経絡に流れているのはイオン?

台湾のHungらによる最新調査

 鍼灸治療は、腰痛や肩こりなど、筋骨格系の愁訴に対する治療手段として広く知られている。さらに、吐き気、便通異常、血圧異常、睡眠障害、精神障害など、筋骨格系以外の症状に対しても使用される。その治療には、経絡の理論が用いられる。しかし、この「経絡」が何かは、はっきりしない。このため、鍼灸治療を怪しく思う人もいる。

 「経絡とは何か」というテーマに対して、これまで多くの研究者が挑戦してきた。

 経絡の性質については、さまざまな種類の仮説が存在し、理論的に大きく4つに分けることができる。神経伝導説1)、体液循環説2)、エネルギー説3)、そしてファシア(筋膜)および結合組織説4)である。
 これらの仮説は経絡の本質を個々の合理的な観点から解釈しようと試みている。しかし、どの仮説が最もらしいのかは、議論の真っ最中といっていいだろう。

 そんななか、2020年7月、経絡の本質に迫る論文がまた一つ発表された。
 台湾のHungらによる「Meridian study on the response current affected by electrical pulse and acupuncture(電気パルスと鍼刺激によって作用する応答電流に関する経絡研究)」5)である。
 応答電流とは、急な電圧の変化が生じた際に、それまでの電圧や電流が一定の状態(定常状態)であったものに変化が生まれ、十分に時間が経過した後に別の定常状態に到達するまでの間、時間的に変化する電圧や電流の振る舞いのことである。

 この論文は、Nanoscale Research Lettersという、ナノメートルスケールでの科学的技術を発表するための雑誌に掲載された。このような雑誌に鍼灸に関わる論文が掲載されることは大変珍しい。

30人の健常者に対する鍼通電刺激の実験

 Hungらの実験内容は次のとおりである。
 20~30歳の15人の男性と15人の女性、計30人の健常ボランティアに鍼通電を実施。刺激部位は合谷―曲池であり、通電および応答電流の計測に半導体デバイス・アナライザを用いている。この装置を用いれば、電流-電圧測定、静電容量測定など複数の測定・解析機能が統合されており、高精度な測定と解析を1台ですばやく簡単に行うことができる。Hungらが用いた装置では、0.1 fA~1 A/0.5 µV~200 Vのレンジで電気信号を与え、パルス測定の電流/電圧(IV)測定などが可能となる。

 合谷―曲池の鍼通電は、上腕部、前腕部(合谷と曲池の間)の2カ所で応答電流を測定した。

 上腕部で記録される波形は、手足から体躯に向かう波形なので近位通電波、前腕部で記録される波形は、体躯から手足方向に向かう波形なので遠位通電波とする。

 鍼通電の電流には2種の波形が用いられた。Pulse波は0〜0.5 Vの、AC波は0.5〜-0.5 Vの間を行き来する連続的な矩形波である(図1)。鍼通電療法で用いられる通電器の多くが三角波ではなく矩形波を用いていることから、この波形が選ばれた。

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 また、周波数による差をみるために、4つの周波数(2、4、6、8 Hz)の刺激が用いられ、すべてのデータは3回測定を繰り返した平均値を用いた。
 鍼通電刺激を行った際の応答電流は、Pulse波の場合、-0.5 Vの電流は10μAで、0 Vでは約8μAの逆電流が測定された。
 AC波では、-0.5 Vの時に13μAの電流が、0.5 Vでは26μAの逆電流が測定された。つまり、どちらの刺激でも通常は起こらない向きに電流が流れ、AC波のほうがその動きは大きかったといえる。
 この逆電流を解析するために、初期電流値をI1、逆電流をI2と定義した(図2)。
 Pulse波のI2の値をI1で割ってみると、その比は1に近い。これは、負の電圧では負の電流であり、電圧を加えなければ同じ量で逆戻りすることを意味する。

 一方で、AC波のI2/I1比は2に近い値を示した。これは負の電圧では順方向電流を示すが、逆方向の電圧が加わると、電流は逆流するだけでなく応答電流とともに増幅されることを示している。また、Pulse波では、周波数を増やしていくと、I2 / I1比は小さくなっていく。これはAC波でも同様の結果が認められ、周波数が高くなると、消費される電流を補償する補償電流の発生に十分な時間がなくなるためと考えられる。

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鍼通電によって起こる変化

 鍼通電を加えた際にみられる応答電流の波形は、始めに急激に増加し、ピークの最大値を超えた後、徐々に減少して飽和に至る(図2)。これは、等温過渡イオン電流(isothermal transient ionic current:ITIC)のメカニズムに似ていることが分かった。ITICでは、陰イオンと陽イオンは電場によって両側に移動し、電流が増加する。イオンが両側に蓄積してくると、空間電荷(空間に分布している、電気を帯びた微粒子または電子)からの障壁によって電流は徐々に減少する。

 今回の結果とこのITIC理論を組み合わせてみると、Pulse波では、最初に電圧が加わった-0.5 Vの時、イオンは電場によって移動し両極に蓄積される。ただし、電圧がかかっていない0Vでは、イオン濃度の異なる拡散電流(荷電粒子の濃度の不均一性のために起こる電荷の移動による電流)による異常逆電流を計測した。
 AC波では、-0.5 Vの電圧が加わるとまず電流が生じ、電圧が0.5から-0.5 Vに変化すると、ドリフト電流(電場が与えられたことで生じる電流または電荷を帯びた物質の移動)と拡散電流が逆の電場状態で形成され、最初の2倍の電流が流れたと考えられる。

 Hungらは、合谷―曲池の大腸経だけでなく、他の経絡でも同様の実験を行っている。I2 / I1の比率はすべて同じ結果となり、波形には逆の応答電流があり、その比率はPulse波では1に近く、AC波では約2となった。

イオンの受動拡散を誘発?

 いかがであっただろうか。Hungらの研究結果は、体液循環理論に似ているといえる。経絡の上のツボへ鍼治療をするということは、イオンの受動拡散を誘発するのかもしれない。
 ただ、人間の組織は水分、無機塩、帯電したコロイドで構成される複雑な電解質の導電体である。鍼通電を施すと、イオンは方向性を持って移動し、細胞膜の分極を解消する。その結果として、イオンの濃度と分布はかなりの多様性を示し、人間の組織機能に影響を与えると考えられる。
 ファシアを含めた結合組織が、液体で満たされた「間質」という臓器としてとらえるべきとする過去の報告にもつながるのかもしれない6)。
 鍼が起こす刺激とは逆に応答電流が生じる。そしてそれは、イオンの移動によってドリフト電流+拡散電流が生じる結果といえる。つまりは、経絡にはイオンが流れているという結果である。

 今回のHungらの研究は、健常者で実施されている。もし、特定の疾患によって経絡の信号伝達が変わり、鍼刺激によってその流れが変化することが分かれば、新たな鍼治療機序として確固たる理論の一つになるだろう。

 
【参考文献】
1)Fan Y, Kim DH et al. Neuropeptides SP and CGRP Underlie the Electrical Properties of Acupoints. Front Neurosci. 2018; 12: 907.
2)Yao W, Li Y, Ding G. Interstitial fluid flow: the mechanical environment of cells and foundation of meridians. Evid Based Complement Alternat Med. 2012;2012:853516.
3)Tseng YJ, Hu WL et al. Electrodermal screening of biologically active points for upper gastrointestinal bleeding. Am J Chin Med. 2014; 42(5): 1111-21.
4)Bianco G. Fascial neuromodulation: an emerging concept linking acupuncture, fasciology, osteopathy and neuroscience. Eur J Transl Myol. 2019; 29(3): 8331.
5)Hung YC, Chen WC et al. Meridian study on the response current affected by electrical pulse and acupuncture. Nanoscale Res Lett. 2020; 15(1): 146. doi: 10.1186/s11671-020-03373-2.
6)建部陽嗣, 樋川正仁. 鍼灸ワールドコラム第85回 新しく解明された人体構造 世紀の大発見が鍼灸機序の謎に迫る. 医道の日本 2018; 77(6): 140-2.

2020年10月9日 コメントは受け付けていません。 鍼灸論考