浅刺鍼での脳機能の変化と鎮痛作用が証明された

建部陽嗣

 2021年12月、上海中医薬大学のXiangらによって慢性腰痛患者への鍼治療に関する新たな論文が発表された。「Frequency-Specific Blood Oxygen Level Dependent Oscillations Associated With Pain Relief From Ankle Acupuncture in Patients With Chronic Low Back Pain.(慢性腰痛患者の足首への鍼治療による疼痛緩和と周波数特異的な血中酸素濃度依存性振動との関係)」と名付けられたその論文(https://doi.org/10.3389/fnins.2021.786490)では[1]、鍼治療によって、安静時の磁気共鳴画像(rs-fMRI)の血中酸素濃度依存性(BOLD)変化を周波数ごとに行うことで、慢性腰痛患者に対する鍼治療の生理学的寄与を調査したのである。

慢性的な痛みで脳内ネットワークに異常発生

 鍼灸治療は、頭痛、首・肩の痛み、膝痛、腰痛など、急性および慢性の痛みに対する効果的な治療法であることはいうまでもない。このメカニズムを解明するために、これまで数多くの動物実験も行われてきた。よく使用される経穴への鍼治療に関する機能的磁気共鳴画像(fMRI)研究では、前頭前野、大脳辺縁系、傍辺縁系、皮質下灰白質、小脳など、鎮痛に関連する多くの脳領域で有意な機能的な反応が示されている[2]。

 ただ、脳には、何もしない安静時にのみ、活動が活発になる脳の領域が複数存在する。これらの領域はさまざまな認知課題において比較的共通した活動のパターンを示すことから、ネットワークを形成していると考えられている。このネットワークをデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼び、内側前頭前野、後帯状皮質、楔前部、下部頭頂葉、外側側頭葉、海馬体などから構成される。つまり、どんなに安静にしていても、脳のこれらの部位ではエネルギーが大量に消費される。

 慢性的に痛みを抱えている患者では、このDMNが正常から逸脱していることがわかっている。また、慢性疼痛患者は内側前頭前野のDMNとの接続性の低下や、痛みの強さに比例してDMNと島皮質との接続性が増加することなどもわかっている。

 安静時fMRI(rs-MRI)を用いた機能的ネットワークの解析では、安静時における血中酸素濃度依存性(BOLD)信号を使用する。このBOLD信号には、周波数特異的なものがあることが知られている。生理学的および病理学的観点から、それぞれの異なる周波数帯が脳のネットワーク統合に独自に寄与している[3]。0.01〜0.25Hzの振動は、norm-1(0.01〜0.1Hz)、norm-2(0.01〜0.08Hz)、slow-5(0.01〜0.027Hz)、slow-4(0.027〜0.073Hz)、slow-3(0.073〜0.198Hz)、slow-2(0.198〜0.25Hz)に分けることができ、周波数ごとに異なる生理学的変化を意味すると考えられている[4]。

Xiangらが用いた「腕踝鍼」は得気が発生しない?

 Xiangらの研究では、「腕踝鍼」と呼ばれる鍼治療方法を採用している。腕踝鍼は、手首や足首の特定の部位1カ所に鍼を刺入し、全身の治療を行う。 Xiangらは、12カ所ある治療点の中から、左下5番と呼ばれる部位に鍼治療を実施した。正確な位置は外果から指幅3本分ほど上で、腓骨と隣接する腱の後縁付近である。患者を仰向けに寝かせ、消毒後、鍼を皮膚面から約30°の角度で刺入する。その後、水平方向に角度を変え、膝の方向に向かって約35mm鍼を刺入しテープで固定する。つまりは足首から膝に向かって横刺をしている。

 なぜ、Xiangらはこの鍼刺激方法を選択したかというと、得気が発生しないからだというのだ。鍼鎮痛に関連する脳の反応を調査するうえで、得気を伴う鍼刺入による刺激との交絡を除外することで、鍼刺激そのものの変化を捉えようとしたのである。刺入が浅く、得気をあまり重要視しない日本の鍼灸治療に近い研究ともいえる。

 患者は、(1)18歳から65歳までの右利きの成人で、性別は問わない。(2)6カ月以上の腰痛の既往があること。(3)視覚的アナログスケール(VAS、0-10)で評価した初期の自己申告の痛みの強さが4点以上であること。(4)同意書および臨床評価アンケートを理解し、補助なしで記入できること、の4条件を満たしたものとした。また、同時に健常者でも脳活動を計測している。

 鍼治療と偽鍼治療(鍼を皮膚に軽く当て、皮膚を貫通させずに5秒間保持)をランダムに交互に受け、その鍼治療間にfMRIを撮像するのである(図1)。休憩の間、被験者は静かに横になり、目を閉じて起きているように指示された。

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図1 fMRI撮像スケジュール

 鍼治療もしくは偽鍼治療(接触鍼)の直後に、各被験者の現在の痛みの強さを評価するために VASにて評価した。VASは10cmの水平線で構成されており、左の「0」は痛みがないことを示し、右の「10」は想像しうる最も激しい痛みを示す。参加者は、現在経験している痛みの強さに応じて線上に「×」を付けるように指示された。0 からマークまでの長さ(cm)を痛みのスコアとして記録した。

すべての周波数帯の低周波摂動振幅が変化した

 浙江省中西医結合医院にて、52人の参加者(慢性腰痛患者27人、健常ボランティア25人)が登録された。3人がMRI撮像に耐えられず、2人が閉所恐怖症のため、3人が過度の恐怖のために脱落した。また、1人の被験者は潜在的な神経障害の疑いで除外され、3人の参加者が自主的に辞退した。最終的に40人の患者(慢性腰痛群:20人、健常者群:20人)が、すべての評価と撮像を終えた。また、撮像中に頭部が激しく動いたため、患者群1人、健常者群1人を除外した。そのため、19人の患者(男性12人)と19人の健常者(男性11人)のデータが解析対象となった。

 参加者全員が、鍼治療中に明らかな得気の感覚はないと答えた。患者群における腰痛罹病期間は9.0±7.7年だった。
 慢性腰痛患者の痛みのVAS値は、鍼治療後では3.50±2.23、偽鍼治療(接触鍼)後では5.64±1.98と、有意な差を認めた。健常者群ではVAS値はどの時点でも1点以下であり、治療間での差はなかった。

 fMRI画像に関して、偽鍼治療と比較して、鍼治療刺激でいくつかの脳領域で有意な差が認められた。すべての周波数帯の低周波摂動振幅(ALFF)は内側前頭前野で増加し、小脳、後帯状皮質、海馬傍回で減少した。slow-5帯を除くすべての周波数帯では、右島皮質のALFFが減少した。norm-2帯とslow-5帯以外では、右上側頭回でALFFが増加した。norm-2帯、slow-3帯、slow-2帯内のALFFは、右の中心前回、中心後回、扁桃体で減少した。slow-2帯のALFFは、左島皮質、扁桃体、腹前野で減少した。

 上記のALFF値と鍼治療後のVAS痛みの強さのスコアとの間に有意な関連性が見られた。具体的には、小脳のslow-5周波数帯のALFFは、鍼治療後のVASスコアと有意に正の相関が認められた(r = 0.65, P = 0.003)。また、小脳のslow-3周波数帯のALFFも、鍼治療後のVASスコアと正の相関を示した(r = 0.48, P = 0.04)。逆に、右島のnorm-2(r = -0.48, P = 0.04)とslow-4(r = -0.48, P = 0.04)周波数帯のALFFは、鍼治療後のVASスコアの変化と負の相関を示した。

小脳と島皮質に見られた明らかな変調

 いかがであっただろうか。まとめると、まず、得気を伴わない皮下への鍼刺激でも鎮痛効果を示した。0.01~0.25Hzの周波数帯におけるALFFは、患者および健常者ともに、DMN内で一貫して変調していた(内側前頭前野では増加し、小脳、後帯状皮質、海馬傍回では減少)。また、両側の島皮質におけるALFFの減少は、周波数特異的な変調を示し、患者が経験する痛みの強さは、右島皮質と小脳の特定の周波数帯における反応と密接に関係した。

 DMNにおける、鍼治療による脳機能の変調パターンはとても似ていた。それだけでなく、健常者でも慢性腰痛患者でも、0.01~0.25Hzの各周波数帯内のDMN振動の反応に一貫性があることが示された。つまりは、得気を伴わない皮下への浅い刺入刺激でも、健常者だけでなく慢性疼痛患者のDMN機能を調節することができるのである。

 特に、小脳と島皮質において、浅い刺入による鍼鎮痛と関係する、周波数特異的な静止状態の脳活動が見られた。

 島皮質は、本人が物理的な痛みを感じていない状態でも、親密な人が痛みを感じている場面を見るだけで活動する。いわゆる心理的な痛みに対して島皮質が関与するのだ。現在では、島皮質は内臓を含む身体内部の状態をモニターし、異変が生じたときに、それを意識化させる機能を持つと想定されている。つまり、身体のちょっとした変化や、自己の痛みと他者の痛みを同一視する傾向が、痛みとDMNとの関連を強めていると考えられるのである。

 一方、小脳は、一般的に運動処理に関わる脳領域と考えられている。最近では、小脳は非運動機能、さらには記憶、連想学習、運動制御などの多くの統合機能にも関与していることが示唆されている。特に、他のfMRI研究では、侵害受容処理中に小脳の活性化が認められた[5]。鍼灸刺激に関わるC線維の侵害受容器は、苔状線維(海馬CA3野および歯状回門に投射する歯状回顆粒細胞の軸索)を介して小脳のプルキンエ細胞に到達すると考えられている。つまり、鍼鎮痛の過程で小脳活動を変調させることが考えられるのである。

浅い刺入鍼は機能性身体症候群の改善にも使える

 現在のヒトの痛みの概念は、侵害刺激の知覚、痛みの情動的特徴、認知的要素を含む多次元的なものである。鍼鎮痛に関連する小脳の機能的役割としては、感情、認知、運動制御などが想定される。

 慢性腰痛の他に、過敏性腸症候群、緊張型頭痛、顎関節症、月経前症候群、線維筋痛症、慢性疲労症候群、化学物質過敏症といった、患者が持続的な身体症状を訴えているが、医学的検査を行ってもその症状を説明するだけの器質的、機能的所見が得られない病態を機能性身体症候群(functional somatic syndrome:FSS)と呼ぶ。これらの疾患に対して、鍼灸治療が広く適用されている。これらの状態は、非常に高い順応性を持つ脳でさえも、現代社会の環境に適応できなくなり、その機能が破たんしてしまった結果生じている状態といえる。そんな脳機能を、鍼灸治療は修正する力を秘めているのかもしれない。

【参考文献】
1. Xiang A, Chen M et al. Frequency-Specific Blood Oxygen Level Dependent Oscillations Associated With Pain Relief From Ankle Acupuncture in Patients With Chronic Low Back Pain. Front Neurosci 2021;15:786490. doi: 10.3389/fnins.2021.786490. https://doi.org/10.3389/fnins.2021.786490
2. Wang X, Chan ST et al. Neural encoding of acupuncture needling sensations: evidence from a FMRI study. Evid. Based Complement. Alternat. Med. 2013;2013:483105. doi: 10.1155/2013/483105
3. Hipp JF and Siegel M. BOLD fMRI correlation reflects frequencyspecific neuronal correlation. Curr. Biol. 2015;25:1368–74. doi: 10.1016/j.cub.2015.03.049
4. Yan Y, Qian T et al. Human cortical networking by probabilistic and frequency-specific coupling. Neuroimage. 2020;207:116363. doi: 10.1016/j.neuroimage.2019.116363.
5. Borsook D, Moulton EA et al. Human cerebellar responses to brush and heat stimuli in healthy and neuropathic pain subjects. Cerebellum. 2008;7(3):252-72. doi: 10.1007/s12311-008-0011-6.

鍼灸に関する質問 鍼灸の期待・経絡秘孔・やけど -「東洋療法雑学事典」より

東洋療法学校協会の公式サイトの「東洋療法雑学事典」をご紹介させていただきます。
今回は次のテーマについてです。

Q:鍼灸院に通うとどのような事が期待できますか?
Q:経絡秘孔(けいらくひこう)ってあるのですか?
Q:お灸するとヤケドができますか?
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鍼灸

コロナ後遺症の味覚嗅覚症状に鍼灸治療の可能性 - アメリカ

「COVID-19後遺症に苦しむ人は長引く症状の改善のために鍼治療に目を向けます」という記事が、アメリカの「ニュースチャンネル5」公式サイトに掲載されています。(NewsChannel5 2022.2.17) 「コロナ後遺症の味覚嗅覚症状に鍼灸治療の可能性 - アメリカ」の続きを読む…

鍼灸に関する質問 鍼灸治療・スポーツ前は -「東洋療法雑学事典」より

東洋療法学校協会の公式サイトの「東洋療法雑学事典」をご紹介させていただきます。
今回は次のテーマについてです。

Q:鍼灸院では、どこでも同じような治療をするのですか?
Q:お灸は自分でやってもいいのですか?
Q:スポーツの前に鍼灸治療を行ってもいいですか?
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鍼灸

鍼灸論考 「鍼灸病証学」 第9回を公開 (鍼灸師向け)

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鍼灸論考の「鍼灸病証学」第9回連載記事を公開しました。

・〈表裏〉関係とは〈病いの深さ〉の認識の一部である

詳しくは「鍼灸論考」のページをご参照ください。

◆鍼灸論考 – AcuPOPJ「鍼灸net」連載企画
https://shinkyu-net.jp/ronkou

※今回の連載記事への直接リンクはこちらです。→ 〈表裏〉関係とは〈病いの深さ〉の認識の一部である

 
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〈表裏〉関係とは〈病いの深さ〉の認識の一部である

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篠原孝市

 前回、私は、〈蔵〉と〈府〉が〈表裏〉という〈陰陽の関係〉にあること、その表裏関係は経脈にも見られると述べた。そして、この〈表裏〉という関係が意味するものは、〈蔵(陰経)〉から〈府(陽経)〉へ、〈府(陽経)〉から〈蔵(陰経)〉への病いの伝変(転換)を説明するための装置の一つであるとした。

 付け加えておかなくてはならないが、この〈蔵(陰経)〉と〈府(陽経)〉の〈表裏〉関係は、実は中国医学で認識されている〈病いの深さ〉という認識全体の一部をなすものである。以下、〈表裏〉についての補足として、説明する。

〈病い〉の〈深さ〉〈原因〉〈病態〉

 私たちが臨床の場で出会う症例は、その主訴が肩こりや腰痛などの症状であれ、現代医学的な病名のつくものであれ、その診察の直接の対象となるものは、患者が表すさまざまな所見(症状、脈状など)である。

 中国医学的立場では、それらのさまざまな所見を直接診察の対象としない。また多くの場合、施術の対象とすることはない。所見とは、〈病い〉の〈所在〉〈深さ〉〈病因〉〈病態〉からなる病態像構築のための素材であって、それがなければ、中国医学的な施術は実現しない。ここで所在、深さ、病因といった言葉が〈〉でくくられているのは、それらが〈気の在り方〉という独特の基準によって見いだされたものだからである。

 中国医学では、実際の身体とそこに現れている症状から病態像を構築する場合、〈気〉を指標として判断する。だから、〈病い〉の〈所在〉も、〈病い〉の〈深さ〉も、実際の身体における部位や深さではなく、〈気としての部位〉〈気としての深さ〉によって判定する。ちなみに、中国医学では、〈病い〉の〈所在〉は、〈病い〉の〈深さ〉と重なっている。

ポイント

  • 中国医学では、病態把握は所見ではなく〈気の在り方〉を指標とする!

〈深浅〉の指標となるもの

 〈深さ〉を考えるには、指標がなくてはならない。中国医学では、〈深さ〉を、まず陰陽の観点から二分する。

 浅い部分は、五蔵に対応するところの「皮」「脈」「肉」「筋」「骨」の五つで構成されている。これら五つは、実際の身体の組織である皮膚や血管、筋肉や骨から作り出された深さを示す概念であって、実際の皮膚や骨などの概念を引きずっている。しかし、それは皮膚や骨ではなく、〈浅い部分の気〉なのである。もしこの説明が難解と感じられるならば、身体表層のイメージと考えてもらってもよい。

 深い部分とは、〈蔵〉〈府〉〈経脈〉のことである。この中にも段階かあって、〈経脈〉は浅く、〈蔵〉〈府〉は深い。〈経脈〉も陰経は深く、陽経は浅い。〈蔵〉〈府〉の深浅はいうまでもない。重要なことは、これらもまたすべて〈気〉としての深浅、すなわち身体の深層のイメージなのであって、間違っても、実際の深さと混同してはならない。さらに注意しておかなくてはならないことは、この〈病い〉の深浅は、〈病因〉〈病態〉と深く関わりがあるということである。

ポイント

  • 〈病いの深浅〉はイメージの深層浅層!
  • 〈病いの深浅〉は実際の身体の深層浅層ではない!
  • 〈病いの深浅〉は〈病因〉〈病態〉と深く関わっている!

〈病い〉の深浅と症状の軽重の関係

 ところが厄介なことに、浅い部分の〈病い〉といっても、それは症状というレベルでは、経脈や蔵府の深い部分の〈病い〉とは区別できない。

 「肩こりや腰痛なら鍼灸でもやっておけばよい」という医師や一般人がいる一方、「私の治療院では、肩こりや腰痛などの患者ばかりで、重い症状の患者は来ない」という鍼灸師がいる。それは、肩こりや腰痛といえば、軽微な症状にすぎないと思い込んでいるからである。しかし、それらの中には、いくら施術を繰り返しても治らないもの、時に重篤な病気に転じるものが含まれていることは、少し臨床をやればすぐにわかることである。その判断の指標となるものが、〈病いの深さ〉という考え方である。

 注意しておかなくてはならないが、〈病いの深さ〉はそれがどんなものであっても、多くの場合、頭痛、肩こり、腰痛、軽い食欲不振などのありふれた症状としてしか現れない。また〈病いの深さ〉というものは、症状の激しさとは必ずしも関係がない。ぎっくり腰で動くこともできない状態であっても、それが本当に重い病状かどうかはわからない。

 浅い部分の〈病い〉と判断できるのは、そのまま放置しておいても数日以内に症状が消えてしまって再び繰り返さない場合と、症状のある部位への施術や、特効穴治療によって簡単に治癒してしまう場合である。特定の手技やテクニックによってすぐに症状が寛解するものもこの部類に入る。つまり経過観察と対症療法によって解決ができるものであり、以後再発しないものである。その症状が劇烈であってもなくても、誰が施術しても、どんな施術をしても、その場で、あるいはそのうち治ってしまうような部類のものなのであるが、これは、しばしば鍼灸師に「自分の腕が上がった」と錯覚させ、道を誤らせることになる。

 たとえば片手で重い書籍を掴んでいるうちに、前腕に激しい痛みが生じたとする。この場合、前腕に散鍼すれば、痛みがすぐに消えてしまう場合がある。打撲による腰痛や膝痛の場合にもそういうことが少なくない。しかし、原因がわずかのことであっても、「痛みがすぐ消える」となぜ言い切れないかといえば、それはその症状を起こした患者の、〈病いの深さ〉次第だからである。簡単な原因によって起こる病態は、必ずしも簡単な病態とは限らない。

 肩こり、眩暈、腰痛、五十肩、捻挫など、日常的によく見ることがある症状であっても、症状が軽いからといって簡単に治癒しない場合や、よくなってもすぐにまた症状がぶり返す場合が少なくないのは、そのためである。特に厄介なものは、軽い症状がいつまでも続く場合である。

 浅い部分の〈病い〉ではない場合、初めて経脈や蔵府を考慮した見方が必要となってくる。蔵府経脈の分野の〈病い〉について、日本近代以降、初めて、本格的に臨床で問題としたのは、1941年以降に創成された経絡治療である。

ポイント

  • 〈病いの深さ〉はありふれた症状として現れる!
  • 肩こりや腰痛は〈浅い〉〈軽い〉という思い込みをなくそう!
  • 浅い部分の〈病い〉は経過観察と対症療法で解決ができる!
  • 軽い症状に含まれる重篤な病気の判断の指標が〈病いの深さ〉!

経絡治療における深浅の認識

 経絡治療では、まず病態を、浅い部分のそれと、〈蔵〉〈府〉〈経脈〉レベルのものに分別した。経絡治療の創始者の一人である井上恵理は、それを〈蔵病〉〈経病〉と名付けて分別している(『名人たちの経絡治療座談会』4の3)。この命名が適切か否かはさておき、病態を二分したその指摘は、臨床的に甚だ的確である。経絡治療が成立することによって、日本近代の鍼灸臨床は、初めて意識的に〈病いの深さ〉という問題に対処するようになった。

 経絡治療が〈蔵〉〈府〉〈経脈〉をどのように構造化したかについて、ごく簡単に概括しておく。経絡治療こそ、わが国において初めて、〈蔵〉〈府〉〈経脈〉の〈表裏〉という概念を援用することによって〈病い〉の解析を行った現代鍼灸だからである。

 経絡治療が、病態認識(証)の内容を〈十二経脈の虚実〉としたことは、周知の通りである。しかし、その方法は、十二本の〈経脈〉から虚あるいは実と見なす一本の〈経脈〉を見いだすというようなものではなかった。

 経絡治療では最初から、〈経脈〉の虚実(証)を有機的、構造的なものと考えた。それは中国医学の古典を読み込んだ結果なのか、そうした問題意識が中国医学の古典、たとえば『難経』六十九難や七十五難などを引き寄せたのかはわからない。いずれにしても、六十九難や七十五難などの関係の論理は、『素問』『霊枢』に見える〈蔵府経脈〉の表裏の論理とともに、診察と選経選穴に一定の方向性を与え、施術とその効果判定が無秩序になるのを防ぐために、不可欠だったのである。

ポイント

  • 深い〈病い〉は経脈や蔵府を考慮した見方が必要!
  • 深い〈病い〉を臨床で問題としたのが経絡治療!
  • 経絡治療は〈表裏〉の概念を援用して〈病い〉を解析した現代鍼灸!
  • 六十九難や七十五難などの関係の論理は秩序立てに不可欠だった!

経絡治療の病態認識における〈表裏〉と〈五行〉の援用

 経絡治療の病態認識(証)における〈表裏〉と〈五行〉の援用は次のような手続きで行われた。

 ①まず『霊枢』経脈篇にならって〈蔵〉〈府〉と〈十二経脈〉を一対一に関係づける。つまり〈蔵〉〈府〉と〈十二経脈〉を別のものとせず、〈蔵府経脈〉と見なすということである。経絡治療では、〈蔵〉と〈陰経〉、〈府〉と〈陽経〉は大略同義である。その理由は、『素問』『霊枢』、特に現在の〈経脈〉についての考え方の基本となっている『霊枢』経脈篇や、それを継承した十二経脈理論(唐代の『明堂』、元末の『十四経発揮』など)の中で、〈蔵府〉と〈経脈〉が一対一の関係で結びつけられていることによる。
 もちろん、一方では、〈蔵府〉と〈経脈〉には、その出自に違いがあること、また〈蔵府〉と〈経脈〉には、その出自においても(たとえば〈経脈〉には、〈五蔵〉のいわゆる色体表的要素はない)、また〈病い〉が生じた場合の、その〈深さ〉に違いがあるとの認識があった。しかし、基本的に同義と考えたからこそ、〈手少陰心経の虚証は採らない〉〈足少陰腎経の実証も採らない〉という〈経脈〉レベルでは決して出てこない、〈五蔵〉レベルの治療法則が出てきたのである。誤解を恐れずにいえば、〈蔵府〉は深いところにある〈経脈〉であり、〈経脈〉は浅いところにある〈蔵府〉なのであった。

 ②既に述べたように、〈蔵府〉と〈経脈〉の間には一体であるという側面と、異なる面がある。しかし、本連載第4回で述べたように、〈蔵府〉、特に〈蔵〉は「生命の根源としての精気」と結びつけて認識されている。そして本連載第5回で述べたように、この〈精気〉は時間とともに、あるいは内外傷によって、常に虚していく過程にある。
 また「内傷がなければ外邪は入らない」という考え方があるように、あらゆる〈病い〉はそれがどんなものであれ、根底に〈蔵府〉の虚があると考えたのである。それは日常の鍼灸臨床で扱う〈病い〉の在り方にも合致するものであった。そこで、すべての〈病い〉の基本を、〈蔵〉〈府〉の虚、特に〈五蔵〉の虚(陰虚)におくこととしたのである。五蔵の虚レベルの〈病い〉とする判定は、睡眠・食事・大小便、月経などの変化の有無を指標とする。

 ③鍼灸の治療というものは、それが一穴に対する施術であれ、それがどんなよい結果と悪い結果は引き起こすのかは、なかなか測りがたいものである。たとえば肩こりという主訴はとれたのに、逆に頭が重くなったなどといった場合に、それをどう考えればよいのかということは、なかなか難問である。現実の鍼灸では「ある穴に施術したら、かくかくしかじかの効果があった」といった単純な話にはならないのである。
 このことは〈蔵府経脈〉を運用しようとした古代中国においても、1940年代の日本の経絡治療においても同様であった。足の太陰脾経が虚していると判断して、脾経を補ったら食欲不振は少し軽くなったような気がするが、両足がとてもだるくなった等々、刺鍼や施灸によって全身に何が起こるかはなかなか測りがたい。一つの〈経脈〉への施術は、当然、〈経脈〉全部を動かすからである。それは「経験を積めば、わかってくる」といったような簡単なものでない。そこで、〈蔵府経脈〉の一見無秩序な反応に対応するため、古典に書かれている枠組である〈表裏〉や〈五行〉が求められた。そしてすべての〈病い〉を、〈蔵府経脈〉の〈表裏〉関係および〈五行〉関係によって、仮説として位置づけるようにしたのである。
 言い換えれば、〈蔵(陰経)と府(陽経)の間の関係〉〈蔵(陰経)と蔵(陰経)との間の関係〉という観点から位置づける。具体的には肺・大腸、脾・胃といった〈表裏〉一対の関係、肺・脾、肝・腎といった五行の相生関係、肺と肝、肝と脾といった五行の相剋関係によって、〈蔵府経脈〉の〈病い〉を構造的に整理するのである。

 ④そして病態を、陰虚を土台として、陰陽虚実で分別し、a.陰虚(たとえば肝虚・腎虚、肺虚・胆虚など)、b.陰虚陽実(たとえば肺虚・大腸実など)、c.陰虚陰実(たとえば肺虚・肝実など)、d.陰虚陽虚(選経的には陰虚と同じ)に四分する。

 ⑤ここで注意しておきたいが、b~dの三段階は、陽実、陰実、陽虚と呼ばれようとも、いずれも陰虚のバリエーションであり、その虚実補寫は根底にある陰虚を回復させることを目的とする。

ポイント

  • 経絡治療は〈蔵〉〈府〉と〈十二経脈〉を〈蔵府経脈〉と見なした!
  • 〈蔵府経脈〉だから〈五蔵〉レベルの治療法則となった!
  • 〈蔵府〉は深いところにある〈経脈〉!
  • 〈経脈〉は浅いところにある〈蔵府〉!
  • 深い病いは陰虚、陰虚陽実、陰虚陰実、陰虚陽虚に分類できる!

近年の教科書に書かれた〈表裏〉の説明について

 今回の最後に、最近の日本の『新版 東洋医学概論』(2015年)において、どのように〈表裏〉が扱われているかを見てみよう。その〈表裏〉の認識と、前述の経絡治療の認識の違いを比較していただきたい。

 たとえば、第2章・第2節・「Ⅱ.蔵象五臓とその機能に関連した領域」では、肺と大腸の表裏関係については、次のように説明されている。

 「肺と大腸は表裏関係にあり、経脈を通じて互いに連絡し、生理的にも病理的にも密接な関係にある。肺の粛降は大腸の伝導を助け、津液を輸布することにより大腸の潤いを維持している。肺の機能が失調すると、大腸の伝化機能に影響を及ぼし、便秘などの症状が起こる。また、大腸の通りが悪いと肺の粛降機能に影響を及ぼし、咳嗽・喘息・胸満などが起こる。」

 この説明は、呼吸に関する症状を〈肺〉、排泄に関する症状を〈大腸〉のしるしとするなどの点において、一見、これまで私が述べてきたことと変わらないように見えるかもしれない。しかし、私にはこの説明は、倒錯した見解、あるいは現代医学風に粉飾された説明に見える。

 「経脈を通じて互いに連絡」しているから「肺と大腸は表裏関係」、とは、絡脈を想定した説明と思われるが、「互いに連絡」しているのは、肺(手太陰)と大腸(手陽明)だけではない。手陽明と足陽明も連絡しているし、そもそも現在の経脈説の典拠である『霊枢』経脈篇では十二経脈はすべてがつながって、環の端なきがごときものとなっているのであるから、この説明は説得力を欠く。

 そもそも、経脈篇の絡脈自体、経脈に比べて実在感が乏しい。まして、その絡脈を持ち出して〈表裏〉を説明することは、現実感の薄い説明であり、臨床に即した理由になっていない。私は、肺と大腸の間の関係や病態の移行を説明するために、手太陰と手陽明という経脈レベルの間に〈絡脈〉を仮定したと考える。そのように考えるほうが、現実的ではないだろうか。

 前記『新版 東洋医学概論』の後半の、肺の〈機能〉から〈表裏〉を説明する部分についても、吟味の必要があるが、それは今後、機会をみて行うこととしよう。

ポイント

  • 『霊枢』経脈篇では十二経脈はすべて互いに連絡し、つながっている!
  • 絡脈は表裏関係や病態の移行を説明するために仮定された!
  • 絡脈で〈表裏〉を説明することは現実感が薄い!

鍼灸に関する質問 経絡・鍼灸の起源 -「東洋療法雑学事典」より

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東洋療法学校協会の公式サイトの「東洋療法雑学事典」をご紹介させていただきます。
今回は次のテーマについてです。

Q:経絡(けいらく)という言葉を聞いたことがあります。一体どういうものですか?
Q:日本での鍼灸(しんきゅう)の起源はどういうものでしょうか?
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鍼灸

鍼灸論考 「新・鍼灸ワールドコラム」 第8回を公開 (鍼灸師向け)

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鍼灸論考の「新・鍼灸ワールドコラム」第8回連載記事を公開しました。

・米国発の耳鍼療法はがんの慢性痛に有効か

詳しくは「鍼灸論考」のページをご参照ください。

◆鍼灸論考 – AcuPOPJ「鍼灸net」連載企画
https://shinkyu-net.jp/ronkou

※今回の連載記事への直接リンクはこちらです。→ 米国発の耳鍼療法はがんの慢性痛に有効か

 
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米国発の耳鍼療法はがんの慢性痛に有効か

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建部陽嗣

 がんサバイバーという言葉を知っているだろうか。サバイバーは「生存者」と訳すことができるため、がんを克服した患者をイメージするかもしれない。しかしそうではない。がんと診断されたその直後から患者が生涯を終えるまでを指す。つまりは、がんを経験した人すべてが対象である。

 医療の進歩に伴い、過去にがんと診断されたがんサバイバーの数は急速に拡大している。がんサバイバーは、がんを経験していない人に比べて痛みに悩まされることが多い。にもかかわらず、アメリカではがんサバイバーの2人に1人しか痛みに対する治療を受けていない。そのため、生活の質の低下や身体機能障害が生じ、病気の進行に関して悪化する要因の1つとなっている。

米国医師会発行のがん専門誌に掲載されたMaoらのRCT論文

 鍼灸治療、とりわけ鍼治療は慢性痛に対してよく用いられる。がん性疼痛ではないが、20,000人規模のメタアナリシスでは、鍼治療は慢性的な痛みに対するプラセボコントロールよりも優れていることが示された[1]。この論文に関しては、鍼灸ワールドコラム第89回(月刊 医道の日本、2018年10月号)にて紹介している[2]。そのなかで鍼治療は、長期にわたって持続する慢性痛に対して臨床効果を有する、その効果はプラセボ効果だけでは説明できない、鍼術の特異的な効果に加えて多くの因子が重要な貢献をしている、慢性疼痛患者にとって合理的な選択肢であると結論付けられた。がん患者の痛みに対するメタアナリシスも出されてはいるが、その規模が小さく、鍼治療の方法自体が不均一であるため、エビデンス強度は中等度と判定されている[3]。

 このような背景のなか、2021年5月、がんサバイバーの痛みに対する鍼治療効果を検討した論文が発表された。ニューヨークにあるメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターのMaoらによる「Effectiveness of Electroacupuncture or Auricular Acupuncture vs Usual Care for Chronic Musculoskeletal Pain Among Cancer Survivors: The PEACE Randomized Clinical Trial(がんサバイバーの慢性筋骨格痛に対する鍼通電療法・耳鍼療法対通常のケアとの有効:PEACEランダム化臨床試験)」である[4]。

 この論文はがんに関する世界的な雑誌JAMA Oncologyに掲載された。JAMA Oncology誌は、米国医師会が発行する査読付き医学雑誌であり、2020年のインパクトファクターは31.777とがん専門誌の中でも最も高いランクの雑誌の1つといえる。PEACEとは、Personalized Electroacupuncture vs Auricular Acupuncture Comparative Effectiveness(個別化された鍼通電療法と耳鍼療法との比較試験)の頭文字をとったもので、2017年3月~2019年10月(追跡調査は2020年4月に完了)にニューヨークとニュージャージーの都市部にあるがんセンターと郊外にある5つの病院で実施されたランダム化比較試験のことである。

 題名からもわかるように、鍼治療(鍼通電療法)と通常ケアとを比較しただけでなく、耳鍼療法も比較対象に加えている。これは日本とは異なるアメリカの鍼灸環境が影響しているのかもしれない。通常の鍼治療による痛みのコントロールにおいて、最もエビデンスが積みあがっているものが鍼通電療法による内因性オピオイドの放出である。この技術は、鍼麻酔として知られ、日本でも米国でも正式な鍼灸教育を受けた有資格者によってのみなされる。

 それに対し、2016年、米軍は標準化された耳介への鍼療法を開発した。この耳鍼療法は正式な鍼灸教育・臨床経験を持たない2,700人以上の臨床医が比較的簡単に習得し、臨床で用いられているという事実がある。そういったわけで、Maoらの研究は、がん生存者の慢性筋骨格痛に対して、鍼通電療法と耳鍼療法の両方の有効性を、通常のケアと比較するためにランダム化臨床比較試験を実施したのである。

試験に用いた鍼通電療法、耳鍼療法、通常ケアの手順

 この試験では、以前にがんと診断され、現在は病気の証拠がない成人が登録された。患者は、少なくとも3カ月以上、そして過去30日のうち15日間以上筋骨格痛を経験しているもので、過去1週間の最悪の痛みの強さを中程度以上(0-10の数値評価尺度で4以上)と評価した場合に適格とされた。
 Maoらはまず、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターに登録されている患者データベースの検索を通じて特定された潜在的に適格な患者に、研究の詳細を記した募集状を郵送した。そして、希望する患者には、適格基準を満たしていることを確認するために臨床医が面談を行った。患者は、書面によるインフォームドコンセントを完了した後、鍼通電療法、耳介鍼療法、または通常のケアの各群に、それぞれ2:2:1の比率で無作為に割り振られた。

 鍼通電療法の介入は、がん医療の現場で5年以上の経験を持つ鍼灸師が担当した。まず、患者が最も痛みがあると訴える体の領域(膝、腰、足首など)を特定する。そして、その領域の痛みをとるために、表から経穴を4つ選ぶ(表1)。それ以外の症状(不安、うつ、疲労感、睡眠障害など)に対しては、各鍼灸師が4カ所の経穴を表の中から自由に選び記録に残した。

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 それらの経穴を電極で結び、2Hzの頻度で、患者が感じる程度の電気刺激を30分間継続した。患者は10週間にわたって10回の鍼通電療法を受けた。

 耳鍼療法は、鍼通電療法のときと同じ鍼灸師が施術した。戦場鍼(battlefield acupuncture)として知られている米軍によって開発・標準化されたプロトコルに従った。耳鍼療法は、痛みの場所やその他の症状に基づいて行われた。

 鍼灸師は片方の耳の帯状回点にASP針(Sedatelec)を刺入し、患者に1分間歩くように指示する。歩いた後、患者の痛みの重症度が10段階で1より大きいままである場合、もう一方の耳の帯状回点に針を刺入した。
 このようなプロセスを他の治療点(視床、オメガ2、ポイントゼロ、神門)でも同様に実施した。
 (1)痛みの重症度が10段階で1または0に減少した、(2)患者がそれ以上の鍼治療を拒否した、(3)血管迷走神経性反応が観察されたかのいずれかが出たら、その日の耳鍼治療は終了とした。最大10本の針が刺入れ、各治療時間は約10〜20分だった。針は3〜4日間留置され、患者自ら抜針した。患者は10週間にわたって10回の耳鍼療法を受けた。

 通常ケア群の患者は、鎮痛薬、理学療法、糖質コルチコイド注射など、臨床医によって処方された標準的な疼痛管理を受けた。

24週目まで痛みの低下が持続

 主要評価項目は、ベースライン時から12週目までのBrief Pain Inventory(簡易疼痛質問票:BPI)の平均疼痛重症度スコアの変化とした。BPIには、痛みの重症度に関連する4つの質問が含まれており、応答の選択肢は0(痛みなし)から10(想像できる最大にひどい痛み)の範囲で答える。これらの4つの項目の平均値を、主要な評価項目とした。

 2017年3月~2019年10月までの間に患者をリクルートし、最終的に登録された360人の患者を、145人が鍼通電療法群、143人が耳鍼療法群、72人が通常のケア群にランダムに割り当てられた。ベースライン時の、BPI疼痛重症度スコアの平均値(SD)は5.2(1.7)ポイントで、疼痛期間は5.3(6.5)年、210人(60.5%)の患者が何らかの鎮痛剤を使用していた。

 鍼通電療法は、通常ケア群と比較して、ベースラインから12週目までの期間において、BPIスコアを1.9ポイント低下させた。耳鍼治療も、BPIスコアを1.6ポイント減少させた。BPIスコアの低下は、耳鍼療法よりも鍼通電療法のほうが0.36ポイント大きく、痛みを軽減する意味において鍼通電療法に対して耳鍼療法が劣性ではないとは言えない値となった。両方の鍼治療群で、痛みの低下は24週目まで持続していた(図1)。

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有害事象は、両方の鍼治療群である程度認められた。鍼通電療法を受けている患者の中では、あざ(皮下出血)が最も多い有害事象であり、145人中15人(10.3%)の患者に認められた。耳鍼療法を受けている患者では、耳の痛みが最も多い有害事象であり、143人中27人(18.9%)の患者によって報告された。鍼通電療法群では、145人中1人(0.7%)の患者が有害事象のために治療を中止した。耳鍼療法群では、143人中15人(10.5%)の患者が有害事象のために治療を中止した(P <0.001)。

「戦場鍼」の可能性と今後の検証

 いかがであっただろうか。慢性筋骨格痛を伴う多様ながんサバイバーにおける今回の鍼通電療法および耳鍼療法のランダム化臨床試験では、通常のケアと比較して、痛みの重症度、痛みに関連する機能的干渉、および生活の質が改善され、鎮痛薬の使用が減少していた。
 たしかに両方の鍼治療はともに効果的であったが、耳鍼療法のほうが鍼通電療法よりも治療中止率が高く、鍼通電療法に対する非劣性の基準を満たさなかった。

 戦場鍼として知られる耳鍼療法は、標準化され、退役軍人保健局からその有効性が報告され、実装までされた新しい鍼治療技術の一つである。しかし、これまでは大規模なランダム化臨床試験によるエビデンスは欠けていたといわざるを得ない。今回のMaoらの論文における耳鍼療法の効果量は、過去のメタアナリシス[1]で報告された鍼治療のものと同等かそれよりも大きい。さらに、今回の試験で観察された痛みの軽減値において、耳鍼療法と鍼通電療法との絶対差は小さい。まだまだこれから可能性を秘めた技術といえる。

 ただ、残念ながら、10人に1人の患者が耳鍼による耳の不快感に耐えることができなかった。どの患者が耳鍼を許容できないかを予測すること、このような副作用を軽減すること、この技術を安全に施術する方法を調査するといった、さらなる研究が必要だろう。

【参考文献】
1)Vickers AJ, Vertosick EA et al. Acupuncture for Chronic Pain: Update of an Individual Patient Data Meta-Analysis. J Pain. 2018;19(5):455-474.
2)建部陽嗣, 樋川正仁. 鍼灸ワールドコラム第89回 慢性疼痛に対する鍼治療 臨床研究結果のアップデート. 医道の日本. 2018; 10: 206-208.
3)He Y, Guo X et al. Clinical Evidence for Association of Acupuncture and Acupressure With Improved Cancer Pain: A Systematic Review and Meta-Analysis. JAMA Oncol. 2020; 6(2): 271-278.
4)Mao JJ, Liou KT et al. Effectiveness of Electroacupuncture or Auricular Acupuncture vs Usual Care for Chronic Musculoskeletal Pain Among Cancer Survivors: The PEACE Randomized Clinical Trial. JAMA Oncol. 2021; 7(5): 720-727.