中国の研究グループが発表した刺絡療法の臨床結果

建部陽嗣

2020年11月、「世界鍼灸雑誌」に掲載された論文

 World Journal of Acupuncture – Moxibustion誌という雑誌を知っているだろうか?
「世界鍼灸雑誌」と訳されるこの雑誌は、世界鍼灸学会連合会(The World Federation of Acupuncture – Moxibustion Societies:WFAS)、中国中医科学院 鍼灸研究所(Institute of Acupuncture and Moxibustion, China Academy of Chinese Medical Sciences)中国鍼灸学会(China Association of Acupuncture and Moxibustion)が主催する、英語の学術雑誌である。医学・科学技術関係を中心とする世界最大規模の出版社であるエルゼビア(Elsevier B.V.)から刊行されている。

 2020年11月5日、この雑誌に大変興味深い論文が掲載された。安徽(あんき)中医薬大学第二附属病院リハビリテーション科のSunらによる「Observation on the effect difference in migraine treated with the combination of acupuncture and blood-letting therapy and medication with carbamazepine(鍼治療と刺絡療法の併用、カルバマゼピン投薬による片頭痛に対する効果の違いに関する観察)」と題された論文である。題名の通り、刺絡療法の効果を検証している[1]。

 カルバマゼピンは、テグレトールという商品名で有名な抗てんかん薬の一つである。神経の伝達を抑える作用を持つことから、痛みの情報が神経を伝わるのを抑えて痛みを和らげる効果を得ることができる。

 片頭痛は、日常生活に支障を呈する場合が多く、頻度が多いもののまだまだ見逃されているといわれている。日常生活に支障をきたすことも多く、虚血性心疾患や高血圧につながることもあるため、積極的な予防・治療が必要となる。さまざまな薬が予防・治療に一定の役割を果たすが、副作用の存在に注意を払わなければならない。

Sunらが用いた研究方法と診断

 Sunらの研究方法を見てみよう。

 近年、片頭痛に対して鍼灸が効果的であることが示された[2]。また、中国では、片頭痛に対する鍼灸アプローチ方法は、96%が鍼治療、77%が刺絡療法であるといわれている[3]。そのため、Sunらは片頭痛治療において、鍼治療と刺絡療法の組み合わせの効果を調査した。
 ①鍼治療+刺絡療法、②刺絡療法、③カルバマゼピンの3群に30人ずつ、計90人の片頭痛患者をリクルートした。片頭痛の診断は国際頭痛学会の診断基準に基づいて下された。中医学的な診断は、以下の5つのパターンに分けられた。

  1. 肝陽亢進による頭痛:頭と目の膨張性の痛み、神経過敏、熱気、口苦、紅い顔色、黄苔を伴う紅舌、弦脈、速脈
  2. 血虚による頭痛:頭の鈍い痛み、繰り返しの発作、顔色に光沢がない、動悸、薄白苔、糸のように細くて弱い脈
  3. 痰濁による頭痛:食欲不振、吐き気、嘔吐、胸部と心窩部の膨満感、白苔、ひもをぴんと張った脈
  4. 瘀血による頭痛:固定性、持続性、難治性の刺すような痛み、暗紫舌、薄白苔、糸状で躊躇的な脈
  5. 腎虚による頭痛:頭の痛みと空虚感、腰部と膝関節の痛みと脱力感、苔の少ない紅舌、糸状で弱い脈

 この研究に参加した患者の基準は、(1) 片頭痛の診断基準に準拠、(2) 1年以上の片頭痛歴、(3) 3カ月に少なくとも2~4回の発作、(4) 吐き気、嘔吐、光過敏などを伴う、(5) 神経学的検査、脳波、画像検査で異常なし、(6) 12~75歳、(7) 説明に基づく同意の7項目であった。

 一方、除外基準は、(1) 原発性疾患(心臓、肝臓、腎臓、造血系など)を有している、(2) 妊娠または授乳中の女性、(3) 精神状態の異常またはコミュニケーション困難、(4) 7日以内に片頭痛のために他の薬を服用した、(5) 関係する他の薬による臨床研究に参加の5項目であった。また、試験中断の基準は、(1) 患者自身による撤退とフォローアップの損失、(2) 感染症、出血性疾患、肝臓および腎臓の機能障害など、治療中に深刻な副作用または内部障害の発生の2項目とした。

鍼治療+刺絡療法による症状の変化

 鍼治療+刺絡療法の方法は以下のとおりである。

 鍼治療は、刺絡と吸い玉療法とを組み合わせて実施された。主要な経穴は、百会(GV20)、印堂(EX-HN3)、風池(GB20)、太陽(EX-HN5)、列欠(LU7)、太衝(LR3)であった。これら主要な経穴に鍼を刺入した。
 肝陽亢進タイプの患者には、丘墟(GB40)に瀉法(穏やかに刺入し、力強く持ち上げ、最初に深い層で操作し、次いで浅い層で操作する)を加えた。
 血虚タイプの患者には、気海(CV6)と足三里(ST36)に対して補法(力強く押して軽く持ち上げ、最初に浅い層を操作し、次に深い層を操作する)を行った。
 痰濁タイプの患者には、中脘(CV12)と豊隆(ST40)を加え、鍼で均一に刺激した。
 瘀血タイプの患者には、血海(SP10)と膈兪(BL17)に鍼刺激を均一に加えた。
 肝虚および腎虚タイプには、肝兪(BL18)と腎兪(BL23)とが加えられ、補法の手技で刺激を加えた。治療頻度は1日1回、12回だった。

 刺絡および吸い玉療法は、大椎(GV14)に対して施された。GV14を消毒後、事前にポピドンヨードで消毒した左手で局所の皮膚をつまむ。右手に三稜針を持ち、4~6回素早く刺入する。その後、局所で火を用いた吸い玉治療を行った。出血が止まったのち吸い玉を外し、局所を消毒した。
 患者には、感染を防ぐために、12時間は刺激部位を水につけないようにアドバイスした。刺絡治療は3日に1回の頻度で実施され、4回の治療で1コースとし、それを計2コース行った。
 西洋治療薬は、カルバマゼピン錠が処方され、1日2回、24日間服用した。

 Sunらは片頭痛に対する評価に関して、(1)発作頻度、(2)QOLへの影響、(3)持続時間、(4)随伴症状に関して点数化して比較した。すると、3群ともに治療前に比べて治療後で有意な改善がみられた。

 そのなかでも、鍼治療+刺絡療法群は、刺絡療法群、西洋医学群と比較して明らかに症状の改善が認められたのである。刺絡療法群と西洋医学群との間に差はみられず、効果の程度はほぼ同じであった(表1)。

表1 治療前後の片頭痛評価スコアの比較
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 また、痛みの程度に関してVASにて評価すると、この評価においても、3群ともに治療前に比べて治療後で有意な改善がみられた。そのなかでも、鍼治療+刺絡療法群は、刺絡療法群、西洋医学群と比較して明らかに症状の改善を認め、刺絡療法群と西洋医学群との間に差はみられなかった(表2)。

表2 治療前後の3群間のVASスコアの比較
acupopj_ronko_20201214_2

 治療効果に関しては、以下の公式を用いて評価した。
(治療前の片頭痛スコア ー 治療後の片頭痛スコア)/ 治療前の片頭痛スコア × 100
  完治:治療後に片頭痛発作がなく、1カ月以内に片頭痛発作が生じていない
  著効:合計スコア50%以上の減少
  効果あり:合計スコア21~50%の減少
  効果なし:合計スコア20%以下

 すると、鍼治療+刺絡療法群は、刺絡療法群、西洋医学群と比較して明らかに効果的であることが示され、刺絡療法群、西洋医学群との間には差はなかった(表3)。
 つまり、鍼治療+刺絡療法群は、刺絡療法群、西洋医学群よりも明らかに優れており、刺絡療法と薬物治療による効果の間には差がないことが示された。

表3 治療後の3群間における臨床治療効果の比較
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日本の鍼灸界は刺絡療法のスタンスを明確に

 いかがであっただろうか。
 鍼治療単独の群が設定されていないため、Sunらの論文で何を証明したかったのかは少々分かりにくい。刺絡療法は薬物療法と同程度の効果を持つが、鍼治療を加えるとその効果は非常に大きくなるということになる。少しできすぎた感じのするデータではあるが、何より中国では片頭痛治療に刺絡療法が浸透していることがこの論文からうかがえる。

また、ここまでしっかりとした臨床研究が実施されていることに筆者は正直驚いた。特に、今回の論文では詳しく刺絡の方法が記載されている。そのなかでも、消毒に関して徹底されている印象を持った。

 この消毒方法が適しているのか議論はあるものの、刺絡療法に関しては、通常の鍼治療や採血での消毒操作ではなく、腰痛穿刺レベルの消毒を実施されていることがうかがえる。伝統の技であっても、現代に即した衛生操作を取り入れなくてはならないことはいうまでもない。

 では、日本における刺絡療法を取り巻く環境はどうだろうか。
 1990年より日本刺絡学会が、刺絡鍼方の普及と発展のため、学術大会、講習会を精力的に開催している。一方で、全日本鍼灸学会では刺絡療法に関する発表ができない時期もあった。その後、刺絡療法検討委員会が学会内に設置され、2014年には、道具、刺絡部位の目標、出血量、消毒、安全性への配慮などを明記することを条件に発表が認められることになる。
 しかし、その後も当学会より刺絡療法に関する論文が出された記憶はない。ましてや、国際的な雑誌に刺絡療法の論文が出されるような状態にはないといえるだろう。

 わが国においても刺絡療法の効果を検証し、どのような道具・手技を使い、衛生操作をするべきなのか幅広く議論する必要がある。その結果として、今一度、刺絡療法に対して鍼灸界がどのようなスタンスをとるのか、しっかりとしたコンセンサスを打ち出すべきなのではないだろうか。

【参考文献】
1)Sun X, Sun S et al. Observation on the effect difference in migraine treated with the combination of acupuncture and blood-letting therapy and medication with carbamazepine. World Journal of Acupuncture – Moxibustion. In Press.  https://doi.org/10.1016/j.wjam.2020.10.008

2)Sun P, Li Y. Effect of acupuncture therapy based on multiple-needle shallow needling at Ashi point on cephalagra with syndrome of qi and blood defi- ciency. J Clin Acupunct Moxibust 2016;32(6):49–51.
3)Hu J, Wang XY et al. Transformation of the do- mestic standard (Guideline for Clinical Practice of Acupuncture-Moxibustion: migraine) to international standard: in the perspective of the differences in clinical questions. Chin Acupunct Moxibust 2020.

2020年12月17日 コメントは受け付けていません。 鍼灸論考