鍼灸論考の「新・鍼灸ワールドコラム」第8回連載記事を公開しました。
・米国発の耳鍼療法はがんの慢性痛に有効か
詳しくは「鍼灸論考」のページをご参照ください。
◆鍼灸論考 – AcuPOPJ「鍼灸net」連載企画
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建部陽嗣
がんサバイバーという言葉を知っているだろうか。サバイバーは「生存者」と訳すことができるため、がんを克服した患者をイメージするかもしれない。しかしそうではない。がんと診断されたその直後から患者が生涯を終えるまでを指す。つまりは、がんを経験した人すべてが対象である。
医療の進歩に伴い、過去にがんと診断されたがんサバイバーの数は急速に拡大している。がんサバイバーは、がんを経験していない人に比べて痛みに悩まされることが多い。にもかかわらず、アメリカではがんサバイバーの2人に1人しか痛みに対する治療を受けていない。そのため、生活の質の低下や身体機能障害が生じ、病気の進行に関して悪化する要因の1つとなっている。
鍼灸治療、とりわけ鍼治療は慢性痛に対してよく用いられる。がん性疼痛ではないが、20,000人規模のメタアナリシスでは、鍼治療は慢性的な痛みに対するプラセボコントロールよりも優れていることが示された[1]。この論文に関しては、鍼灸ワールドコラム第89回(月刊 医道の日本、2018年10月号)にて紹介している[2]。そのなかで鍼治療は、長期にわたって持続する慢性痛に対して臨床効果を有する、その効果はプラセボ効果だけでは説明できない、鍼術の特異的な効果に加えて多くの因子が重要な貢献をしている、慢性疼痛患者にとって合理的な選択肢であると結論付けられた。がん患者の痛みに対するメタアナリシスも出されてはいるが、その規模が小さく、鍼治療の方法自体が不均一であるため、エビデンス強度は中等度と判定されている[3]。
このような背景のなか、2021年5月、がんサバイバーの痛みに対する鍼治療効果を検討した論文が発表された。ニューヨークにあるメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターのMaoらによる「Effectiveness of Electroacupuncture or Auricular Acupuncture vs Usual Care for Chronic Musculoskeletal Pain Among Cancer Survivors: The PEACE Randomized Clinical Trial(がんサバイバーの慢性筋骨格痛に対する鍼通電療法・耳鍼療法対通常のケアとの有効:PEACEランダム化臨床試験)」である[4]。
この論文はがんに関する世界的な雑誌JAMA Oncologyに掲載された。JAMA Oncology誌は、米国医師会が発行する査読付き医学雑誌であり、2020年のインパクトファクターは31.777とがん専門誌の中でも最も高いランクの雑誌の1つといえる。PEACEとは、Personalized Electroacupuncture vs Auricular Acupuncture Comparative Effectiveness(個別化された鍼通電療法と耳鍼療法との比較試験)の頭文字をとったもので、2017年3月~2019年10月(追跡調査は2020年4月に完了)にニューヨークとニュージャージーの都市部にあるがんセンターと郊外にある5つの病院で実施されたランダム化比較試験のことである。
題名からもわかるように、鍼治療(鍼通電療法)と通常ケアとを比較しただけでなく、耳鍼療法も比較対象に加えている。これは日本とは異なるアメリカの鍼灸環境が影響しているのかもしれない。通常の鍼治療による痛みのコントロールにおいて、最もエビデンスが積みあがっているものが鍼通電療法による内因性オピオイドの放出である。この技術は、鍼麻酔として知られ、日本でも米国でも正式な鍼灸教育を受けた有資格者によってのみなされる。
それに対し、2016年、米軍は標準化された耳介への鍼療法を開発した。この耳鍼療法は正式な鍼灸教育・臨床経験を持たない2,700人以上の臨床医が比較的簡単に習得し、臨床で用いられているという事実がある。そういったわけで、Maoらの研究は、がん生存者の慢性筋骨格痛に対して、鍼通電療法と耳鍼療法の両方の有効性を、通常のケアと比較するためにランダム化臨床比較試験を実施したのである。
この試験では、以前にがんと診断され、現在は病気の証拠がない成人が登録された。患者は、少なくとも3カ月以上、そして過去30日のうち15日間以上筋骨格痛を経験しているもので、過去1週間の最悪の痛みの強さを中程度以上(0-10の数値評価尺度で4以上)と評価した場合に適格とされた。
Maoらはまず、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターに登録されている患者データベースの検索を通じて特定された潜在的に適格な患者に、研究の詳細を記した募集状を郵送した。そして、希望する患者には、適格基準を満たしていることを確認するために臨床医が面談を行った。患者は、書面によるインフォームドコンセントを完了した後、鍼通電療法、耳介鍼療法、または通常のケアの各群に、それぞれ2:2:1の比率で無作為に割り振られた。
鍼通電療法の介入は、がん医療の現場で5年以上の経験を持つ鍼灸師が担当した。まず、患者が最も痛みがあると訴える体の領域(膝、腰、足首など)を特定する。そして、その領域の痛みをとるために、表から経穴を4つ選ぶ(表1)。それ以外の症状(不安、うつ、疲労感、睡眠障害など)に対しては、各鍼灸師が4カ所の経穴を表の中から自由に選び記録に残した。
それらの経穴を電極で結び、2Hzの頻度で、患者が感じる程度の電気刺激を30分間継続した。患者は10週間にわたって10回の鍼通電療法を受けた。
耳鍼療法は、鍼通電療法のときと同じ鍼灸師が施術した。戦場鍼(battlefield acupuncture)として知られている米軍によって開発・標準化されたプロトコルに従った。耳鍼療法は、痛みの場所やその他の症状に基づいて行われた。
鍼灸師は片方の耳の帯状回点にASP針(Sedatelec)を刺入し、患者に1分間歩くように指示する。歩いた後、患者の痛みの重症度が10段階で1より大きいままである場合、もう一方の耳の帯状回点に針を刺入した。
このようなプロセスを他の治療点(視床、オメガ2、ポイントゼロ、神門)でも同様に実施した。
(1)痛みの重症度が10段階で1または0に減少した、(2)患者がそれ以上の鍼治療を拒否した、(3)血管迷走神経性反応が観察されたかのいずれかが出たら、その日の耳鍼治療は終了とした。最大10本の針が刺入れ、各治療時間は約10〜20分だった。針は3〜4日間留置され、患者自ら抜針した。患者は10週間にわたって10回の耳鍼療法を受けた。
通常ケア群の患者は、鎮痛薬、理学療法、糖質コルチコイド注射など、臨床医によって処方された標準的な疼痛管理を受けた。
主要評価項目は、ベースライン時から12週目までのBrief Pain Inventory(簡易疼痛質問票:BPI)の平均疼痛重症度スコアの変化とした。BPIには、痛みの重症度に関連する4つの質問が含まれており、応答の選択肢は0(痛みなし)から10(想像できる最大にひどい痛み)の範囲で答える。これらの4つの項目の平均値を、主要な評価項目とした。
2017年3月~2019年10月までの間に患者をリクルートし、最終的に登録された360人の患者を、145人が鍼通電療法群、143人が耳鍼療法群、72人が通常のケア群にランダムに割り当てられた。ベースライン時の、BPI疼痛重症度スコアの平均値(SD)は5.2(1.7)ポイントで、疼痛期間は5.3(6.5)年、210人(60.5%)の患者が何らかの鎮痛剤を使用していた。
鍼通電療法は、通常ケア群と比較して、ベースラインから12週目までの期間において、BPIスコアを1.9ポイント低下させた。耳鍼治療も、BPIスコアを1.6ポイント減少させた。BPIスコアの低下は、耳鍼療法よりも鍼通電療法のほうが0.36ポイント大きく、痛みを軽減する意味において鍼通電療法に対して耳鍼療法が劣性ではないとは言えない値となった。両方の鍼治療群で、痛みの低下は24週目まで持続していた(図1)。
有害事象は、両方の鍼治療群である程度認められた。鍼通電療法を受けている患者の中では、あざ(皮下出血)が最も多い有害事象であり、145人中15人(10.3%)の患者に認められた。耳鍼療法を受けている患者では、耳の痛みが最も多い有害事象であり、143人中27人(18.9%)の患者によって報告された。鍼通電療法群では、145人中1人(0.7%)の患者が有害事象のために治療を中止した。耳鍼療法群では、143人中15人(10.5%)の患者が有害事象のために治療を中止した(P <0.001)。
いかがであっただろうか。慢性筋骨格痛を伴う多様ながんサバイバーにおける今回の鍼通電療法および耳鍼療法のランダム化臨床試験では、通常のケアと比較して、痛みの重症度、痛みに関連する機能的干渉、および生活の質が改善され、鎮痛薬の使用が減少していた。
たしかに両方の鍼治療はともに効果的であったが、耳鍼療法のほうが鍼通電療法よりも治療中止率が高く、鍼通電療法に対する非劣性の基準を満たさなかった。
戦場鍼として知られる耳鍼療法は、標準化され、退役軍人保健局からその有効性が報告され、実装までされた新しい鍼治療技術の一つである。しかし、これまでは大規模なランダム化臨床試験によるエビデンスは欠けていたといわざるを得ない。今回のMaoらの論文における耳鍼療法の効果量は、過去のメタアナリシス[1]で報告された鍼治療のものと同等かそれよりも大きい。さらに、今回の試験で観察された痛みの軽減値において、耳鍼療法と鍼通電療法との絶対差は小さい。まだまだこれから可能性を秘めた技術といえる。
ただ、残念ながら、10人に1人の患者が耳鍼による耳の不快感に耐えることができなかった。どの患者が耳鍼を許容できないかを予測すること、このような副作用を軽減すること、この技術を安全に施術する方法を調査するといった、さらなる研究が必要だろう。
【参考文献】
1)Vickers AJ, Vertosick EA et al. Acupuncture for Chronic Pain: Update of an Individual Patient Data Meta-Analysis. J Pain. 2018;19(5):455-474.
2)建部陽嗣, 樋川正仁. 鍼灸ワールドコラム第89回 慢性疼痛に対する鍼治療 臨床研究結果のアップデート. 医道の日本. 2018; 10: 206-208.
3)He Y, Guo X et al. Clinical Evidence for Association of Acupuncture and Acupressure With Improved Cancer Pain: A Systematic Review and Meta-Analysis. JAMA Oncol. 2020; 6(2): 271-278.
4)Mao JJ, Liou KT et al. Effectiveness of Electroacupuncture or Auricular Acupuncture vs Usual Care for Chronic Musculoskeletal Pain Among Cancer Survivors: The PEACE Randomized Clinical Trial. JAMA Oncol. 2021; 7(5): 720-727.
鍼灸論考の「鍼灸病証学」第8回連載記事を公開しました。
・人体で繰り広げられる表裏の関係
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篠原孝市
前回、私は、〈五蔵〉〈六府〉にとって〈陰陽〉〈五行〉という論理が不可避である理由、〈陰陽〉や〈五行〉には分類と関係の二つの側面があり、とりわけ重要であるのは、関係の側面であると述べた。そして、〈五蔵〉には〈陰陽〉という分類あるいは関係があるが、〈六府〉にはそれがないことを指摘した。
今回はさらに進んで、まず〈蔵〉と〈府〉が〈表裏〉という〈陰陽の関係〉にあることとその意味について述べることにする。
〈蔵〉と〈府〉の関係を「表裏」という言葉で表現しているのは、『素問』調経論篇の次のような一節である。
「帝曰く、夫子、虚実を言う者、十有り。五蔵に生ず。五蔵は五脈なるのみ。
夫れ十二経脈は、皆な其の病を生ず。今、夫子、独り五蔵を言う。
夫れ十二経脈は、皆な三百六十五節を絡う。
節に病有れば、必ず経脈に被(およ)ぶ。
経脈の病、皆な虚実有り。何を以てか之れを合せん、と。
岐伯曰く、五蔵は、故(ことさら)に六府を得て、與(とも)に表裏を為す。
経絡支節、各々虚実を生ず。其の病の居る所、随いて之れを調う」
ここでは身体の深部に想定されている〈五蔵〉〈六府〉が表裏関係にあるとともに、浅い部分に想定されている〈十二経脈〉〈三百六十五節〉と相対することが述べられている(「三百六十五節」の解釈に定説はないが、ここでは三百六十五の兪穴としておく)。
ポイント
〈五蔵〉と〈六府〉の「表裏」の関係について、『霊枢』本輸篇では次のように述べている。
「肺は大腸に合す。大腸は、伝道の府なり。
心は小腸に合す。小腸は、受盛の府なり。
肝は胆に合す。胆は、中精の府なり。
脾は胃に合す。胃は、五穀の府なり。
腎は膀胱に合す。膀胱は、津液の府なり。
少陽は腎に属す。腎は上りて肺に連なる。故に両蔵を将(おさ)む。
三焦は、中瀆の府なり。水道出で、膀胱に属す。是れ孤の府なり。
是れ六府のともに合する所の者なり」
同じく『霊枢』本蔵篇にも次のようにある。
「黄帝曰く、願わくば六府の応を聞かん、と。
岐伯荅えて曰く、
肺は大腸に合す。大腸は、皮、其の応。
心は小腸に合す。小腸は、脈、其の応。
肝は胆に合す。胆は、筋、其の応。
脾は胃に合す。胃は、肉、其の応。
腎は三焦膀胱に合す。三焦膀胱は、腠理毫毛、其の応、と。」
以上、二つの経文はともに〈五蔵〉と〈六府〉の表裏関係から書き出されているが、実は〈六府〉を位置づけることに主眼があると思われる。本輸篇の経文の後半に〈六府〉それぞれの位置づけをしてあるのはそのためである(『素問』霊蘭秘典論篇にその異文が見える)。
本蔵篇の経文に先行するのは、おそらく『素問』宣明五気篇の次のような経文である。
「五蔵の主る所、心は脈を主り、肺は皮を主り、肝は筋を主り、脾は肉を主り、腎は骨を主る、是を五主と謂う」(『霊枢』五色篇にも略同文がある)
宣明五気篇では、一方には〈五蔵〉の概念があり、他方には身体の深さや機能を表す概念である〈皮〉〈脈〉〈肉〉〈筋〉〈骨〉があって、両者は一対一の対応関係と考えられている。ここで忘れてはならないことは、目・舌・口・鼻・耳と同様、〈皮〉〈脈〉〈肉〉〈筋〉〈骨〉もまた、あくまでも〈五蔵〉との関係であって、〈六府〉と直接の関係はないということである。
本蔵篇では、〈五蔵〉と〈皮〉〈脈〉〈肉〉〈筋〉〈骨〉のこの対応関係の中に〈六府〉を入れこむことで、たとえば肺を例とすれば、肺―大腸―皮という人体の構造を展開しているのである。
『素問』陰陽応象大論篇の以下の経文も、そうした三位一体の構造を述べたものである。
「外内の応、皆な表裏有り。……
故に天の邪気感(うごかさ)るれば、則ち人の五蔵を害(そこな)い、
水穀の寒熱に感(うごかさ)るれば、則ち六府を害い、
地の湿気に感(うごかさ)るれば、則ち皮肉筋脈を害う。
故に善く鍼を用うる者は、陰より陽に引き、陽より陰に引き、
右を以て左を治し、左を以て右を治し、
我を以て彼を知り、表を以て裏を知り、
以て過と不及の理を観(み)て、微を見て過を得、
之れを用うれども殆(あやう)からず」
ポイント
ところで、本輸篇や本蔵篇では、肺と大腸、心と小腸、肝と胆、脾と胃、腎と膀胱の表裏関係は指摘されているが、三焦は膀胱に所属せしめられていて、対応する独自の〈蔵〉はない。これは本輸篇や本蔵篇が、〈十二蔵府〉説以前の、古い〈十一蔵府〉説の段階で書かれているためである。
つまり、現在のような〈六蔵〉〈六府〉になる前の〈蔵府〉は、〈五蔵〉〈六府〉の十一蔵であって、三焦は膀胱と併せて「三焦膀胱」というふうに認識されていた。そうした認識は、『素問』『霊枢』はもちろん、『脈経』巻第一・両手六脈所主五蔵六腑陰陽逆順第七からもうかがうことができる。ちなみに、馬王堆から出土した前漢の医書によれば、前漢以前は経脈自体も十一本であったためであろう、〈蔵府〉と経脈の対応関係についての問題は起こらなかったのである。
前漢から後漢へと時代が変遷する過程で経脈が三陰三陽の十二本になると、初めて蔵府と経脈の数の不一致、およびその表裏関係が問題となった。それを象徴するのが、『難経』二十五難の次のような経文である。
「二十五の難に曰く、十二経有り。五蔵六府は十一のみ。其の一経は、何等の経ぞやと。然るなり。一経は、手の少陰と心主との別脈なり。心主と三焦は表裏を為す。倶に名有りて形無し。故に言う、経に十二有りと」
これらの経文を経て、膀胱に関連する何かの実質臓器からイメージされた〈府〉の一つであった〈三焦〉は、原初の実質臓器のイメージを引きずらない、有名無形のものに転じるとともに、やはり有名無形とされる「心主」と表裏関係とされた。ただし、「心主」は現在の研究でも、①心の外膜(心包絡)、②手厥陰の脈、③〈五蔵〉の一つの〈心〉そのものなどと解釈され、定説がない。
ポイント
ここで指摘しておかなくてはならないが、〈蔵〉〈府〉に見られる表裏関係は、陰経と陽経の間でも設定されている。たとえば『素問』血気形志篇には次のようにある(九鍼論篇にも略同文がある)。
「足の太陽と少陰は表裏と為す。
少陽と厥陰は表裏と為す。
陽明と太陰は表裏と為す。
是れ足の陰陽為るなり。
手の太陽と少陰は表裏と為す。
少陽と心主は表裏と為す。
陽明と太陽は表裏と為す。
是れ手の陰陽為るなり」
経脈の表裏関係があまり意識されない形で織り込まれているのが、『霊枢』経脈篇の十二経脈の流注である。各経脈は表裏関係単位で組み合わされ、それを手足の陽明、太陽、少陽がつながるように並べられている。
経脈篇は、環の端なきがごとき循環やその流注経路ばかりが問題とされる傾向にあるが、経脈の選定という意味からいえば、経脈の表裏関係は、経脈流注と同様、あるいはそれ以上の重要性があると、私は考えている。
〈蔵府〉と経脈はそれぞれ別に成立したが、早い段階から相互の関係づけが進められたようである。そして、経脈篇において各〈蔵府〉に経脈が一本ずつ配当された。ただ、〈蔵府〉の表裏と、経脈の表裏のどちらが先に成立したかについては、しばらく結論を保留しておきたい。
ポイント
以上のことから、〈蔵〉〈府〉や〈経脈〉に表裏関係が設定されているということは、この医学にとって、甚だ重要な意味を持っていることがわかる。私たちはこの〈表裏〉ということを、単なる知識として受け止めるだけでなく、診断学的、あるいは選経論(経脈の選定法則)的に解かなくてはならない。
たとえば「肺は大腸に合す」の「合」は普通、配合、会合、合同、応当などと解釈される。張介賓は本輸篇に注して「是れを一表一裏と為す。肺と大腸は表裏を為す、故に相合するなり」と述べているが、「表裏」や「合」の意味はこれだけではわからない。
また「肺と大腸は同じ〈五行〉の金の気である」との考え方がある。しかし、これは肺と大腸が「表裏」であることを前提とした後付けの物言いにすぎず、やはり「表裏」の意味は明らかではない。
「表裏」という問題を具体的に考える指標となるのは、たとえば評熱病論篇の次のような経文である。
「巨陽は気を主る。故に先ず邪を受く。少陰は其れと表裏を為すなり」
これに対して張志聡は「巨陽は太陽なり。太陽の気は表を主る。風は陽邪為り。人の陽気を傷る。両陽相搏てば、則ち病熱を為す。少陰と太陽は、相表裏を為す。陽熱、上に在れば、則ち陰気、之れに従う。之れに従えば則ち厥逆と為るなり」と注している。
張志聡注に従えば、風邪による陽熱に対応して、陰気による厥逆(足冷)が生じる病態の転変を、巨陽(足太陽)と足少陰の表裏関係によるものと見ているのである。
また『素問』欬論篇には次のような経文がある。
「五蔵の久欬は、乃ち六府に移る。
脾欬已まざれば、則ち胃、之れを受く。……
肝欬已まざれば、則ち胆、之れを受く。……
肺欬已まざれば、則ち大腸、之れを受く。……
心欬已まざれば、則ち小腸、之れを受く。……
腎欬已まざれば、則ち膀胱、之れを受く。……
久欬已まざれば、則ち三焦、之れを受く」
欬論篇の意味するところは簡単である。つまり脾の病は続けば胃に移行し、肺の病は大腸に移行するということである。
以上のことからわかることは、〈表裏〉とは、〈蔵〉から〈府〉へ、〈府〉から〈蔵〉への病の伝変(転換)を説明するための装置の一つであるということである。
〈気の医学〉としての鍼灸にとって、〈蔵〉〈府〉とは、現代医学の臓腑ではなく、蔵象とその変異、変調のことである。つまり、簡単にいえば、〈肺〉とは呼吸とか声、皮毛(体表)、排尿の多少などのことである。また〈大腸〉とは排泄のことである。それらの諧調が蔵象であり、乱調が病証である。〈気の医学〉で使われる言葉は、ことごとく蔵象の説明や病証の組み立てのためにある。
たとえば外気温の低下は、まず皮毛が影響を受けて、体表温の低下を防ぐためにまず悪寒が起こる。この悪寒が長く続いたり、強かったりすれば、下痢をしたりする。私たちはそれを「冷えて下痢をした」とか、「皮毛から大腸に冷えが移行した」と称する。そこで終わればそれでよい。そこまではほとんど生理的段階といってよい。しかし、やがて咳が出始めれば、事は簡単ではなくなる。あるいは大小便が出なくなり、あるいは甚だしく悪寒したり、喉が痛くなれば、それはもう鍼灸による治療の段階である。私たちはそれを「大腸から肺に病が伝変した」とか「肺から腎に病が伝変した」とでも称さなくてはならなくなるのである。
この〈蔵府〉と経脈の表裏関係が、後代、内外傷の議論の中で、どのように展開され、臨床に活かされたかについては、また稿を改めて述べることにする。
ポイント
用語解説
張介賓(ちょうかいひん):第2回の用語解説参照。
張志聡(ちょうしそう):1610~1680?。銭塘胥山(浙江省銭塘)の人。字は隠庵。明末清初の著名な医家。『清史稿』にその伝が見える。清代の初期に侶山堂を設け、同郷の医家や門人多数を糾合して、医経や方書、本草書の共同研究を行った。主な著作に『黄帝内経素問集註』『黄帝内経霊枢集註』『侶山堂類弁』『本草崇原』がある。門人・高士宗は後に『素問直解』を著して医経研究に寄与した。
東洋療法学校協会の公式サイトの「東洋療法雑学事典」をご紹介させていただきます。
今回は次のテーマについてです。
Q:もぐさは何から作られているのですか?
Q:お灸にはどの様な種類がありますか?
Q:「やいと」とはなんですか?
「鍼灸に関する質問 もぐさの原料・灸の種類・やいと -「東洋療法雑学事典」より」の続きを読む…
公益社団法人 日本鍼灸師会関連の講習会・イベント情報です。 「鍼灸の講習会・イベント情報 日本鍼灸師会 2021年 (鍼灸師向け)」の続きを読む…
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