アルコール依存症への鍼 韓国の最新基礎研究

精力的な発表を続ける研究チーム

 本連載第1回でも述べたが、現在、世界で実施されている鍼灸研究のトレンドは臨床試験にとどまらず、そのメカニズムに迫ることである。例えば昨年(2019年)、最も強いインパクトを与えた鍼灸論文の1つは、SCIENCE ADVANCES誌に掲載された「Acupuncture attenuates alcohol dependence through activation of endorphinergic input to the nucleus accumbens from the arcuate nucleus(鍼治療は弓状核から側坐核へのエンドルフィン作動性入力の活性化を介してアルコール依存を弱める) https://advances.sciencemag.org/content/5/9/eaax1342 」だろう1)。今回はこの論文に焦点を当てる。

 SCIENCE ADVANCES誌は、かの有名なScience誌の姉妹誌で、生命科学、物理学、環境科学、数学、工学、情報科学、社会科学において、質の高い研究成果を掲載している。Science Advances誌はオンラインで展開され、オープンアクセス方式で、一般読者に無料で研究論文が提供されているため、誰でも読むことができる。

 今回取り上げる研究は、大邱韓医大学校のChangらによって行われた。大邱韓医大学校の研究チームはこれまでにも、ネズミを使った鍼の基礎研究において数々のインパクトの高い論文を提供し続けている。筆者が「医道の日本」誌で連載していた「鍼灸ワールドコラム」でも、同チームの論文はたびたび紹介している。

 例えば、同誌2014年2月(第33回)では、「海外で研究が進む薬物中毒への鍼刺激効果」と題し、コカイン依存に対する鍼治療効果機序に迫る論文を紹介した2)3)。そのなかでは、手の少陰心経の神門(HT7)への鍼刺激が、触・圧刺激の受容器であるマイスネル小体・パチニ小体を介して比較的太い神経であるA群求心性線維から脊髄へと情報が伝わり、脳内におけるドーパミン代謝に影響を及ぼすことが明らかにされた。

 また、同誌2018年1月(第80回)では、「経穴の解明を試みた韓国の最新研究『神経性スポット』」と題して同チームの論文に着目した。高血圧モデルラットと大腸炎モデルラットでは、出現する神経性の炎症点(神経性スポット)に違いがあり、その点は経穴と一致し、その点に鍼治療を行うと症状が改善される、という内容である。疾患ごとに反応の出る経穴が違うこと、また鍼治療に用いる経穴が異なることの根拠が示されていた4)5)。

 なお、今回のChangらの論文では、アルコール使用障害:Alcohol use disorder 〈(AUD)〉という言葉が用いられているが、本稿では一般的な「アルコール依存症」を使用する。

ラットでの実験――飲酒癖を断ち切れるか

 アルコール依存症は、禁酒期間を設けても、再発を繰り返すことが特徴的で、世界的にみても深刻な医学的問題の1つといえる。アルコール依存症から脱するには、アルコールを渇望する意識の再発を防ぐことがポイントとなる。

 これまでの研究により、アルコール依存症ラットにおいて、慢性的にアルコールを摂取させると、視床下部のβ-エンドルフィンニューロンの活性が低下することが分かっている6)。そして、この視床下部のβ-エンドルフィン活性の低下が、アルコール依存による禁断症状に伴う不快感や抑うつ状態の原因となる可能性がいわれており、継続的なアルコール摂取につながると考えられている。
 さらに側坐核のβ-エンドルフィンは、アルコール依存症の発症と密に関連するストレスへの反応を調整する、とされている。

 また、慢性的なアルコール摂取から離脱させると、側坐核の細胞外ドーパミン量の低下が起こる。そしてそれは、アルコール摂取からの離脱に関連した否定的な感情と身体的離脱兆候の根本原因と考えられ、飲酒行動の再発を引き起こすとされている。

 アルコール摂取がβ-エンドルフィンの活性低下を招き、うつやストレスを発症し、またアルコール摂取へとつながる。逆にいえば、β-エンドルフィンはアルコール依存性の緩和に重要な役割を果たすことが期待できるのである。

飲んだあとの代謝には影響なし

 ここで鍼治療の作用機序に視点を移してみよう。
 鍼治療は、視床下部の弓状核内のβ-エンドルフィン作動性線維およびエンケファリン作動性線維を刺激し、また、鍼治療によって賦活化されるエンドルフィン作動性ニューロンは、側坐核のγ-アミノ酪酸(GABA)ニューロンに発現するオピオイド受容体を活性化することが分かっている7)。
 先述した薬物乱用における鍼治療機序の論文の中にもあったように、HT7への鍼治療によって、側坐核のエンドルフィン作動性入力の活性化を通じて中脳辺縁系ドーパミン放出とアルコール摂取量を調節し、ドーパミン量を回復させることで行動の変容を促すのではないかとChangらは考えた。

 加えて、β-エンドルフィンが側坐核のドーパミン放出を増強するので、鍼治療によって視床下部のエンドルフィン神経線維が刺激され、慢性的なアルコール摂取からの離脱期間中に減少したβ-エンドルフィン量を正常化すると仮定したのである。

 そこでChangらは、
 1. アルコール依存性ラットにおけるアルコール離脱期間の身体的および心理的兆候に対する鍼治療の効果
 2. 鍼治療によるアルコール離脱効果における側坐核の内因性オピオイド系の役割
について評価した。

 アルコールを含まない食事を与えた群(対照群)、アルコールを含んだ食事を与える群(エタノール群)、エタノール群にHT7へ鍼治療を行った群(エタノール+HT7群)の3群の比較を実施している。

 まず、16日間アルコール有り無しの食事を与える。その後アルコールから2時間離脱させ、すぐに鍼治療を行う。鍼治療は機械式鍼治療器具(mechanical acupuncture instrument : MAI)を用い3)、85Hzで20秒間、両側HT7に刺激を加えた。
 対照群、エタノール群、エタノール+ HT7群の平均血中エタノール濃度(BEC)は、それぞれ5.7±1.3 mg / dl、198.9±9.0 mg / dl、180.7±9.1 mg / dlであり、鍼治療によってアルコールの代謝には影響を及ぼさないことが分かった。
 つまり、飲んだ後に鍼治療を受けても酒は抜けない、ということになる。

陽渓ではなく神門、健康ではなく病的状態

 次に、Changらは振戦の評価を行っている(図1)。自動振戦活動監視システムを用いて、離脱時間2時間後のラットを15分間観察すると、エタノール群では10〜22 Hzの振戦が有意に増加していた。しかしエタノール+HT7群では、コントロール群と変わらない値を示した。
 この振戦の減少は、手の陽明大腸経の陽渓(LI5)への刺激では起こらなかった。つまり、心経の経穴であるHT7特異的な反応であることが分かる。そして、このHT7への鍼刺激の反応は、オピオイド拮抗薬であるナロキソンの投与で消失した。このことから、HT7への刺激は、オピオイドを介してアルコール離脱による振戦を抑制したことになる。

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 このことを証明するために、Changらは側坐核のβ-エンドルフィン量を測定した。アルコールを摂取させた群(エタノール群、エタノール+HT7群)では対照群と比較してβ-エンドルフィン量が有意に減少するのだが、エタノール+HT7群では鍼刺激後にβ-エンドルフィン量が2倍以上に上昇する。この反応は、LI5を刺激しても起こらない。加えて、対照群のラットにHT7鍼刺激を行ってもβ-エンドルフィン量は増加しない。つまり、病的な状態で適切な部位に鍼刺激を実施しないと振戦の抑制は生じないのである。

 では、視床下部ではどのような変化が起きているのだろうか。HT7への鍼刺激を受けたラットでは、アルコール有り無しの食事にかかわらず、弓状核内のc-Fos陽性細胞の数に有意な増加を示した。つまり、HT7への鍼治療によって側坐核に投射する弓状核ニューロンの活性化が起きているのである。この反応は、電気的にも測定され、HT7への鍼治療によって放電率が有意に上昇していた。

ドーパミン放出正常化での好影響

 次に心理的な評価である。
これには高架式十字迷路装置が使用された。高架式十字迷路とは、(壁のない)オープンアームと(壁のある)クローズドアームによる十字型の迷路である。ラットは、不安が高いとクローズドアームを好むので、オープンアームにいる時間とクローズドアームにいる時間の量を比較することで、不安の評価に用いることができる。
 エタノール群では、対照群の動物と比較して、オープンアームで過ごした時間の割合が有意に短くなった。対照群では30~40%の時間オープンアームで過ごすのだが、エタノール群では1%にも満たなくなる。しかし、エタノール+HT7群では25%程度に回復する。このような現象は、側坐核内に直接β-エンドルフィンを注入しても起こる。
 つまり、HT7に鍼をすると不安が減少し、そしてこの反応はβ-エンドルフィンによるものと似ている、ということになる。

 Changらはオペラント条件付けの検査も実施している(図2)。オペラント条件付けとは、報酬や嫌悪刺激に適応して、自発的にある行動を行うように学習する、行動主義心理学の基本的な理論である。
 2本のレバーのうち、一方のレバーを引くとアルコールが出て、もう一方のレバーを引くと何も出てこない装置を用いる。すると、エタノール群では、アクティブ(アルコールが出る)なレバーを引く回数が有意に増加する。HT7に鍼刺激を行うと、アルコール摂取の有無にかかわらずアクティブなレバーを引く回数は減少した。β-エンドルフィンを直接側坐核に注入した場合も、アクティブなレバーを引く回数は、HT7への鍼治療と同様の結果を示した。
 つまり、HT7への鍼治療はβ-エンドルフィンと同じように、飲酒の再発予防につながる可能性がある。

 これらの結果から、HT7への鍼治療によって側坐核でのドーパミン放出を正常化させることにより、アルコール依存性の症状緩和に機能的な役割を果たす可能性が示唆された。慢性的なアルコール摂取から離脱することは、中脳辺縁系におけるドーパミンの低下を引き起こし、これがアルコール禁断中の負の情動や離脱症状に対する神経化学的メカニズムだと考えられている。
 この否定的な情動は、アルコール依存症ラットにおける継続的なアルコール探索行動を動機付ける可能性があり、HT7への鍼治療によって生じたアルコール自己投与(アクティブレバーを引く回数)の減少は、ドーパミンの枯渇を抑制した可能性が考えられる。

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通電ではない鍼の刺激で変化

 いかがであっただろうか。
 慢性的なアルコール摂取による依存症では、離脱中の振戦、不安様行動、アルコールの自己投与の増加と側坐核での有意なβ-エンドルフィンの減少を示した。β-エンドルフィンが側坐核のドーパミン量をどのように調節するかはまだ解明されていないが、モルヒネは側坐核のGABAニューロンを阻害し、腹側被蓋野のドーパミンニューロンを阻害しないことが分かっている。

 したがって、β-エンドルフィンは、オピオイド受容体を介して腹側被害野のドーパミンニューロンに投射する側坐核のGABAニューロンに対して、その阻害作用を発揮すると推測される。つまり、アルコールからの離脱中に、側坐核のβ-エンドルフィン、内因性オピオイドの量が低いと、側坐核のGABAニューロンが抑制されなくなり、ドーパミンニューロン活動が低下する。その結果として、不快感や不安な症状が生じる。
 HT7への鍼治療が、アルコール依存性ラットの側坐核で減少したβ-エンドルフィン量を回復することにより、振戦、不安様行動、飲酒行動を抑制したことから、これらの経路に何らかの影響を及ぼしたと考えられるのである。

 鍼治療によってオピオイドが放出されることは全鍼灸師が知っている。それは、鍼麻酔の機序として勉強する。しかし、Changらの結果から、抗不安作用にも同じような機序が関わっていることになる。
 これまでの鍼鎮痛に関わる鍼灸オピオイド説では、数分~数十分の鍼通電刺激が主なものであった。今回のChangらの研究では、鍼通電刺激を用いず(85Hzというのは、その頻度で鍼を動かしているという意味であり、2本の鍼の間に電気を流すわけではない)、それもわずか20秒の刺激で十分な量のオピオイドが放出される可能性が示唆された。また、薬物中毒に対する鍼治療効果を調べた時と同様の結果を示したことから、鍼刺激はC線維だけではなく、太いA線維にも入力があることが分かった点は興味深い。

酒好きへの現実的なアドバイス

 昔から「酒は百薬の長」といわれている。また、これまでの数々の研究で少量ならば飲まないよりは飲んだほうが健康によいとされてきた。
 しかし、2018年、この説は覆ることになる。英ケンブリッジ大学によって行われた研究では、健康の損失を最小限に抑えるお酒の量はゼロであると結論付けている8)。そのなかでは、消費量が増えれば増えるほど、ありとあらゆる原因の死亡率が上がるとも述べている。

 お酒は飲まないことに越したことはないということになるのだが、現実は多くの人が飲酒を楽しんでいる。いくら鍼治療が効果的であるといえども、飲んだ後には鍼治療という前に、ほどほどで留めておくよう指導することが大事なのはいうまでもない。

 
【参考文献】
1)Chang S, Kim DH et al. Acupuncture attenuates alcohol dependence through activation of endorphinergic input to the nucleus accumbens from the arcuate nucleus. Sci Adv. 2019; 5(9): eaax1342. doi: 10.1126/sciadv.aax1342.
2)建部陽嗣, 樋川正仁. 鍼灸ワールドコラム第33回. 海外で研究が進む薬物中毒への鍼刺激効果. 医道の日本 2014; 73(2): 166-8.
3)Kim SA, Lee BH et al. Peripheral afferent mechanisms underlying acupuncture inhibition of cocaine behavioral effects in rats. PLoS One. 2013; 8(11): e81018.
4)建部陽嗣, 樋川正仁. 鍼灸ワールドコラム第80回. 経穴の解明を試みた韓国の最新研究「神経性スポット」とは. 医道の日本 2018; 77(1): 226-8.
5)Kim DH, Ryu Y et al. Acupuncture points can be identified as cutaneous neurogenic inflammatory spots. Sci Rep. 2017 ;7(1): 15214.
6)Scanlon MN, Lazar-Wesley E et al. Proopiomelanocortin messenger RNA is decreased in the mediobasal hypothalamus of rats made dependent on ethanol. Alcohol Clin Exp Res. 1992; 16(6): 1147-51.
7)Mansour A, Khachaturian H et al. Anatomy of CNS opioid receptors. Trends Neurosci. 1988; 11(7): 308-14.
8)Wood AM, Kaptoge S et al. Risk thresholds for alcohol consumption: combined analysis of individual-participant data for 599 912 current drinkers in 83 prospective studies. Lancet. 2018; 391(10129): 1513-23.


 


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