国民病「腰痛」に関する最新の知見に迫る

腰痛研究の第一人者・菊地臣一先生による最後の講演

国民病の一つといわれるほど、多くの人が悩まされている腰痛。厚生労働省の国民生活基礎調査(2019年)によると、病気や怪我などで自覚症状のある人(有訴者)が訴える症状のうち、男性では腰痛が最も多く、女性も肩こりに次いで2番目に多いとされています。本記事を読んでいる方の中にも、腰痛経験を持つ方がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

本記事では、今年6月に開催された第71回全日本鍼灸学会学術大会東京大会の特別講演「非特異的腰痛の病態と治療戦略」の内容を紹介します。この講演では、今年2月2日に逝去された菊地臣一先生(前 一般財団法人 脳神経疾患研究所 常任顧問/前 福島県健康医療対策監)が、学術大会のために生前に作成した貴重な講演動画が放映されました。

腰痛の新たな病態概念とは?

まず菊地先生は、腰痛の病態概念が「脊椎の障害」から「生物・心理・社会的疼痛症候群」へ、すなわち「形態学的異常」から「器質・機能障害」へと、捉え方が変化してきていると説明。腰痛の増悪や遷延化には心理・社会的因子が深く関与していることや、精神医学的問題(うつ、不安、睡眠障害など)と腰痛を併発しているケースが少なくないことを指摘しました。

また、新たな病態概念にまつわる最近の報告として、「働く人の約3分の1が仕事関連の健康問題を経験し、最も多い愁訴は腰痛」「慢性疼痛は患者の社会的孤立のリスクを高める」といった研究事例を紹介。
さらに、腰痛の原因、として、アレルギー・細菌感染・炎症・免疫・認知症などの関与が報告されていることにもふれました。

これらを踏まえて菊地先生は、「病気」ではなく「病人」、「どんな治療をするか」ではなく「誰を治療するか」、「患者の痛み」ではなく「痛みを持っている患者」へと、医療従事者の視点の転換が求められていると語りました。

データ中心のEBMから患者中心のEBMへ

菊地先生は、EBM(evidence-based medicine=根拠に基づく医療)についても言及しました。データ中心のEBMから患者中心のEBMへの転換が求められており、そのためにはEBMとNBM(Narrative-based Medicine=医療従事者と患者との信頼関係に基づく医療)の統合による、個々の患者に応じた治療が必須であると述べました。

また、鍼治療のEBMについてもふれ、有効性を示すものから批判的なものまでさまざまであることから、統一見解を確立するには、関係者のより一層の努力が求められると提言しました。また、鍼治療についての海外のガイドラインも紹介し、推奨するか否かは各国によって異なり、その背景には医療体制や文化の差があることを説明しました。

最後に菊地先生は、「エビデンスは時と共に変わることを念頭に置く必要がある」と指摘し、「EBMに基づく現時点での結論や我々の常識に再検証が求められている。現状を当然視するのではなく、不断の再評価・見直しが求められている」と講演を締めくくりました。

より良い治療を目指してたゆまぬ努力を

動画の放映を終え、菊地先生と生前に深い交流があった司会の坂井友実先生(東京有明医療大学 保健医療学部 保健医療学研究科 研究科長・教授)は、「菊地先生は『愚直の継続』という言葉を座右の銘にされていました。菊地先生ご自身が、腰部脊柱管狭窄症の分野でコツコツと臨床を積み上げてこられたことが、この言葉につながっていると思います。腰痛は、私たち鍼灸師が扱う機会の多い疾患。これからもエビデンスを想定しながら、そして患者との信頼関係を築き上げながら、丁寧に臨床を積み上げていく必要があります」とコメントしました。

また、坂井先生は、鍼治療のエビデンスについて「関係者の努力を要する」という菊地先生の言葉が印象的だったと述べていました。この言葉は、腰痛治療の臨床や研究に携わる鍼灸師に対する菊地先生からの激励のように感じました。
同時に本講演は、一般の方にとっても、腰痛の診療に関する現状や課題、最新の知見にふれられる貴重な内容だったのではないでしょうか。

 
jsam2022pa