鍼治療が痛みの破局的思考を改善 慢性頸肩部痛の研究で証明

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8981480/

松浦悠人、建部陽嗣

近年の研究が着目する中脳水道周囲灰白質との関係

 肩こりは、日本の有訴者率で女性では1位、男性では2位と高く、非常に多くの国民が悩んでいる国民病ともいえる症状である。女性は男性よりも痛みの閾値が低い傾向にあり、さらに慢性的な肩こり(=慢性頸肩部痛)を有する女性患者は男性よりも線維筋痛症の発生率が高いことが報告されている1)。このように肩こりには性差があり、その症状は長期的に心身ともに悪影響を及ぼす。

 近年のMRI研究によって、慢性疼痛患者の痛みに関連する脳領域が明らかになってきている。特に島皮質は、痛みの処理に関わる重要な部位であり、痛みを経験した患者で活性化する2)。もちろん、慢性頸肩部痛の患者においても、島皮質をはじめとした痛みの処理に関与する脳領域で異常な神経活動が記録される3)。

 鍼灸臨床では、肩こりをはじめとした頸肩部痛の患者に治療を行う機会は多く、その効果は広く受け入れられている。痛みに対する鍼灸治療の代表的な治効メカニズムに、痛み関連脳領域と中脳水道周囲灰白質(periaqueductal grey: PAG)間の機能的結合の調節が挙げられる4)。PAGは下行性疼痛調節系のハブ領域であり、痛みの調節に重要な役割を果たしている。つまり、慢性頸肩部痛への鍼治療のメカニズムもまた、このPAGを介した回路が関与していると考えられる。

 さらに、先述した後部島皮質とPAGの機能的結合は、痛みの情報を処理する重要なネットワークであり、PAG-後部島皮質の機能的結合により痛みの自覚を予測することができる5)。すなわち、慢性頸肩部痛患者へ鍼治療を行い、PAG-後部島皮質の機能的結合性を評価することで、痛みの自覚度を客観的に示すことができるのである。

2022年に発表されたHuiらの研究の概要

 2022年5月、西安交通大学第一附属病院のHuiらは、慢性頸肩部痛患者への鍼治療によるPAG回路の変化に着目した「Modulation effect of acupuncture treatment on chronic neck and shoulder pain in female patients: Evidence from periaqueductal gray‐based functional connectivity(女性の慢性頸肩部痛に対する鍼治療の調節効果:中脳水道周囲灰白質に焦点を当てた機能的結合からのエビデンス)」を発表した。
 Huiらは、慢性頸肩部痛患者において(1)鍼治療前のPAGをベースとした機能的結合は健常者と異なり異常な状態になると仮定し、(2)鍼治療後、PAG-後部島皮質の機能的結合が改善され、(3)鍼治療後の痛みによる不快な症状の軽減は、PAG-後部島皮質の機能的結合強度の増加と有意に相関する、との仮説のもと研究を実施した。

【参加者】
 研究参加者は、国際疾病分類第11版(ICD-11)に従って、慢性頸肩部痛と診断された右利きの女性患者30人(平均年齢42.33±13.16歳)であった。参加者は、(1) 少なくとも6カ月間、頚肩部の痛み(上肢症状の有無は問わない)を訴え、X線およびMRI検査で頚椎の異常が認められること、(2)身体の他の部位に痛みがないこと、(3)過去1カ月以内に治療を受けていないこととした。

【除外基準】
 除外基準は、(1)頸部外傷の既往、(2)椎体または脊柱管の癌、結核、重度の骨粗鬆症(3)頸部手術歴または頸椎の先天性奇形の存在、(4)妊娠中または授乳中、(5)腫瘍や重度の全身性疾患や消化器系疾患の存在、(6)MRIが禁忌の者であった。
 この基準を見る限り、外傷や腫瘍、炎症性の特異的な頸肩部痛を除外し、いわゆる肩こりや変形性頚椎症を想定しているものと思われる。また、身体の他の部位に痛みを有さないことにより、線維筋痛症や抑うつ性障害など全身に痛みを生じる疾患は除外されている。対照群として痛みを有さずに患者群と年齢・性別を一致させた健常者30名が募集された。

【アウトカム評価】
 治療前と治療後に、全患者に対して、症状の強さおよび神経心理的な評価が行われた。痛みの評価には、Numerical Rating Scale(NRS)が用いられ、最近1週間の痛みの程度を評価した。痛みの破局的思考の評価には、Pain Catastrophizing Scale(PCS)が用いられた。Northwick Park Neck Pain Questionnaire(NPQ)とNeck Disability Index(NDI)は頸部の臨床症状と機能の評価に用いられた。
 さらに、記憶、注意、実行機能にはMontreal Cognitive Assessment(MoCA)とMini‐Mental State Examination(MMSE)を、不安やうつなどの気分状態には、Hamilton Anxiety Rating Scale(HAM-A)とHamilton Depression Rating Scale(HAM-D)を用い評価された。痛みのない健常者では、MoCA、MMSE、HAM-A、HAM-Dの評価は1回のみ行われた。

【画像の測定】
 安静時MRI画像の測定も、治療前と治療後に実施された。Huiらの研究では右腹側PAGをシードとして用い、他の脳領域との機能的結合の分析を行った。その理由として、これまでの研究によって(1)この脳領域がオピオイドの鎮痛作用に重要な役割を果たす、(2)この領域が痛みの調節に関与している、(3)多くの疼痛関連研究で、この領域が採用されているためである。健常者では1回のみMRIの測定が行われた。

【鍼治療】
 鍼治療は、5年以上の臨床経験を持つはり師によって、4週間で計20回の治療が行われた。使用経穴は、風池、天柱、肩井、後渓、列欠、申脈、Jingtong(第4・5指の間)、Jiantong(外丘と陽陵泉との間)とした。各経穴に、鍼を20~30mm刺入し、得気感覚(痛み、しびれ、膨張感、重さ)が得られるまで刺激が与えられた。1回の鍼治療セッションは約30分間で、1日1回の治療が行われた。

鍼治療による破局的思考の低下と脳の機能的結合の強化

 結果をみてみよう。鍼治療によって、頸肩部の痛みの程度(NRS)、破局的思考(PCS)、頸部の機能と臨床症状(NPQ, NDI)の有意な減少がみられた。さらに、HAM-AやHAM-Dのスコアも有意に減少し、気分状態の改善もみられた。鍼治療によって頸肩部痛に関連する臨床症状はあらゆる評価軸で改善が認められたことを示した。

 では、この臨床症状の改善で脳機能はどのように変化しただろうか。

 まず、鍼治療前の慢性頸肩部痛患者の機能的結合では、左内側上前頭回、両側後部島皮質、左前帯状皮質、左尾側帯状皮質、左前帯状皮質膝下部、右腹側尾状核、右前運動性視床核を含む広範な脳領域において、PAGとの結合性が健常者よりも低かった。鍼治療後の変化では、治療前よりも右後部島皮質とPAGとの間の機能的結合が増加し、その結合の強さは健常者と同等のレベルまで戻った(図1)。さらに、PAG-後部島皮質間の機能的結合の増加は、鍼治療後のPCSによって評価した破局的思考の低下と有意に相関していた(図2)。

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図1  PAG-後部島皮質間の安静時機能結合の強さの比較

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図2 PCSスコアとPAG-後部島皮質間での機能的結合の変化率の相関

 結果をまとめると、鍼治療によって慢性頸肩部痛患者の臨床症状が改善し、治療前には低下していたPAGと他の脳領域、特に後部島皮質との結合性の増加が認められた。その結合性は健常者と同等のレベルまで改善しており、痛みに対する破局的思考の低下と、PAG-後部島皮質間との結合性の増加との間に相関性があることが明らかとなった。

 PAGは、痛みの調節に関与する重要な脳領域であり、慢性疼痛の病態に強く関与している。PAGと後部島皮質との相互の活動により、痛み感覚は低下することが報告されており、Huiらの研究は、鍼治療によってPAR-後部島皮質を中心とした疼痛ネットワークが調節され、結果として臨床症状が改善したことを示唆している。

 特筆すべきは、機能的接続性の増加と破局的思考の減少が、有意に相関していたことである。破局的思考とは、「痛みはもっとひどくなる、痛みのせいで何もできない、もう治らない」など痛みのことばかりを極端に考えてしまうような、痛みの経験をネガティブに捉える傾向のことである。痛みの慢性化の重要因子として知られており、痛みへの過剰なとらわれが破局的思考を形成している。

 Huiらの研究では、PAG-後部島皮質の機能的結合が増加すると、痛み感覚は低下し、それは痛みへの意識がそらされていたことを示唆している。つまり、慢性頸肩部痛への鍼治療は、痛みそのものだけでなく、痛みの破局的思考も改善し、これはPAG-後部島皮質の機能的結合の増加に示されるように痛みの自覚を低下させたことに起因すると考えられるのだ。

全身におよぶ慢性疼痛を予防する可能性も

 いかがだっただろうか。Huiらの研究は、日本の鍼灸臨床で最も取り扱うことの多い症状のひとつである肩こりや頸肩部痛への鍼治療のメカニズムを、脳科学の観点から明らかにした貴重な知見といえる。研究の限界として、対象が女性のみであること、治療前後の評価しかされておらず長期的な効果は不明であることが挙げられる。

 しかし、鍼治療が脳内の痛み関連ネットワークを調整することは、筋血流増加や筋緊張緩和といった局所的なメカニズムだけでなく、高位中枢をも介した治効メカニズムを鍼治療は有していることを示唆しており、慢性疼痛の病態への治療を考えるうえでも大変興味深い結果である。Huiらは十分な得気感覚の重要性を述べているが、頸部痛の病態に合わせた最適な刺激量や刺激方法などの詳細は、今後の研究に期待される。

 局所の慢性痛は、広範囲の痛みにつながる連続性を有する可能性が指摘されている6)。つまり、局所のみであっても、慢性的に続く痛みには適切に対処する必要がある。鍼灸臨床の中では、「治療後はいいけど1週間経つともとに戻っちゃう」という頑固な肩こりの患者さんの声がよく聞かれるのではないだろうか。しかし、Huiらの研究によると、たとえ一時的な緩和であっても確かに脳機能を調整している。慢性的な肩こりに対する鍼治療は、短期的な症状の改善に留まったとしても、長期的には全身性の慢性疼痛の予防にも貢献している可能性を秘めている。まさに「治未病」といえるだろう。

【参考文献】
1)Averitt DL, et al. Neuronal and glial factors contributing to sex differences in opioid modulation of pain. Neuropsychopharmacology. 2019;44(1):155-65.
2)Segerdahl AR, et al. The dorsal posterior insula subserves a fundamental role in human pain. Nat Neurosci. 2015;18(4):499-500.
3)Chen J, et al. Regional Homogeneity and Multivariate Pattern Analysis of Cervical Spondylosis Neck Pain and the Modulation Effect of Treatment. Front Neurosci. 2018;6;12:900.
4)Zyloney CE, et al. Imaging the functional connectivity of the Periaqueductal Gray during genuine and sham electroacupuncture treatment. Mol Pain. 2010;16;6:80.
5)Ploner M, et al. Prestimulus functional connectivity determines pain perception in humans. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010;5;107(1):355-60.
6)Riva R, et al: Comparison of the cortisol awakening response in women with shoulder and neck pain and women with fibromyalgia. Phyconeuroendocrinology. 2012;37:299-306.

2023年11月5日 コメントは受け付けていません。 鍼灸論考