松浦悠人
脳腸相関という言葉が、今注目されている。
脳腸相関とは、脳の状態が腸に影響し、腸の状態もまた脳に影響するといった双方向的な関係のことである。鍼灸臨床の場面でも、ストレスを感じると胃が痛くなったり下痢をしてしまったりする患者に遭遇することは珍しくない。
脳腸相関による疾患として挙げられるのが機能性消化管疾患(functional gastrointestinal disorders: FGID)である。全世界の40%の人々が罹患しているとの報告があるほど身近なものである[1]。このFGIDには、過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome: IBS)、機能性ディスペプシア(functional dyspepsia: FD)、機能性便秘(functional constipation: FC)機能性下痢(functional diarrhoea: FDr)などが含まれ、検査をしても異常が認められないにもかかわらず、胃や腸の不快な症状が出現する。
脳と機能性消化疾患患者の気分症状に対する鍼治療の有効性を評価
FGID患者の多くは不安やうつなど、いわゆる気分症状を有している。そして、胃腸症状の悪化は気分状態をさらに悪化させ、悪化した気分状態によって胃腸症状のさらなる増悪を招く。そのため、FGID患者の気分症状に対しても着目することが重要となる。
現在、FGIDの不安やうつに対する治療として抗不安薬や抗うつ薬が使用されており、FDやIBSの診療ガイドラインにおいて弱いものの、推奨されている[2][3]。しかし、抗不安薬では依存性の問題、抗うつ薬では副作用の問題によりその使用が制限されることも少なくない。
鍼治療は、薬物療法や偽鍼治療と比較してもFGID患者の胃腸症状を改善することが報告されている[4]。さらに、うつ病や不安障害などに対する有効性が示されていることから[5]、鍼治療がFGID患者の気分症状に対しても効果が期待できる。しかし、これまでの研究では、主に胃腸症状への効果のみに焦点が当てられていた。
そんななか、2022年1月山東中医薬大学のWangらが「Acupuncture for emotional symptoms in patients with functional gastrointestinal disorders: A systematic review and meta-analysis(機能性消化管疾患患者の情動症状に対する鍼治療:システマティックレビューとメタアナリシス)」を発表した(doi: 10.1371/journal.pone.0263166. )[6]。この研究は、ランダム化比較試験(randomized controlled trials: RCT)を網羅的に収集し質を吟味するシステマティックレビューと、集めた研究を統計学的に統合するメタアナリシスという手法により、FGID患者の気分症状に対する鍼治療の有効性を評価したものである。
24文献、2,151人の参加者を定量的に解析
Wangらのレビューは、FD、IBS、FC、FDrなどFGIDと診断された患者のRCTを対象とし、会議録(conference abstracts)、論説、総説、症例報告、症例集積、重複データなどは除外された。鍼治療グループは、鍼治療や鍼通電療法、耳鍼、頭鍼など「経穴に鍼を刺入する治療」を受けた患者と定義され、比較対照のコントロールはsham鍼治療または薬物療法を受けた患者とした。
不安とうつの評価尺度には、自己評価式不安尺度(self-rating anxiety scale: SAS)、自己評価式うつ尺度(self-rating depression scale: SDS)、ハミルトン不安評価尺度(Hamilton Anxiety Rating Scale: HAM-A)、ハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Rating Scale: HAM-D)、patient health questionnaire-9(PHQ-9)、generalized anxiety disorder-7(GAD-7)が用いられた。
文献の検索は、3つの英語文献データベースと5つの中国語文献データベースを用いて、2021年7月31日までに公開されたRCT論文が収集された。さらに、文献の漏れを防ぐためにGoogle ScholarやChiCTR(中国の臨床試験登録簿)の検索、その他の論文記事や会議録(conference proceedings)を手作業で検索している。
集められた文献をもとに、著者名、発行年、組入れ/除外基準、サンプル数、鍼治療の種類、使用経穴、対照群の治療、評価項目などの情報が抽出された。さらに、それぞれのRCTに含まれるバイアスリスクを評価するため、Risk of Bias 2(RoB 2)というツールを使用して、RCTのバイアスリスクを「低リスク」「懸念あり」「高リスク」に分類した。これらの文献の収集・スクリーニングからの情報抽出、バイアスリスクの評価は、すべて2人の研究者によって行われ、意見の不一致があった場合には3人目の研究者が決定した。
上記の方法による検索の結果、最終的に24文献、2,151人の参加者が定量的な解析に含まれた。これら研究の特徴として、サンプルサイズは34~348、治療期間は2~10週間の範囲で行われていた。また、鍼治療グループでは、17件で鍼通電療法、7件でマニュアル鍼治療(置鍼や雀啄など)が行われ、コントロールグループでは、4件でsham鍼治療、20件で薬物療法が行われていた。うつと不安の評価尺度については、SASとSDSが17件ずつ、HAM-D が5件、HAM-Aが4件、PHQ-9とGAD-7が1件ずつ使用されていた。
薬物療法よりも鍼治療のほうが不安とうつ症状を軽減
鍼治療とsham鍼治療を比較した4研究をまとめた結果では、不安とうつ症状ともに鍼治療とsham鍼治療との間に有意差は認められなかった。これらはFD、IBS、FC、FDrなど疾患別に解析しても同様の結果であった。
しかし、使用経穴に注目して解析してみると、鎮静化によく用いられる経穴(鎮静化経穴:百会、印堂、四神総などうつ病に効果があるとされる経穴)が用いられていた場合、鍼治療がFDIG患者のうつ症状をsham鍼治療より有意に軽減することが示された。なお、4研究すべてで非経穴への2~3mmの浅い刺鍼をsham鍼治療としていた。
一方、鍼治療と薬物療法を比較した20研究をまとめた結果では、鍼治療は薬物療法と比較し、不安とうつ症状を有意に軽減した。疾患別に解析しても、不安症状はFD、IBS、FC、FDrのすべてで、うつ症状はFD、IBS、FDrの患者で、薬物療法に対して鍼治療のほうが有意に症状軽減を生じさせていた。薬物療法との比較においては、鎮静化経穴の使用や鍼通電かマニュアル鍼治療なのかなどの鍼治療の種類による結果への影響はなかった(表1)。
鍼治療の安全性についても9件の研究で報告されており、鍼治療グループとコントロールグループの間に有意差がないことが示された。
気分を改善するツボを使用したほうが結果良好
以上をまとめると、鍼治療はsham鍼治療との間に有意差を認めなかったが、薬物療法と比較すると有意に不安とうつ症状を軽減した。Wangらの研究は、収集された研究の質が低~中程度であることや、特異的/非特異的効果、プラセボ効果などの関与に関して不明な点はいくつかあるものの、鍼治療がFGID患者の胃腸症状だけでなく、気分症状に対しても効果的である可能性を示した最初のシステマティックレビューである。
興味深い点は、sham鍼治療との比較において、百会や印堂、四神総といったうつ症状に効果的とされる経穴を使用すると、より症状を軽減させることである。鍼治療とsham鍼治療との間に有意差がなく、鍼治療と薬物療法との間に有意な差がみられたということは、鍼治療に非特異的な効果が多く含まれていることを意味している。しかし、一部経穴に特異的効果がある可能性も示唆されており、気分症状の目立つFGID患者に鍼治療を行う際には、積極的に気分に効果的な鎮静化経穴を用いることがいいといえる。
さらに、Wangらは腸内細菌叢に及ぼす鍼灸治療のメカニズムからも今回の結果を考察している。先行研究によると、天枢、足三里、上巨虚への鍼灸刺激によって腸内細菌叢のバランスを調節できる[7-10]。これらの経穴は本研究に含まれた論文でも多く用いられていた。
腸内毒素症は、不安やうつの原因となることから、胃腸症状によく使われる経穴も、脳腸相関によって気分症状の改善に関与しているとも考えられる。しかし、Wangらが引用している先行研究の多くは灸治療が中心であることから、この説には少し懐疑的な点もある。臨床的には、FGID患者の胃腸症状に灸治療はよく用いられ、治療効果を実感する患者も多いのではないだろうか。腸内細菌叢へのメカニズムを考慮すると灸治療も有用な選択肢であり、今後の重要な研究課題となるであろう。
日本でも機能性消化管疾患に対する鍼の臨床試験を
本研究は、24件中23件が中国からの論文であること、個々の研究のサンプルサイズの小ささ、質の低さなどの問題点はあるが、FGID患者の気分症状への有効性を十分に示唆するものであった。旧版の機能性消化管疾患診療ガイドライン2014では、FDとIBSともに「鍼灸治療にプラセボ以上の効果はない」と有効性を示すエビデンスがなく、推奨も提案もされていなかった[11][12]。それから約6年を経て、FD(2021年)では提案や推奨はないものの鍼治療の有用性を示唆する記載[2]、IBS(2020年)では、鍼灸治療を代替療法として行うことが提案されている[3]。
こうした進歩は間違いなく臨床研究の積み重ねによるものである。しかし、依然として本邦から臨床試験が行われていない状況は変わっていない。鍼灸治療は、FGIDの胃腸症状と気分症状のどちらにもアプローチできる有用性の高い治療法であることから、次回の診療ガイドラインの改定時には、本邦での臨床試験からのエビデンスを含みより高い推奨度を得ることが大きな目標となる。
【参考文献】
1. Sperber AD, Bangdiwala SI et al. Worldwide Prevalence and Burden of Functional Gastrointestinal Disorders, Results of Rome Foundation Global Study. Gastroenterology. 2021;160: 99-114.e3.
2. 日本消化器病学会(編).機能性消化管疾患ガイドライン2021-機能性ディスペプシア(FD). 第2版. 南江堂.
3. 日本消化器病学会(編). 機能性消化管疾患ガイドライン2020-過敏性腸症候群(IBS). 第2版. 南江堂.
4. Wang X, Wang H et al. Acupuncture for functional gastrointestinal disorders: a systematic review and meta-analysis. J Gastroenterol Hepatol 2021;36(11):3015-3026.
5. Smith CA, Armour M et al. Cochrane Database Syst Rev. 2018 Mar 4; 3:CD004046.
6. Wang L, Xian J et al. Acupuncture for emotional symptoms in patients with functional gastrointestinal disorders: A systematic review and meta-analysis. PLoS One. 2022;27;17(1):e0263166. doi: 10.1371/journal.pone.0263166.
7. Wang X-M, Lu Y et al. Moxibustion inhibits interleukin-12 and tumor necrosis factor alpha and modulates intestinal flora in rat with ulcerative colitis. World J Gastroenterol. 2012;18: 6819-6828.
8. Wei D, Xie L et al. Gut Microbiota: A New Strategy to Study the Mechanism of Electroacupuncture and Moxibustion in Treating Ulcerative Colitis. Evid Based Complement Alternat Med. 2019;2019: 9730176.
9. Wang L-J, Xue T et al. Effect of acupuncture on intestinal flora in rats with stress gastric ulcer. Zhongguo Zhen Jiu. 2020;40: 526-532.
10. Sun H, Zhang B et al. Effect of warm-needle moxibustion intervention on immune function and intestinal flora in patients after colorectal cancer radical operation. Zhen Ci Yan Jiu. 2021;46: 592-597.
11. 日本消化器病学会(編).機能性消化管疾患ガイドライン2014-機能性ディスペプシア(FD). 第1版. 南江堂.
12. 日本消化器病学会(編). 機能性消化管疾患ガイドライン2014-過敏性腸症候群(IBS). 第1版. 南江堂.