経絡に流れているのはイオン?

台湾のHungらによる最新調査

 鍼灸治療は、腰痛や肩こりなど、筋骨格系の愁訴に対する治療手段として広く知られている。さらに、吐き気、便通異常、血圧異常、睡眠障害、精神障害など、筋骨格系以外の症状に対しても使用される。その治療には、経絡の理論が用いられる。しかし、この「経絡」が何かは、はっきりしない。このため、鍼灸治療を怪しく思う人もいる。

 「経絡とは何か」というテーマに対して、これまで多くの研究者が挑戦してきた。

 経絡の性質については、さまざまな種類の仮説が存在し、理論的に大きく4つに分けることができる。神経伝導説1)、体液循環説2)、エネルギー説3)、そしてファシア(筋膜)および結合組織説4)である。
 これらの仮説は経絡の本質を個々の合理的な観点から解釈しようと試みている。しかし、どの仮説が最もらしいのかは、議論の真っ最中といっていいだろう。

 そんななか、2020年7月、経絡の本質に迫る論文がまた一つ発表された。
 台湾のHungらによる「Meridian study on the response current affected by electrical pulse and acupuncture(電気パルスと鍼刺激によって作用する応答電流に関する経絡研究)」5)である。
 応答電流とは、急な電圧の変化が生じた際に、それまでの電圧や電流が一定の状態(定常状態)であったものに変化が生まれ、十分に時間が経過した後に別の定常状態に到達するまでの間、時間的に変化する電圧や電流の振る舞いのことである。

 この論文は、Nanoscale Research Lettersという、ナノメートルスケールでの科学的技術を発表するための雑誌に掲載された。このような雑誌に鍼灸に関わる論文が掲載されることは大変珍しい。

30人の健常者に対する鍼通電刺激の実験

 Hungらの実験内容は次のとおりである。
 20~30歳の15人の男性と15人の女性、計30人の健常ボランティアに鍼通電を実施。刺激部位は合谷―曲池であり、通電および応答電流の計測に半導体デバイス・アナライザを用いている。この装置を用いれば、電流-電圧測定、静電容量測定など複数の測定・解析機能が統合されており、高精度な測定と解析を1台ですばやく簡単に行うことができる。Hungらが用いた装置では、0.1 fA~1 A/0.5 µV~200 Vのレンジで電気信号を与え、パルス測定の電流/電圧(IV)測定などが可能となる。

 合谷―曲池の鍼通電は、上腕部、前腕部(合谷と曲池の間)の2カ所で応答電流を測定した。

 上腕部で記録される波形は、手足から体躯に向かう波形なので近位通電波、前腕部で記録される波形は、体躯から手足方向に向かう波形なので遠位通電波とする。

 鍼通電の電流には2種の波形が用いられた。Pulse波は0〜0.5 Vの、AC波は0.5〜-0.5 Vの間を行き来する連続的な矩形波である(図1)。鍼通電療法で用いられる通電器の多くが三角波ではなく矩形波を用いていることから、この波形が選ばれた。

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 また、周波数による差をみるために、4つの周波数(2、4、6、8 Hz)の刺激が用いられ、すべてのデータは3回測定を繰り返した平均値を用いた。
 鍼通電刺激を行った際の応答電流は、Pulse波の場合、-0.5 Vの電流は10μAで、0 Vでは約8μAの逆電流が測定された。
 AC波では、-0.5 Vの時に13μAの電流が、0.5 Vでは26μAの逆電流が測定された。つまり、どちらの刺激でも通常は起こらない向きに電流が流れ、AC波のほうがその動きは大きかったといえる。
 この逆電流を解析するために、初期電流値をI1、逆電流をI2と定義した(図2)。
 Pulse波のI2の値をI1で割ってみると、その比は1に近い。これは、負の電圧では負の電流であり、電圧を加えなければ同じ量で逆戻りすることを意味する。

 一方で、AC波のI2/I1比は2に近い値を示した。これは負の電圧では順方向電流を示すが、逆方向の電圧が加わると、電流は逆流するだけでなく応答電流とともに増幅されることを示している。また、Pulse波では、周波数を増やしていくと、I2 / I1比は小さくなっていく。これはAC波でも同様の結果が認められ、周波数が高くなると、消費される電流を補償する補償電流の発生に十分な時間がなくなるためと考えられる。

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鍼通電によって起こる変化

 鍼通電を加えた際にみられる応答電流の波形は、始めに急激に増加し、ピークの最大値を超えた後、徐々に減少して飽和に至る(図2)。これは、等温過渡イオン電流(isothermal transient ionic current:ITIC)のメカニズムに似ていることが分かった。ITICでは、陰イオンと陽イオンは電場によって両側に移動し、電流が増加する。イオンが両側に蓄積してくると、空間電荷(空間に分布している、電気を帯びた微粒子または電子)からの障壁によって電流は徐々に減少する。

 今回の結果とこのITIC理論を組み合わせてみると、Pulse波では、最初に電圧が加わった-0.5 Vの時、イオンは電場によって移動し両極に蓄積される。ただし、電圧がかかっていない0Vでは、イオン濃度の異なる拡散電流(荷電粒子の濃度の不均一性のために起こる電荷の移動による電流)による異常逆電流を計測した。
 AC波では、-0.5 Vの電圧が加わるとまず電流が生じ、電圧が0.5から-0.5 Vに変化すると、ドリフト電流(電場が与えられたことで生じる電流または電荷を帯びた物質の移動)と拡散電流が逆の電場状態で形成され、最初の2倍の電流が流れたと考えられる。

 Hungらは、合谷―曲池の大腸経だけでなく、他の経絡でも同様の実験を行っている。I2 / I1の比率はすべて同じ結果となり、波形には逆の応答電流があり、その比率はPulse波では1に近く、AC波では約2となった。

イオンの受動拡散を誘発?

 いかがであっただろうか。Hungらの研究結果は、体液循環理論に似ているといえる。経絡の上のツボへ鍼治療をするということは、イオンの受動拡散を誘発するのかもしれない。
 ただ、人間の組織は水分、無機塩、帯電したコロイドで構成される複雑な電解質の導電体である。鍼通電を施すと、イオンは方向性を持って移動し、細胞膜の分極を解消する。その結果として、イオンの濃度と分布はかなりの多様性を示し、人間の組織機能に影響を与えると考えられる。
 ファシアを含めた結合組織が、液体で満たされた「間質」という臓器としてとらえるべきとする過去の報告にもつながるのかもしれない6)。
 鍼が起こす刺激とは逆に応答電流が生じる。そしてそれは、イオンの移動によってドリフト電流+拡散電流が生じる結果といえる。つまりは、経絡にはイオンが流れているという結果である。

 今回のHungらの研究は、健常者で実施されている。もし、特定の疾患によって経絡の信号伝達が変わり、鍼刺激によってその流れが変化することが分かれば、新たな鍼治療機序として確固たる理論の一つになるだろう。

 
【参考文献】
1)Fan Y, Kim DH et al. Neuropeptides SP and CGRP Underlie the Electrical Properties of Acupoints. Front Neurosci. 2018; 12: 907.
2)Yao W, Li Y, Ding G. Interstitial fluid flow: the mechanical environment of cells and foundation of meridians. Evid Based Complement Alternat Med. 2012;2012:853516.
3)Tseng YJ, Hu WL et al. Electrodermal screening of biologically active points for upper gastrointestinal bleeding. Am J Chin Med. 2014; 42(5): 1111-21.
4)Bianco G. Fascial neuromodulation: an emerging concept linking acupuncture, fasciology, osteopathy and neuroscience. Eur J Transl Myol. 2019; 29(3): 8331.
5)Hung YC, Chen WC et al. Meridian study on the response current affected by electrical pulse and acupuncture. Nanoscale Res Lett. 2020; 15(1): 146. doi: 10.1186/s11671-020-03373-2.
6)建部陽嗣, 樋川正仁. 鍼灸ワールドコラム第85回 新しく解明された人体構造 世紀の大発見が鍼灸機序の謎に迫る. 医道の日本 2018; 77(6): 140-2.

「病證」「病証」「病症」の違い

 1944年春、本間祥白は、近代以降最初の病証についての一書を刊行し、それを『鍼灸病証学』と命名した。書名に「鍼灸」の二字が冠されているのは、この書が、1941年に開始されたわが国の伝統鍼灸の再興、経絡治療創成の流れの中で編纂されたものだからである。

 しかし、本間祥白の打ち立てた病証学は、門人である井上雅文に継承されただけで、1970年代以降、わが国における病態解析の学は、中医弁証学に取って代わられた。

 病証学の構築には、臨床に基づく問題意識と東アジアの古医書に通じている必要があるが、ここ数十年間、わが国の臨床鍼灸師は、臨床体系の検証と東アジアの古医書の基礎研究を軽視してきた。1990年代の日本伝統鍼灸学会を舞台とした病証学研究の挫折、ならびに現在の病証学の衰退は、その結果である。

 このたび新たな病証学の構築にあたり、本間・井上の学統に連なる私は、彼ら二人の業績の継承と発展の意味をこめて、あえて本連載に「鍼灸病証学」の名称を踏襲することとした。

「證」は「あかし」「しるし」の意味

 病証という言葉の表記には、「病證」「病証」「病症」の三種があるが、字義の上からは「病證」とすることが正しい。

 管見によれば、「病證」という言葉の初出は『傷寒論』と思われる。その一例が傷寒例第三の「もし一剤を服して、病證猶在り、故にまさに復た本湯を作りて之れを服すべし」である。

 「病證」の用例はまた、『脈経』巻第六の各篇名「肝足厥陰経病證第一」や「胃足陽明経病證第六」などにも見ることができる。

 「證」は、『説文』に「告ぐるなり」、『玉篇』に「験(あかす)なり」とあって、「證験」、すなわち「あかし」「しるし」のことである。和語で「證」という文字を「明かし」と読むのは、疑いを正して證明する、すなわち證明の「證」と解するからであろう。

 また和語の「しるし」には、「験」以外に「徵」の文字をあてることもある。それは、「證」「徵」がともに韻母が蒸韻で声義が相通じる文字であることによる。

証は「いさめる」「ただす」の意味

 ところで、「證」という文字は、古くから「証」と書かれることが多い。ただ「証」は『説文』に「諫(いさ)むるなり」、また同書の「諫」条には「証(ただ)すなり」とあって、元来は諫言の義であるから、「證」の意味を別字「証」であらわすことは、誤用である。

 しかし、この誤用は、『呂氏春秋』巻第五・誣徒篇の高誘の注「證は諫なり」にまで遡る古いもので、古くから定着している。段玉裁が『説文』の注で「今俗、証を以て證験の字と為す」と述べるゆえんである。

 「症」は「證」の俗字であるが、中国医書においてこの文字が使われるようになるのは清代以降で、辞典への収録も『辞源』(1915)からと見られる。ちなみに、近年、中国で古い医書を排印する際、「癥」(ちょう)の簡体字として「症」の文字を使う例があるので注意を要する。

 一方、日本では中世から既に「病證」「病症」「病証」の混用が見られる。それは江戸中期後半以降に「病證」が医書の名称に使用される際にもそのまま引き継がれた。

 「病證」とは「病の證(あかし、しるし)」であり、その場合の「證」は病の指標や兆しとなるものすべて含む概念である。つまり「證」は、症状や病名でもよいし、また病因や病機、病の部位などを含む、より抽象性の高い概念でもかまわないのである。

ポイント

  • 漢字の意味からすれば、「病證」が正しい!
  • 江戸中期後半以降から「病證」「病症」「病証」が混用されている!
  • 病証は、病の指標や兆しとなるものすべてを含む概念!

用語解説

本間祥白(ほんましょうはく):1904~1962。井上系経絡治療家。井上恵理門人。岡部素道、井上恵理、竹山晋一郎とともに、経絡治療の創成に決定的な役割を果たした。『鍼灸補瀉要穴之図』で柳谷素霊、岡部、井上の選穴論を要約し、論文「証決定の原則」で経絡治療の証の立て方を定式化し、証の内容を病態解析学の側から補完する目的で『鍼灸病証学』(1944)を編纂した。

井上雅文(いのうえまさふみ):1937~2007。井上系経絡治療家。井上恵理の長男として、初期経絡治療以来の問題意識と技法を受け継いだ。また本間祥白を師と仰ぎ、その病証学を継承した。1970年代に曲直瀨道三原著の『脈論口訣』と、南宋・陳言の『三因極一病証方論』に基づき、それまで未開拓の分野であった脈状診(人迎気口診)を体系的に再構築し、陰陽虚実、内外傷、予後、選経選穴などの各分野に画期的な成果を遺した。

『傷寒論』(しょうかんろん):中国・後漢の張仲景(ちょうちゅうけい)の撰。北宋以降、現在の書名と構成で流布し、中国では外感病の専門書として、日本近世においては万病に対応可能な医書として、高く評価された。病証の枠組みである三陰三陽(六経)は本書に発する。

『脈経』(みゃっきょう):中国・後漢末~西晋の王叔和の撰。200年代半頃成立。脈法を中心とする診法書。脈状判定のための基準である二十四脈状の確立や、病証と脈状の順逆などの記載は、後代の脈学に大きな影響を与えた。

『説文』(せつもん):『説文解字』の略称。中国・後漢の許慎(きょしん)の撰。100年頃成立。小篆文字を部首に分類し、造字の原理である「六書」(りくしょ)に基づき字形と文字の本義を解説した最初の字書。540部首に9353字を収録。

『玉篇』(ぎょくへん):中国・南朝・梁の顧野王の撰。543年成立。『説文』に次ぐ中国第二の字書。原本は散逸して一部(『原本玉篇』)を遺すのみ。現在の通行本は、北宋に大幅に改訂された『大広益会玉篇』で、542部に16917字を収録する。

『呂氏春秋』(りょししゅんじゅう):一名「呂覧」(りょらん)。中国・秦の呂不韋(りょふい)の撰。26巻。先秦諸家の学説を集成した百科全書的思想書。

高誘(こうゆう):生没年未詳。中国・後漢末の学者。『戦国策』『呂氏春秋』『淮南子』の注解が伝わる。

段玉裁(だんぎょくさい):1735~1815。中国・清の学者。文字学と音韻学に優れ、『説文』の有名な注解書『説文解字注』を著した。

『辞源』(じげん):中国近代最初の大型辞典。1840年以前の古典文献の言葉を対象に、清末に編纂が開始され、陸爾奎らの編になる正編は1915年に、方毅らの編になる続編は1931年に刊行された。中華人民共和国成立後に修訂が重ねられ、2015年には第3版が刊行されている。

『素問』『霊枢』『傷寒論』は論理と抽象の最終段階

 体に表れた痛みや腫れ、その他の症状に固有の病名(病証名)を付け、その対処法を考えることは、医療の最初である。
 それは、中国古代の医書でいえば、前漢の出土医書『五十二病方』(1973年、長沙馬王堆三号漢墓より出土)の世界である。

 『五十二病方』に見るのは、顚疾(てんしつ)など数種を除けば、概ね外傷、あるいは痔のような体表の病である。中国医学の伝統的な枠組みでいえば、「外科」(現代医学の「皮膚科」、現代中医学風にいえば「外傷科」)あるいは金創科などに当たるものである。病の原因や機序に関する説明などもほとんど見られない。

 こうした病名(症状名)と治療法を結びつけた純粋な経験療法的な医療は、古今東西どこにもあり、中国固有のものではない。

 しかし、そうした経験療法的な医療を維持し続けることは難しい。あるいは、経験だけに支えられた医療の世界が維持されるのは、特殊な条件や環境の場合に限られている。診察のない治療を続けることは、臨床を行う者にとって難しいことなのである。

 実際、たとえば頭痛の患者を前にして、その原因や病態を解析・判断することなく、「頭が痛い」という症状だけを目標にして治療を続けることは、臨床を行う者にとって難しいことなのである。たとえば、頭痛に百会の施灸が効果があるとの治療経験を持っていたとしても、その経験はすぐに現実の症例によって覆されてしまう。

 まず百会に触れるだけで目眩その他の副作用を起こす症例が現れる。次に百会を使っても症状が少しも改善しない患者に直面する。

 病態解析をしない以上、どんな頭痛に百会が有効で、どんな頭痛に肩井や腎兪が有効であるかの判別はつかない。「経験」の名のもとに、ただ恣意的な選穴を繰り返すだけである。経験的な治療を行っている多くの臨床家は、何が効いて何が効かないのかわからないという不安の中にいるのである。

 中国古代においても、名称の付いた病は、すぐさま病の原因と機序に関する知識と考察の蓄積が始まり、時間とともに抽象性を高めたことは間違いない。そして、たとえば腰痛は単に「腰が痛む」だけのことを超えて、腎や足の太陽の脈の病となり、〈気〉あるいは〈血〉の病となり、〈寒〉や〈湿〉を原因とする病と捉えられるようになっていったのである。

 現在私たちが眺めている現存最古の伝承古典『素問』『霊枢』『傷寒論』は、論理と抽象以前の、素朴な感性の世界ではなく、論理と抽象の最終段階であったといってよい。

 しかし、中国古代医学の〈病の原因と機序に関する知識と考察〉には、難問が控えていた。それは『五十二病方』的な〈外科〉」の世界ではなく、〈内科〉的領域に生じた。

ポイント

  • 医療の最初は、症状に病名を付けて対処法を考えること!
  • 外科や体表の病には病名をつけて治療をし、その経験を積んでいった!
  • 『素問』『霊枢』『傷寒論』は、論理と抽象の最終段階だった!

用語解説

『五十二病方』(ごじゅうにびょうほう):1973年に中国湖南省の長沙市馬王堆の漢墓から出土した医学資料の一種。書題は、冒頭の目録に見える52種の病門に基づき研究者が附したもの。現在確認できる病門は45門で、犬や虫などの噛み傷、イボなどの皮膚疾患、泌尿器系疾患や痔疾、小児疾患を主たる内容とし、そこに薬物、外治法、灸法などの多くの施術法が列挙されている。

長沙馬王堆三号漢墓(ちょうさ まおうたい さんごう かんぼ):1973年に中国湖南省の長沙市から発掘された前漢時代の三基の墳墓のうちの一つ。この漢墓から『老子』や『易経』などともに、『足臂十一脈灸経』『陰陽十一脈灸経』『陰陽脈死候』『脈法』『五十二病方』など、前漢前期までの15種の医学資料が出土して、専ら伝承古典(中国風に言えば「伝世古典」)に基づいて考えられてきた中国古代医学についての認識に、決定的な影響を及ぼした。

金創科(きんそうか):「金創」はまた「金瘡」に作る。切り傷のこと。金創科は、主に戦傷を対象とする医療技術で、中国では元の時代に正骨兼金瘡科の科が立ち、日本でも中世後期から金創医が登場した。

『素問』(そもん):中国・後漢に原型が成立したとみられる中国医学の原典。黄帝医籍の一種として「黄帝素問」、漢代の『黄帝内経』に擬して「黄帝内経素問」とも呼ばれる。脈法や病証、穴法と並んで、雅な韻文で綴れた原理的な記述が多く、既に六朝時代から尊崇の対象であった。唐の王冰による改編によって道教的観点から読まれる傾向が強まり、また王冰が附加したとされる運気を論じた諸篇は、北宋以降の医学に大きな影響を及ぼしている。

『霊枢』(れいすう):『素問』と並ぶ中国医学の原典。古くは「九巻」「鍼経」と呼ばれたが、唐代に道教的な「霊枢」の書名が現れ、南宋以降、この書名が定着した。元明の時期に盛んとなった経脈や鍼法についての言説は、本書に基づくところが大きい。

世界の研究者が関心を寄せる鍼鎮痛のメカニズム

 今、海外では、鍼灸に関する多くの論文が発表されている。その勢いはとどまるところを知らない。PubMedで「acupucture(鍼治療)」をキーワードに英語の出版物を検索すると、その数は2019年12月時点で10,000を超えた1)。英語の論文を読まないと、鍼灸の最新知見は分からない時代となっているのだ。

論文を「計量書誌学」で分析

 2020年2月、韓国・台湾の合同チームが、新たな手法を用いてその状況を解析した論文を発表した2)。

 Leeらによる「Bibliometric Analysis of Research Assessing the Use of Acupuncture for Pain Treatment Over the Past 20 Years(過去20年間における鎮痛に対して鍼灸治療を評価した研究の計量書誌学分析)」と題されたこの論文では、近年の痛みに対する鍼研究のトレンドがよく分かる。

 計量書誌学とは、数学および統計ツールを使用して、特定の研究領域内の論文の相互関係とその影響力を測定する分析方法である。この方法を用いると、大量に出版されている学術論文のマクロ的な概要を抽出し、影響力のある論文、著者、雑誌、組織、国々などを効率的に特定することができる。そうすることによって、政策立案や臨床ガイドライン作成時などにおいて、効率的にデータを提供することが可能となる。

 世界では、慢性痛に対する大規模な臨床試験も行われ、その効果が評価されている。また、多くの研究者たちが、鍼鎮痛のメカニズムを研究している。研究の手法はさまざまなものがあり、脳画像を用いた解析もあれば、動物実験なども含まれる。そこでLeeらは、計量書誌学を用いて論文の引用、著者、所属組織の観点から、鍼鎮痛研究に関する定量的な解析を行った。

4,595本の論文を解析

 Leeらの調査では、2019年7月28日、台湾の中国医薬大学図書館のWebサイトを介して、世界最大級のオンライン学術データベースであるWeb of Scienceが用いられた。

 2000年1月1日から2019年7月28日に出版された論文のうち、「acupuncture(鍼治療)もしくはelectroacupuncture(鍼通電療法)」かつ「pain(痛み)」をキーワードに検索すると、合計5,230本の論文が特定された。オリジナルの論文ではなかったもの(484本)、英語で書かれていなかったもの(151本)を除外し、最終的に合計4,595本の論文が解析に回された。

 その解析の結果が次のとおりである。

鍼灸専門誌以外に掲載される

 まず、過去20年間の鍼鎮痛研究における世界的な傾向だが、年を追うごとに着実にその数は増加し、54カ国々から論文が投稿されていた。

 一番多く論文を発表しているのはアメリカ(30.7%)、続いて中国(24.2%)、韓国(10.4%)であり、日本はトップ10にも入っていない(11位、2.8%)(表1)。

表1 鍼灸論文の発表が多い国トップ10(54カ国中)

順位 国 名 %
1 アメリカ 30.7
2 中国 24.2
3 韓国 10.4
4 イギリス 9.6
5 ドイツ 6.7
6 オーストラリア 5.2
7 台湾 4.7
8 カナダ 4.4
9 ブラジル 3.7
10 スウェーデン 3.0

 掲載された雑誌の種類は900誌に及び、Evidence-based Complementary and Alternative Medicine誌(7.8%)、the Journal of Alternative and Complementary Medicine誌(5.2%)、Acupuncture in Medicine誌(4.9%)の順で論文の掲載本数が多い。上位には統合補完医学(鍼灸学を含む)の雑誌が名を連ねた。

 論文が掲載された雑誌の研究分野を調べると、統合補完医学(33.3%)、神経科学・神経内科学(19.6%)、一般内科(12.8%)、麻酔科(7.3%)の順となった。つまり、鍼鎮痛に関する論文の3分の1はいわゆる鍼灸系の雑誌に掲載されるが、残りの3分の2は違うということになる(表2)。

表2 鍼灸論文を掲載する雑誌の分野トップ10

順位 国 名
1 統合補完医学 33.3
2 神経科学・神経内科学 19.6
3 一般内科学 12.8
4 麻酔科学 7.3
5 リハビリテーション学 5.4
6 実験医学 4.9
7 整形外科学 3.5
8 健康科学 3.2
9 産婦人科学 2.9
10 リウマチ学 2.8

増えてきたキーワード

 次に、Leeらは鍼鎮痛論文のキーワードについて調査した。過去20年に出された論文で用いられていたキーワードは4,955個あった。そのうち80個のキーワードが、論文の題名や要約で80回以上使用されていた。

 これら80個のキーワードは、全論文で10,941回使用されており、Leeらはこれを解析し分類したのである。
 すると、臨床研究、疼痛管理研究、メカニズム研究の3つのクラスターが見えてきた。

 臨床研究では、39個のキーワードが頻回に使用されており、多いものから、鍼治療(2,394回)、腰痛(550回)、管理(545回)、ランダム化比較試験(408回)、治療(310回)、二重盲検(280回)、有効性(280回)であった。

 疼痛管理研究では、23のキーワードが頻回に使用され、代替医療(283回)、有病率(255回)、補完的(239回)、治験(192回)、ケア(181回)、女性(159回)の順で多かった。

 メカニズム研究では、18個のキーワードが多く使用され、痛み(1,337回)、電気鍼(759回)、刺激(408回)、鎮痛(367回)、メカニズム(237回)、神経因性疼痛(233回)、鍼鎮痛(173回)などが含まれていた(表3)。

 また、これらのキーワードがいつ頃から使われてきたのかを調べることによって、最近のトレンドが分かる。Leeらの研究によると、2000年代半ばからはメカニズム研究のキーワードが多くなってきている。つまり、効果の有無だけでなく、鍼治療が「なぜ効くのか」というテーマに、世界中が取り組んできている。

表3 ここ20年の鍼灸論文で頻繁に使用されているキーワード

大項目 小項目 使用回数
臨床研究 鍼治療 2,394
腰痛 550
管理 545
ランダム化比較試験 408
治療 310
二重盲検 280
有効性 280
疼痛管理研究 代替医療 283
有病率 255
補完的 239
治験 192
ケア 181
女性 159
メカニズム研究 痛み 1,337
電気鍼 759
刺激 408
鎮痛 367
メカニズム 237
神経因性疼痛 233
鍼鎮痛 173

中国と韓国の著者が躍進

 次にLeeらは、論文の著者の解析を行い、その分類を試みた。表4に鍼鎮痛研究論文数トップ10の著者と所属を示す。計16,577人の著者のうち、59人が15本以上の論文に関わっており、7つのクラスターに分類できるという。そのうち、4つの大きなクラスターが存在することが分かった。

 1つ目の集団は、Claudia Witt(2,138引用)、Klaus Linde(1,971引用)、Hugh Macpherson(1,706引用)、Benno Brinkhaus(1,540引用)など、イギリスおよびドイツの12人の著者から構成される。

 2つ目は、Jie Tian(636引用)、Wei Qin(610引用)、Lijun Bai(515引用)など11人の中国の著者によるもの。

 3つ目は、Myeong soo Lee(1,084引用)、Edzard Ernst(726引用)、Sun-Mi Choi(375引用)ら、韓国東洋医学研究所と関わる韓国のチームによるもの。

 4つ目は、Ted Kaptchuk(1,475引用)、Vitaly Napadow(1,342引用)、Jian Kong(1,247引用)、Randy Gollub(858引用)のハーバード医科大学のチームによるものである。

 ここに名前が挙がった著者たちが、間違いなく鍼鎮痛研究におけるトップランナーたちである。中国、韓国のチームによる研究の飛躍的な伸びがうかがえるが、引用回数からいうとアメリカ、ヨーロッパのチームにまだ分があるようだ。一概にはいえないが、これには研究の質の差が出ているのかもしれない。

表4 過去20年間に鍼鎮痛を研究している論文数トップ10の著者

順位 著者 所属組織 論文数
1 Lee H 慶熙大学校(韓国) 69
2 Lao LX メリーランド大学(アメリカ) 65
2 Lee MS 韓国東洋医学研究所(韓国) 65
4 Lee JH ソウル大学校(韓国) 61
5 Macpherson H ヨーク大学(イギリス) 59
6 Park HJ 慶熙大学校(韓国) 57
7 Ernst E エクセター大学(イギリス) 55
8 Kaptchuk TJ ハーバード大学(アメリカ) 54
9 Yang J 成都大学(中国) 45
10 Witt CM チューリッヒ大学(スイス) 42

一流大学が鍼鎮痛に関心

 最後に、所属組織の解析である。最も論文を発表していた組織は韓国の慶熙大学校(5.6%)であり、それにハーバード大学(4.2%)が続く。53の組織が30本以上の論文を発表しており、解析すると7つの集団が見えてくる。そのうち大きなものは4つある。

 1つ目は、ハーバード大学(7,147引用)、マサチューセッツ総合病院(4,728引用)、ワシントン大学(2,311引用)を含む14の組織からなる集団。

 2つ目は、北京大学(1,642引用)、フロリダ大学(1,534引用)、首都医科大学(1,015引用)を含む11の組織からなる集団。

 3つ目は、慶熙大学校(4,333引用)、エクセター大学(3,329引用)、プリマス大学(3,144引用)を含む8つの組織からなる集団。

 4つ目は、ミュンヘン工科大学(3,053引用)、ヨーク大学(2,032引用)、スローン・ケタリング記念がんセンター(1,845引用)、サウサンプトン大学(1,690引用)の4つの組織からなる集団である。

 どれも一流大学の名前が並ぶ。この中で、マサチューセッツ総合病院はハーバード大学の医療機関であり、このように関連する組織であっても別々と判断して評価されたことは、問題かもしれないことをLeeらは認めている。

 この20年間は、初期段階では、アメリカやドイツなどの西欧諸国が、鍼鎮痛研究を主導し、多くの臨床試験を実施してきた。しかし、現在では、中国、韓国、台湾といった東アジアの国々が多くの臨床試験やメカニズム研究を実施していることが見えてくる。
 残念ながら、その中に日本の名前はない。この現状を理解し、他国から学ぶことの重要性を、Leeらの論文を読んで再認識する結果となった。

世界視野で知識のアップデートを

 特に、ここ10年のメカニズム研究では、脳MRIやオミックス解析など、最新の科学技術を用いた鍼の鎮痛機序の解明がなされている。それを理解することで、自らの鍼治療の意味を知ることができ、また、患者へ正確な情報を伝えることができるようになる。

 臨床家にとって鍼灸の技術を磨くこと、人間性を高めることはもちろん重要であるが、知識のアップデートも必要なことの1つである。

【参考文献】
1)建部陽嗣. 日本鍼灸界への最終アラート 世界から取り残されないために. 医道の日本 2020; (7): 216-8.
2)Lee IS, Lee H et al. Bibliometric Analysis of Research Assessing the Use of Acupuncture for Pain Treatment Over the Past 20 Years. J Pain Res. 2020; 13: 367-6.