急性期脳卒中患者にリハビリと鍼を併用した観察研究

松浦悠人、建部陽嗣

脳卒中患者への鍼灸治療研究が増えてきた

 脳卒中は、脳の血管が破れたり(脳出血、くも膜下出血)、詰まったり(脳梗塞、一過性脳虚血発作)することによって脳の働きに障害が起こる疾患である。脳卒中を発症すると、高次脳機能障害、構音障害、運動障害、感覚障害、自律神経障害、精神症状など多種多様な症状がみられる。さらに、寝たきりの状態が続くと筋萎縮や骨粗しょう症、認知症の進行などの「廃用症候群」をきたし、より複雑な症状を呈する。

 かつては脳卒中が日本人の死因第1位であったが、薬物の開発や医療技術の進歩により患者数は減少傾向にある。しかし、脳卒中を発症すると後遺症や合併症によって要介護状態となる可能性もあるため、一命をとりとめた患者の生活の質(QOL)を保つことが大切である。
 その方法のひとつがリハビリテーションである。

 脳卒中リハビリテーションは、①廃用症候群の予防とセルフケアの早期自立を目指す急性期、②日常生活に必要な動作や機能回復を目指す回復期、③回復期に取り戻した機能を保つ維持期、の3つに分けることができる。脳卒中発症によって失われた生活に必要な能力を取り戻すために、発症後早期からリハビリテーションが行われている。

 世界に目を向けると、鍼灸治療も脳卒中患者に広く用いられている。脳卒中モデル動物による実験では、鍼刺激によって神経障害と脳浮腫の改善、神経新生の促進が確認されている[1]。さらに、合併症のひとつである肩手症候群へのリハビリテーションに鍼灸を併用すると、痛みの軽減や日常生活動作の改善に効果的であることが示された[2]。

Fuらが脳卒中患者100人の臨床データを解析

 このように、脳卒中患者への鍼灸治療は、脳の神経機能を回復させるとともに、症状の軽減に成功していることが数多く報告されている。つまり、リハビリテーションと鍼灸治療とを組み合わせることで、より大きな効果が期待できる可能性がある。しかし、現在までのところ、神経機能や予後の改善に対するリハビリテーションと鍼灸治療の併用効果に関する研究はまだ少ない。

 そんななか、2022年2月に武漢市中医医院のFuらは「Effect of Acupuncture and Rehabilitation Therapy on the Recovery of Neurological Function and Prognosis of Stroke Patients(脳卒中患者の神経機能回復と予後に対する鍼灸治療とリハビリテーションの効果)」を発表した(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8888046/)[3]。

 Fuらの研究は、カルテに残された臨床情報を分析する観察研究である。すでにある情報を過去に遡って利用するため「後ろ向き観察研究」と呼ばれる。脳卒中リハビリテーションに鍼灸治療を併用することによる効果の検証を目的として、2019年1月~2021年7月までに来院した100人の脳卒中患者を、その治療履歴から「リハビリテーションと鍼灸治療を併用したグループ(鍼灸併用群)52例」と「リハビリテーションのみのグループ(リハのみ群)48例」に分け、2群の神経機能や予後を比較した。

 対象患者は、MRIまたは頭部CTにより脳卒中と診断され、発症から7日以内でバイタルサインが安定した55〜75歳の患者で、研究への参加に同意した者が組み入れられた。
 一方、意識障害のある者、重度の外傷のある者、悪性腫瘍のある者、肝臓や腎臓などの脳以外の臓器に損傷のある者、鍼灸治療中に失神する可能性のある者は対象外とされた。

リハビリメニューと鍼灸併用群に用いた経穴、評価項目

 鍼灸併用群とリハのみ群は、どちらも脳卒中への標準的な治療とリハビリテーションを受けた。リハビリテーションは、発症から48時間後の時点で、意識鮮明でバイタルサインが安定しており、神経障害の進行・悪化がみられない場合に開始された。実際に行われたリハビリテーションは、単純な動作から複雑な動作へ変換、徐々に運動量を増加、受動的から能動的なトレーニングといったように改善のレベルに合わせて変化させた。具体的には、(1)良肢位の保持、(2)関節運動トレーニング、(3)体位変換、(4)バランストレーニング、(5)嚥下機能訓練が行われた。四肢機能については、1日1回30分間のトレーニングが1カ月間実施された。

 鍼灸併用群の患者は上記のリハビリテーションに加えて、鍼灸治療が行われた。使用経穴は症状別に選択され、片麻痺には、肩髃、合谷、環跳、手三里、陽陵泉、足三里、太衝、腎兪、大椎、十二井穴、委中、外関など、構音障害には、瘂門、廉泉、通里など、口の歪みには、頬車、太衝、水溝、合谷などの経穴が用いられた。

 また、患者の手足に単収縮や響きを感じさせるために、雀啄術が行われた。他のツボは、補瀉の方法に則り操作され、両側の経穴に3cm以内の深度で刺鍼された。刺鍼後、25〜30分間置鍼された。鍼灸治療の頻度は、1日1回×7日間を1コースとして合計4コース(=28日間)行われた。

 主要評価項目は、治療後の神経学的スコアの変化が81%以上を「とても有効」、36~80%を「有効」、35%以下を「効果がない」とした。治療前後の神経障害の評価には急性の脳卒中患者の神経障害の評価に最も使用されている米国国立衛生研究所脳卒中スケール(The National Institutes of Health Stroke Scale: NIHSS)という尺度が用いられた。

鍼の併用で運動機能や嚥下機能、気分状態も改善

 結果は、鍼灸併用群では「とても有効」30例(57.69%)、「有効」20例(38.46%)、「効果がない」2例(3.85%)、全体の奏効率は50例(96.15%)であった。一方、リハのみ群では「とても有効」22例(45.83%)、「有効」16例(33.33%)、「効果がない」10例(20.83%)、全体の奏効率は38例(79.17%)であり、鍼灸治療を併用していた鍼灸併用群の方が高い奏効率が得られた(図1)。

 また、NHISSの点数でも、治療前には鍼灸併用群22.16±2.7点、リハのみ群22.44±2.95点で2群に差はなかったが、治療後には鍼灸併用群11.24±1.12点、リハのみ群17.19±1.23点となり鍼灸併用群で統計的に有意な症状の減少がみられた。

 その他の指標として、血漿中のコルチゾールやニューロペプチドY、運動機能の評価にFMAスケール、ADLの評価にバーセルインデックス、バランス能力の評価にバーグバランススケール(Berg Balance Scale:BBS)、嚥下機能の評価にM.D.アンダーソンがんセンター版症状評価票(MD Anderson Dysphagia Inventory:MDADI)、気分状態の評価に自己評価式抑うつ性尺度(Self-rating Depression Scale:SDS)と自己評価尺度(Self-rating Anxiety Scale:SAS)、QOLの評価にWHO Quality of Life 100(WHOQOL-100)スケールが用いられ、すべての項目において観察グループで治療後でのポジティブな結果が得られた(図2)。

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  このように、急性期脳卒中リハビリテーションに鍼灸治療を併用することは、リハビリテーション単独よりも神経機能の改善に優れており、さらに運動機能や嚥下機能、ネガティブな気分状態、ADL、QOLの改善にも効果的であった。Fuらは、脳卒中患者への鍼灸刺激による効果には、リフレッシュと機能回復、腫脹の軽減とうっ血の除去、筋肉と側副路の弛緩、フリーラジカル生成の抑制、脳浮腫の軽減、炎症反応の抑制、興奮性アミノ酸の放出の減少などが機序として考えられると述べている。

 また、鍼灸を併用した鍼灸併用群では、客観的な指標である血漿中コルチゾールとニューロペプチドYの減少もみられた。血漿コルチゾール濃度の上昇
は、脳出血などの疾患が生じる可能性が高いことを示している。ニューロペプチドYは、血中での濃度が上昇すると血管収縮を引き起こし、脳の血流を減少させることで脳卒中症状の悪化につながる。Fuらの研究では、血漿中コルチゾールとニューロペプチドYが減少しており、この結果も鍼灸治療の効果を客観的に裏付けるものである。

観察研究からランダム化比較試験への発展が待たれる

 以上がFuらの研究の結果である。脳卒中発症後のリハビリテーションは、患者の神経機能の回復や生活の自立、QOLを保つためにも非常に重要である。Fuらの研究は、脳卒中リハビリテーション単独よりも鍼灸治療を併用することで脳卒中患者の神経障害と関連する多くの症状の改善に効果的であることを示した。この結果は、脳卒中患者に関わる多くの鍼灸師の手応えを形にした、臨床的に価値のある論文ではないだろうか。

しかし、本研究結果をそのまま鵜呑みにして解釈しないよう注意が必要である。

 筆者がそう考える理由にはふたつある。

 ひとつは、統計手法の問題である。今回は「輪切り検定」と呼ばれる統計的に有意差の出やすい方法で統計解析が行われている。そのため、統計学的な有意差のみで効果を判断していけない。

 もうひとつは、今回の研究はあくまで観察研究だということである。観察研究で治療効果を検証するにはいくつかの注意点がある。治療効果を比較するためには、比較する2群の背景が同じでなければならない。これは、「片方の群に重症者が偏ってしまった」といった比較に影響する要因をなくすためである。2群の背景を均等にできる方法がランダム化比較試験であり、治療の有効性を評価するのに最も適した研究デザインであることは間違いない。つまり、今回のFuらの観察研究では、鍼灸の受療経験の有無でグループ分けしているため、両群の背景が異なっているかもしれないのだ。そのため、どちらかのグループの効果が過大評価、あるいは過小評価されている可能性を念頭に置いて結果を解釈する必要がある。

 とはいうものの、観察研究の結果が全く信頼できないというわけではない。実際の臨床データを用いたいわゆる「リアルワールド」なデータであり、今後の比較試験につながる貴重な研究である。臨床データを測定し、記録しておくことで今回のような臨床研究を行うことが可能である。Fuらの研究は、日々の臨床のなかでの測定の重要性を再確認させるものだといえるだろう。

【参考文献】
1.Lu L, et al. Acupuncture for neurogenesis in experimental ischemic stroke: a systematic review and meta-analysis. Sci Rep. 2016;6:19521.
2.Peng L, et al. Traditional manual acupuncture combined with rehabilitation therapy for shoulder hand syndrome after stroke within the Chinese healthcare system: a systematic review and meta-analysis. Clin Rehabil. 2018;32(4):429-439.
3.Fu L, et al. Effect of Acupuncture and Rehabilitation Therapy on the Recovery of Neurological Function and Prognosis of Stroke Patients. Comput Math Methods Med. 2022;2022:4581248.

2022年6月1日 コメントは受け付けていません。 鍼灸論考