建部陽嗣
新たに発見されたサブスタンスPの役割
「サブスタンスP」に関して、鍼灸師の皆さんはどのようなイメージを持っているだろうか?
はりきゅう理論の教科書には「痛みの伝達物質」として、そして何より「軸索反射」の項に掲載されている。そのページを読んでみると「疼痛発生筋に対する鍼刺激の効果はatropine投与で出現しなくなるので、鍼刺激で血流が改善されるのは,筋内血管に分布するコリン作動性神経が鍼刺激で活動したこと、……(中略)……。さらにモルモットに対してsubstance PもしくはCGRPを投与した場合には、どちらを投与しても鍼刺激と同様の効果が現われた。しかし、atropineの投与によりsubstance Pの効果は影響を受けなかったがCGRPの効果は消失した。」とある[1]。
以上の結果から、鍼刺激による疼痛発生筋の痛みが解消する機序には、サブスタンスPではなくCGRPが深くかかわっていると結論付けている。つまり、鍼灸に関わる伝達物質ではあるが、大きな役目はよくわからない。単なる発痛物質として記憶している鍼灸師も多いことだろう。
そんななか、鍼灸治療とサブスタンスPとの関係を調査した論文が2021年初めに発表された。韓国のFanらによる「The role of substance P in acupuncture signal transduction and effects(鍼治療のシグナル伝達と効果におけるサブスタンスPの役割)」である[2]。今回は、この論文を読み進めることによってサブスタンスPについて再考したいと思う。
高血圧ラットを用いたFanらの研究
サブスタンスP(SP)は、中枢神経系および末梢神経系に広く分布しているペプチドで、ニューロキニン1受容体(NK1R)に対して高い親和性を示し、優先的に結合する。サブスタンスP / NK1Rシステムは、その広範な解剖学的分布も手伝って、神経炎症、微小血管透過性、痛みを含むさまざまな生理学的反応に関与しているとされる。そのため、NK1RへのサブスタンスP結合を調節することによって、胃腸炎、嘔吐、うつ病、不安障害、はたまたがんの治療に有効である可能性が示されている[3]。
Fanらはまず、ラットに拘束ストレスを与えることで高血圧を発症させた。高血圧ラットにエバンスブルー色素を静脈内注射するとすぐに、PC6(内関)に神経性炎症のスポットが出現した。そう、この論文は、第3回で紹介した大邱韓医大学校研究チームの最新論文である。まだお読みでない方は、本連載第3回「アルコール依存症への鍼 韓国の最新基礎研究」をご一読いただきたい。
神経性炎症スポット(Neuro-Sps)は、PC6(6匹12カ所中n = 9)の他に、神門(HT7、n = 8)といった前肢の経穴、行間(LR2、n = 3)、太衝(LR3、n = 4)、束骨(BL65、n = 5)、足通谷(BL66、n = 4)などの後肢の経穴に出現した。
Neuro-Spsが生じた求心性神経からSPが放出されたかどうかを調べるために、Fanらは高血圧にさせたラットの前肢の組織サンプルを使って、SPを免疫組織学的に染色した。すると、高血圧ラットの前肢ではSP発現が有意に増加していたのである。このSPの増加は、非経穴部位では起きなかった。加えて、鍼治療自体がSP放出を増加させることができるかどうかを判断するために、無処置ラットの前肢に、鍼刺激を1分間隔で20秒間、合計10分間実施した。すると、鍼治療で刺激された皮膚でも、SP発現の増加が確認された。
サブスタンスPが増えて鍼刺激への感度上昇
次に、SPが高血圧に対する鍼治療効果に関与しているかどうかを調査した。まず、高血圧ラットの前肢の足首に出現したNeuro-Sps(主にPC6)に、生理食塩水もしくはSP受容体拮抗薬であるCP-99994を注射した。20分後、前肢付近の両側Neuro-Spsに合計10分間(1分間隔で20秒間)鍼刺激を行うと、生理食塩水を投与したラットでは、拘束ストレスによる血圧上昇を防止または減少させることに成功した。この高血圧抑制効果は、SP受容体拮抗薬であるCP-99994を注射したラットでは起きなかった。
FanらはさらにSPの効果を確かめるために、高血圧ラットに発現したNeuro-SpsへSPを直接皮下注射した。すると鍼治療の効果と同様に、高血圧の発症を有意に抑制したのである。つまり、鍼による血圧調節作用にSPが直接かかわっていることが示唆される。これは、2002年発刊のはりきゅう理論の教科書に書かれていることと真逆の結果である。
本当にSPが、鍼刺激を伝える神経の感受性を高めているかどうかを判断するために、体性求心性神経の単線維記録を行った。これは、顕微鏡下で神経の束をほどいていき、単一の神経線維を露出させる方法である。15匹のラットの神経を露出させ、9つのA線維、6つのC線維が記録された。前足肢の経穴に鍼刺激を与えると、A群線維・C線維ともに神経活動が記録されるのだが、皮内にあらかじめSPを投与しておくと、A群線維では2倍、C線維では3倍の放電が記録された。
つまり、SP量が増えることによって、鍼刺激に対する体性求心性A群線維とC線維両方の感度を高め、鍼治療のシグナル伝達を大幅に高めたことが示唆される。
鍼治療による脊髄後角ニューロンの活動にも関与
次に、Fanらは、SPの影響が中枢神経である脊髄後角に影響を及ぼすのか調査した。
機械刺激(フォンフライフィラメント)に対する脊髄後角ニューロンの反応を、生理食塩水またはSPを投与し比較した。脊髄後角ニューロンは、非侵害刺激(2、8.5、15 g)の力、侵害刺激(60 g)の力によく反応を示し、その反応は力の強さに応じて漸進的に増加する。
生理食塩水投与群では、脊髄後角ニューロンの活動は、侵害刺激である60 gの力に応答して、治療前、5分後、10分後、30分後でそれぞれ、10.45±1.20、10.72±1.59、10.46±1.60、10.97±1.66スパイク/秒であった。
一方、SPを注射すると、その応答時間は19.16±2.03、20.96±2.62、22.29±2.09スパイク/秒と有意に増加した。このような反応の増加は、非侵害刺激では生じなかった。つまり、SPは侵害刺激特異的に、脊髄後角ニューロンの活動を増加させる。
では、鍼刺激を加えるとその反応はどう変化するのだろうか。高血圧ラットにおける脊髄後角ニューロンの誘発活動は鍼刺激によって増強され、SP受容体拮抗薬(CP-99994)投与によって抑制された。これは、鍼治療による脊髄後角ニューロンの活動にSPが関与していることを示している。
最後に、Neuro-Spsでの鍼治療が、心血管調節の重要な部位として知られている中脳の吻側延髄腹外側野(rVLM)ニューロンに影響を与えるのか調査した。高血圧にさせたラットの前肢部に発現したNeuro-Spsに鍼刺激を2分間行うと、rVLM神経線維の放電は約130%以上増加し、2分後にはベースラインに戻った。この反応は、SP受容体拮抗薬(CP-99994)投与によって抑制された。
Neuro-Sps部の SP上昇が鍼治療によるrVLM活性化に関連していることをさらに確認するために、カプサイシンをNeuro-Spsに注入することでSP放出を誘導し、rVLMニューロンの興奮性を測定した。すると、鍼治療をした際と同様の結果が得られたのである。
つまり、鍼治療におけるSP増加は、rVLMの発火活動を強化し、高血圧ラットに対する鍼治療効果をもたらしたと考えられる(図1)。
サブスタンスPは鍼治療効果を決定づける可能性
いかがであっただろうか。まとめると、高血圧の発症に伴い、ラットの前肢の経穴に神経原性炎症(Neuro-Sps)が生じた。Neuro-Spsは求心性神経からのSP放出を増加させる。Neuro-Spsへ鍼刺激すると高血圧の発症は抑制され、これは鍼治療前にSP受容体拮抗薬を局所注射することで起きなかった。末梢神経線維の単線維記録では、Neuro-SpsへSPを注入すると、鍼刺激に対するA線維およびC線維の感度を増加させる。脊髄後角ニューロンの活性はNeuro-Spsへの鍼刺激後に上昇し、さらに、中脳rVLMニューロン活動も増加した。鍼治療によるSP上昇は、鍼治療信号のトリガーとなるだけでなく、鍼治療効果自体に決定的に寄与すると考えられるのである。
面白いことに、Fanらの研究では、神経性炎症は拘束ストレス後1分以内に経穴に現れ始め、15分以内に完全に発現が認められ、高血圧になった後はずっと維持されていた。これは、経穴の局所的変化は病的状態の発症より前に生じ、病的状態の間維持されたことを意味する。未だ病気にならざる前に、経穴に反応が現れ、そこに鍼治療を加えれば発症を抑えられる可能性を秘めているということになる。
また、これまでは、SPと鍼治療効果自体との関係についてはほとんど知られていなかったが、Fanらの研究によって、鍼治療は高血圧の発症に対する抑制効果を生み出し、その効果はSP受容体拮抗薬投与によって失われた。脊髄後角ニューロンの誘発反応は、高血圧ラットのNeuro-SpsへのSP注入によって強化され、この反応もまたSP受容体拮抗薬投与によって失われた。
活動的な経穴は、神経性炎症メディエーターによって感覚神経終末が感作される。感作された感覚神経終末は非侵害刺激の神経よりも侵害刺激に敏感であることを考えると、経穴に伸びている感覚神経終末は、高血圧ラットの神経性炎症によって放出されるSPによって感作されると考えることができる。したがって、鍼刺激は非常に敏感に伝わり、sham鍼刺激と比較した場合、生理学的閾値に容易に到達することによって鍼治療効果を呼び起こすのである。
また、Fanらの結果をみると、これらの反応は、末梢だけでなく、中枢レベルでも生じていると考えられる。
神経性炎症によって放出されるSPは、単なる発痛物質などではなく、鍼治療の刺入に対する感覚求心性神経の反応を増強し、鍼治療効果の開始に関与する重要な神経ペプチドとして機能すると結論付けることができる。
【参考文献】
1)東洋療法学校協会 編.はりきゅう理論.医道の日本社.2002.
2)Fan Y, Kim DH et al. The role of substance P in acupuncture signal transduction and effects. Brain Behav Immun. 2021; 91: 683-694. doi: https://doi.org/10.1016/j.bbi.2020.08.016
3)Garcia-Recio S, Gascón P. Biological and Pharmacological Aspects of the NK1-Receptor. Biomed Res Int. 2015; 2015: 495704.