更年期症状の不眠に鍼治療が効果的 中国発信のRCT結果

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建部陽嗣

コクランメタアナリシスでも実証されていた不眠への鍼

 女性の更年期とは、閉経の時期をはさんだ前後10年間のことを指す。この時期に卵巣の機能が低下し、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が急激に減少する。結果としてホルモンのバランスが崩れ、月経周期の乱れやエストロゲンの欠乏により心身にさまざまな不調が表れることになる。更年期のさまざまな不調を「更年期症状」といい、仕事や家事など日常生活に支障をきたしてしまうほどの重いものを「更年期障害」と呼んでいる。

 更年期の症状は、いわゆるホットフラッシュといわれるほてりやのぼせなどの症状を含む自律神経(血管運動神経)系の症状が一般的であるが、月経異常や性交痛などの性器症状、肩こり、腰痛などの運動器系の症状、不安感、イライラ感、うつなどの精神神経症状など多岐にわたる。とくに、更年期の不眠症(Perimenopausal insomnia:PMI)は、女性の生活の質を著しく損ない、期間中の有病率は35〜50%と多い[1]。
 PMIは、入眠困難や早朝覚醒を特徴とし、閉経期の女性ではその症状はより重症で長期間に及ぶ。最も効果的な治療法は、ホルモン補充療法と認知行動療法とされている。しかし、他の基礎疾患を抱え薬物療法に消極的な患者も多く、また、わが国では不眠症に対する認知行動療法は一般的ではないため、安全で効果的かつ実行可能な治療が必要だといえる。

 鍼治療はどうだろうか。
 2012年に発表されたコクランメタアナリシスでは[2]、薬物治療の補助として鍼治療を使用した場合、不眠症に対して臨床的に有効であるという結果が出ている。これまでにもランダム化比較試験がいくつも行われており、鍼治療は原発性不眠症およびうつ病に関連した不眠症の治療に比較的効果的であることが示されている。

 そんななか、2020年12月、PMIに対する鍼治療効果を検討した論文が上海中医医院のLiらによって発表された。「Electroacupuncture versus Sham Acupuncture for Perimenopausal Insomnia: A Randomized Controlled Clinical Trial.(更年期女性の不眠症に対する鍼通電療法vs. sham鍼:ランダム化比較試験)」[3]と題されたこの論文では、更年期女性の不眠症に対して鍼治療の短期的および長期的な効果を調べるために、非侵襲的なsham鍼とその効果を比較したランダム化プラセボ対照試験が実施された。今回はこの論文を読み進めたいと思う。

Liらの臨床試験プロトコルは81人の患者を対象に実施

 Liらの臨床試験のプロトコルは、2019年5月に公開されている[4]。これにより、試験終了後の値を見てから、都合のよい解釈をすることを防ぐことができる。近年、中国や韓国は、ある程度の規模の鍼灸に関する臨床試験を行う際、プロトコルの詳細を論文にして公表することが多くなってきている。そうすることによって、鍼灸に関するエビデンスの信頼性を高めている。

 対象者は、2018年10月~2019年12月、診療所・病院に関するWeChatの広告、ポスターを通じて、上海市中医医院で募集された。WeChatとは、中国大手IT企業が開発したメッセージングアプリである。日本ではLINEが一般的だが、WeChatはアクティブユーザー数が世界第3位の規模で、中国では最もポピュラーなアプリの1つといえる。中国ではこのような方法で臨床試験参加者を募っており、とても先進的な動きをしていることにも驚く。

 包含基準は、①ICSD-3(睡眠障害の国際分類)基準を満たす、②45〜60歳、③少なくとも6カ月間の無月経、④ピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)で合計点が6点以上、⑤腎陰虚または腎陽虚である。
 除外基準は、①ホルモン補充療法および/または抗うつ薬を使用中、②手術による無月経の誘発、③深刻な身体的疾患、④他の外的要因によって引き起こされる不眠、⑤PSQIで15点を超えるスコア、⑥エスタゾラムを除く催眠薬の使用、⑦ 過去6カ月間に更年期症状に対して鍼治療を受療、である。

 106人の女性患者が臨床試験の参加に申し込みがあったが、5人が説明後の参加拒否、17人が基準を満たしていないことから、計84人の参加者が2群(鍼治療群、sham鍼治療群:各42人)に振り分けられた。鍼治療群では2人、sham鍼治療群では1人が途中で脱落したため、鍼治療群40人、sham鍼治療群の41人の参加者が治療を完了した。欠測値は、脱落を起こした時点での値を、単純に代入値として利⽤するLOCF(Last Observation Carried Forward)法で値を代入した。

 鍼治療は、8週間にわたって18回×30分間実施された(週3回を4週間、その後週2回を2週間、週1回を2週間)。主要経穴は、百会(GV20)、神庭(GV24)、齦交(GV28)、気海(CV6)、関元(CV4)、両側の安眠(Ex-HN22)、三陰交(SP6)、神門(HT7)である。追加経穴は、腎陽虚に対しては命門(GV4)と腎兪(BL23)が、腎陰虚に対しては太渓(KI3)と復溜(KI7が)選ばれた。

 滅菌済みの使い捨て鍼(0.25×40mmおよび0.30×40mm)を10~30mmの深さまで刺入し、患者が得気(Deqi感覚)を報告するまで手動で操作した。GV20とGV28に対しては、連続波、周波数2.5 HZ、強度4.5 mAの鍼通電療法が行われた。その後、30分間置鍼した。

 sham鍼治療グループの参加者には、非侵襲的プラセボ装置であるStreitberger針が用いられた。Streitberger針は切皮するとマジックナイフのように鍼体が鍼柄の中に入り、外見的には刺入したように針が短くみえる世界で最も用いられているsham鍼である(図1 )。台座をくっつけることで刺入されていなくても針が倒れることはない。通常の鍼にも台座が使われており、患者はどちらの鍼治療を受けているのか視覚的にはわからなくなっている。

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 経穴は、鍼治療群で使用されたものと全く同じであるが、刺入はされていない。また、鍼通電療法においても電気は流れないように設定された。

 鍼治療以外の不眠症に対する治療は、新たに加えないように指導した。ただし、すでにエスタゾラム(1-2mg)を投与されている参加者に関しては、介入期間中継続して使用が許可された。ベースライン時に不眠症に対してエスタゾラムを使用していた患者は、鍼治療群で9人、sham鍼治療群で10人であった。

Liらが用いた主要評価項目と副次評価項目

 主要評価項目は、ベースライン時と鍼治療終了時(8週目)のピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)の変化とされた。PSQIは、7つのサブスコア(睡眠の質、入眠潜時、睡眠時間、睡眠効率、睡眠障害、日中の機能障害、睡眠薬の使用)で構成される、0〜21点で評価する自己評価質問票である。PSQIを、ランダム割り当て前(ベースライン時)、治療中(4週目)、治療終了時(8週目、主要評価時点)、およびフォローアップ期間中(12週目と20週目)に評価した。

 副次評価項目は、

  1. 更年期障害特有の生活の質に関する質問票(Men-QoL):0週、4週、8週、12週、20週
  2. アクチグラフに記録された睡眠指標(TST:総睡眠時間;SE:睡眠効率;SA:睡眠覚醒;AA:平均覚醒数;WASO:中途覚醒):0週、8週
  3. 不眠症重症度指数(ISI):0週、8週
  4. 自己評価不安尺度(SAS):0週、8週
  5. うつ性自己評価尺度(SDS):0週、8週

であった。対象者は、試験終了時に彼女らが受けた治療が「鍼治療」「sham鍼治療」、もしくは「わからない」の3択で評価した。加えて、鍼治療に関連する可能性のある有害事象(AE)すべてが記録された。

 ベースライン時の、社会人口統計学的特徴、臨床的特徴、不眠症の危険因子に関して両群間で差はみられなかった。参加者の平均年齢は52.5歳、不眠症の期間は39.7カ月であった。最初の治療の前に実施した、鍼治療に対する期待に関するアンケートで、ほとんどの女性が自分のPMIが鍼治療によって改善されると信じていると述べた。

鍼治療を続けて3カ月後の変化、sham鍼との有意差も

 まず、主要評価項目についてだが、PSQIのベースライン時からの変化は、鍼治療群で-3.76、sham鍼治療群で-1.38であり、その差は-2.38となり有意であった。面白いことに4週の時点ではこの有意な差はみられず、12週および20週のフォローアップ期間ではその差は大きくなった(図2)。PSQIの7つの要素の中でも、睡眠時間、睡眠の質、睡眠障害、習慣的な睡眠効率において、2群間で有意な差が認められた。

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 次いで、副次評価項目である。Men-QoLにおいてもPSQI同様の結果が観察された。鍼治療群は、治療後の8週、およびフォローアップ期間の12週と20週において、Men-QoL血管運動分野および身体分野でsham鍼治療群よりも低いスコアを示した。ただし、心理社会的および性的分野については、どの時点でも群間に有意な差はなかった。

 アクチグラフを用いた睡眠状態の評価では、治療終了時においてTST、SE、AAの項目で、鍼治療群のほうがsham鍼治療群と比較して有意な改善を認めた。ただし、SAとWASOには有意な差はみられなかった。

 不眠症の重症度、不安、うつ状態の副次評価については、不眠重症度のISIと不安評価のSASで、鍼治療群のほうがsham鍼治療群と比較して有意に低い値となった。しかし、うつ状態評価のSDSには差は認めなかった。

 エスタゾラムの服用に関して、治療後、鍼治療群の3人がエスタゾラムの服用を止め、sham鍼治療グループの1人がエスタゾラム療法を開始することになった。盲検化の評価に関して、sham鍼治療群の盲検化は成功してはいたが、鍼治療群のほうがより多く正しく推測できていた。有害事象は、鍼治療群で2人(出血1人、痛み1人)、sham鍼治療群では1人(痛み)であったが、それらすべて軽度であり、被験者は脱落せずに試験を完了した。

鍼治療により交感神経やホルモン分泌が調整される可能性

 いかがであっただろうか。更年期症状への鍼治療というと自律神経(血管運動神経)系に焦点が当てられることが多い。対して、Liらは不眠症に注目した。Liらの半標準化、患者の盲検化、ランダム化された、sham対照試験では、8週間の電気鍼療法がPMIの患者に対してsham鍼治療よりも効果的であることを示した。鍼治療が、睡眠時間の延長、睡眠の質の改善、睡眠障害の減少、習慣的な睡眠効率の向上に影響を与えることが示唆され、これらの影響はすべて、フォローアップ期間中でも観察された。

 つまり、鍼治療が短期的な症状緩和だけでなく、治療後3カ月まで続く長期的な改善をもたらすということである。これらはアクチグラフを用いた評価でも検証された。加えて、いくつかの更年期症状(血管運動神経領域および身体領域)および不安の改善を認め、重篤な有害事象は1件も見られなかったのである。

 鍼治療がどのような機序でPMIを軽減するかは不明である。Liらは、鍼治療が交感神経中枢である延髄吻側腹外側野(RVLM)の酸化ストレスを軽減し、交感神経興奮性を調節するのではないかと考察している。加えて、視床下部-下垂体-副腎系の活動亢進の調節、視床下部での糖代謝を減衰なども考えているようである。

PMI患者の場合、エストラジオールの低下と黄体形成ホルモン量の上昇が大きく関与していると考えられる。鍼治療によって、エストラジオール、卵胞刺激ホルモン、および性ホルモンを安定させる黄体形成ホルモンの量が改善する過去の報告にも注目している[5]。

 更年期症状に当てはまる不調には別の病気が潜んでいる場合もあり、実際に施術を行うには注意が必要ではあるが、鍼治療の効果が強く期待される結果であることに違いはない。日常生活に支障が出るほどではないが、不調を訴える患者に対しては積極的に鍼治療を勧めてみてはいかがだろう。

【参考文献】
1)Prairie BA, Wisniewski SR et al. Symptoms of depressed mood, disturbed sleep, and sexual problems in midlife women: cross- sectional data from the study of Women’s Health Across the Nation. J Womens Health (Larchmt). 2015;24(2):119–26.
2)Cheuk DK, Yeung WF et al. Acupuncture for insomnia. Cochrane Database Syst Rev. 2012.
3)Li S, Wang Z et al. Electroacupuncture versus Sham Acupuncture for Perimenopausal Insomnia: A Randomized Controlled Clinical Trial. Nat Sci Sleep. 2020;12:1201-13. https://doi.org/10.2147/NSS.S282315
4)Li S, Yin P et al. Effect of acupuncture on insomnia in menopausal women: a study protocol for a randomized controlled trial. Trials. 2019;20(1):308.
5)Zhu H, Nan S et al. Electro-Acupuncture Affects the Activity of the Hypothalamic-Pituitary-Ovary Axis in Female Rats. Front Physiol. 2019;10:466.

令和2年度 あはき施術者管理者研修 報告

(公社)全日本鍼灸マッサージ師会
業務執行理事 
  小 川 眞 悟

日時:令和3年1月10日(日)、11日(月)
会場:呉竹鍼灸柔整専門学校
 
 令和3年1月より、あはき療養費受療委任制度では、施術管理者研修の受講が義務化されました。第1回の研修会は、神奈川県横浜市にある、呉竹鍼灸柔整専門学校にて開催されました。1日8時間、2日間で計16時間の講義です。 「令和2年度 あはき施術者管理者研修 報告」の続きを読む…

病証と〈蔵府〉〈精気〉の考え方

篠原孝市

病証学に欠かせない〈内気〉の陰陽的分類

 前回、私は、中国古代の自然学である〈気〉という認識、ならびにその人体への適応として五蔵、経脈、精神、気血、営衛、津液などのカテゴリーのあることについて述べた。そして、その第一に来るべきものが、〈内気〉としての〈五蔵〉あるいは〈蔵府〉であり、それが唐代までの医書においてどのように系統化され、重要視されたかについて解説した。

 この〈内気〉が一つであれば、一気の流通と滞留が、外に現れて様々な症状を起こすというふうな、シンプルな医学となったであろう。しかし、古代中国人は、常に人体を構造的に捉えようとする。すなわち一つのものを一つのものとして見ず、陰陽や五行の〈関係〉として見ようとする。したがって、人間を一つの個体として見ず、〈外形〉と〈内気〉の二つのカテゴリーの一体不可分の〈関係〉と見たように、〈内気〉自体も二つの〈気〉、すなわち〈蔵〉と〈府〉とその間の〈関係〉というふうに捉えた。

 『素問』金匱真言論篇の「人身の蔵府中の陰陽を言うときは、則ち蔵は陰為り、府は陽為り。肝心脾肺腎の五蔵は、皆な陰為り。胆胃大腸小腸膀胱三焦の六府は、皆な陽為り」や『霊枢』終始篇の「五蔵は陰為り。六府は陽為り」とは、単に蔵府を二分し、それぞれに所属する蔵府を列挙しただけではない。そこに陰陽という原理を介在させることで、蔵と府が一体不可分の〈関係〉にあることをも表している。しかし、これらの条文だけでは、〈蔵〉と〈府〉それぞれの具体性はまだ理解できない。

ポイント

  • 古代中国人は、人体の構造を〈外形〉と〈内気〉と捉えた!
  • そして〈内気〉は〈蔵〉と〈府〉という一体不可分の〈関係〉と捉えた!

〈蔵〉と〈府〉の意味と文字についてーー「臓腑」との違い

 「蔵」は、『玉篇』に「隠匿なり」とあるように、蔵匿、蓄蔵の意味を持ち、転じて文書や器物を蓄える場所を指す。「府」も、『説文』に「文書の蔵(くら)なり」とあって、意味が「蔵」と相通じる。この二文字を重ねた「府蔵」とは、倉あるいは倉に蔵したものを指す言葉である。内蔵(内気)あるいは内臓(はらわた)という意味は、ここから派生した。
 内蔵(内気)を二分する際に、わざわざ意味の近い「蔵」と「府」という文字を使って表記したことは、両者が類似しながら相違していることを表わしている。『脈経』巻第一・脈形状指下秘決第一所載の二十四脈状において、意味の近似する「軟」「弱」という言葉を使って類似する脈状「極軟而浮細」「極軟而沈細」を区別していることに似ている。

 後代、専ら「五蔵」や「六府」を意味する漢字として作られた文字が、「蔵」「府」に「にくづき」を付けた「臓」「腑」である。日本の経絡治療では、この先行する文字である「蔵」「府」で表記し、現代中医学やその強い影響下にある日本の中国医学用語辞典では、後出の文字である「臓」「腑」で表記する傾向にある。ただ、影宋何大任本『脈経』などを見てもわかるように、古医書の古い版本においては、両者はしばしば混用されており、「蔵腑」などという例すら珍しくない。
 つまり、過去の用例自体が統一されたものではなく、したがってどちらを使ってもよいのであるが、各文字の成り立ちや先後関係を知っておくことは重要であろう。ちなみに、私自身は中国医学の蔵府概念と現代医学の臓器概念とを区別する意味から、専ら「蔵」「府」を使用する。

ポイント

  • 〈内気〉である「蔵」「府」には、どちらも「蓄蔵」の意味がある!
  • 「蔵府」「臓腑」は文字の成り立ちに違いがある!
  • 「蔵府」「臓腑」はどちらの漢字を使ってもよい!

用語解説

『玉篇』(ぎょくへん):第1回用語解説参照。

〈蔵〉と〈府〉の役割と、〈蔵〉がおさめる精気

 〈蔵〉と〈府〉の性格を端的に表す条文としてしばしば引かれるのが、『素問』五蔵別論篇の「五蔵とは、精気を蔵して寫さざるなり。故に満てども実すること能わず。六府とは、物を伝化して蔵さず。故に実すれども満つること能わざるなり」の一節である。このうち、「精気」は『素問』新校正注に引く全元起本や『太素』『甲乙経』では「精神」となっていることから、劉衡如張燦玾は「精神」に改めている。ただし、胡天雄は「古代には「精」「気」「神」三字は通用し、「精気」と「精神」も同じ意味で使用できる」とする。

 『霊枢』にはこれを敷衍したような経文がいくつかある。
 たとえば本蔵篇には「五蔵は、精神、血気、魂魄を蔵(おさ)むる所以の者なり。六府は、水穀を化して津液を行(や)る所以の者なり」とある。また衛気篇の「五蔵は、精神、魂魄を蔵(おさ)む所以(ゆえん)の者なり。六府は、水穀を受けて行物を化す所以の者なり」も本蔵篇と同義である。『素問』五蔵別論篇にいう「精気(精神)」は、「精神」「魂魄」「血気」を総体的に述べたものと見なすことができる。

 しかし、こうした複数の〈気〉を〈五蔵〉と関わらせることになったため、「精神」「魂魄」「血気」「津液」などの〈気〉を再定義する必要があった。それが決気篇の「黄帝曰く、余、聞く、人に精気津液血脈有り。余、意(こころ)に以為(おもえら)く、一気ならくのみと。今、乃ち弁(わか)って六名と為す。余、其の然る所以を知らず、と。歧伯曰く、両神相搏(まじ)わりて、合して形を成す。常に身に先だちて生ずる、是を精と謂う、と。」云々の経文であったと考えられる。
 また、『霊枢』本神篇では刺法と絡めて「凡そ刺の法、必ず先ず神を本とす。血、脈、營、気、精、神、此れ五蔵の蔵す所なり」とする。この箇所は「血脈、営気、精神」と読むこともできるが、本神篇後文の「肝は血を蔵す、血は魂を舎(やど)す」「脾は営を蔵す。営は意を舎す」「心は脈を蔵す。脈は神を舎す」「肺は気を蔵す。気は魄を舎す」「腎は精を蔵す。精は志を舎す」に基づいて読むことにする。
 両文を対応させると、後文の〈五蔵〉の司りには「神」が欠けているが、郭靄春孫鼎宜の説を引いて、前文の「神」を衍文としている。

ポイント

  • 五蔵におさまっているのは「精気」!
  • 「精神」「魂魄」「血気」が五蔵と関係している!
  • 複数の気が関わったことから、五蔵との関係を再定義した!

用語解説

劉衡如(りゅうこうじょ):1900~1987。仏教ならびに古典文学の研究者であったが、1959年以降、中国医学古典の本文校訂に従事し、特に校勘学の方法によって、大きな成果を遺した。校訂書に『甲乙経校注』(1962)、『黄帝内経素問』(1963。通称「梅花本」「横排本」)、『霊枢経(校勘本)』(1964)、『黄帝内経太素』(1964)、『本草綱目』校点本(1975)、『本草綱目』新校注本(1998)があるが、『素問』と『太素』にはその名が記されていない。長く埋もれていたその業績は、錢超塵の論文「劉衡如先生的中医文献学成就」(中医薬文化2014年第一期。錢超塵『中国医史人物考』所収)と同著者の『黄帝内経太素新校正』の前言によって再評価された。『黄帝内経素問(梅花本・横排本)』『霊枢経(校勘本)』は現在も『素問』『霊枢』に関する必備の研究書である。

張燦玾(ちょうさんこう):1928~2017。胡天雄(1921~)、方薬中(1921~1995)、李今庸(1925~)と並ぶ1920年代生まれの医史文献研究家。1959年以来、山東中医学院で教鞭をとるとともに、1964年からは徐国仟(1921~1995)とともに『鍼灸甲乙経』を考究し、山東中医学院校釈の『針灸甲乙経校釈』(1979)を主編した。また徐国仟、宗全和とともに山東中医学院・河北医学院校釈の『黄帝内経素問校釈』(1982初版、2016第2版)の主編者の一人をつとめた。その後、徐国仟とともに再び『甲乙経』を取り上げ、大作『鍼灸甲乙経校注』(1996)を完成させている。張燦玾は医史文献学全般に通じており、『中医古籍文献学』(1998初版、2013第2版)、『黄帝内経文献研究』(2005初版、2014修訂版)を著しているほか、『張燦玾医論医案纂要』(2009)、『張燦玾医論医話集』(2013)などの医論集も遺している。

胡天雄(こてんゆう):1921~。湖南中医学院の中医師。著書『素問補識』(1991)は、多紀元簡の『素問識』と多紀元堅の『素問紹識』の成果を踏まえて、その未だ解せざる点を解明しようとしたもので、経文の考証は厳正かつ的確である。『素問補識』は後に補訂され、多紀父子の前記二書とともに『素問三識』(2011)と題して刊行されている。

郭靄春(かくあいしゅん):1912~2001。龍伯堅(1900〔1899あるいは1901〕~1983)、劉衡如に続く、近代中国の代表的医史文献研究者。特に医経と目録学の分野で傑出した業績を遺した。医経関係の校注ならびに主編として『黄帝内経素問校注語訳』(1981)、『霊枢経校釈』(1982)、『黄帝内経霊枢校注語訳』(1989)、『黄帝内経詞典』(1991)、『黄帝内経素問校注』(1992)、『新医林改錯/内経・素問分冊』(1992)、『八十一難経集解』(1984)、方書関係では『東医宝鑑』(1995)、『傷寒論校注語訳』(1996)、『金匱要略校注語訳』(1999)、目録学関係では『河北医籍考』(1979)、『中国分省医籍考』(1984)、『中国医史年表』(1984)、『中国鍼灸薈萃・現存鍼灸医籍巻』(王雪苔と共編。1993)がある。

孫鼎宜(そんていぎ):清末の医家。湖南省湘潭の人。生没年未詳。最初は儒学を学んだが、父親の死をきっかけに医学に転じ、1905年には日本に留学して西洋医学を学んだあと、晩年は湖南国医専科学校で教鞭をとったとされる。著書に『傷寒雑病論章句』(1906自序)、『医学三言』(1906自序)、『傷寒雑病論読本』(1907自序)、『黄帝内経章句』(1907自序)、『難経章句』(1907自序)、『脈経鈔』(1907自序)、『明堂孔穴』(1907自序)、『鍼灸知要』(1907自序)があり、後に『孫氏医学叢書』(1932自序)にまとめられた。『明堂孔穴』と『鍼灸知要』は、古代の兪穴書『明堂』復元の最初の試みである。

 
 〈六府〉については、私たちはすぐに現代解剖学の消化管のイメージとして受け取ってしまいがちであるが、古代中国では人体の解剖は、本連載第2回で述べた王孫慶欧希範のような、処罰に伴う、歴史的にもごく稀な例を除いて、体内の実見はほぼ皆無である。当時の医家の依拠できたものは、甚だ不正確な解剖図と、動物の解体によって得られたその体内の知識程度しかなかったことを想起する必要がある。したがって、〈気〉としての〈六府〉は、水穀(食物)を伝化すること、すなわち物を食べることに始まり、大小便の排泄に至る、その過程の総体を指していると考えるべきである。この動的な過程が、陽の〈内気〉(府)とされたのである。

 〈五蔵〉の「精気を蔵す」とは何を意味しているのであろうか。
「精」は『説文』に「択(えら)ぶなり」とあるが、段玉裁に従って「米」を補って「米を択ぶなり」に作り、よく精米された米を意味する。そこから派生した意味が、純粋、正しさ、細やかさ、精密、微小であり、天においては日月、星辰を意味することから、明るさや光にも通じる。つまり「精気」は清純の気である。

 ちなみに『管子』内業篇の「精なる者は、気の精なる者なり」の「精」は心の在り方という意味での「精神」のことと解されるが、「精気」と解しても通じるように思われる。

 「精神」はしばしば心の在り方と解釈される言葉であるが、『淮南子』精神訓の篇名に附された高誘の注に「精は人の気、神は人の守りなり」とあるように、「精神」を心の在り方ではなく、人の生命を支える根源(精気)と解釈すべき経文も少なくない。

ポイント

  • 「六府」の気は飲食から排泄に関与している!
  • 〈五蔵〉の「精気」は清純の気!
  • 「精神」を心の在り方ではなく、人の生命を支える根源(精気)

用語解説

王孫慶(おうそんけい):第2回の用語解説参照。

欧希範(おうきはん):第2回の用語解説参照。

段玉裁(だんぎょくさい):第1回の用語解説参照。

『管子』(かんし):中国春秋時代の斉の管仲(?~前645)に仮託された著者未詳の政治経済学書。前漢までに成立し、『漢書』芸文志に八十六篇が著録されたが、現存するものは七十六篇。法家や道家、儒家など複数の立場からの論説を含む。代表的注解書に安井息軒(1799~1876)の『管子纂詁』(1965)などがある。『管子』には、水地篇や内業篇など、中国医学を考える上における重要な篇が少なくない。

『淮南子』(えなんじ):二十一篇。一名「淮南鴻烈解(わいなんこうれつかい)」。前漢の淮南王(わいなんおう)劉安(前179~前122)の命を承けて編纂された思想書。成書年未詳。道家を中心に、先秦の諸思想を百科全書的に編纂したもの。後漢に許慎と高誘の注があったが、現在は高誘の注のみ伝存する。『淮南子』には精神訓を始めとして中国医学と関わりのある記述が少なくない。

『素問』『霊枢』の「精気」について

 「精気」という言葉は『素問』『霊枢』の中に数多く見られるが、その意味は一様ではない。しかし、その内容は以下の三つに大別することができる。

 第一は生命の根源としての精気である(金匱真言論篇「精は身の本なり」。脈要精微論篇の「五蔵は、身の強なり」と呼応)。その直接の源泉は男女の精気にある。したがって、後述する食物から得られた精気〈後天の精気〉と区別して、〈先天の精気〉と呼ばれるものである。上古天真論篇には、女子の場合「二七にして天癸至り、任脈通じ、太衝脈盛んにして、月事時を以て下る。故に子有り」とあり、「天癸」に対して楊上善は「精気なり」と注している。男子の「二八にして腎気盛んに、天癸至り、精気溢し寫し、陰陽和す。故に能く子有り」も同様である。上古天真論篇のこの一節は「此れ子有りと雖も、男は八八を尽すに過ぎず、女は七七を尽すに過ぎずして、天地の精気、皆な竭く」と締めくくられている(「天地の精気」とは男女の精気の意)。

 第二は水穀精微の気、つまり営衛気血津液を精気と呼ぶ例である。
 食物摂取によって得られた精気であるから、〈後天の精気〉と呼ばれる。経脈別論篇の「飲は胃に入りて、精気を遊溢し、上、脾に輸す。脾の氣は精を散じ、上、肺に歸し、水道を通調し、下、膀胱に輸す。」、小針解篇の「水穀は皆な胃に入り、其の精気は上りて肺に注ぎ、濁は腸胃に溜る」がそれである。

 ただ、水穀精微の気を説明するために「営気」「衛気」という概念が現れてからは、精気(精神)や気血との間の概念整理を行う必要が生じたと思われる。その例が営衛生会篇の「営衛とは、精気なり。血とは、神気なり。故に血と気は、名を異にして類を同じくす」である。
 これは気(営衛)も血も同じ「精神」という気であるという意味であると理解される(ただし、『備急千金要方』巻第二十・三焦虚実第五や『外台秘要方』巻第六・三焦脈病論には異文「衛は是れ精気なり、営は是れ神気なり」が見えるので、疑義がないわけではない)。
 奇病論篇の「五味は口に入り、胃に蔵さる。脾はこれが為に其の精気を行(や)る」や厥論篇の「脾は胃の為に其の津液を行るを主る者なり……胃和せざれば則ち精気竭(つ)く」も中焦脾胃と精気の関わりを述べたものである。また痺論の「栄は、水穀の精気なり。五藏を和調し、六府を灑陳し、乃ち能く脈に入るなり」、衛気篇の「其の浮気の経を循らざる者を、衛気と為す。其の精気の経に行く者を、営気と為す」のように、営気(栄気)のみを精気と呼ぶ例もある。

ポイント

  • 『素問』『霊枢』の中の「精気」は、3つの意味に分けられる!
  • 第一は生命の根源としての精気!
  • 第二は水穀精微の気、つまり営衛気血津液を精気と呼ぶ例!

 
 第三は呼吸としての精気である。

 その数少ない例は、五味篇で、水穀が胃に入った後、五蔵と営衛の道に行き、その一部が胸に止まって「気海」となり、それが「肺に出で、喉咽を循る。故に呼(は)けば則ち出で、吸えば則ち入る。天地の精気、其の大数、常に三を出して一を入る。故に穀入らざること半日なれぱ則ち気衰う。一日なれば則ち気少なし」となる。

 経文中の「天地の精気」は『太素』に従い「天の精気」とするのが正しい。つまり、人の生存は地からの水穀(穀物)の摂取と、天の精気(空気)の呼吸によって支えられているとの考えである。

 呼吸については、上古天真論篇にも「精気を呼吸して、独立して神を守る」とあるように、〈形〉とは対象的な〈神〉を養うための重要な手段「調息」であった。『荘子』刻意篇に見える「吹呴呼吸。吐故納新。熊経鳥申」三句は、長生法として有名である。

ポイント

  • 第三は呼吸としての精気!

精気を損傷させるもの

 このように、親から受け継いだ〈先天の精気〉、食物から得た〈後天の精気=地の精気〉、そして呼吸することによる〈天の精気〉が人間の精気の全体を構成する。

 そして、五蔵に所蔵されるこの精気は絶え間ない損傷にさらされる。邪気と対立する(玉機真蔵論篇「邪気勝る者は、精気衰うるなり」、通評虚実論篇「邪気盛んなれは則ち実し、精気奪わるれば則ち虚す」)だけではない。自身の心と体の働き、食物を摂取すること自体によって、時間の経過とともに次第に損耗していき、様々な形で身体と心の在り方を損なうことにつながってい行くのである(疏五過論篇「精気竭絶すれば、形体毀沮す」)。

ポイント

  • 五臓に所蔵される精気は損傷にさらされている!

中国の研究グループが発表した刺絡療法の臨床結果

建部陽嗣

2020年11月、「世界鍼灸雑誌」に掲載された論文

 World Journal of Acupuncture – Moxibustion誌という雑誌を知っているだろうか?
「世界鍼灸雑誌」と訳されるこの雑誌は、世界鍼灸学会連合会(The World Federation of Acupuncture – Moxibustion Societies:WFAS)、中国中医科学院 鍼灸研究所(Institute of Acupuncture and Moxibustion, China Academy of Chinese Medical Sciences)中国鍼灸学会(China Association of Acupuncture and Moxibustion)が主催する、英語の学術雑誌である。医学・科学技術関係を中心とする世界最大規模の出版社であるエルゼビア(Elsevier B.V.)から刊行されている。

 2020年11月5日、この雑誌に大変興味深い論文が掲載された。安徽(あんき)中医薬大学第二附属病院リハビリテーション科のSunらによる「Observation on the effect difference in migraine treated with the combination of acupuncture and blood-letting therapy and medication with carbamazepine(鍼治療と刺絡療法の併用、カルバマゼピン投薬による片頭痛に対する効果の違いに関する観察)」と題された論文である。題名の通り、刺絡療法の効果を検証している[1]。

 カルバマゼピンは、テグレトールという商品名で有名な抗てんかん薬の一つである。神経の伝達を抑える作用を持つことから、痛みの情報が神経を伝わるのを抑えて痛みを和らげる効果を得ることができる。

 片頭痛は、日常生活に支障を呈する場合が多く、頻度が多いもののまだまだ見逃されているといわれている。日常生活に支障をきたすことも多く、虚血性心疾患や高血圧につながることもあるため、積極的な予防・治療が必要となる。さまざまな薬が予防・治療に一定の役割を果たすが、副作用の存在に注意を払わなければならない。

Sunらが用いた研究方法と診断

 Sunらの研究方法を見てみよう。

 近年、片頭痛に対して鍼灸が効果的であることが示された[2]。また、中国では、片頭痛に対する鍼灸アプローチ方法は、96%が鍼治療、77%が刺絡療法であるといわれている[3]。そのため、Sunらは片頭痛治療において、鍼治療と刺絡療法の組み合わせの効果を調査した。
 ①鍼治療+刺絡療法、②刺絡療法、③カルバマゼピンの3群に30人ずつ、計90人の片頭痛患者をリクルートした。片頭痛の診断は国際頭痛学会の診断基準に基づいて下された。中医学的な診断は、以下の5つのパターンに分けられた。

  1. 肝陽亢進による頭痛:頭と目の膨張性の痛み、神経過敏、熱気、口苦、紅い顔色、黄苔を伴う紅舌、弦脈、速脈
  2. 血虚による頭痛:頭の鈍い痛み、繰り返しの発作、顔色に光沢がない、動悸、薄白苔、糸のように細くて弱い脈
  3. 痰濁による頭痛:食欲不振、吐き気、嘔吐、胸部と心窩部の膨満感、白苔、ひもをぴんと張った脈
  4. 瘀血による頭痛:固定性、持続性、難治性の刺すような痛み、暗紫舌、薄白苔、糸状で躊躇的な脈
  5. 腎虚による頭痛:頭の痛みと空虚感、腰部と膝関節の痛みと脱力感、苔の少ない紅舌、糸状で弱い脈

 この研究に参加した患者の基準は、(1) 片頭痛の診断基準に準拠、(2) 1年以上の片頭痛歴、(3) 3カ月に少なくとも2~4回の発作、(4) 吐き気、嘔吐、光過敏などを伴う、(5) 神経学的検査、脳波、画像検査で異常なし、(6) 12~75歳、(7) 説明に基づく同意の7項目であった。

 一方、除外基準は、(1) 原発性疾患(心臓、肝臓、腎臓、造血系など)を有している、(2) 妊娠または授乳中の女性、(3) 精神状態の異常またはコミュニケーション困難、(4) 7日以内に片頭痛のために他の薬を服用した、(5) 関係する他の薬による臨床研究に参加の5項目であった。また、試験中断の基準は、(1) 患者自身による撤退とフォローアップの損失、(2) 感染症、出血性疾患、肝臓および腎臓の機能障害など、治療中に深刻な副作用または内部障害の発生の2項目とした。

鍼治療+刺絡療法による症状の変化

 鍼治療+刺絡療法の方法は以下のとおりである。

 鍼治療は、刺絡と吸い玉療法とを組み合わせて実施された。主要な経穴は、百会(GV20)、印堂(EX-HN3)、風池(GB20)、太陽(EX-HN5)、列欠(LU7)、太衝(LR3)であった。これら主要な経穴に鍼を刺入した。
 肝陽亢進タイプの患者には、丘墟(GB40)に瀉法(穏やかに刺入し、力強く持ち上げ、最初に深い層で操作し、次いで浅い層で操作する)を加えた。
 血虚タイプの患者には、気海(CV6)と足三里(ST36)に対して補法(力強く押して軽く持ち上げ、最初に浅い層を操作し、次に深い層を操作する)を行った。
 痰濁タイプの患者には、中脘(CV12)と豊隆(ST40)を加え、鍼で均一に刺激した。
 瘀血タイプの患者には、血海(SP10)と膈兪(BL17)に鍼刺激を均一に加えた。
 肝虚および腎虚タイプには、肝兪(BL18)と腎兪(BL23)とが加えられ、補法の手技で刺激を加えた。治療頻度は1日1回、12回だった。

 刺絡および吸い玉療法は、大椎(GV14)に対して施された。GV14を消毒後、事前にポピドンヨードで消毒した左手で局所の皮膚をつまむ。右手に三稜針を持ち、4~6回素早く刺入する。その後、局所で火を用いた吸い玉治療を行った。出血が止まったのち吸い玉を外し、局所を消毒した。
 患者には、感染を防ぐために、12時間は刺激部位を水につけないようにアドバイスした。刺絡治療は3日に1回の頻度で実施され、4回の治療で1コースとし、それを計2コース行った。
 西洋治療薬は、カルバマゼピン錠が処方され、1日2回、24日間服用した。

 Sunらは片頭痛に対する評価に関して、(1)発作頻度、(2)QOLへの影響、(3)持続時間、(4)随伴症状に関して点数化して比較した。すると、3群ともに治療前に比べて治療後で有意な改善がみられた。

 そのなかでも、鍼治療+刺絡療法群は、刺絡療法群、西洋医学群と比較して明らかに症状の改善が認められたのである。刺絡療法群と西洋医学群との間に差はみられず、効果の程度はほぼ同じであった(表1)。

表1 治療前後の片頭痛評価スコアの比較
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 また、痛みの程度に関してVASにて評価すると、この評価においても、3群ともに治療前に比べて治療後で有意な改善がみられた。そのなかでも、鍼治療+刺絡療法群は、刺絡療法群、西洋医学群と比較して明らかに症状の改善を認め、刺絡療法群と西洋医学群との間に差はみられなかった(表2)。

表2 治療前後の3群間のVASスコアの比較
acupopj_ronko_20201214_2

 治療効果に関しては、以下の公式を用いて評価した。
(治療前の片頭痛スコア ー 治療後の片頭痛スコア)/ 治療前の片頭痛スコア × 100
  完治:治療後に片頭痛発作がなく、1カ月以内に片頭痛発作が生じていない
  著効:合計スコア50%以上の減少
  効果あり:合計スコア21~50%の減少
  効果なし:合計スコア20%以下

 すると、鍼治療+刺絡療法群は、刺絡療法群、西洋医学群と比較して明らかに効果的であることが示され、刺絡療法群、西洋医学群との間には差はなかった(表3)。
 つまり、鍼治療+刺絡療法群は、刺絡療法群、西洋医学群よりも明らかに優れており、刺絡療法と薬物治療による効果の間には差がないことが示された。

表3 治療後の3群間における臨床治療効果の比較
acupopj_ronko_20201214_3

日本の鍼灸界は刺絡療法のスタンスを明確に

 いかがであっただろうか。
 鍼治療単独の群が設定されていないため、Sunらの論文で何を証明したかったのかは少々分かりにくい。刺絡療法は薬物療法と同程度の効果を持つが、鍼治療を加えるとその効果は非常に大きくなるということになる。少しできすぎた感じのするデータではあるが、何より中国では片頭痛治療に刺絡療法が浸透していることがこの論文からうかがえる。

また、ここまでしっかりとした臨床研究が実施されていることに筆者は正直驚いた。特に、今回の論文では詳しく刺絡の方法が記載されている。そのなかでも、消毒に関して徹底されている印象を持った。

 この消毒方法が適しているのか議論はあるものの、刺絡療法に関しては、通常の鍼治療や採血での消毒操作ではなく、腰痛穿刺レベルの消毒を実施されていることがうかがえる。伝統の技であっても、現代に即した衛生操作を取り入れなくてはならないことはいうまでもない。

 では、日本における刺絡療法を取り巻く環境はどうだろうか。
 1990年より日本刺絡学会が、刺絡鍼方の普及と発展のため、学術大会、講習会を精力的に開催している。一方で、全日本鍼灸学会では刺絡療法に関する発表ができない時期もあった。その後、刺絡療法検討委員会が学会内に設置され、2014年には、道具、刺絡部位の目標、出血量、消毒、安全性への配慮などを明記することを条件に発表が認められることになる。
 しかし、その後も当学会より刺絡療法に関する論文が出された記憶はない。ましてや、国際的な雑誌に刺絡療法の論文が出されるような状態にはないといえるだろう。

 わが国においても刺絡療法の効果を検証し、どのような道具・手技を使い、衛生操作をするべきなのか幅広く議論する必要がある。その結果として、今一度、刺絡療法に対して鍼灸界がどのようなスタンスをとるのか、しっかりとしたコンセンサスを打ち出すべきなのではないだろうか。

【参考文献】
1)Sun X, Sun S et al. Observation on the effect difference in migraine treated with the combination of acupuncture and blood-letting therapy and medication with carbamazepine. World Journal of Acupuncture – Moxibustion. In Press.  https://doi.org/10.1016/j.wjam.2020.10.008

2)Sun P, Li Y. Effect of acupuncture therapy based on multiple-needle shallow needling at Ashi point on cephalagra with syndrome of qi and blood defi- ciency. J Clin Acupunct Moxibust 2016;32(6):49–51.
3)Hu J, Wang XY et al. Transformation of the do- mestic standard (Guideline for Clinical Practice of Acupuncture-Moxibustion: migraine) to international standard: in the perspective of the differences in clinical questions. Chin Acupunct Moxibust 2020.