでいる。

『荘子』(そうじ):一名「南華真経」。戦国時代の思想家・荘子(そうし)の思想を伝えるとされる思想書。西晋の郭象(?~312?)が刪定注解した現行のテキストは、内篇七篇、外編十五篇、雑篇十一篇からなるが、内篇以外の多くの部分については、弟子や後人による附加とされる。後世、道教の隆盛にともない、『荘子』は『老子』と並び称され、その原典とされるようになった。ただし、政治性の強い『老子』とは異なり、『荘子』は世俗を離れた無為自然を理想とし、徹底した相対主義の立場に立っている。

『列子』(れっし):一名「沖虚真経」。戦国時代の思想家・列禦寇(れつぎょこう)の思想を述べたとされる書で、『漢書』芸文志にも著録されているが、通行本は魏晋頃の偽託とされる。『老子』『荘子』などとともに道家の系統に属し、寓話によって説を為すことが多い。

『周礼』(しゅらい):周の官制を述べた書。孔子が理想とした周の政治家・周公旦に仮託されている。『儀礼』(ぎらい)、『礼記』(らいき)とともに、礼儀や制度を説いた「三礼」(さんらい)の一つに算えられ、また儒教の経典「十三経」の一つでもある。後漢の鄭玄(じょうげん)が注を、唐の賈公彦(かこうげん)が疏を著している。

鄭玄(じょうげん):「ていげん」とも読む。127~200。後漢の著名な学者で、『儀礼』『礼記』『周礼』のいわゆる「三礼」と『毛詩』(『詩経』)の注解が現存している。

古典の所出文字数から見た〈五蔵〉と〈六府〉の軽重

 〈五蔵〉は〈六府〉と併称されるが、『素問』『霊枢』において、あるいは後代においても、対等ではなく、中心はどこまでも〈五蔵〉である。それは、『素問』『霊枢』約150000字弱の中に、〈五蔵〉〈六府〉を構成する個々の言葉が何回使用されているかを見るだけでも歴然である。

 今、試みに張登本・武長春主編『内経詞典』(1990)に基づいて、各蔵府の所出回数を示せば、「肝」という言葉は251回(このうち「肝」の文字が単独で使用されている例は196回。以下同じ)、「心」は542回(314回)、「脾」は236回(185回)、「肺」は304回(248回)、「腎」は293回(222回)である。
 他方、「胆」は52回(42回)、「小腸」は46回(44回)、「胃」は324回(195回)、「大腸」は45回(42回)、「膀胱」は52回(50回)、「三焦」は38回(35回)である。
 ちなみに「腸」という言葉の使用例も222回(23回)と多いが、これは「腸胃」という言葉の所出が50回を数えるためである。

 参考に『難経』11945字(『王翰林集註黄帝八十一難経』の正文による)について、筆者監修の「『難経』総索引」(『難経古注集成』第6冊所収、1982 )に基づいて、同様の換算を行えば、肝は70回、心は93回、脾は43回、肺は67回、腎は55回である。胆は6回、小腸は18回、胃は34回、大腸は12回、膀胱は8回、三焦は15回である。

 秦漢以前の医書以外の書物に見える〈五蔵〉〈六府〉の所出回数は、〈五蔵〉では「心」が群を抜いて多く、「肝」と「肺」がこれに次ぎ、「脾」と「腎」は「肝」「肺」よりも相対的に少ない。また〈六府〉では「胃」が「肝」「肺」に並び、「胆」がこれに次ぐ。

 「心」の用例が桁外れに多いのは、〈五蔵〉的な意味ではなく、意識や感情、知識などの意味として使われたためである。また「胆」は、こころを打ち明けるとか、親しさを表す際に用いる「肝胆」の用例に使われているためである。一方、一般社会においては、小腸、大腸、膀胱、三焦などの認識は極めて低かったと考えられる。

ポイント

  • 『素問』『霊枢』に出てくる肝・心・脾・肺・腎を数えてみた!
  • 胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦も数えてみた!
  • 『難経』に出てくる回数も数えてみた!
  • 五蔵の出現回数はケタが違う!

用語解説

『内経詞典』(だいけいしてん):人民衛生出版社、1990年初版。史上初の本格的な『素問』『霊枢』の字句と語句についての辞典。2286字、5560語について、所出回数、発音と音韻(現代音、中古音、上古音)、解釈、用例、解釈のもとになった典拠をあげてある。これに続くものに郭靄春主編『黄帝内經詞典』(天津科學技術出版社、1991年)、周海平[等]主編『黄帝内經大詞典』(中医古籍出版社、2008年)がある。

『王翰林集註黄帝八十一難経』(おうかんりんしっちゅうこうていはちじゅういちなんぎょう):一名「難経集註」(なんぎょうしっちゅう)。五巻。『難経』に対する唐宋までに成立した古注をうかがう唯一の注解書。三国の呂広、唐初の楊玄操、北宋の丁德用、虞庶、楊康侯の五家の注が収められている。書名から北宋の王翰林(王惟一)の編纂のように見えるが、その関与は未詳である。南宋頃に成立したと見られるも、熊宗立の『勿聴子俗解八十一難経』や滑寿の『難経本義』の新注が出たこともあって中国では早くに失われた。他方、日本では江戸前期の慶安五年(1652)に重刊本が出て、これをもとに重刊された江戸後期刊本が中国に舶載されて、『守山閣叢書』『四部叢刊』に影印された。これとは別に、江戸末期に発見された、慶安本とは系統を異にする古写本も伝存する。ちなみに本書が日本で認識されるようになったのは、江戸末期の『経籍訪古志』への著録を除けば、1982年以
降のことである。