世界の一流医学雑誌が掲載した脳卒中患者への鍼治療 最新のランダム化比較試験

松浦悠人、建部陽嗣

 2024年1月、天津中医薬大学のLiらは「Effect of Acupuncture vs Sham Acupuncture on Patients With Poststroke Motor Aphasia: A Randomized Clinical Trial(脳卒中後の運動性失語症患者に対する鍼治療と偽鍼治療の効果: ランダム化臨床試験)」を発表した1)。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38252438/
 この論文が掲載されたJAMA Network Open誌は、インパクトファクター13.8(2024年)を誇る世界的に権威のある医学雑誌である。

 Liらの研究は、脳卒中患者の運動性失語症(以下、脳卒中後失語症)に対して、6週間の鍼治療もしくは偽鍼治療に言語療法を併用した6週間の治療期間に加え、さらに最大6カ月の追跡調査を行うことにより、鍼治療が持つ言語機能回復効果を検証した多施設共同シングルブラインドRCTである。

脳卒中後失語症の背景

 脳卒中後失語症は患者の生活の質 (QOL)を大きく低下させる後遺症である。失語症は、運動性言語野の障害による運動性失語(ブローカ失語)、感覚性言語野の障害による感覚性失語(ウェルニッケ失語)の他に、これらを合わせた全失語、弓状束の障害による伝導失語、聴覚野の障害による理解困難(皮質下性感覚失語)、運動野の障害による発語失行(皮質下性運動失語)などがある。これらのうち、運動性失語は発語が困難になる障害、つまり「言われたことは理解できるが、言い返す言葉がうまく表現できない」状態であり、会話は非流暢性で断続的(カタコト)、復唱困難、発話が遅くなる、短い語句しか話せない、言葉の抑揚が減る、といった特徴がみられる。

 (脳卒中後失語症は、急性期に約1/3の患者に生じ、そのうち61%は発症1年経過後も障害が残る2)。脳卒中後失語症患者は、言語機能の低下によりコミュニケーション能力が著しく障害される。そのため、社会活動や日常生活に支障をきたしQOLが大きく低下する。こうした脳卒中失語症に対する治療法として、脳卒中治療ガイドライン2015では薬物療法や言語聴覚療法が推奨されている(Grade A)3)。

 しかし、すべての患者が治療に満足できるわけではないことから、従来の治療法を補助するリハビリテーションが求められる4)。近年では、経頭蓋直流電気刺激や反復経頭蓋磁気刺激など、頭蓋の外から電気や磁場といった物理刺激を行う治療法が補助療法のひとつとして活用されている。

 鍼治療は、脳卒中後失語症の補完療法として特に中国で広く用いられている。鍼治療の効果を無治療またはプラセボ鍼治療と比較したランダム化比較試験(Randomized controlled trials: RCT)を収集し、1,747 人の患者 (鍼治療群883例、対照群864例) を含む28件の研究を分析したシステマティックレビューとメタアナリシスでは、鍼治療は機能的コミュニケーションと言語機能を有意に改善すると結論付けた5)。さらに、鍼治療と言語聴覚療法を組み合わせることで、言語聴覚療法単独よりも臨床効果を向上させることが示されている6)。

 しかし、これらのシステマティックレビューやメタアナリシスに含まれている研究において、その研究方法の質が低いため、エビデンスの質も低くなっている。脳卒中後失語症に対する鍼治療の有効性を正確に明らかにするためには、さらなる大規模RCTが必要であった。

 そんななか、脳卒中後失語症に対する鍼治療の研究論文が世界の一流医学雑誌に掲載されたことは意義深い。

100例以上の脳卒中患者を対象としたLiらの研究

【参加者】
 研究に組入れられた患者は、初発の虚血性脳卒中で、発症後15~90日以内に失語症と診断された45~75歳の男女であった。失語症の重症度はボストン失語症診断検査(Boston Diagnostic Aphasia Examination: BDAE)の重症度評価尺度0~3点(5段階評価, 高いほど軽度)、言語訓練を実施することが可能で、意識とバイタルサインが安定している患者を対象とした。

 脳卒中が原因でないあるいは脳卒中発症前に失語症を患っている患者、重度の心疾患、腎臓・肝機能不全、視聴覚障害、重度の認知障害、精神疾患などを有する患者は除外された。また、研究に組入れられた後も、研究の介入を受けたがらない患者や重篤な副作用または悪化がみられた場合も同様に除外された。

【介入方法】
 参加者は、鍼治療群もしくは偽鍼治療群に1:1の割合でランダムに割り振られた。鍼治療群・偽鍼治療群ともに、6週間で30セッション(1 セッションあたり60分)の言語訓練に加えて、鍼治療または偽鍼治療が実施された。鍼治療の方法は、「醒脳開竅法」であり、刺入角度・深さ、刺激方法、置鍼時間(30分間)が厳密に設定された。鍼治療群は経穴に鍼 (0.25 mm×40 mm, 0.25 mm×75 mm)を刺入し、偽鍼治療群は経穴の代わりに8つの偽経穴が用いられた(図1)。表1、表2に刺鍼方法の詳細をまとめた。両群とも治療終了後、発症から6カ月時点までを症状を追跡した。

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図1 鍼治療群と偽鍼治療群の刺鍼部位

【アウトカム評価】
 主要評価項目は、6週間後のWAB失語症検査の失語指数 (aphasia quotient: AQ)と中国語機能的コミュニケーションプロファイル(Chinese Functional Communication Profile : CFCP)である。
(1)AQ:失語症のパフォーマンスを評価する尺度で点数が低いほど、言語機能に重度の障害があることを示す(0~100点)
(2)CFCP:中国語での機能的なコミュニケーション能力を評価し、点数が高いほどコミュニケーション能力が優れていることを示す(0~250点)。
(3)AQ下位尺度(自発話、話し言葉の理解、復唱、呼称、書字、行為、構成)の重症度
(4)BDAE:言語能力
(5)NIH脳卒中スケール(National Institutes of Health Stroke Scale; NIHSS):神経障害の重症度、点数が高いほど神経障害が重度 (0~42点)
(6)中医学健康尺度(Health Scale of Traditional Chinese Medicine ; HSTCM):中医学的な健康状態、点数が高いほど健康状態が悪い(0~130点)
(7)①脳卒中疾患特異的尺度 (Stroke Specific QOL: SS-QOL) (49~245点、高いほどQOL良好)、②脳卒中と失語症のQuality of Life Scale -39 (Stroke and Aphasia Quality of Life Scale-39: SAQOL-39) (0~195点、高いほどQOL良好)

 これらの評価は介入開始から2、4、6、12 週後と脳卒中発症から6カ月後の時点で実施された。参加者の登録から介入、評価までのスケジュールを表3に示す。

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 2019年10月21日~2021年11月13日の期間に、脳卒中後失語症患者2,466名が対象となり、基準を満たした252 例が本試験に登録された。最終的に鍼治療群の125例中 115例 (92.0%)、偽鍼治療群の127例中116例 (91.3%) が評価された。

 主要アウトカムであるAQスコアとCFCPスコアの結果からみてみよう(図2)。治療終了時の6週目の平均(標準偏差)AQスコアは、鍼治療群で69.66(17.32)点、偽鍼治療群で61.68(17.88)点であり、偽鍼治療群よりも鍼治療群でAQ スコアが7.99点有意に増加した。こAQスコアは5.05点あれば臨床的に意義のある差であると定められている。これらのことから、鍼治療には臨床的効果があると認められる。

 観察期間である発症6カ月後のAQスコアにおいても鍼治療群の改善が持続しており、長期的効果も認められた。また、AQの下位尺度でも、鍼治療群がすべての項目で有意な改善を示した。CFCPスコアは、鍼治療群で167.60(45.08)点、偽鍼治療群で144.08(50.52)点となり、偽鍼治療群よりも鍼治療群で23.51点の有意な増加を示した。この項目においても、観察期間の6カ月後の時点でも、この有意な改善が持続していた。

 これらの結果は、鍼治療により失語症の重症度が減少し、機能的なコミュニケーション能力が改善したことを示している。

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図2 鍼治療群と偽鍼治療群のAQスコアとCFCPスコアの経時変化

 その他、神経障害やQOLを評価した副次アウトカムの結果を表4にまとめた。
 脳卒中患者への鍼灸治療効果を検証した先行研究と同様に、鍼治療はNIHSSで評価した神経障害を有意に改善させていた。本コラム第11回7)で紹介した通り、鍼治療は脳卒中患者の障害された神経機能の改善に優れており、Liらの研究結果はその効果をさらに支持するエビデンスといえるだろう。QOLでは、鍼治療群のSS-QOLスコアおよびSAQOL-39のコミュニケーションスコアと心理スコアが6カ月後の時点まで鍼治療群の有意に改善していた。これらは、鍼治療が失語症のコミュニケーション能力を改善することでQOLを向上させ、良好な心理状態に保ったことを示唆している。

 安全性について、有害事象は鍼治療群で3件(2.6%)、偽鍼治療群で3件(2.6%)生じた。しかし、それらのいずれにおいても症状は一過性であり、重篤な有害事象は発生しなかったことから、鍼治療の安全性も確認された。

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 以上のように、鍼治療は偽鍼治療と比較して、脳卒中後失語症患者の重症度や機能的なコミュニケーション能力、神経障害の改善に優れており、QOL向上にも寄与することが示された。さらに、その効果は長期的に持続していた。これらの結果は、鍼治療が脳卒中後失語症患者の補助治療として十分に機能できることを示している。

脳卒中に特化した鍼技術の標準化と再現性

 論文中でLiらは、鍼治療による脳卒中後失語症の改善には、脳機能ネットワークの改善が関わっていると考察している。脳機能に着目した脳卒中患者への鍼治療メカニズムを検証した先行研究では、神経新生や神経可塑性の促進、虚血領域の脳血流の増加、脳虚血の軽減などが明らかとなっている8,9)。さらに、こうした脳機能の改善は、AQスコアとも相関することが示唆されている10)。今回、Liらの研究で脳機能の測定はしていないが、上述した知見から鍼治療による言語機能の回復は脳機能の改善がメカニズムとして関わっている可能性が高いと考えられる。

 今回の鍼治療の方法では、醒脳開竅法が採用されている。その理論は「脳を醒まして竅(きょう)を開く」という目的に基づいており、現代科学である脳科学の知見が伝統的な中医理論を支持しているのも興味深い。醒脳開竅法は、天津中医薬大学第一付属病院の石学敏教授(当時)が中風病の伝統的な治療法をまとめ、中医弁証論治の展開により生み出された脳卒中に特化した鍼治療技術で、使用経穴やドーゼの定型化により、刺鍼手技の再現性が確立されている11)。

 研究的な側面において、治療法を標準化できることは大きな強みである。鍼灸治療の介入方法は多様であり、10人いたら10通りの鍼灸治療があるといっても過言ではない。テーラーメイド医療という点では介入の多様性はメリットとなりうるが、研究面では「何が効いたかわからない」状態を生み出す可能性を秘めている。その点、使用経穴や刺激方法が標準化された治療法は研究向きであるともいえるだろう。

 ただし、その場合は、臨床への応用も考慮しなければならない。つまり、論文上の治療法を一般の鍼灸師が再現して目の前の患者に適用できるか、である。特殊な刺鍼技術を用いる場合は特に考慮が必要である。今回の場合では、患者が週5回×6週間の治療を受けてくれるか、患者が鍼治療の痛みに耐えられず離脱しないか、など日本の実臨床で使用可能なのかを考えなければならない。論文を読む際は、こうした実臨床と研究プロトコルにギャップが存在することを念頭に置くことで、自身の臨床にどのように活かせるかを個々で見つけ、考えることが重要である。刺激量や刺激方法、治療頻度など、何が最適かを明らかにする研究が今後の課題だろう。

論文を読み、知見を臨床に活かすには

 いかがだっただろうか。海外からは今回紹介した論文のように、一流医学雑誌に掲載されるような質の高い臨床試験がたびたび報告される。これらは鍼灸師だけでなく、医師や他の医療職にも大きなインパクトを与えるものであり、鍼灸治療/鍼灸師の活躍の場を広げることにもつながる。そうした時に、鍼灸師が研究の限界も踏まえたうえで、いかに論文の知見を活用できるかが大切である。

【参考文献】
1) Li B, et al. Effect of Acupuncture vs Sham Acupuncture on Patients With Poststroke Motor Aphasia: A Randomized Clinical Trial. JAMA Netw Open. 2024;7(1):e2352580.
2) Pedersen PM, et al. Aphasia after stroke: type, severity and prognosis. The Copenhagen aphasia study. Cerebrovasc Dis. 2004;17(1):35-43.
3) 日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会編.脳卒中治療ガイドライン2015.協和企画,東京,2015
4) Picano C, et al. Marangolo P. Adjunctive Approaches to Aphasia Rehabilitation: A Review on Efficacy and Safety. Brain Sci. 2021;11(1):41.
5) Zhang B, et al. Acupuncture is effective in improving functional communication in post-stroke aphasia : A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Wien Klin Wochenschr. 2019;131(9-10):221-232.
6) Huang J, et al. An overview of systematic reviews and meta-analyses on acupuncture for post-stroke aphasia. Eur J Integr Med. 2020;37:101133.
7) 松浦悠人,建部陽嗣. 第11回新・鍼灸ワールドコラム 急性期脳卒中患者にリハビリと鍼を併用した観察研究. [https://shinkyu-net.jp/archives/2572]
8) Qin S, et al. The impact of acupuncture on neuroplasticity after ischemic stroke: a literature review and perspectives. Front Cell Neurosci. 2022;16:817732.
9) Chavez LM, et al. Mechanisms of Acupuncture Therapy in Ischemic Stroke Rehabilitation: A Literature Review of Basic Studies. Int J Mol Sci. 2017;18(11):2270.
10) Zhang B, et al. Uncinate fasciculus and its cortical terminals in aphasia after subcortical stroke: A multi-modal MRI study. Neuroimage Clin. 2021;30:102597.
11) 石井睦宏, 児玉浩司, 倉橋孝. 醒脳開竅法による脳血管障害の針治療. 中医臨床. 1998;19(4):468-471.

鍼治療が痛みの破局的思考を改善 慢性頸肩部痛の研究で証明

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https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8981480/

松浦悠人、建部陽嗣

近年の研究が着目する中脳水道周囲灰白質との関係

 肩こりは、日本の有訴者率で女性では1位、男性では2位と高く、非常に多くの国民が悩んでいる国民病ともいえる症状である。女性は男性よりも痛みの閾値が低い傾向にあり、さらに慢性的な肩こり(=慢性頸肩部痛)を有する女性患者は男性よりも線維筋痛症の発生率が高いことが報告されている1)。このように肩こりには性差があり、その症状は長期的に心身ともに悪影響を及ぼす。

 近年のMRI研究によって、慢性疼痛患者の痛みに関連する脳領域が明らかになってきている。特に島皮質は、痛みの処理に関わる重要な部位であり、痛みを経験した患者で活性化する2)。もちろん、慢性頸肩部痛の患者においても、島皮質をはじめとした痛みの処理に関与する脳領域で異常な神経活動が記録される3)。

 鍼灸臨床では、肩こりをはじめとした頸肩部痛の患者に治療を行う機会は多く、その効果は広く受け入れられている。痛みに対する鍼灸治療の代表的な治効メカニズムに、痛み関連脳領域と中脳水道周囲灰白質(periaqueductal grey: PAG)間の機能的結合の調節が挙げられる4)。PAGは下行性疼痛調節系のハブ領域であり、痛みの調節に重要な役割を果たしている。つまり、慢性頸肩部痛への鍼治療のメカニズムもまた、このPAGを介した回路が関与していると考えられる。

 さらに、先述した後部島皮質とPAGの機能的結合は、痛みの情報を処理する重要なネットワークであり、PAG-後部島皮質の機能的結合により痛みの自覚を予測することができる5)。すなわち、慢性頸肩部痛患者へ鍼治療を行い、PAG-後部島皮質の機能的結合性を評価することで、痛みの自覚度を客観的に示すことができるのである。

2022年に発表されたHuiらの研究の概要

 2022年5月、西安交通大学第一附属病院のHuiらは、慢性頸肩部痛患者への鍼治療によるPAG回路の変化に着目した「Modulation effect of acupuncture treatment on chronic neck and shoulder pain in female patients: Evidence from periaqueductal gray‐based functional connectivity(女性の慢性頸肩部痛に対する鍼治療の調節効果:中脳水道周囲灰白質に焦点を当てた機能的結合からのエビデンス)」を発表した。
 Huiらは、慢性頸肩部痛患者において(1)鍼治療前のPAGをベースとした機能的結合は健常者と異なり異常な状態になると仮定し、(2)鍼治療後、PAG-後部島皮質の機能的結合が改善され、(3)鍼治療後の痛みによる不快な症状の軽減は、PAG-後部島皮質の機能的結合強度の増加と有意に相関する、との仮説のもと研究を実施した。

【参加者】
 研究参加者は、国際疾病分類第11版(ICD-11)に従って、慢性頸肩部痛と診断された右利きの女性患者30人(平均年齢42.33±13.16歳)であった。参加者は、(1) 少なくとも6カ月間、頚肩部の痛み(上肢症状の有無は問わない)を訴え、X線およびMRI検査で頚椎の異常が認められること、(2)身体の他の部位に痛みがないこと、(3)過去1カ月以内に治療を受けていないこととした。

【除外基準】
 除外基準は、(1)頸部外傷の既往、(2)椎体または脊柱管の癌、結核、重度の骨粗鬆症(3)頸部手術歴または頸椎の先天性奇形の存在、(4)妊娠中または授乳中、(5)腫瘍や重度の全身性疾患や消化器系疾患の存在、(6)MRIが禁忌の者であった。
 この基準を見る限り、外傷や腫瘍、炎症性の特異的な頸肩部痛を除外し、いわゆる肩こりや変形性頚椎症を想定しているものと思われる。また、身体の他の部位に痛みを有さないことにより、線維筋痛症や抑うつ性障害など全身に痛みを生じる疾患は除外されている。対照群として痛みを有さずに患者群と年齢・性別を一致させた健常者30名が募集された。

【アウトカム評価】
 治療前と治療後に、全患者に対して、症状の強さおよび神経心理的な評価が行われた。痛みの評価には、Numerical Rating Scale(NRS)が用いられ、最近1週間の痛みの程度を評価した。痛みの破局的思考の評価には、Pain Catastrophizing Scale(PCS)が用いられた。Northwick Park Neck Pain Questionnaire(NPQ)とNeck Disability Index(NDI)は頸部の臨床症状と機能の評価に用いられた。
 さらに、記憶、注意、実行機能にはMontreal Cognitive Assessment(MoCA)とMini‐Mental State Examination(MMSE)を、不安やうつなどの気分状態には、Hamilton Anxiety Rating Scale(HAM-A)とHamilton Depression Rating Scale(HAM-D)を用い評価された。痛みのない健常者では、MoCA、MMSE、HAM-A、HAM-Dの評価は1回のみ行われた。

【画像の測定】
 安静時MRI画像の測定も、治療前と治療後に実施された。Huiらの研究では右腹側PAGをシードとして用い、他の脳領域との機能的結合の分析を行った。その理由として、これまでの研究によって(1)この脳領域がオピオイドの鎮痛作用に重要な役割を果たす、(2)この領域が痛みの調節に関与している、(3)多くの疼痛関連研究で、この領域が採用されているためである。健常者では1回のみMRIの測定が行われた。

【鍼治療】
 鍼治療は、5年以上の臨床経験を持つはり師によって、4週間で計20回の治療が行われた。使用経穴は、風池、天柱、肩井、後渓、列欠、申脈、Jingtong(第4・5指の間)、Jiantong(外丘と陽陵泉との間)とした。各経穴に、鍼を20~30mm刺入し、得気感覚(痛み、しびれ、膨張感、重さ)が得られるまで刺激が与えられた。1回の鍼治療セッションは約30分間で、1日1回の治療が行われた。

鍼治療による破局的思考の低下と脳の機能的結合の強化

 結果をみてみよう。鍼治療によって、頸肩部の痛みの程度(NRS)、破局的思考(PCS)、頸部の機能と臨床症状(NPQ, NDI)の有意な減少がみられた。さらに、HAM-AやHAM-Dのスコアも有意に減少し、気分状態の改善もみられた。鍼治療によって頸肩部痛に関連する臨床症状はあらゆる評価軸で改善が認められたことを示した。

 では、この臨床症状の改善で脳機能はどのように変化しただろうか。

 まず、鍼治療前の慢性頸肩部痛患者の機能的結合では、左内側上前頭回、両側後部島皮質、左前帯状皮質、左尾側帯状皮質、左前帯状皮質膝下部、右腹側尾状核、右前運動性視床核を含む広範な脳領域において、PAGとの結合性が健常者よりも低かった。鍼治療後の変化では、治療前よりも右後部島皮質とPAGとの間の機能的結合が増加し、その結合の強さは健常者と同等のレベルまで戻った(図1)。さらに、PAG-後部島皮質間の機能的結合の増加は、鍼治療後のPCSによって評価した破局的思考の低下と有意に相関していた(図2)。

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図1  PAG-後部島皮質間の安静時機能結合の強さの比較

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図2 PCSスコアとPAG-後部島皮質間での機能的結合の変化率の相関

 結果をまとめると、鍼治療によって慢性頸肩部痛患者の臨床症状が改善し、治療前には低下していたPAGと他の脳領域、特に後部島皮質との結合性の増加が認められた。その結合性は健常者と同等のレベルまで改善しており、痛みに対する破局的思考の低下と、PAG-後部島皮質間との結合性の増加との間に相関性があることが明らかとなった。

 PAGは、痛みの調節に関与する重要な脳領域であり、慢性疼痛の病態に強く関与している。PAGと後部島皮質との相互の活動により、痛み感覚は低下することが報告されており、Huiらの研究は、鍼治療によってPAR-後部島皮質を中心とした疼痛ネットワークが調節され、結果として臨床症状が改善したことを示唆している。

 特筆すべきは、機能的接続性の増加と破局的思考の減少が、有意に相関していたことである。破局的思考とは、「痛みはもっとひどくなる、痛みのせいで何もできない、もう治らない」など痛みのことばかりを極端に考えてしまうような、痛みの経験をネガティブに捉える傾向のことである。痛みの慢性化の重要因子として知られており、痛みへの過剰なとらわれが破局的思考を形成している。

 Huiらの研究では、PAG-後部島皮質の機能的結合が増加すると、痛み感覚は低下し、それは痛みへの意識がそらされていたことを示唆している。つまり、慢性頸肩部痛への鍼治療は、痛みそのものだけでなく、痛みの破局的思考も改善し、これはPAG-後部島皮質の機能的結合の増加に示されるように痛みの自覚を低下させたことに起因すると考えられるのだ。

全身におよぶ慢性疼痛を予防する可能性も

 いかがだっただろうか。Huiらの研究は、日本の鍼灸臨床で最も取り扱うことの多い症状のひとつである肩こりや頸肩部痛への鍼治療のメカニズムを、脳科学の観点から明らかにした貴重な知見といえる。研究の限界として、対象が女性のみであること、治療前後の評価しかされておらず長期的な効果は不明であることが挙げられる。

 しかし、鍼治療が脳内の痛み関連ネットワークを調整することは、筋血流増加や筋緊張緩和といった局所的なメカニズムだけでなく、高位中枢をも介した治効メカニズムを鍼治療は有していることを示唆しており、慢性疼痛の病態への治療を考えるうえでも大変興味深い結果である。Huiらは十分な得気感覚の重要性を述べているが、頸部痛の病態に合わせた最適な刺激量や刺激方法などの詳細は、今後の研究に期待される。

 局所の慢性痛は、広範囲の痛みにつながる連続性を有する可能性が指摘されている6)。つまり、局所のみであっても、慢性的に続く痛みには適切に対処する必要がある。鍼灸臨床の中では、「治療後はいいけど1週間経つともとに戻っちゃう」という頑固な肩こりの患者さんの声がよく聞かれるのではないだろうか。しかし、Huiらの研究によると、たとえ一時的な緩和であっても確かに脳機能を調整している。慢性的な肩こりに対する鍼治療は、短期的な症状の改善に留まったとしても、長期的には全身性の慢性疼痛の予防にも貢献している可能性を秘めている。まさに「治未病」といえるだろう。

【参考文献】
1)Averitt DL, et al. Neuronal and glial factors contributing to sex differences in opioid modulation of pain. Neuropsychopharmacology. 2019;44(1):155-65.
2)Segerdahl AR, et al. The dorsal posterior insula subserves a fundamental role in human pain. Nat Neurosci. 2015;18(4):499-500.
3)Chen J, et al. Regional Homogeneity and Multivariate Pattern Analysis of Cervical Spondylosis Neck Pain and the Modulation Effect of Treatment. Front Neurosci. 2018;6;12:900.
4)Zyloney CE, et al. Imaging the functional connectivity of the Periaqueductal Gray during genuine and sham electroacupuncture treatment. Mol Pain. 2010;16;6:80.
5)Ploner M, et al. Prestimulus functional connectivity determines pain perception in humans. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010;5;107(1):355-60.
6)Riva R, et al: Comparison of the cortisol awakening response in women with shoulder and neck pain and women with fibromyalgia. Phyconeuroendocrinology. 2012;37:299-306.

うつ病患者の不眠症を対象とした鍼通電療法の大規模RCT

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35797047/

松浦悠人、建部陽嗣

2017年、2020年に実施されたRCT

 不眠症とは、入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒などの睡眠問題により、社会生活機能の低下や生活の質の低下といった不調を引き起こす病気である。日本でも20歳以上の男性17.3%、女性21.5%、つまり5人に1人が不眠症状を有しており、加齢に伴いその割合は増加する1)。

 うつ病患者の80%以上が不眠症状を有しており、多くのうつ病患者がその症状に苦しんでいる。また、睡眠の質が低下することでうつ病の発症につながることもある。このように、不眠とうつ病との関連は強く、うつ病単独の患者よりも、不眠症を抱えるうつ病患者の方が、自殺リスクや再発リスクが高く、治療への抵抗性が増す2-4)。

 鍼治療は、精神疾患や不眠症に対する非薬物療法として盛んに用いられている。2017年に報告された原発性不眠症に対するランダム化比較試験(Randomizes controlled trial: RCT)では、睡眠効率、総睡眠時間、気分といった、不眠症に関連する症状を軽減させる可能性が示された5)。しかし、うつ病と不眠症を併発する患者の不眠症状に対する鍼灸治療効果に焦点を当てた検証はなされていなかった。
 そんななか、上海中医薬大学のYinらのグループが、うつ病患者の不眠症治療に対する鍼通電療法(electroacupuncture: EA)の有効性を評価するパイロットスタディ(本研究の前に、その研究デザイン等の実現性を検証するために行われる予備的な研究)を実施し、2020年にその結果を報告している6)。
 そこでは、90人の患者をEA群、非特異的経穴への浅刺群、特異的経穴へのプラセボ鍼群の3群に割付けたRCTが実施された。その結果、週3回×8週間のEA治療により、うつ病患者の不眠症状の改善が認められた。

 以上より、うつ病患者の不眠症状に対してEA治療の有効性が示唆されたが、小規模な予備的研究であったため、効果の確実性や再現性を高めるための大規模な調査が必要であった。また、予備的研究ではフォローアップ期間が短く、EA治療効果の持続期間が不明であるといった問題点があった。
 そのため、Yinらはうつ病に併発する不眠症に対するEA治療の有効性を、さらに質の高い臨床試験で証明するため、多施設での大規模なRCTを計画し、実行した。

2022年にYinらが発表したRCTの内容

 2022年7月、そのRCTの結果をまとめた論文「Effect of Electroacupuncture on Insomnia in Patients With Depression: A Randomized Clinical Trial(うつ病患者の不眠症に対する鍼通電療法の効果:ランダム化比較試験)」が、米国医師会が発行する雑誌に掲載された。本研究は、上海の3つの病院で患者が集められ、32週のフォローアップ期間を設定することで、EA効果の持続性を評価している。つまり、うつ病と不眠症を併発する患者へのEA治療が、標準治療や偽鍼治療よりも有効性・安全性に優れているか、質の高い研究方法により検証されたのである。

【参加者】 研究への参加は、以下の基準を満たす不眠症患者であった。
(1)ピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)が7点以上
(2)精神障害の診断と統計マニュアル第5版(DSM-5)でうつ病の診断基準を満たす者
(3)ハミルトンうつ病評価尺度(HDRS-17)のスコアが20~35点
(4)研究開始4週間前の時点で抗うつ薬使用または未使用が一貫していた者。

 除外基準は、(1)器質的または他の精神疾患による二次性の抑うつ障害、(2)双極性障害うつ病エピソード、気分変調症、反応性うつ病、および他の疾患による抑うつ障害、(3)心血管系、造血系の重度の疾患または肝機能腎機能の低下、(4)アルコール乱用または薬物依存の病歴、(5)妊娠または授乳期間中、(6)過去1年以内に鍼治療を受けた者、であった。

 上記の基準を満たす患者は、① EA+標準治療(EAグループ)、② 偽鍼治療+標準治療(偽鍼治療グループ)、③ 標準治療グループの3群にランダムに割付けられた。EAグループと偽鍼治療グループの患者は自身がどちらに割付けられたかを伝えられず、鍼治療中もアイマスクを着用した状態で施術を受けた。さらに、鍼灸師を除いた他の研究者(統計学者、評価者など)にも、患者がどのグループに属していたかは伝えられず、可能な限り盲険化された状態で研究が行われた。

【評価項目】
 この研究の主要な評価項目は、介入終了時(8週後)のPSQIの変化である。PSQIは、過去1カ月の睡眠に関して18項目の質問から構成されており、睡眠の質、入眠時間、睡眠時間、睡眠効率、睡眠困難、睡眠薬の使用、日中覚醒困難の7つの臨床症状に応じた要素に分類し得点化することで睡眠状態を評価する。
 副次的評価として、HDRS-17、自己記入式不安尺度(SAS)、アクティグラフィーによる客観的な睡眠効率・睡眠覚醒時間・総睡眠時間、不眠重症度指数(ISI)、抗うつ薬の使用量が調査された。

 PSQI、ISI、アクティグラフィーによる睡眠状態の評価と、HDRS-17、SASによる気分状態の評価は、治療の中間(4週目)と終了時(8週目)に行われた。さらに、PSQIとHDRS-17はフォローアップ期間中の12、20、32週目にも評価された。鍼治療または抗うつ薬の使用に関連する有害事象が生じた場合は、患者および鍼灸師によって報告がなされた。

【介入方法】
 介入は、EAグループ/偽鍼治療グループともに、30 分間の治療を週3回(隔日)×8 週間行われた。鍼治療は、5年以上の臨床経験を持ち、試験前に介入方法に関するトレーニングを受けた6人の鍼灸師が施術した。
 使用経穴は、百会・神庭・印堂・安眠・神門・内関・三陰交とし、百会・神庭・印堂・神門には0.25×25mm、安眠・内関・三陰交には0.30×40mmの中国製鍼灸針が用いられた。
 EA グループでは、鍼を刺入後、回旋術や雀啄術を行い、得気感覚を誘発させる。百会と印堂に電極をつなぎ、周波数30Hzの連続波、刺激強度は0.1~1mAの間で、患者が苦痛感を訴えない強さで30分間EA刺激が行われた(図1)。

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 偽鍼治療グループでは、EAグループと同様の経穴に0.30×30mmのStreitberger鍼(玩具ナイフのように鍼柄に鍼体が入り込む偽鍼)が用いられた。Streitberger鍼では鍼先が皮膚に触れる感覚はあるが、先端がカットされているため、実際に鍼が体内に刺入されることはない。通電用の電極は、Streitberger鍼の鍼体部とEAグループ同様に百会と印堂につながれたが、通電機のスイッチをオンにしてもボリュームは0のままの状態、つまり疑似的なEAが行われた。

 標準治療グループでは、患者は定期的な運動を行い、健康的な食事をとり、試験中のストレスを管理することが推奨された。抗うつ薬や睡眠薬は、試験前から使用しているものをベースラインから8週間まで同様に服用した。標準治療の指導や患者の状態が変化した時の対応は精神科医によって判断された。

被検者247人を解析した結果

 不眠症とうつ病を併発する415人の患者が3つの病院で登録・スクリーニングされ、270 人の患者(女性194人、男性76人、年齢50.3±14.2歳)が参加基準を満たした。その中の23人の患者(8.5%)が、時間的・個人的な問題、効果への不満足により研究途中で脱落したため、最終的に247人の患者(91.5%)が32週目にすべての測定を完了した(EAグループ83例、偽鍼治療グループ81例、標準治療グループ83例)。

 解析には脱落が多かったグループの過大評価を防ぐためIntention to treat(ITT)解析という手法が用いられ、どのグループも最初の割付け通りに脱落者も含んだ90例ずつで解析された。

 主要評価項目である治療後のPSQIの変化は、EAグループは-6.2(95%信頼区間: -6.9--5.6)点、偽鍼治療グループは-2.5(-3.1--1.9)点、標準治療グループは-1.1(-1.8--0.5)点であった。変化量の群間差では、EAグループと偽鍼治療グループで-3.6(-4.4--2.8)点、EAグループと標準治療グループで-5.1(-6.0--4.2)点となり、どちらのグループと比較してもEAグループで有意にPSQIスコアが減少していた。

 さらに、PSQIの7つの下位尺度に分類してみても、睡眠の質、入眠時間、睡眠時間、睡眠効率、睡眠困難、睡眠薬の使用、日中覚醒困難のすべての項目でEAグループの有意な改善が示された。また、治療期間中、期間後のどの時点でも偽鍼治療、標準治療グループよりもEAグループのほうが、有意にPSQIスコアの減少が認められた(図2)。

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 副次評価項目では、EA治療によって、HRDS-17は-10.7(-11.8--9.7)点、不眠重症度指数のISIは‐7.6(-8.5--6.7)点、不安尺度のSASは-2.9(-4.1--1.7)点、アクティグラフィーの睡眠効率84.4(4.2-7.2)%、総睡眠時間の増加は29.1(21.5-36.7)分であり、ほとんどの項目で、他の2グループよりも有意な改善がみられた。また、フォローアップ期間中のHRDS-17の変化も、12週・20週・32週後のいつの時点でも他の2グループと比較してEAグループが有意に改善していた(図3)。

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 抗うつ薬/睡眠薬の使用においても、介入期間の8週間で増加が認められたのは、偽鍼治療グループで10例、標準治療グループでは7例であったが、EAグループでは1例のみであった。
 鍼治療に関連する有害事象は、EAグループで7例(7.8%)、偽鍼治療グループで4例(4.4%)発生した。有害事象の多くは、血種(出血)と局所の疼痛であった。標準治療グループでは1例 (1.1%)がフォローアップ期間中に頭痛を訴えた。有害事象の発生割合に3群間で有意な差はなかった。

Yinらの大規模臨床試験で証明された有効性と安全性

 以上より、うつ病と不眠症を併発する患者の頭部へのEAは、PSQIで評価した主観的な不眠症状を有意に改善することが示された。この効果は、プラセボコントロールとして設定された偽鍼治療グループよりも統計的に有意に大きく、頭部へのEAにはプラセボ以上の効果があることを示唆するものである。さらに、気分状態や客観的な睡眠状態の指標、薬物の使用量に対してもEAの効果は優れており、安全性についても大きな有害事象は起こらず、他のグループと差はなかった。つまり、Yinらの大規模な臨床試験によって、頭部へのEA治療はうつ病と不眠症を併発する患者の不眠症状に対して有効かつ安全な治療法であることを明らかにされたのである。

 この結果は、鍼灸治療によってうつ病の経過を難治化させる要因である不眠症状を軽減することで、治療満足度と生活の質向上だけでなく、自殺リスクやうつ病再発のリスク低減までつながる可能性を秘めている。Yinらの論文が掲載された雑誌は、米国医師会が発行するJAMA Network Openという医学雑誌である。2021年度のインパクトファクター(雑誌の影響度を示す指標)は13.353で、これは「医学、内科」分野172誌中15位の数字である。このような影響度の強い医学雑誌に鍼灸治療の有効性を示す論文が掲載されたことによって、多くの読者の目に届くことは大変喜ばしいことである。しかし、何の欠点もない論文など存在せず、Yinらの研究にもいくつかの限界はある。
 そのひとつが盲険化である。

 鍼灸の特性上、術者を盲険化(自分が鍼を刺しているか、刺していないかがわからない)する二重盲検での臨床試験は困難である。一方、非挿入鍼であるプラセボ鍼により、患者がどちらの治療を受けているかわからないようにする単一盲険での臨床試験は、現時点で実施可能であると考えられている。この場合、試験後に研究参加者に「どちらの治療を受けていたと思うか」と調査を行い、盲険化の成功・不成功を判断しなければならない。

 Yinらの研究では、偽鍼治療グループの患者の多くが実際の介入と反対の推測、つまり本物のEA治療を受けていたと推測していたことから、偽鍼治療グループでは盲険化に成功していた。しかし、EAグループでは、多くの患者が自身の受けた治療を正しく推測、つまりEA治療であると患者の多くはわかっていた。Yinらの用いたPSQIは主観的な評価尺度であるため、EAグループで盲険化できていないことによる影響を受けている可能性は否定できない。

 また、客観的指標による報告がやや弱いことも指摘できる。睡眠の客観的な指標は、アクティグラフィーを用いて測定することができる。客観的指標はプラセボ効果の影響を受けにくいとされていることから、主観的症状の変化を説明する貴重なデータとなる。睡眠指標を客観的に測定する際の理想は、研究期間中、常に測定を続けることだが、今回の場合は機械の性質上、測定日1晩分のデータしかとることができなかった。

 この課題が解決されれば、不眠症状への鍼灸治療の効果により説得力を持たせることができる。現在はアクティグラフィー以外にも様々なウェアラブルデバイスが登場していることから、常に睡眠状態を観察したうえで鍼灸治療の効果を検証することも可能だろう。そうすることで「鍼灸治療を受けた日は患者さんはぐっすり眠れるようだ」という、鍼灸師が何となく感じている手応えを、科学的に証明できる。今後のさらなる研究に期待したい。

不眠に悩むうつ病患者の治療方法のひとつとして

 いかがだっただろうか。鍼灸院に不眠症状を訴えるうつ傾向の患者が来院することは珍しいことではない。さらに、不眠症状を抱えるうつ病患者の多くは、薬物療法などの標準的な治療だけでは十分満足できていないと思われる。そこに鍼灸治療が有効である可能性を示せたのは、患者はもちろんのこと治療に難渋していた医療者にとって有益な情報であるといえる。

 ただし、注意が必要なのは、ひとつの論文だけでエビデンスがつくられるわけではない。また、論文の結果をそのまま目の前の患者に適用できるわけではない。例えば、Yinらの研究は、週3回EA治療行った場合の結果である。目の前の患者に対して、その頻度で、その刺激の治療が可能であるか、日本の鍼灸臨床でどれだけ実施可能なのかについても含め、総合的に判断する必要がある。

 とはいえ、頭部へのEA治療が有効性の高い治療法のひとつであることはわかった。臨床の現場で、不眠に悩むうつ病患者に出会った際は、治療方法の引き出しのひとつとして、本コラムの内容を思い出していただきたい。

【参考文献】
Doi Y, et al. Prevalence of sleep disturbance and hypnotic medication use in relation to sociodemographic factors in the general Japanese adult population. J Epidemiol. 2000 Mar;10(2):79-86.
1)Difrancesco S, et al. Sleep, circadian rhythm, and physical activity patterns in depressive and anxiety disorders: a 2-week ambulatory assessment study. Depress Anxiety. 2019;36(10):975-986.
2)Wang X, et al. Systematic review and meta-analysis of the relationship between sleep disorders and suicidal behaviour in patients with depression. BMC Psychiatry. 2019;19(1):303.
3)Fang H, et al. Depression in sleep disturbance: a review on a bidirectional relationship, mechanisms and treatment. J Cell Mol Med. 2019;23(4):2324-2332.
4)Yin X, et al. Efficacy and safety of acupuncture treatment on primary insomnia: a randomized controlled trial. Sleep. 2017;37:193-200.
5)Yin X, et al. Efficacy of Electroacupuncture on Treating Depression-Related Insomnia: A Randomized Controlled Trial. Nat Sci Sleep. 2020;21(12):497-508.

急性期脳卒中患者にリハビリと鍼を併用した観察研究

松浦悠人、建部陽嗣

脳卒中患者への鍼灸治療研究が増えてきた

 脳卒中は、脳の血管が破れたり(脳出血、くも膜下出血)、詰まったり(脳梗塞、一過性脳虚血発作)することによって脳の働きに障害が起こる疾患である。脳卒中を発症すると、高次脳機能障害、構音障害、運動障害、感覚障害、自律神経障害、精神症状など多種多様な症状がみられる。さらに、寝たきりの状態が続くと筋萎縮や骨粗しょう症、認知症の進行などの「廃用症候群」をきたし、より複雑な症状を呈する。

 かつては脳卒中が日本人の死因第1位であったが、薬物の開発や医療技術の進歩により患者数は減少傾向にある。しかし、脳卒中を発症すると後遺症や合併症によって要介護状態となる可能性もあるため、一命をとりとめた患者の生活の質(QOL)を保つことが大切である。
 その方法のひとつがリハビリテーションである。

 脳卒中リハビリテーションは、①廃用症候群の予防とセルフケアの早期自立を目指す急性期、②日常生活に必要な動作や機能回復を目指す回復期、③回復期に取り戻した機能を保つ維持期、の3つに分けることができる。脳卒中発症によって失われた生活に必要な能力を取り戻すために、発症後早期からリハビリテーションが行われている。

 世界に目を向けると、鍼灸治療も脳卒中患者に広く用いられている。脳卒中モデル動物による実験では、鍼刺激によって神経障害と脳浮腫の改善、神経新生の促進が確認されている[1]。さらに、合併症のひとつである肩手症候群へのリハビリテーションに鍼灸を併用すると、痛みの軽減や日常生活動作の改善に効果的であることが示された[2]。

Fuらが脳卒中患者100人の臨床データを解析

 このように、脳卒中患者への鍼灸治療は、脳の神経機能を回復させるとともに、症状の軽減に成功していることが数多く報告されている。つまり、リハビリテーションと鍼灸治療とを組み合わせることで、より大きな効果が期待できる可能性がある。しかし、現在までのところ、神経機能や予後の改善に対するリハビリテーションと鍼灸治療の併用効果に関する研究はまだ少ない。

 そんななか、2022年2月に武漢市中医医院のFuらは「Effect of Acupuncture and Rehabilitation Therapy on the Recovery of Neurological Function and Prognosis of Stroke Patients(脳卒中患者の神経機能回復と予後に対する鍼灸治療とリハビリテーションの効果)」を発表した(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8888046/)[3]。

 Fuらの研究は、カルテに残された臨床情報を分析する観察研究である。すでにある情報を過去に遡って利用するため「後ろ向き観察研究」と呼ばれる。脳卒中リハビリテーションに鍼灸治療を併用することによる効果の検証を目的として、2019年1月~2021年7月までに来院した100人の脳卒中患者を、その治療履歴から「リハビリテーションと鍼灸治療を併用したグループ(鍼灸併用群)52例」と「リハビリテーションのみのグループ(リハのみ群)48例」に分け、2群の神経機能や予後を比較した。

 対象患者は、MRIまたは頭部CTにより脳卒中と診断され、発症から7日以内でバイタルサインが安定した55〜75歳の患者で、研究への参加に同意した者が組み入れられた。
 一方、意識障害のある者、重度の外傷のある者、悪性腫瘍のある者、肝臓や腎臓などの脳以外の臓器に損傷のある者、鍼灸治療中に失神する可能性のある者は対象外とされた。

リハビリメニューと鍼灸併用群に用いた経穴、評価項目

 鍼灸併用群とリハのみ群は、どちらも脳卒中への標準的な治療とリハビリテーションを受けた。リハビリテーションは、発症から48時間後の時点で、意識鮮明でバイタルサインが安定しており、神経障害の進行・悪化がみられない場合に開始された。実際に行われたリハビリテーションは、単純な動作から複雑な動作へ変換、徐々に運動量を増加、受動的から能動的なトレーニングといったように改善のレベルに合わせて変化させた。具体的には、(1)良肢位の保持、(2)関節運動トレーニング、(3)体位変換、(4)バランストレーニング、(5)嚥下機能訓練が行われた。四肢機能については、1日1回30分間のトレーニングが1カ月間実施された。

 鍼灸併用群の患者は上記のリハビリテーションに加えて、鍼灸治療が行われた。使用経穴は症状別に選択され、片麻痺には、肩髃、合谷、環跳、手三里、陽陵泉、足三里、太衝、腎兪、大椎、十二井穴、委中、外関など、構音障害には、瘂門、廉泉、通里など、口の歪みには、頬車、太衝、水溝、合谷などの経穴が用いられた。

 また、患者の手足に単収縮や響きを感じさせるために、雀啄術が行われた。他のツボは、補瀉の方法に則り操作され、両側の経穴に3cm以内の深度で刺鍼された。刺鍼後、25〜30分間置鍼された。鍼灸治療の頻度は、1日1回×7日間を1コースとして合計4コース(=28日間)行われた。

 主要評価項目は、治療後の神経学的スコアの変化が81%以上を「とても有効」、36~80%を「有効」、35%以下を「効果がない」とした。治療前後の神経障害の評価には急性の脳卒中患者の神経障害の評価に最も使用されている米国国立衛生研究所脳卒中スケール(The National Institutes of Health Stroke Scale: NIHSS)という尺度が用いられた。

鍼の併用で運動機能や嚥下機能、気分状態も改善

 結果は、鍼灸併用群では「とても有効」30例(57.69%)、「有効」20例(38.46%)、「効果がない」2例(3.85%)、全体の奏効率は50例(96.15%)であった。一方、リハのみ群では「とても有効」22例(45.83%)、「有効」16例(33.33%)、「効果がない」10例(20.83%)、全体の奏効率は38例(79.17%)であり、鍼灸治療を併用していた鍼灸併用群の方が高い奏効率が得られた(図1)。

 また、NHISSの点数でも、治療前には鍼灸併用群22.16±2.7点、リハのみ群22.44±2.95点で2群に差はなかったが、治療後には鍼灸併用群11.24±1.12点、リハのみ群17.19±1.23点となり鍼灸併用群で統計的に有意な症状の減少がみられた。

 その他の指標として、血漿中のコルチゾールやニューロペプチドY、運動機能の評価にFMAスケール、ADLの評価にバーセルインデックス、バランス能力の評価にバーグバランススケール(Berg Balance Scale:BBS)、嚥下機能の評価にM.D.アンダーソンがんセンター版症状評価票(MD Anderson Dysphagia Inventory:MDADI)、気分状態の評価に自己評価式抑うつ性尺度(Self-rating Depression Scale:SDS)と自己評価尺度(Self-rating Anxiety Scale:SAS)、QOLの評価にWHO Quality of Life 100(WHOQOL-100)スケールが用いられ、すべての項目において観察グループで治療後でのポジティブな結果が得られた(図2)。

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  このように、急性期脳卒中リハビリテーションに鍼灸治療を併用することは、リハビリテーション単独よりも神経機能の改善に優れており、さらに運動機能や嚥下機能、ネガティブな気分状態、ADL、QOLの改善にも効果的であった。Fuらは、脳卒中患者への鍼灸刺激による効果には、リフレッシュと機能回復、腫脹の軽減とうっ血の除去、筋肉と側副路の弛緩、フリーラジカル生成の抑制、脳浮腫の軽減、炎症反応の抑制、興奮性アミノ酸の放出の減少などが機序として考えられると述べている。

 また、鍼灸を併用した鍼灸併用群では、客観的な指標である血漿中コルチゾールとニューロペプチドYの減少もみられた。血漿コルチゾール濃度の上昇
は、脳出血などの疾患が生じる可能性が高いことを示している。ニューロペプチドYは、血中での濃度が上昇すると血管収縮を引き起こし、脳の血流を減少させることで脳卒中症状の悪化につながる。Fuらの研究では、血漿中コルチゾールとニューロペプチドYが減少しており、この結果も鍼灸治療の効果を客観的に裏付けるものである。

観察研究からランダム化比較試験への発展が待たれる

 以上がFuらの研究の結果である。脳卒中発症後のリハビリテーションは、患者の神経機能の回復や生活の自立、QOLを保つためにも非常に重要である。Fuらの研究は、脳卒中リハビリテーション単独よりも鍼灸治療を併用することで脳卒中患者の神経障害と関連する多くの症状の改善に効果的であることを示した。この結果は、脳卒中患者に関わる多くの鍼灸師の手応えを形にした、臨床的に価値のある論文ではないだろうか。

しかし、本研究結果をそのまま鵜呑みにして解釈しないよう注意が必要である。

 筆者がそう考える理由にはふたつある。

 ひとつは、統計手法の問題である。今回は「輪切り検定」と呼ばれる統計的に有意差の出やすい方法で統計解析が行われている。そのため、統計学的な有意差のみで効果を判断していけない。

 もうひとつは、今回の研究はあくまで観察研究だということである。観察研究で治療効果を検証するにはいくつかの注意点がある。治療効果を比較するためには、比較する2群の背景が同じでなければならない。これは、「片方の群に重症者が偏ってしまった」といった比較に影響する要因をなくすためである。2群の背景を均等にできる方法がランダム化比較試験であり、治療の有効性を評価するのに最も適した研究デザインであることは間違いない。つまり、今回のFuらの観察研究では、鍼灸の受療経験の有無でグループ分けしているため、両群の背景が異なっているかもしれないのだ。そのため、どちらかのグループの効果が過大評価、あるいは過小評価されている可能性を念頭に置いて結果を解釈する必要がある。

 とはいうものの、観察研究の結果が全く信頼できないというわけではない。実際の臨床データを用いたいわゆる「リアルワールド」なデータであり、今後の比較試験につながる貴重な研究である。臨床データを測定し、記録しておくことで今回のような臨床研究を行うことが可能である。Fuらの研究は、日々の臨床のなかでの測定の重要性を再確認させるものだといえるだろう。

【参考文献】
1.Lu L, et al. Acupuncture for neurogenesis in experimental ischemic stroke: a systematic review and meta-analysis. Sci Rep. 2016;6:19521.
2.Peng L, et al. Traditional manual acupuncture combined with rehabilitation therapy for shoulder hand syndrome after stroke within the Chinese healthcare system: a systematic review and meta-analysis. Clin Rehabil. 2018;32(4):429-439.
3.Fu L, et al. Effect of Acupuncture and Rehabilitation Therapy on the Recovery of Neurological Function and Prognosis of Stroke Patients. Comput Math Methods Med. 2022;2022:4581248.

「脳腸相関」による不安やうつ症状は鍼灸で改善できるか

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松浦悠人

 脳腸相関という言葉が、今注目されている。

 脳腸相関とは、脳の状態が腸に影響し、腸の状態もまた脳に影響するといった双方向的な関係のことである。鍼灸臨床の場面でも、ストレスを感じると胃が痛くなったり下痢をしてしまったりする患者に遭遇することは珍しくない。

 脳腸相関による疾患として挙げられるのが機能性消化管疾患(functional gastrointestinal disorders: FGID)である。全世界の40%の人々が罹患しているとの報告があるほど身近なものである[1]。このFGIDには、過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome: IBS)、機能性ディスペプシア(functional dyspepsia: FD)、機能性便秘(functional constipation: FC)機能性下痢(functional diarrhoea: FDr)などが含まれ、検査をしても異常が認められないにもかかわらず、胃や腸の不快な症状が出現する。

脳と機能性消化疾患患者の気分症状に対する鍼治療の有効性を評価

 FGID患者の多くは不安やうつなど、いわゆる気分症状を有している。そして、胃腸症状の悪化は気分状態をさらに悪化させ、悪化した気分状態によって胃腸症状のさらなる増悪を招く。そのため、FGID患者の気分症状に対しても着目することが重要となる。

 現在、FGIDの不安やうつに対する治療として抗不安薬や抗うつ薬が使用されており、FDやIBSの診療ガイドラインにおいて弱いものの、推奨されている[2][3]。しかし、抗不安薬では依存性の問題、抗うつ薬では副作用の問題によりその使用が制限されることも少なくない。

 鍼治療は、薬物療法や偽鍼治療と比較してもFGID患者の胃腸症状を改善することが報告されている[4]。さらに、うつ病や不安障害などに対する有効性が示されていることから[5]、鍼治療がFGID患者の気分症状に対しても効果が期待できる。しかし、これまでの研究では、主に胃腸症状への効果のみに焦点が当てられていた。

 そんななか、2022年1月山東中医薬大学のWangらが「Acupuncture for emotional symptoms in patients with functional gastrointestinal disorders: A systematic review and meta-analysis(機能性消化管疾患患者の情動症状に対する鍼治療:システマティックレビューとメタアナリシス)」を発表した(doi: 10.1371/journal.pone.0263166. )[6]。この研究は、ランダム化比較試験(randomized controlled trials: RCT)を網羅的に収集し質を吟味するシステマティックレビューと、集めた研究を統計学的に統合するメタアナリシスという手法により、FGID患者の気分症状に対する鍼治療の有効性を評価したものである。

24文献、2,151人の参加者を定量的に解析

 Wangらのレビューは、FD、IBS、FC、FDrなどFGIDと診断された患者のRCTを対象とし、会議録(conference abstracts)、論説、総説、症例報告、症例集積、重複データなどは除外された。鍼治療グループは、鍼治療や鍼通電療法、耳鍼、頭鍼など「経穴に鍼を刺入する治療」を受けた患者と定義され、比較対照のコントロールはsham鍼治療または薬物療法を受けた患者とした。

 不安とうつの評価尺度には、自己評価式不安尺度(self-rating anxiety scale: SAS)、自己評価式うつ尺度(self-rating depression scale: SDS)、ハミルトン不安評価尺度(Hamilton Anxiety Rating Scale: HAM-A)、ハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Rating Scale: HAM-D)、patient health questionnaire-9(PHQ-9)、generalized anxiety disorder-7(GAD-7)が用いられた。

 文献の検索は、3つの英語文献データベースと5つの中国語文献データベースを用いて、2021年7月31日までに公開されたRCT論文が収集された。さらに、文献の漏れを防ぐためにGoogle ScholarやChiCTR(中国の臨床試験登録簿)の検索、その他の論文記事や会議録(conference proceedings)を手作業で検索している。

 集められた文献をもとに、著者名、発行年、組入れ/除外基準、サンプル数、鍼治療の種類、使用経穴、対照群の治療、評価項目などの情報が抽出された。さらに、それぞれのRCTに含まれるバイアスリスクを評価するため、Risk of Bias 2(RoB 2)というツールを使用して、RCTのバイアスリスクを「低リスク」「懸念あり」「高リスク」に分類した。これらの文献の収集・スクリーニングからの情報抽出、バイアスリスクの評価は、すべて2人の研究者によって行われ、意見の不一致があった場合には3人目の研究者が決定した。

 上記の方法による検索の結果、最終的に24文献、2,151人の参加者が定量的な解析に含まれた。これら研究の特徴として、サンプルサイズは34~348、治療期間は2~10週間の範囲で行われていた。また、鍼治療グループでは、17件で鍼通電療法、7件でマニュアル鍼治療(置鍼や雀啄など)が行われ、コントロールグループでは、4件でsham鍼治療、20件で薬物療法が行われていた。うつと不安の評価尺度については、SASとSDSが17件ずつ、HAM-D が5件、HAM-Aが4件、PHQ-9とGAD-7が1件ずつ使用されていた。

薬物療法よりも鍼治療のほうが不安とうつ症状を軽減

 鍼治療とsham鍼治療を比較した4研究をまとめた結果では、不安とうつ症状ともに鍼治療とsham鍼治療との間に有意差は認められなかった。これらはFD、IBS、FC、FDrなど疾患別に解析しても同様の結果であった。

 しかし、使用経穴に注目して解析してみると、鎮静化によく用いられる経穴(鎮静化経穴:百会、印堂、四神総などうつ病に効果があるとされる経穴)が用いられていた場合、鍼治療がFDIG患者のうつ症状をsham鍼治療より有意に軽減することが示された。なお、4研究すべてで非経穴への2~3mmの浅い刺鍼をsham鍼治療としていた。

 一方、鍼治療と薬物療法を比較した20研究をまとめた結果では、鍼治療は薬物療法と比較し、不安とうつ症状を有意に軽減した。疾患別に解析しても、不安症状はFD、IBS、FC、FDrのすべてで、うつ症状はFD、IBS、FDrの患者で、薬物療法に対して鍼治療のほうが有意に症状軽減を生じさせていた。薬物療法との比較においては、鎮静化経穴の使用や鍼通電かマニュアル鍼治療なのかなどの鍼治療の種類による結果への影響はなかった(表1)。

表1 鍼治療との有意差の有無(機能性消化管疾患)
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 鍼治療の安全性についても9件の研究で報告されており、鍼治療グループとコントロールグループの間に有意差がないことが示された。

気分を改善するツボを使用したほうが結果良好

 以上をまとめると、鍼治療はsham鍼治療との間に有意差を認めなかったが、薬物療法と比較すると有意に不安とうつ症状を軽減した。Wangらの研究は、収集された研究の質が低~中程度であることや、特異的/非特異的効果、プラセボ効果などの関与に関して不明な点はいくつかあるものの、鍼治療がFGID患者の胃腸症状だけでなく、気分症状に対しても効果的である可能性を示した最初のシステマティックレビューである。

 興味深い点は、sham鍼治療との比較において、百会や印堂、四神総といったうつ症状に効果的とされる経穴を使用すると、より症状を軽減させることである。鍼治療とsham鍼治療との間に有意差がなく、鍼治療と薬物療法との間に有意な差がみられたということは、鍼治療に非特異的な効果が多く含まれていることを意味している。しかし、一部経穴に特異的効果がある可能性も示唆されており、気分症状の目立つFGID患者に鍼治療を行う際には、積極的に気分に効果的な鎮静化経穴を用いることがいいといえる。

 さらに、Wangらは腸内細菌叢に及ぼす鍼灸治療のメカニズムからも今回の結果を考察している。先行研究によると、天枢、足三里、上巨虚への鍼灸刺激によって腸内細菌叢のバランスを調節できる[7-10]。これらの経穴は本研究に含まれた論文でも多く用いられていた。

 腸内毒素症は、不安やうつの原因となることから、胃腸症状によく使われる経穴も、脳腸相関によって気分症状の改善に関与しているとも考えられる。しかし、Wangらが引用している先行研究の多くは灸治療が中心であることから、この説には少し懐疑的な点もある。臨床的には、FGID患者の胃腸症状に灸治療はよく用いられ、治療効果を実感する患者も多いのではないだろうか。腸内細菌叢へのメカニズムを考慮すると灸治療も有用な選択肢であり、今後の重要な研究課題となるであろう。

日本でも機能性消化管疾患に対する鍼の臨床試験を

 本研究は、24件中23件が中国からの論文であること、個々の研究のサンプルサイズの小ささ、質の低さなどの問題点はあるが、FGID患者の気分症状への有効性を十分に示唆するものであった。旧版の機能性消化管疾患診療ガイドライン2014では、FDとIBSともに「鍼灸治療にプラセボ以上の効果はない」と有効性を示すエビデンスがなく、推奨も提案もされていなかった[11][12]。それから約6年を経て、FD(2021年)では提案や推奨はないものの鍼治療の有用性を示唆する記載[2]、IBS(2020年)では、鍼灸治療を代替療法として行うことが提案されている[3]。

 こうした進歩は間違いなく臨床研究の積み重ねによるものである。しかし、依然として本邦から臨床試験が行われていない状況は変わっていない。鍼灸治療は、FGIDの胃腸症状と気分症状のどちらにもアプローチできる有用性の高い治療法であることから、次回の診療ガイドラインの改定時には、本邦での臨床試験からのエビデンスを含みより高い推奨度を得ることが大きな目標となる。

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12. 日本消化器病学会(編). 機能性消化管疾患ガイドライン2014-過敏性腸症候群(IBS). 第1版. 南江堂.

五行色体表の成り立ちを正しく知る

篠原孝市

 私は、本連載第7回「蔵府概念の根底にある陰陽五行」において、「〈陰陽〉〈五行〉という認識には二つの側面がある。一つは〈分類〉であり、もう一つは〈関係〉である」、「〈五蔵〉は、〈陰陽〉と〈五行〉の関係論に行き着いて初めて意味を持つ」と述べた。そして第8回「人体で繰り広げられる表裏の関係」から第9回〈「表裏〉関係とは〈病いの深さ〉の認識の一部である」において、〈蔵〉〈府〉と〈経脈〉の〈表裏〉について、古典と現在の古典的鍼灸の臨床の両面から解説した。

 今回から〈五蔵〉〈六府〉の重要な側面の一つである〈五行〉の〈分類〉と〈関係〉について述べることとしよう。

表形式による五蔵六府の要約

 『素問』『霊枢』『難経』には、〈五行〉的な〈分類〉や〈関係〉を述べた箇所が数多く見られる。

 それらの中には、『素問』金匱真言論篇や陰陽応象大論篇のように、外部の自然から人間の身体各部や〈五蔵〉などに至る様々な分野の〈関係〉を、構造的に叙述した篇がある。

 また『素問』宣明五気篇や『霊枢』九針論篇のように、カテゴリーごとに〈五行〉によって総括的に〈分類〉した篇もある。風熱湿燥寒の「五悪」、酸苦甘辛鹹の「五味」、皮脈肉筋骨の「五主」などがそれである。

 この〈五行〉によるカテゴリー〈分類〉は、後に五蔵六府を基軸とするものに整理される。その最初の本格的な整理は、『脈経』巻第三の五つの章によって行われた。沈炎南主編『脈経校注』(1991)は、巻第三の巻末に〈五行〉による〈分類〉内容を要約した附表を加えるとともに、「本巻は中国医学の身体に対する有機的一体観に貫かれており、体内の各臓腑と組織器官、人体と外部の自然を密接に関連させて、総体的な考察研究を行っている」と評価している。

 次いで唐代の『備急千金要方』巻第二十九・五蔵六腑変化傍通訣では、56条の表形式として整理された。これを承けた『外台秘要方』巻第三十九・五蔵六腑変化流注出入傍通ではさらに80条に増補された。

 この表形式の「傍通」は、日本の江戸期前半の鍼灸書においても取り上げられている。意斎流の鍼書『意斉流針書』(1713奥書)、著者未詳の『鍼灸抜萃』(1676)とその系列書である『広益鍼灸抜萃』(1696)、安井昌玄『鍼灸要歌集』(1693)、本郷正豊『鍼灸重宝記』(1718)所載の「五蔵の色体」などがそれである。「色体」とは「傍通」の和語で、江戸期の意斎流から出ている可能性がある。また江戸後期には、浅井家が主宰する尾張医学館でも前記「五蔵六腑変化傍通訣」を「諸病主薬」「十四経穴分寸歌」と併せて刊行している(1839)。

 この傍通訣(色体表)は、近代以降も、代田文誌、柳谷素霊、本間祥白らの著作に「五行(五蔵)の色体表」として載せられたことから広く知られた。彼らにとって、「色体表」は、『素問』『霊枢』『脈経』以来継承されてきた、身体を診るための伝統的な有機的全体観(現代中医学でいうところの「整体観念」)を象徴するものだったからである。ただ、1980年代以降に日本で作られた各種の鍼灸辞典の見出し語には、「傍通」や「色体表」の言葉を見いだすことはできない(見出し語の解説文中にはなお「五行色体表」などとして散見する)。

ポイント

  • 五行による分類の源は『素問』『霊枢』『難経』にある!
  • 五行による分類は五蔵六府を基軸として整理されていった!
  • 最初の本格的な整理は『脈経』巻第三!
  • 「色体」とは「傍通」の和語!

用語解説

『脈経』(みゃっきょう):第1回用語解説参照。

沈炎南(しんえんなん):1920~1992。現代中国の中医師。広州中医学院(広州中医薬大学)教授などを歴任した。著書に『脈経校注』『脈経語訳』『中医学整体観』『肺病臨床実験録』『沈炎南医論医案集』などがある。

『備急千金要方』(びきゅうせんきんようほう):第3回の用語解説参照。

『外台秘要方』(げだいひようほう):第3回の用語解説参照。

意斎流(いさいりゅう):第3回の用語解説参照。

『鍼灸抜萃』(しんきゅうばっすい):著者未詳。3巻。延宝4年(1676)初刊。袖珍本に改変された『合類鍼灸抜萃』『広益鍼灸抜萃』もある。上巻は診察と施術、中巻は経穴、下巻は病証と主治を論じる。本書は江戸期に最も読まれた鍼灸書の一つで、安井昌玄『鍼灸要歌集』(1695)、著者未詳『鍼灸和解大全』(1698)、岡本一抱『鍼灸抜萃大成』(1699)、本郷正豊の編とされる『鍼灸重宝記』(1718)などはいずれも本書を基礎として著されたものと見られる。

安井昌玄(やすいしょうげん):江戸中期の鍼医。紀州の人。生没年未詳。唯一の著作『鍼灸要歌集』(1695)は、『鍼灸抜萃』(1676初刊)に基づいて著されたと見られる。

本郷正豊(ほんごうまさとよ):江戸中期の鍼医。生没年未詳。御園意斎の孫・常憲の次男。母方の実家をついで本郷姓を名乗った。『医道日用綱目』(一名「医道日用重宝記」「医道重宝記」。1692初刊)、『鍼灸重宝記』(一名「鍼灸重宝記綱目」。1718初刊)の著者とされている。

尾張医学館(おわりいがくかん):第3回の用語解説「尾張浅井家」参照。

身体の全体性は〈五行分類〉で捉える

 〈五蔵〉を基軸とする〈分類〉は、身体のさまざまな現象を全体的、有機的、構造的に捉えるために必要である。中国医学には、〈蔵府〉と〈経脈〉以外に、身体の全体を捉える方法はないからである。しかも、身体の全体性とは、個々の〈蔵府〉や〈経脈〉によって捉えられるものではなく、〈関係〉の論理であるところの〈陰陽〉や〈五行〉を介して初めて見いだされるものなのである。そのことは、〈蔵府〉や〈経脈〉から〈陰陽〉や〈五行〉を完全に排除してみればわかるであろう。

 以下、五蔵を基軸とする〈五行〉的な〈分類〉や〈関係〉の種々相について述べることにするが、その最初として、〈五蔵〉と外部の自然との〈関係〉を取り上げ、その意味について考えてみることにする。

ポイント

  • 〈五蔵〉を基軸とする〈分類〉は、身体を構造的に捉えるために必須!
  • 身体の全体性は〈蔵府〉や〈経脈〉では捉えられない!
  • 身体の全体性は〈陰陽〉や〈五行〉が介して初めて見出される!

〈五蔵〉と春夏秋冬・東西南北の深い関係

 漢魏以前の伝承医学古典において、〈五蔵〉と循環する時間(春夏秋冬の「四時」に「長夏(季夏)」を加えた「五時」)あるいは空間(東西南北に中央を加えた「五方」)の関係を論じたものに、次のようなものがある(後世の附加とされる運気七篇を除く)。

 『素問』四気調神大論篇、金匱真言論篇、陰陽応象大論篇、六節蔵象論篇、平人気象論篇、玉機真蔵論篇、蔵気法時論篇、宣明五気篇、欬論篇、風論篇、痺論篇、刺要論篇、水熱穴論篇、四時刺逆従論篇。
 『霊枢』本神篇、陰陽繋日月篇、順氣一日分爲四時篇、論勇篇、五音五味篇。
 『難経』十五難、五十六難、七十四難。
 『傷寒論』平脈法。
 『脈經』巻第三。

 このうち、金匱真言論篇、玉機真蔵論篇、『難経』十五難は、〈四時〉あるいは〈五時〉に方位を加えた詳細な記載となっている。他方、〈五蔵〉と方位の〈関係〉だけに言及したものは陰陽応象大論篇しかなく、その他はすべて〈五蔵〉と春夏秋冬に関するものである。このことは、〈五蔵〉を考えるうえにおいて、春夏秋冬の問題が重要であることを示唆しているように思われる。これらの記述のうちから〈五行〉〈五時〉〈五方〉〈五蔵〉を抜萃すると、以下のよく知られた一覧表となる。

表1 五行色体表の抜粋
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 この表のうち、〈五行〉と〈五時〉〈五方〉は、後漢の『漢書』五行志や『白虎通』はもちろん、前漢の『春秋繁露』などにも見えるもので、医学の外の世界で形成されたカテゴリーである。古代中国医学は、こうした世界観の上にその学術を展開したのである。(注)へ

 〈五蔵〉は内部にあって、見ることも触れることも、現代医学の臓器のように検査や実験でその機能も知ることも難しく、現れてくる所見の集積としてしか確認することができない。しかも、〈五蔵〉というものは、身体に現れるさまざまな所見の帰納法によって、つまり単に経験を積み重ねればその果てにその姿が浮かんでくるというものではない。たとえば腰痛や肩凝りは、それだけでは何の〈蔵〉に関わるものであるかわからないし、目や耳や鼻が何の〈蔵〉に配当されるものかは決められない。

 したがって、〈五蔵〉をつかむためには、人体とは別の地点で、所見を〈五蔵〉に〈分類〉するための基準が作られる必要があった。それは、木火土金水の〈五行〉であり、春夏秋冬の〈四時〉、東西南北の〈四方〉(あるいは中央を含む〈五方〉)であった。

 たとえば、〈五行〉の木、東方、春には、「風」「動」「発生」「蠢動」などの意味がある。これらを基準として、人体に同じような現れを探せば、身体が自在に動くこと、あるいは動かなくなること、瞼や顔面が痙攣すること、突然眩暈が起こることなどはすべて肝に関わる症状となる。こうした類推を経て初めて、肝は「木蔵なり」(『説文解字』)と断じられ、「肝は風を為す」(『淮南子』精神訓)と表現されたのである。

 これはつまり、何を生理的状態とし、何を〈病い〉とするかという判断基準を、個人の主観とか倫理、社会一般の常識ではなく、人間の意思とは独立した外部の自然に置くということを意味する。

 生病死の判断の物差しを、人間の意思とは独立した自然に置くことは、同時に、人間の中に自然を見いだすということでもある。しかし、そこからは必ずしも「自然に従って生きる」という倫理は生じてこないように思われる。

 現実の人間は、身体も心も、何ものからも完全に切り離された自由で自立的な個体のように見え、またそのように振る舞っている。そして人間の〈自然性〉を私たちはコントロールできると感じ、筋肉やメンタルのトレーニングに励んだり、養生に努めたりする。しかし、中国古代医学では、人間は不可避の〈自然〉の盛衰と変化に規定されており、その〈自然〉は倫理とすることも選択肢とすることもできないものと考えているのである。

ポイント

  • 五蔵をつかむためには外部の自然に判断基準を置く!
  • 人間の〈自然性〉はコントロールできない!
  • 中国古代医学では、人間は〈自然〉の盛衰と変化に規定されていると考える!

用語解説

『漢書』(かんじょ):第2回用語解説参照。

『春秋繁露』(しゅんじゅうはんろ):中国・前漢の董仲舒(とうちゅうじょ)の撰。17巻。前半では公羊学に基づき『春秋』の筆法を解説し、後半では陰陽五行説に基づき天文と人事の関わりを解く。『呂氏春秋』『淮南子』とともに、中国古代医学と関わりの深い記述が多い。

『説文解字』(せつもんかいじ):第1回の用語解説参照。

『淮南子』(えなんじ):第4回の用語解説参照。

脈状にあらわれる〈五蔵〉と春夏秋冬の関係

 春夏秋冬の〈五蔵〉に対する〈関係〉が最もはっきり現れているのは、脈状である。そもそも、内に有って見えない〈気〉としての〈五蔵〉は、症状よりも、脈状に最もその姿を現す。

 『素問』玉機真蔵論の冒頭に、それを象徴する一節がある。

 「黄帝問うて曰く、春の脈は弦の如し。何如にしてか弦なる、と。岐伯こたえて曰く、春の脈は肝なり。東方の木なり。万物の始生する所以(ゆえん)なり。故に其の気の来たること耎弱(ぜんじゃく)、軽虚にして滑、端直にして以て長、故に弦と曰う。此に反する者は病む、と。」

 これは「万物を始生させる」春の気(それは〈五行〉の木気、方位としての東方でもある)の到来が、肝の蔵の気を盛んにさせ、それが弦脈という脈状として現れることを述べた文章である。

 この発想の根底には、『霊枢』順気一日分為四時篇に「春は生じ、夏は長じ、秋は収め、冬は蔵す。是れ気の常なり。人もまたこれに応ず」とあるように、春夏秋冬の〈気〉の在り方(「成」「長」「収」「蔵」)に対応して、人の体内の〈気〉も盛衰を繰り返すという考え方がある。

 この春夏秋冬の〈気〉に動かされるものこそ、〈五蔵〉の〈気〉であり、〈五蔵〉の〈気〉が盛んになる(それを「旺気」と称す)と、それが脈状に反映する。したがって、春夏秋冬の脈状とは、春夏秋冬に喚起された五蔵の平常の脈状でもある。後代、この脈状診は、たとえば滑寿の『診家枢要』では「五蔵平脈」「四時平脈」と命名され、現在では「四時五臓脈」(樊佳如[等]『四時脈法』、湖南科学技術出版社、2021年)などと呼ばれている。この脈法については、次回に詳しく述べることにする。

ポイント

  • 〈気〉としての〈五蔵〉が最もよくわかるのは症状よりも脈状!
  • 春夏秋冬の〈気〉に対応して人の体内の〈気〉も盛衰を繰り返す!

 (注)
この表については、若干の説明が必要である。一つは中国古代においては、五蔵への〈五行〉配当に別説があったということ、もう一つは土の行の問題である。
 漢代、五蔵への〈五行〉配当には、古文説と今文説の二説があった。医書においては当時から今文説が用いられ現在に至っているため、医書を見ている限りは矛盾を感じないが、『呂氏春秋』や『淮南子』に附された後漢の高誘の注のように、古文説を伝えるものもある。両説を以下の表に示す。

表2 五行配当の古文説と今文説
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 土の行の問題とは、春夏秋冬の四時に五行を取り入れようとしたことから生じた。土をどの季節に入れるかについては、旧暦の六月(季夏)をあてる場合と、春夏秋冬それぞれの末の十八日にあてるとの二つの説がある。

浅刺鍼での脳機能の変化と鎮痛作用が証明された

建部陽嗣

 2021年12月、上海中医薬大学のXiangらによって慢性腰痛患者への鍼治療に関する新たな論文が発表された。「Frequency-Specific Blood Oxygen Level Dependent Oscillations Associated With Pain Relief From Ankle Acupuncture in Patients With Chronic Low Back Pain.(慢性腰痛患者の足首への鍼治療による疼痛緩和と周波数特異的な血中酸素濃度依存性振動との関係)」と名付けられたその論文(https://doi.org/10.3389/fnins.2021.786490)では[1]、鍼治療によって、安静時の磁気共鳴画像(rs-fMRI)の血中酸素濃度依存性(BOLD)変化を周波数ごとに行うことで、慢性腰痛患者に対する鍼治療の生理学的寄与を調査したのである。

慢性的な痛みで脳内ネットワークに異常発生

 鍼灸治療は、頭痛、首・肩の痛み、膝痛、腰痛など、急性および慢性の痛みに対する効果的な治療法であることはいうまでもない。このメカニズムを解明するために、これまで数多くの動物実験も行われてきた。よく使用される経穴への鍼治療に関する機能的磁気共鳴画像(fMRI)研究では、前頭前野、大脳辺縁系、傍辺縁系、皮質下灰白質、小脳など、鎮痛に関連する多くの脳領域で有意な機能的な反応が示されている[2]。

 ただ、脳には、何もしない安静時にのみ、活動が活発になる脳の領域が複数存在する。これらの領域はさまざまな認知課題において比較的共通した活動のパターンを示すことから、ネットワークを形成していると考えられている。このネットワークをデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼び、内側前頭前野、後帯状皮質、楔前部、下部頭頂葉、外側側頭葉、海馬体などから構成される。つまり、どんなに安静にしていても、脳のこれらの部位ではエネルギーが大量に消費される。

 慢性的に痛みを抱えている患者では、このDMNが正常から逸脱していることがわかっている。また、慢性疼痛患者は内側前頭前野のDMNとの接続性の低下や、痛みの強さに比例してDMNと島皮質との接続性が増加することなどもわかっている。

 安静時fMRI(rs-MRI)を用いた機能的ネットワークの解析では、安静時における血中酸素濃度依存性(BOLD)信号を使用する。このBOLD信号には、周波数特異的なものがあることが知られている。生理学的および病理学的観点から、それぞれの異なる周波数帯が脳のネットワーク統合に独自に寄与している[3]。0.01〜0.25Hzの振動は、norm-1(0.01〜0.1Hz)、norm-2(0.01〜0.08Hz)、slow-5(0.01〜0.027Hz)、slow-4(0.027〜0.073Hz)、slow-3(0.073〜0.198Hz)、slow-2(0.198〜0.25Hz)に分けることができ、周波数ごとに異なる生理学的変化を意味すると考えられている[4]。

Xiangらが用いた「腕踝鍼」は得気が発生しない?

 Xiangらの研究では、「腕踝鍼」と呼ばれる鍼治療方法を採用している。腕踝鍼は、手首や足首の特定の部位1カ所に鍼を刺入し、全身の治療を行う。 Xiangらは、12カ所ある治療点の中から、左下5番と呼ばれる部位に鍼治療を実施した。正確な位置は外果から指幅3本分ほど上で、腓骨と隣接する腱の後縁付近である。患者を仰向けに寝かせ、消毒後、鍼を皮膚面から約30°の角度で刺入する。その後、水平方向に角度を変え、膝の方向に向かって約35mm鍼を刺入しテープで固定する。つまりは足首から膝に向かって横刺をしている。

 なぜ、Xiangらはこの鍼刺激方法を選択したかというと、得気が発生しないからだというのだ。鍼鎮痛に関連する脳の反応を調査するうえで、得気を伴う鍼刺入による刺激との交絡を除外することで、鍼刺激そのものの変化を捉えようとしたのである。刺入が浅く、得気をあまり重要視しない日本の鍼灸治療に近い研究ともいえる。

 患者は、(1)18歳から65歳までの右利きの成人で、性別は問わない。(2)6カ月以上の腰痛の既往があること。(3)視覚的アナログスケール(VAS、0-10)で評価した初期の自己申告の痛みの強さが4点以上であること。(4)同意書および臨床評価アンケートを理解し、補助なしで記入できること、の4条件を満たしたものとした。また、同時に健常者でも脳活動を計測している。

 鍼治療と偽鍼治療(鍼を皮膚に軽く当て、皮膚を貫通させずに5秒間保持)をランダムに交互に受け、その鍼治療間にfMRIを撮像するのである(図1)。休憩の間、被験者は静かに横になり、目を閉じて起きているように指示された。

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図1 fMRI撮像スケジュール

 鍼治療もしくは偽鍼治療(接触鍼)の直後に、各被験者の現在の痛みの強さを評価するために VASにて評価した。VASは10cmの水平線で構成されており、左の「0」は痛みがないことを示し、右の「10」は想像しうる最も激しい痛みを示す。参加者は、現在経験している痛みの強さに応じて線上に「×」を付けるように指示された。0 からマークまでの長さ(cm)を痛みのスコアとして記録した。

すべての周波数帯の低周波摂動振幅が変化した

 浙江省中西医結合医院にて、52人の参加者(慢性腰痛患者27人、健常ボランティア25人)が登録された。3人がMRI撮像に耐えられず、2人が閉所恐怖症のため、3人が過度の恐怖のために脱落した。また、1人の被験者は潜在的な神経障害の疑いで除外され、3人の参加者が自主的に辞退した。最終的に40人の患者(慢性腰痛群:20人、健常者群:20人)が、すべての評価と撮像を終えた。また、撮像中に頭部が激しく動いたため、患者群1人、健常者群1人を除外した。そのため、19人の患者(男性12人)と19人の健常者(男性11人)のデータが解析対象となった。

 参加者全員が、鍼治療中に明らかな得気の感覚はないと答えた。患者群における腰痛罹病期間は9.0±7.7年だった。
 慢性腰痛患者の痛みのVAS値は、鍼治療後では3.50±2.23、偽鍼治療(接触鍼)後では5.64±1.98と、有意な差を認めた。健常者群ではVAS値はどの時点でも1点以下であり、治療間での差はなかった。

 fMRI画像に関して、偽鍼治療と比較して、鍼治療刺激でいくつかの脳領域で有意な差が認められた。すべての周波数帯の低周波摂動振幅(ALFF)は内側前頭前野で増加し、小脳、後帯状皮質、海馬傍回で減少した。slow-5帯を除くすべての周波数帯では、右島皮質のALFFが減少した。norm-2帯とslow-5帯以外では、右上側頭回でALFFが増加した。norm-2帯、slow-3帯、slow-2帯内のALFFは、右の中心前回、中心後回、扁桃体で減少した。slow-2帯のALFFは、左島皮質、扁桃体、腹前野で減少した。

 上記のALFF値と鍼治療後のVAS痛みの強さのスコアとの間に有意な関連性が見られた。具体的には、小脳のslow-5周波数帯のALFFは、鍼治療後のVASスコアと有意に正の相関が認められた(r = 0.65, P = 0.003)。また、小脳のslow-3周波数帯のALFFも、鍼治療後のVASスコアと正の相関を示した(r = 0.48, P = 0.04)。逆に、右島のnorm-2(r = -0.48, P = 0.04)とslow-4(r = -0.48, P = 0.04)周波数帯のALFFは、鍼治療後のVASスコアの変化と負の相関を示した。

小脳と島皮質に見られた明らかな変調

 いかがであっただろうか。まとめると、まず、得気を伴わない皮下への鍼刺激でも鎮痛効果を示した。0.01~0.25Hzの周波数帯におけるALFFは、患者および健常者ともに、DMN内で一貫して変調していた(内側前頭前野では増加し、小脳、後帯状皮質、海馬傍回では減少)。また、両側の島皮質におけるALFFの減少は、周波数特異的な変調を示し、患者が経験する痛みの強さは、右島皮質と小脳の特定の周波数帯における反応と密接に関係した。

 DMNにおける、鍼治療による脳機能の変調パターンはとても似ていた。それだけでなく、健常者でも慢性腰痛患者でも、0.01~0.25Hzの各周波数帯内のDMN振動の反応に一貫性があることが示された。つまりは、得気を伴わない皮下への浅い刺入刺激でも、健常者だけでなく慢性疼痛患者のDMN機能を調節することができるのである。

 特に、小脳と島皮質において、浅い刺入による鍼鎮痛と関係する、周波数特異的な静止状態の脳活動が見られた。

 島皮質は、本人が物理的な痛みを感じていない状態でも、親密な人が痛みを感じている場面を見るだけで活動する。いわゆる心理的な痛みに対して島皮質が関与するのだ。現在では、島皮質は内臓を含む身体内部の状態をモニターし、異変が生じたときに、それを意識化させる機能を持つと想定されている。つまり、身体のちょっとした変化や、自己の痛みと他者の痛みを同一視する傾向が、痛みとDMNとの関連を強めていると考えられるのである。

 一方、小脳は、一般的に運動処理に関わる脳領域と考えられている。最近では、小脳は非運動機能、さらには記憶、連想学習、運動制御などの多くの統合機能にも関与していることが示唆されている。特に、他のfMRI研究では、侵害受容処理中に小脳の活性化が認められた[5]。鍼灸刺激に関わるC線維の侵害受容器は、苔状線維(海馬CA3野および歯状回門に投射する歯状回顆粒細胞の軸索)を介して小脳のプルキンエ細胞に到達すると考えられている。つまり、鍼鎮痛の過程で小脳活動を変調させることが考えられるのである。

浅い刺入鍼は機能性身体症候群の改善にも使える

 現在のヒトの痛みの概念は、侵害刺激の知覚、痛みの情動的特徴、認知的要素を含む多次元的なものである。鍼鎮痛に関連する小脳の機能的役割としては、感情、認知、運動制御などが想定される。

 慢性腰痛の他に、過敏性腸症候群、緊張型頭痛、顎関節症、月経前症候群、線維筋痛症、慢性疲労症候群、化学物質過敏症といった、患者が持続的な身体症状を訴えているが、医学的検査を行ってもその症状を説明するだけの器質的、機能的所見が得られない病態を機能性身体症候群(functional somatic syndrome:FSS)と呼ぶ。これらの疾患に対して、鍼灸治療が広く適用されている。これらの状態は、非常に高い順応性を持つ脳でさえも、現代社会の環境に適応できなくなり、その機能が破たんしてしまった結果生じている状態といえる。そんな脳機能を、鍼灸治療は修正する力を秘めているのかもしれない。

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5. Borsook D, Moulton EA et al. Human cerebellar responses to brush and heat stimuli in healthy and neuropathic pain subjects. Cerebellum. 2008;7(3):252-72. doi: 10.1007/s12311-008-0011-6.

〈表裏〉関係とは〈病いの深さ〉の認識の一部である

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篠原孝市

 前回、私は、〈蔵〉と〈府〉が〈表裏〉という〈陰陽の関係〉にあること、その表裏関係は経脈にも見られると述べた。そして、この〈表裏〉という関係が意味するものは、〈蔵(陰経)〉から〈府(陽経)〉へ、〈府(陽経)〉から〈蔵(陰経)〉への病いの伝変(転換)を説明するための装置の一つであるとした。

 付け加えておかなくてはならないが、この〈蔵(陰経)〉と〈府(陽経)〉の〈表裏〉関係は、実は中国医学で認識されている〈病いの深さ〉という認識全体の一部をなすものである。以下、〈表裏〉についての補足として、説明する。

〈病い〉の〈深さ〉〈原因〉〈病態〉

 私たちが臨床の場で出会う症例は、その主訴が肩こりや腰痛などの症状であれ、現代医学的な病名のつくものであれ、その診察の直接の対象となるものは、患者が表すさまざまな所見(症状、脈状など)である。

 中国医学的立場では、それらのさまざまな所見を直接診察の対象としない。また多くの場合、施術の対象とすることはない。所見とは、〈病い〉の〈所在〉〈深さ〉〈病因〉〈病態〉からなる病態像構築のための素材であって、それがなければ、中国医学的な施術は実現しない。ここで所在、深さ、病因といった言葉が〈〉でくくられているのは、それらが〈気の在り方〉という独特の基準によって見いだされたものだからである。

 中国医学では、実際の身体とそこに現れている症状から病態像を構築する場合、〈気〉を指標として判断する。だから、〈病い〉の〈所在〉も、〈病い〉の〈深さ〉も、実際の身体における部位や深さではなく、〈気としての部位〉〈気としての深さ〉によって判定する。ちなみに、中国医学では、〈病い〉の〈所在〉は、〈病い〉の〈深さ〉と重なっている。

ポイント

  • 中国医学では、病態把握は所見ではなく〈気の在り方〉を指標とする!

〈深浅〉の指標となるもの

 〈深さ〉を考えるには、指標がなくてはならない。中国医学では、〈深さ〉を、まず陰陽の観点から二分する。

 浅い部分は、五蔵に対応するところの「皮」「脈」「肉」「筋」「骨」の五つで構成されている。これら五つは、実際の身体の組織である皮膚や血管、筋肉や骨から作り出された深さを示す概念であって、実際の皮膚や骨などの概念を引きずっている。しかし、それは皮膚や骨ではなく、〈浅い部分の気〉なのである。もしこの説明が難解と感じられるならば、身体表層のイメージと考えてもらってもよい。

 深い部分とは、〈蔵〉〈府〉〈経脈〉のことである。この中にも段階かあって、〈経脈〉は浅く、〈蔵〉〈府〉は深い。〈経脈〉も陰経は深く、陽経は浅い。〈蔵〉〈府〉の深浅はいうまでもない。重要なことは、これらもまたすべて〈気〉としての深浅、すなわち身体の深層のイメージなのであって、間違っても、実際の深さと混同してはならない。さらに注意しておかなくてはならないことは、この〈病い〉の深浅は、〈病因〉〈病態〉と深く関わりがあるということである。

ポイント

  • 〈病いの深浅〉はイメージの深層浅層!
  • 〈病いの深浅〉は実際の身体の深層浅層ではない!
  • 〈病いの深浅〉は〈病因〉〈病態〉と深く関わっている!

〈病い〉の深浅と症状の軽重の関係

 ところが厄介なことに、浅い部分の〈病い〉といっても、それは症状というレベルでは、経脈や蔵府の深い部分の〈病い〉とは区別できない。

 「肩こりや腰痛なら鍼灸でもやっておけばよい」という医師や一般人がいる一方、「私の治療院では、肩こりや腰痛などの患者ばかりで、重い症状の患者は来ない」という鍼灸師がいる。それは、肩こりや腰痛といえば、軽微な症状にすぎないと思い込んでいるからである。しかし、それらの中には、いくら施術を繰り返しても治らないもの、時に重篤な病気に転じるものが含まれていることは、少し臨床をやればすぐにわかることである。その判断の指標となるものが、〈病いの深さ〉という考え方である。

 注意しておかなくてはならないが、〈病いの深さ〉はそれがどんなものであっても、多くの場合、頭痛、肩こり、腰痛、軽い食欲不振などのありふれた症状としてしか現れない。また〈病いの深さ〉というものは、症状の激しさとは必ずしも関係がない。ぎっくり腰で動くこともできない状態であっても、それが本当に重い病状かどうかはわからない。

 浅い部分の〈病い〉と判断できるのは、そのまま放置しておいても数日以内に症状が消えてしまって再び繰り返さない場合と、症状のある部位への施術や、特効穴治療によって簡単に治癒してしまう場合である。特定の手技やテクニックによってすぐに症状が寛解するものもこの部類に入る。つまり経過観察と対症療法によって解決ができるものであり、以後再発しないものである。その症状が劇烈であってもなくても、誰が施術しても、どんな施術をしても、その場で、あるいはそのうち治ってしまうような部類のものなのであるが、これは、しばしば鍼灸師に「自分の腕が上がった」と錯覚させ、道を誤らせることになる。

 たとえば片手で重い書籍を掴んでいるうちに、前腕に激しい痛みが生じたとする。この場合、前腕に散鍼すれば、痛みがすぐに消えてしまう場合がある。打撲による腰痛や膝痛の場合にもそういうことが少なくない。しかし、原因がわずかのことであっても、「痛みがすぐ消える」となぜ言い切れないかといえば、それはその症状を起こした患者の、〈病いの深さ〉次第だからである。簡単な原因によって起こる病態は、必ずしも簡単な病態とは限らない。

 肩こり、眩暈、腰痛、五十肩、捻挫など、日常的によく見ることがある症状であっても、症状が軽いからといって簡単に治癒しない場合や、よくなってもすぐにまた症状がぶり返す場合が少なくないのは、そのためである。特に厄介なものは、軽い症状がいつまでも続く場合である。

 浅い部分の〈病い〉ではない場合、初めて経脈や蔵府を考慮した見方が必要となってくる。蔵府経脈の分野の〈病い〉について、日本近代以降、初めて、本格的に臨床で問題としたのは、1941年以降に創成された経絡治療である。

ポイント

  • 〈病いの深さ〉はありふれた症状として現れる!
  • 肩こりや腰痛は〈浅い〉〈軽い〉という思い込みをなくそう!
  • 浅い部分の〈病い〉は経過観察と対症療法で解決ができる!
  • 軽い症状に含まれる重篤な病気の判断の指標が〈病いの深さ〉!

経絡治療における深浅の認識

 経絡治療では、まず病態を、浅い部分のそれと、〈蔵〉〈府〉〈経脈〉レベルのものに分別した。経絡治療の創始者の一人である井上恵理は、それを〈蔵病〉〈経病〉と名付けて分別している(『名人たちの経絡治療座談会』4の3)。この命名が適切か否かはさておき、病態を二分したその指摘は、臨床的に甚だ的確である。経絡治療が成立することによって、日本近代の鍼灸臨床は、初めて意識的に〈病いの深さ〉という問題に対処するようになった。

 経絡治療が〈蔵〉〈府〉〈経脈〉をどのように構造化したかについて、ごく簡単に概括しておく。経絡治療こそ、わが国において初めて、〈蔵〉〈府〉〈経脈〉の〈表裏〉という概念を援用することによって〈病い〉の解析を行った現代鍼灸だからである。

 経絡治療が、病態認識(証)の内容を〈十二経脈の虚実〉としたことは、周知の通りである。しかし、その方法は、十二本の〈経脈〉から虚あるいは実と見なす一本の〈経脈〉を見いだすというようなものではなかった。

 経絡治療では最初から、〈経脈〉の虚実(証)を有機的、構造的なものと考えた。それは中国医学の古典を読み込んだ結果なのか、そうした問題意識が中国医学の古典、たとえば『難経』六十九難や七十五難などを引き寄せたのかはわからない。いずれにしても、六十九難や七十五難などの関係の論理は、『素問』『霊枢』に見える〈蔵府経脈〉の表裏の論理とともに、診察と選経選穴に一定の方向性を与え、施術とその効果判定が無秩序になるのを防ぐために、不可欠だったのである。

ポイント

  • 深い〈病い〉は経脈や蔵府を考慮した見方が必要!
  • 深い〈病い〉を臨床で問題としたのが経絡治療!
  • 経絡治療は〈表裏〉の概念を援用して〈病い〉を解析した現代鍼灸!
  • 六十九難や七十五難などの関係の論理は秩序立てに不可欠だった!

経絡治療の病態認識における〈表裏〉と〈五行〉の援用

 経絡治療の病態認識(証)における〈表裏〉と〈五行〉の援用は次のような手続きで行われた。

 ①まず『霊枢』経脈篇にならって〈蔵〉〈府〉と〈十二経脈〉を一対一に関係づける。つまり〈蔵〉〈府〉と〈十二経脈〉を別のものとせず、〈蔵府経脈〉と見なすということである。経絡治療では、〈蔵〉と〈陰経〉、〈府〉と〈陽経〉は大略同義である。その理由は、『素問』『霊枢』、特に現在の〈経脈〉についての考え方の基本となっている『霊枢』経脈篇や、それを継承した十二経脈理論(唐代の『明堂』、元末の『十四経発揮』など)の中で、〈蔵府〉と〈経脈〉が一対一の関係で結びつけられていることによる。
 もちろん、一方では、〈蔵府〉と〈経脈〉には、その出自に違いがあること、また〈蔵府〉と〈経脈〉には、その出自においても(たとえば〈経脈〉には、〈五蔵〉のいわゆる色体表的要素はない)、また〈病い〉が生じた場合の、その〈深さ〉に違いがあるとの認識があった。しかし、基本的に同義と考えたからこそ、〈手少陰心経の虚証は採らない〉〈足少陰腎経の実証も採らない〉という〈経脈〉レベルでは決して出てこない、〈五蔵〉レベルの治療法則が出てきたのである。誤解を恐れずにいえば、〈蔵府〉は深いところにある〈経脈〉であり、〈経脈〉は浅いところにある〈蔵府〉なのであった。

 ②既に述べたように、〈蔵府〉と〈経脈〉の間には一体であるという側面と、異なる面がある。しかし、本連載第4回で述べたように、〈蔵府〉、特に〈蔵〉は「生命の根源としての精気」と結びつけて認識されている。そして本連載第5回で述べたように、この〈精気〉は時間とともに、あるいは内外傷によって、常に虚していく過程にある。
 また「内傷がなければ外邪は入らない」という考え方があるように、あらゆる〈病い〉はそれがどんなものであれ、根底に〈蔵府〉の虚があると考えたのである。それは日常の鍼灸臨床で扱う〈病い〉の在り方にも合致するものであった。そこで、すべての〈病い〉の基本を、〈蔵〉〈府〉の虚、特に〈五蔵〉の虚(陰虚)におくこととしたのである。五蔵の虚レベルの〈病い〉とする判定は、睡眠・食事・大小便、月経などの変化の有無を指標とする。

 ③鍼灸の治療というものは、それが一穴に対する施術であれ、それがどんなよい結果と悪い結果は引き起こすのかは、なかなか測りがたいものである。たとえば肩こりという主訴はとれたのに、逆に頭が重くなったなどといった場合に、それをどう考えればよいのかということは、なかなか難問である。現実の鍼灸では「ある穴に施術したら、かくかくしかじかの効果があった」といった単純な話にはならないのである。
 このことは〈蔵府経脈〉を運用しようとした古代中国においても、1940年代の日本の経絡治療においても同様であった。足の太陰脾経が虚していると判断して、脾経を補ったら食欲不振は少し軽くなったような気がするが、両足がとてもだるくなった等々、刺鍼や施灸によって全身に何が起こるかはなかなか測りがたい。一つの〈経脈〉への施術は、当然、〈経脈〉全部を動かすからである。それは「経験を積めば、わかってくる」といったような簡単なものでない。そこで、〈蔵府経脈〉の一見無秩序な反応に対応するため、古典に書かれている枠組である〈表裏〉や〈五行〉が求められた。そしてすべての〈病い〉を、〈蔵府経脈〉の〈表裏〉関係および〈五行〉関係によって、仮説として位置づけるようにしたのである。
 言い換えれば、〈蔵(陰経)と府(陽経)の間の関係〉〈蔵(陰経)と蔵(陰経)との間の関係〉という観点から位置づける。具体的には肺・大腸、脾・胃といった〈表裏〉一対の関係、肺・脾、肝・腎といった五行の相生関係、肺と肝、肝と脾といった五行の相剋関係によって、〈蔵府経脈〉の〈病い〉を構造的に整理するのである。

 ④そして病態を、陰虚を土台として、陰陽虚実で分別し、a.陰虚(たとえば肝虚・腎虚、肺虚・胆虚など)、b.陰虚陽実(たとえば肺虚・大腸実など)、c.陰虚陰実(たとえば肺虚・肝実など)、d.陰虚陽虚(選経的には陰虚と同じ)に四分する。

 ⑤ここで注意しておきたいが、b~dの三段階は、陽実、陰実、陽虚と呼ばれようとも、いずれも陰虚のバリエーションであり、その虚実補寫は根底にある陰虚を回復させることを目的とする。

ポイント

  • 経絡治療は〈蔵〉〈府〉と〈十二経脈〉を〈蔵府経脈〉と見なした!
  • 〈蔵府経脈〉だから〈五蔵〉レベルの治療法則となった!
  • 〈蔵府〉は深いところにある〈経脈〉!
  • 〈経脈〉は浅いところにある〈蔵府〉!
  • 深い病いは陰虚、陰虚陽実、陰虚陰実、陰虚陽虚に分類できる!

近年の教科書に書かれた〈表裏〉の説明について

 今回の最後に、最近の日本の『新版 東洋医学概論』(2015年)において、どのように〈表裏〉が扱われているかを見てみよう。その〈表裏〉の認識と、前述の経絡治療の認識の違いを比較していただきたい。

 たとえば、第2章・第2節・「Ⅱ.蔵象五臓とその機能に関連した領域」では、肺と大腸の表裏関係については、次のように説明されている。

 「肺と大腸は表裏関係にあり、経脈を通じて互いに連絡し、生理的にも病理的にも密接な関係にある。肺の粛降は大腸の伝導を助け、津液を輸布することにより大腸の潤いを維持している。肺の機能が失調すると、大腸の伝化機能に影響を及ぼし、便秘などの症状が起こる。また、大腸の通りが悪いと肺の粛降機能に影響を及ぼし、咳嗽・喘息・胸満などが起こる。」

 この説明は、呼吸に関する症状を〈肺〉、排泄に関する症状を〈大腸〉のしるしとするなどの点において、一見、これまで私が述べてきたことと変わらないように見えるかもしれない。しかし、私にはこの説明は、倒錯した見解、あるいは現代医学風に粉飾された説明に見える。

 「経脈を通じて互いに連絡」しているから「肺と大腸は表裏関係」、とは、絡脈を想定した説明と思われるが、「互いに連絡」しているのは、肺(手太陰)と大腸(手陽明)だけではない。手陽明と足陽明も連絡しているし、そもそも現在の経脈説の典拠である『霊枢』経脈篇では十二経脈はすべてがつながって、環の端なきがごときものとなっているのであるから、この説明は説得力を欠く。

 そもそも、経脈篇の絡脈自体、経脈に比べて実在感が乏しい。まして、その絡脈を持ち出して〈表裏〉を説明することは、現実感の薄い説明であり、臨床に即した理由になっていない。私は、肺と大腸の間の関係や病態の移行を説明するために、手太陰と手陽明という経脈レベルの間に〈絡脈〉を仮定したと考える。そのように考えるほうが、現実的ではないだろうか。

 前記『新版 東洋医学概論』の後半の、肺の〈機能〉から〈表裏〉を説明する部分についても、吟味の必要があるが、それは今後、機会をみて行うこととしよう。

ポイント

  • 『霊枢』経脈篇では十二経脈はすべて互いに連絡し、つながっている!
  • 絡脈は表裏関係や病態の移行を説明するために仮定された!
  • 絡脈で〈表裏〉を説明することは現実感が薄い!

米国発の耳鍼療法はがんの慢性痛に有効か

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建部陽嗣

 がんサバイバーという言葉を知っているだろうか。サバイバーは「生存者」と訳すことができるため、がんを克服した患者をイメージするかもしれない。しかしそうではない。がんと診断されたその直後から患者が生涯を終えるまでを指す。つまりは、がんを経験した人すべてが対象である。

 医療の進歩に伴い、過去にがんと診断されたがんサバイバーの数は急速に拡大している。がんサバイバーは、がんを経験していない人に比べて痛みに悩まされることが多い。にもかかわらず、アメリカではがんサバイバーの2人に1人しか痛みに対する治療を受けていない。そのため、生活の質の低下や身体機能障害が生じ、病気の進行に関して悪化する要因の1つとなっている。

米国医師会発行のがん専門誌に掲載されたMaoらのRCT論文

 鍼灸治療、とりわけ鍼治療は慢性痛に対してよく用いられる。がん性疼痛ではないが、20,000人規模のメタアナリシスでは、鍼治療は慢性的な痛みに対するプラセボコントロールよりも優れていることが示された[1]。この論文に関しては、鍼灸ワールドコラム第89回(月刊 医道の日本、2018年10月号)にて紹介している[2]。そのなかで鍼治療は、長期にわたって持続する慢性痛に対して臨床効果を有する、その効果はプラセボ効果だけでは説明できない、鍼術の特異的な効果に加えて多くの因子が重要な貢献をしている、慢性疼痛患者にとって合理的な選択肢であると結論付けられた。がん患者の痛みに対するメタアナリシスも出されてはいるが、その規模が小さく、鍼治療の方法自体が不均一であるため、エビデンス強度は中等度と判定されている[3]。

 このような背景のなか、2021年5月、がんサバイバーの痛みに対する鍼治療効果を検討した論文が発表された。ニューヨークにあるメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターのMaoらによる「Effectiveness of Electroacupuncture or Auricular Acupuncture vs Usual Care for Chronic Musculoskeletal Pain Among Cancer Survivors: The PEACE Randomized Clinical Trial(がんサバイバーの慢性筋骨格痛に対する鍼通電療法・耳鍼療法対通常のケアとの有効:PEACEランダム化臨床試験)」である[4]。

 この論文はがんに関する世界的な雑誌JAMA Oncologyに掲載された。JAMA Oncology誌は、米国医師会が発行する査読付き医学雑誌であり、2020年のインパクトファクターは31.777とがん専門誌の中でも最も高いランクの雑誌の1つといえる。PEACEとは、Personalized Electroacupuncture vs Auricular Acupuncture Comparative Effectiveness(個別化された鍼通電療法と耳鍼療法との比較試験)の頭文字をとったもので、2017年3月~2019年10月(追跡調査は2020年4月に完了)にニューヨークとニュージャージーの都市部にあるがんセンターと郊外にある5つの病院で実施されたランダム化比較試験のことである。

 題名からもわかるように、鍼治療(鍼通電療法)と通常ケアとを比較しただけでなく、耳鍼療法も比較対象に加えている。これは日本とは異なるアメリカの鍼灸環境が影響しているのかもしれない。通常の鍼治療による痛みのコントロールにおいて、最もエビデンスが積みあがっているものが鍼通電療法による内因性オピオイドの放出である。この技術は、鍼麻酔として知られ、日本でも米国でも正式な鍼灸教育を受けた有資格者によってのみなされる。

 それに対し、2016年、米軍は標準化された耳介への鍼療法を開発した。この耳鍼療法は正式な鍼灸教育・臨床経験を持たない2,700人以上の臨床医が比較的簡単に習得し、臨床で用いられているという事実がある。そういったわけで、Maoらの研究は、がん生存者の慢性筋骨格痛に対して、鍼通電療法と耳鍼療法の両方の有効性を、通常のケアと比較するためにランダム化臨床比較試験を実施したのである。

試験に用いた鍼通電療法、耳鍼療法、通常ケアの手順

 この試験では、以前にがんと診断され、現在は病気の証拠がない成人が登録された。患者は、少なくとも3カ月以上、そして過去30日のうち15日間以上筋骨格痛を経験しているもので、過去1週間の最悪の痛みの強さを中程度以上(0-10の数値評価尺度で4以上)と評価した場合に適格とされた。
 Maoらはまず、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターに登録されている患者データベースの検索を通じて特定された潜在的に適格な患者に、研究の詳細を記した募集状を郵送した。そして、希望する患者には、適格基準を満たしていることを確認するために臨床医が面談を行った。患者は、書面によるインフォームドコンセントを完了した後、鍼通電療法、耳介鍼療法、または通常のケアの各群に、それぞれ2:2:1の比率で無作為に割り振られた。

 鍼通電療法の介入は、がん医療の現場で5年以上の経験を持つ鍼灸師が担当した。まず、患者が最も痛みがあると訴える体の領域(膝、腰、足首など)を特定する。そして、その領域の痛みをとるために、表から経穴を4つ選ぶ(表1)。それ以外の症状(不安、うつ、疲労感、睡眠障害など)に対しては、各鍼灸師が4カ所の経穴を表の中から自由に選び記録に残した。

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 それらの経穴を電極で結び、2Hzの頻度で、患者が感じる程度の電気刺激を30分間継続した。患者は10週間にわたって10回の鍼通電療法を受けた。

 耳鍼療法は、鍼通電療法のときと同じ鍼灸師が施術した。戦場鍼(battlefield acupuncture)として知られている米軍によって開発・標準化されたプロトコルに従った。耳鍼療法は、痛みの場所やその他の症状に基づいて行われた。

 鍼灸師は片方の耳の帯状回点にASP針(Sedatelec)を刺入し、患者に1分間歩くように指示する。歩いた後、患者の痛みの重症度が10段階で1より大きいままである場合、もう一方の耳の帯状回点に針を刺入した。
 このようなプロセスを他の治療点(視床、オメガ2、ポイントゼロ、神門)でも同様に実施した。
 (1)痛みの重症度が10段階で1または0に減少した、(2)患者がそれ以上の鍼治療を拒否した、(3)血管迷走神経性反応が観察されたかのいずれかが出たら、その日の耳鍼治療は終了とした。最大10本の針が刺入れ、各治療時間は約10〜20分だった。針は3〜4日間留置され、患者自ら抜針した。患者は10週間にわたって10回の耳鍼療法を受けた。

 通常ケア群の患者は、鎮痛薬、理学療法、糖質コルチコイド注射など、臨床医によって処方された標準的な疼痛管理を受けた。

24週目まで痛みの低下が持続

 主要評価項目は、ベースライン時から12週目までのBrief Pain Inventory(簡易疼痛質問票:BPI)の平均疼痛重症度スコアの変化とした。BPIには、痛みの重症度に関連する4つの質問が含まれており、応答の選択肢は0(痛みなし)から10(想像できる最大にひどい痛み)の範囲で答える。これらの4つの項目の平均値を、主要な評価項目とした。

 2017年3月~2019年10月までの間に患者をリクルートし、最終的に登録された360人の患者を、145人が鍼通電療法群、143人が耳鍼療法群、72人が通常のケア群にランダムに割り当てられた。ベースライン時の、BPI疼痛重症度スコアの平均値(SD)は5.2(1.7)ポイントで、疼痛期間は5.3(6.5)年、210人(60.5%)の患者が何らかの鎮痛剤を使用していた。

 鍼通電療法は、通常ケア群と比較して、ベースラインから12週目までの期間において、BPIスコアを1.9ポイント低下させた。耳鍼治療も、BPIスコアを1.6ポイント減少させた。BPIスコアの低下は、耳鍼療法よりも鍼通電療法のほうが0.36ポイント大きく、痛みを軽減する意味において鍼通電療法に対して耳鍼療法が劣性ではないとは言えない値となった。両方の鍼治療群で、痛みの低下は24週目まで持続していた(図1)。

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有害事象は、両方の鍼治療群である程度認められた。鍼通電療法を受けている患者の中では、あざ(皮下出血)が最も多い有害事象であり、145人中15人(10.3%)の患者に認められた。耳鍼療法を受けている患者では、耳の痛みが最も多い有害事象であり、143人中27人(18.9%)の患者によって報告された。鍼通電療法群では、145人中1人(0.7%)の患者が有害事象のために治療を中止した。耳鍼療法群では、143人中15人(10.5%)の患者が有害事象のために治療を中止した(P <0.001)。

「戦場鍼」の可能性と今後の検証

 いかがであっただろうか。慢性筋骨格痛を伴う多様ながんサバイバーにおける今回の鍼通電療法および耳鍼療法のランダム化臨床試験では、通常のケアと比較して、痛みの重症度、痛みに関連する機能的干渉、および生活の質が改善され、鎮痛薬の使用が減少していた。
 たしかに両方の鍼治療はともに効果的であったが、耳鍼療法のほうが鍼通電療法よりも治療中止率が高く、鍼通電療法に対する非劣性の基準を満たさなかった。

 戦場鍼として知られる耳鍼療法は、標準化され、退役軍人保健局からその有効性が報告され、実装までされた新しい鍼治療技術の一つである。しかし、これまでは大規模なランダム化臨床試験によるエビデンスは欠けていたといわざるを得ない。今回のMaoらの論文における耳鍼療法の効果量は、過去のメタアナリシス[1]で報告された鍼治療のものと同等かそれよりも大きい。さらに、今回の試験で観察された痛みの軽減値において、耳鍼療法と鍼通電療法との絶対差は小さい。まだまだこれから可能性を秘めた技術といえる。

 ただ、残念ながら、10人に1人の患者が耳鍼による耳の不快感に耐えることができなかった。どの患者が耳鍼を許容できないかを予測すること、このような副作用を軽減すること、この技術を安全に施術する方法を調査するといった、さらなる研究が必要だろう。

【参考文献】
1)Vickers AJ, Vertosick EA et al. Acupuncture for Chronic Pain: Update of an Individual Patient Data Meta-Analysis. J Pain. 2018;19(5):455-474.
2)建部陽嗣, 樋川正仁. 鍼灸ワールドコラム第89回 慢性疼痛に対する鍼治療 臨床研究結果のアップデート. 医道の日本. 2018; 10: 206-208.
3)He Y, Guo X et al. Clinical Evidence for Association of Acupuncture and Acupressure With Improved Cancer Pain: A Systematic Review and Meta-Analysis. JAMA Oncol. 2020; 6(2): 271-278.
4)Mao JJ, Liou KT et al. Effectiveness of Electroacupuncture or Auricular Acupuncture vs Usual Care for Chronic Musculoskeletal Pain Among Cancer Survivors: The PEACE Randomized Clinical Trial. JAMA Oncol. 2021; 7(5): 720-727.

人体で繰り広げられる表裏の関係

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篠原孝市

〈五蔵〉と〈六府〉の陰陽関係

 前回、私は、〈五蔵〉〈六府〉にとって〈陰陽〉〈五行〉という論理が不可避である理由、〈陰陽〉や〈五行〉には分類と関係の二つの側面があり、とりわけ重要であるのは、関係の側面であると述べた。そして、〈五蔵〉には〈陰陽〉という分類あるいは関係があるが、〈六府〉にはそれがないことを指摘した。

 今回はさらに進んで、まず〈蔵〉と〈府〉が〈表裏〉という〈陰陽の関係〉にあることとその意味について述べることにする。

 〈蔵〉と〈府〉の関係を「表裏」という言葉で表現しているのは、『素問』調経論篇の次のような一節である。

「帝曰く、夫子、虚実を言う者、十有り。五蔵に生ず。五蔵は五脈なるのみ。
夫れ十二経脈は、皆な其の病を生ず。今、夫子、独り五蔵を言う。
夫れ十二経脈は、皆な三百六十五節を絡う。
節に病有れば、必ず経脈に被(およ)ぶ。
経脈の病、皆な虚実有り。何を以てか之れを合せん、と。
岐伯曰く、五蔵は、故(ことさら)に六府を得て、與(とも)に表裏を為す。
経絡支節、各々虚実を生ず。其の病の居る所、随いて之れを調う」

 ここでは身体の深部に想定されている〈五蔵〉〈六府〉が表裏関係にあるとともに、浅い部分に想定されている〈十二経脈〉〈三百六十五節〉と相対することが述べられている(「三百六十五節」の解釈に定説はないが、ここでは三百六十五の兪穴としておく)。

ポイント

  • 深部の五蔵と六府は表裏関係!
  • 五蔵六府は浅部の12経脈、365兪穴とは相対する関係!

〈五蔵〉〈六府〉表裏関係の具体例

 〈五蔵〉と〈六府〉の「表裏」の関係について、『霊枢』本輸篇では次のように述べている。

「肺は大腸に合す。大腸は、伝道の府なり。
心は小腸に合す。小腸は、受盛の府なり。
肝は胆に合す。胆は、中精の府なり。
脾は胃に合す。胃は、五穀の府なり。
腎は膀胱に合す。膀胱は、津液の府なり。
少陽は腎に属す。腎は上りて肺に連なる。故に両蔵を将(おさ)む。
三焦は、中瀆の府なり。水道出で、膀胱に属す。是れ孤の府なり。
是れ六府のともに合する所の者なり」

 同じく『霊枢』本蔵篇にも次のようにある。

「黄帝曰く、願わくば六府の応を聞かん、と。
岐伯荅えて曰く、
肺は大腸に合す。大腸は、皮、其の応。
心は小腸に合す。小腸は、脈、其の応。
肝は胆に合す。胆は、筋、其の応。
脾は胃に合す。胃は、肉、其の応。
腎は三焦膀胱に合す。三焦膀胱は、腠理毫毛、其の応、と。」

 以上、二つの経文はともに〈五蔵〉と〈六府〉の表裏関係から書き出されているが、実は〈六府〉を位置づけることに主眼があると思われる。本輸篇の経文の後半に〈六府〉それぞれの位置づけをしてあるのはそのためである(『素問』霊蘭秘典論篇にその異文が見える)。

 本蔵篇の経文に先行するのは、おそらく『素問』宣明五気篇の次のような経文である。

「五蔵の主る所、心は脈を主り、肺は皮を主り、肝は筋を主り、脾は肉を主り、腎は骨を主る、是を五主と謂う」(『霊枢』五色篇にも略同文がある)

 宣明五気篇では、一方には〈五蔵〉の概念があり、他方には身体の深さや機能を表す概念である〈皮〉〈脈〉〈肉〉〈筋〉〈骨〉があって、両者は一対一の対応関係と考えられている。ここで忘れてはならないことは、目・舌・口・鼻・耳と同様、〈皮〉〈脈〉〈肉〉〈筋〉〈骨〉もまた、あくまでも〈五蔵〉との関係であって、〈六府〉と直接の関係はないということである。

 本蔵篇では、〈五蔵〉と〈皮〉〈脈〉〈肉〉〈筋〉〈骨〉のこの対応関係の中に〈六府〉を入れこむことで、たとえば肺を例とすれば、肺―大腸―皮という人体の構造を展開しているのである。

 『素問』陰陽応象大論篇の以下の経文も、そうした三位一体の構造を述べたものである。

「外内の応、皆な表裏有り。……
故に天の邪気感(うごかさ)るれば、則ち人の五蔵を害(そこな)い、
水穀の寒熱に感(うごかさ)るれば、則ち六府を害い、
地の湿気に感(うごかさ)るれば、則ち皮肉筋脈を害う。
故に善く鍼を用うる者は、陰より陽に引き、陽より陰に引き、
右を以て左を治し、左を以て右を治し、
我を以て彼を知り、表を以て裏を知り、
以て過と不及の理を観(み)て、微を見て過を得、
之れを用うれども殆(あやう)からず」

ポイント

  • 『霊枢』本輸篇、本蔵篇は六府を位置づけることに主眼がある!
  • 皮・脈・肉・筋・骨も五蔵と関係し、六府と直接関係はない!

心包と三焦の表裏問題

 ところで、本輸篇や本蔵篇では、肺と大腸、心と小腸、肝と胆、脾と胃、腎と膀胱の表裏関係は指摘されているが、三焦は膀胱に所属せしめられていて、対応する独自の〈蔵〉はない。これは本輸篇や本蔵篇が、〈十二蔵府〉説以前の、古い〈十一蔵府〉説の段階で書かれているためである。

 つまり、現在のような〈六蔵〉〈六府〉になる前の〈蔵府〉は、〈五蔵〉〈六府〉の十一蔵であって、三焦は膀胱と併せて「三焦膀胱」というふうに認識されていた。そうした認識は、『素問』『霊枢』はもちろん、『脈経』巻第一・両手六脈所主五蔵六腑陰陽逆順第七からもうかがうことができる。ちなみに、馬王堆から出土した前漢の医書によれば、前漢以前は経脈自体も十一本であったためであろう、〈蔵府〉と経脈の対応関係についての問題は起こらなかったのである。

 前漢から後漢へと時代が変遷する過程で経脈が三陰三陽の十二本になると、初めて蔵府と経脈の数の不一致、およびその表裏関係が問題となった。それを象徴するのが、『難経』二十五難の次のような経文である。

「二十五の難に曰く、十二経有り。五蔵六府は十一のみ。其の一経は、何等の経ぞやと。然るなり。一経は、手の少陰と心主との別脈なり。心主と三焦は表裏を為す。倶に名有りて形無し。故に言う、経に十二有りと」

 これらの経文を経て、膀胱に関連する何かの実質臓器からイメージされた〈府〉の一つであった〈三焦〉は、原初の実質臓器のイメージを引きずらない、有名無形のものに転じるとともに、やはり有名無形とされる「心主」と表裏関係とされた。ただし、「心主」は現在の研究でも、①心の外膜(心包絡)、②手厥陰の脈、③〈五蔵〉の一つの〈心〉そのものなどと解釈され、定説がない。

ポイント

  • 『霊枢』本輸篇や本蔵篇は〈十一蔵府〉説の段階で書かれている!
  • 本輸篇や本蔵篇では三焦は膀胱に所属していた!
  • 三焦は府から有名無形のものに転じ、心包(心主)と表裏関係!

経脈にも見られる表裏関係

 ここで指摘しておかなくてはならないが、〈蔵〉〈府〉に見られる表裏関係は、陰経と陽経の間でも設定されている。たとえば『素問』血気形志篇には次のようにある(九鍼論篇にも略同文がある)。

「足の太陽と少陰は表裏と為す。
少陽と厥陰は表裏と為す。
陽明と太陰は表裏と為す。
是れ足の陰陽為るなり。
手の太陽と少陰は表裏と為す。
少陽と心主は表裏と為す。
陽明と太陽は表裏と為す。
是れ手の陰陽為るなり」

 経脈の表裏関係があまり意識されない形で織り込まれているのが、『霊枢』経脈篇の十二経脈の流注である。各経脈は表裏関係単位で組み合わされ、それを手足の陽明、太陽、少陽がつながるように並べられている。

 経脈篇は、環の端なきがごとき循環やその流注経路ばかりが問題とされる傾向にあるが、経脈の選定という意味からいえば、経脈の表裏関係は、経脈流注と同様、あるいはそれ以上の重要性があると、私は考えている。

 〈蔵府〉と経脈はそれぞれ別に成立したが、早い段階から相互の関係づけが進められたようである。そして、経脈篇において各〈蔵府〉に経脈が一本ずつ配当された。ただ、〈蔵府〉の表裏と、経脈の表裏のどちらが先に成立したかについては、しばらく結論を保留しておきたい。

ポイント

  • 表裏関係は陰経と陽経の間でも設定されている!
  • 経脈の選定には経脈の表裏関係は重要!
  • 蔵府と経脈はそれぞれ別に成立し、相互の関係がつくられた!

「肺は大腸に合す」とはどういう意味か

 以上のことから、〈蔵〉〈府〉や〈経脈〉に表裏関係が設定されているということは、この医学にとって、甚だ重要な意味を持っていることがわかる。私たちはこの〈表裏〉ということを、単なる知識として受け止めるだけでなく、診断学的、あるいは選経論(経脈の選定法則)的に解かなくてはならない。

 たとえば「肺は大腸に合す」の「合」は普通、配合、会合、合同、応当などと解釈される。張介賓は本輸篇に注して「是れを一表一裏と為す。肺と大腸は表裏を為す、故に相合するなり」と述べているが、「表裏」や「合」の意味はこれだけではわからない。

 また「肺と大腸は同じ〈五行〉の金の気である」との考え方がある。しかし、これは肺と大腸が「表裏」であることを前提とした後付けの物言いにすぎず、やはり「表裏」の意味は明らかではない。

 「表裏」という問題を具体的に考える指標となるのは、たとえば評熱病論篇の次のような経文である。

「巨陽は気を主る。故に先ず邪を受く。少陰は其れと表裏を為すなり」

 これに対して張志聡は「巨陽は太陽なり。太陽の気は表を主る。風は陽邪為り。人の陽気を傷る。両陽相搏てば、則ち病熱を為す。少陰と太陽は、相表裏を為す。陽熱、上に在れば、則ち陰気、之れに従う。之れに従えば則ち厥逆と為るなり」と注している。

 張志聡注に従えば、風邪による陽熱に対応して、陰気による厥逆(足冷)が生じる病態の転変を、巨陽(足太陽)と足少陰の表裏関係によるものと見ているのである。

 また『素問』欬論篇には次のような経文がある。

「五蔵の久欬は、乃ち六府に移る。
脾欬已まざれば、則ち胃、之れを受く。……
肝欬已まざれば、則ち胆、之れを受く。……
肺欬已まざれば、則ち大腸、之れを受く。……
心欬已まざれば、則ち小腸、之れを受く。……
腎欬已まざれば、則ち膀胱、之れを受く。……
久欬已まざれば、則ち三焦、之れを受く」

 欬論篇の意味するところは簡単である。つまり脾の病は続けば胃に移行し、肺の病は大腸に移行するということである。

 以上のことからわかることは、〈表裏〉とは、〈蔵〉から〈府〉へ、〈府〉から〈蔵〉への病の伝変(転換)を説明するための装置の一つであるということである。

 〈気の医学〉としての鍼灸にとって、〈蔵〉〈府〉とは、現代医学の臓腑ではなく、蔵象とその変異、変調のことである。つまり、簡単にいえば、〈肺〉とは呼吸とか声、皮毛(体表)、排尿の多少などのことである。また〈大腸〉とは排泄のことである。それらの諧調が蔵象であり、乱調が病証である。〈気の医学〉で使われる言葉は、ことごとく蔵象の説明や病証の組み立てのためにある。

 たとえば外気温の低下は、まず皮毛が影響を受けて、体表温の低下を防ぐためにまず悪寒が起こる。この悪寒が長く続いたり、強かったりすれば、下痢をしたりする。私たちはそれを「冷えて下痢をした」とか、「皮毛から大腸に冷えが移行した」と称する。そこで終わればそれでよい。そこまではほとんど生理的段階といってよい。しかし、やがて咳が出始めれば、事は簡単ではなくなる。あるいは大小便が出なくなり、あるいは甚だしく悪寒したり、喉が痛くなれば、それはもう鍼灸による治療の段階である。私たちはそれを「大腸から肺に病が伝変した」とか「肺から腎に病が伝変した」とでも称さなくてはならなくなるのである。

 この〈蔵府〉と経脈の表裏関係が、後代、内外傷の議論の中で、どのように展開され、臨床に活かされたかについては、また稿を改めて述べることにする。

ポイント

  • 鍼灸医学は蔵府や経脈に表裏関係が設定されている!
  • 蔵から府へ、府から蔵への病の伝変を説明する装置の一つが表裏!
  • 〈気の医学〉で使われる言葉の役割は蔵象の説明や病証の組み立て!

用語解説

張介賓(ちょうかいひん):第2回の用語解説参照。

張志聡(ちょうしそう):1610~1680?。銭塘胥山(浙江省銭塘)の人。字は隠庵。明末清初の著名な医家。『清史稿』にその伝が見える。清代の初期に侶山堂を設け、同郷の医家や門人多数を糾合して、医経や方書、本草書の共同研究を行った。主な著作に『黄帝内経素問集註』『黄帝内経霊枢集註』『侶山堂類弁』『本草崇原』がある。門人・高士宗は後に『素問直解』を著して医経研究に寄与した。