蔵府概念の根底にある陰陽五行

篠原孝市

中国医学の構成を正しく理解する

 前回、私は、〈五蔵〉あるいはそこに所藏される〈精気〉と人間の生死や生存との関わりを概括した。

 また〈五蔵〉〈六府〉と〈病い〉の関係に言及し、あわせて〈五蔵〉〈六府〉確立以前の蔵府論に触れた。

 それらをふまえて、今回から、〈五蔵〉〈六府〉の運用について述べることとする。

 〈五蔵〉〈六府〉の運用を考える際に(それは経脈の運用に際しても同様であるが)、どうしても避けて通ることができないのが、〈五蔵〉〈六府〉という認識方法の根底にある〈陰陽〉と〈五行〉についてである。

 現代医学の立場に立つ場合、〈陰陽〉〈五行〉はつまずきの石となる。中西合作的な要素が見え隠れする現代中医学においても同様である。そこで、行われるのは、〈五蔵〉〈六府〉から〈陰陽〉や〈五行〉的要素を薄めたり外したりして、現代医学に沿った形に解釈しようとする試みである。対象が理解できない場合、理解できるように歪めて理解することも珍しいことではない。

 しかし、中国医学の〈五蔵〉〈六府〉から〈陰陽〉〈五行〉を外すことはできない。〈五蔵〉や〈六府〉に〈陰陽〉や〈五行〉の論理を適応して整理してあるからではない。それならば〈陰陽〉や〈五行〉を取り除いても問題ないはずである。しかし、そうはならない。そもそも〈五蔵〉や〈六府〉は〈陰陽〉〈五行〉の論理と一体不可分なのである。具体的には、たとえば〈肺〉とは、〈肺〉のことではなく、肺と大腸という〈陰陽〉の〈関係〉、あるいは肺と肝、肺と脾、肺と腎、肺と胆、肺と小腸、肺と膀胱という〈五行〉の〈関係〉を示す概念だからである。こうした〈五蔵〉の〈関係性〉に耐えられず、古典のなかから、〈關係性〉の希薄そうな〈五蔵〉経文を探し出して対置しても無駄である。中国二千年の〈五蔵〉概念は、ほぼ〈陰陽〉〈五行〉のもとに記載されているからである。中国医学の〈五蔵〉〈六府〉の姿は、現代医学の常識の中にいる私たちを安心させるようなものではない。

ポイント

  • 医学の根底の蔵府概念、その根底の陰陽五行!
  • 蔵府も陰陽五行も、ゆがめず本来の形を理解する!
  • 蔵府概念は陰陽五行があって成立する!

〈陰陽〉〈五行〉という論理の必要性

 以下、〈五蔵〉や〈六府〉という概念に〈陰陽〉〈五行〉という論理が必要とされた理由を考えてみよう。

 自然界や人間の在り方を、言葉や概念、カテゴリーなしに理解することは難しい。この世界は明るさと暗さが反覆し、雨が降るかと思えば風が吹く。長いスタンスなら、日照時間の長さは刻々と変化し、それに伴い寒暑の傾きがあり、地上の動植物が変化する。

 私たちがそこに一定の規則性と安定を見いだすのは、既にある昼や夜、春夏秋冬、寒暑などの言葉、天文学や気象学の知識を意識的、無意識的に援用してそれを見ているからである。それが人間の生活と意識を安定させる。そして、その安定の中に不安定が含まれていることを忘れさせる。

 たとえば寒い夏や温かい冬が珍しくないように、自然界の安定と諧調には、必ず不安定と乱調が含まれている。人間の身体と意識も相対的に安定しつつ、やはり不安定を避けることができない。自然界同様、人間の身体にも、何が起こるかわからない。人間が最初に身心の不調を意識するのは、十代の頃であるが、年齢とともに調和は不調和に変わり、しかも、それを止めることはできない。そして、その不安定や不調和の理由がわからないということが、私たちを苦しめるのである。

 自然界や人体の秩序と無秩序の原因や状態は多様であって、それを捉えることは個人の経験や直感ではどうにもならない。現象に対する命名や抽象化、そして〈分類〉と〈関係〉付けが不可欠である。どんな事態にも対応できるような汎用の理論がなくては、対処することはできないからである。

 古代中国の医家たちにとっても、それは自明のことであった。『素問』『霊枢』『難経』の〈蔵府〉論はもちろん、『傷寒論』の〈三陰三陽〉の病位論も、直接の経験を記載したものではなく、それを抽象化し、〈病い〉を診るための規範を示しているのはそのためである。

 これに対して、経験を抽象化せずそのまま記載することで規範を示したように見える古代医薬書の例として、『神農本草経』や『明堂』の主治条文がある。しかし、それらの経文から何らかの〈論理〉が抽出できなければ、そこに載せられている薬物や兪穴を、臨床において汎用的に用いることは難しい。

 私たちは論理なしに、物事を判断することはできない。いうまでもなく、論理というものは、混沌とした現実を整理し、物事を構造的に把握して、仮説としての認識を形成するための規範ではあっても、現実そのものではない。私がここで「規範」というのは、単に〈陰陽〉や〈五行〉だけを指すものではない。たとえば、混沌とした脈搏の動きをつかむために設定された〈脈状〉もまた、現実の脈拍ではなく、規範なのである。

 古代の中国人も、世界が〈陰陽〉と〈五行〉で秩序正しく動いているなどとは考えなかったと思われる。現在、古典的な鍼灸を行っている私たちもまた同じである。だからこそ、それらの論理を適応し、運用する過程においては、親試実験が必要とされる。医学や鍼灸のような実学では、論理を振りかざしても無駄で、実際の効果が上がるように、仮説としての認識は絶え間なく変更されなくてはならない。それが〈陰陽〉や〈五行〉を使った医学概念の真実の在り方である。〈蔵府〉や〈三陰三陽〉の理論を使っている臨床家は、誰もみなそのようにしているはずである。

 ただ、論理は一般に、人間の頭の中では、目の前の現実よりも現実的に見えてきて、しばしば現実と混同される。論理の通りに現実が起こらないはずがないと思い、現実を、それが論理と整合しないことを理由に否定するようにすらなる。もちろん、それは〈陰陽〉や〈五行〉に限ったことではないが、心すべきことである。

ポイント

  • 自然界や人間の在り方は言葉や概念、カテゴリーで理解する!
  • 理論によって混沌とした自然、現実、脈拍を整理できる!
  • 現実と論理が整合しないことはよくある!

〈陰陽〉〈五行〉における〈分類〉と〈関係〉

 〈陰陽〉〈五行〉と一体不可分の〈五蔵〉や〈六府〉とは、具体的にどのような認識の世界だろうか。

 〈陰陽〉〈五行〉という認識には二つの側面がある。一つは〈分類〉であり、もう一つは〈関係〉である。

 〈分類〉とは、事物をその種類・性質・系統などに従って分けさまざまな現象をそこに当てはめていくことである。これには二つの側面がある。空間的側面と時間的側面である。

 自然界でいえば、空間的側面とは、上・左・外・表・日向・東方と南方などを陽、下・右・内・裏・日陰・西方と北方などを陰とするなどである。時間的側面とは、昼夜、春夏秋冬などである。人体でいえば、上下、左右、内外、表裏、寒熱、腹背、手足と体幹であり、身体部位を〈五蔵〉に〈分類〉すること、すなわち目は肝の気に、耳は腎の気に、鼻は肺の気に配当するということである。五行の色体表的なものと考えてよい。

 しかし、〈分類〉の一対一的認識は、それ自体が甚だ固定的な認識であって、臨床の診察に使ってみると、その硬直性や観念性は明らかである。ためしに目の症状を持っている患者に、肝の気に関わりのあると考えられる足厥陰肝経や肝兪、あるいは期門、あるいは手足の末端にある井木穴に施鍼や施灸をしても必ずしもうまくはいかない。

 つまり〈分類〉は基礎ではあるが、応用にはなお十分ではないのである。別の言い方をすれば、〈五蔵〉は、〈陰陽〉と〈五行〉の関係論に行き着いて初めて意味を持つ。
 たとえば私は先ほど、上下や左右を〈陰陽〉に〈分類〉した。しかし、上下や左右を陰陽的に見ることの本質は、上を陽、下を陰に〈分類〉することを越えて、上下を一体と見るときにおいてのみ意味を持つ。すなわち「上」は「下」なしでは成り立たない相対概念である。

 このことは脈状の浮沈を例にして考えるとわかりやすいかもしれない。「浮」を陽、「沈」を陰の脈と〈分類〉し、これらを二つの脈とみた場合、「浮と沈の間に位置する脈」という考え方が成立する。しかし、それは中国医学を理解しない、現代医学的な発想である。なぜならば、「浮沈」とは最強部が診脈部の深さの相対的な〈偏り〉を示す指標なのであって、浮脈や沈脈が単独に存在するわけではないからである。遅数、虚実、滑濇など、南宋金元以降に一対として理解されるようになった脈状も同じである。だから「滑っぽい濇」とか「浮のような沈」という診察はあり得ない。

ポイント

  • 自然界や人体に関わることを「空間」と「時間」で分類してみよう!
  • 五蔵は陰陽と五行の関係論が必須!
  • 「浮沈」は相対的な偏りを示し、浮脈や沈脈は単独で存在しない!

〈五蔵〉〈六府〉の陰陽分類

 ここからは〈五蔵〉が〈陰陽〉論によって、どのように構想されたかについて述べることとする。

 『素問』金匱真言論篇では、内外、腹背、〈蔵〉〈府〉を陰陽に分類し、次に肝心脾肺腎と胆胃大腸小腸膀胱三焦を陰陽に分類している。さらに春夏秋冬の陰陽分類からの類推で、陰陽の中にさらに陰陽を設けて心を「陽中之陽」、肺を「陽中之陰」、腎を「陰中之陰」、肝を「陰中之陽」、脾を「陰中之至陰」と規定している。この場合、心と肺の違いは陽の中の陽気の過多を表したものと解釈できる。ちなみに「陽」とは「陰の気が少ないこと」、「陰」とは「陽の気が少ないこと」を意味している。

 〈五蔵〉のこうした陰陽分類は、『霊枢』九針十二原篇や陰陽繋日月篇にも見える。それらの篇では、心は「陽中之太陽」、肺は「陽中之少陰」、腎は「陰中之太陰」、肝は「陰中之少陽」、脾は「陰中之至陰」となっているが、意味に違いはない。

 これらの経文に見える「至陰」は、『素問』の六節蔵象論篇、評熱病論篇、痺論篇では、土、腹、肌、土用と関わりのある用例が、水熱穴論篇では腎と関わる用例が見える。

 これらはもともと、〈五蔵〉のもととなった実質臓器の高低から類推されたものであろうが、この〈五蔵〉の陰陽のイメージは、『難経』四難、五難、十二難、七十難などに受け継がれ、後代、五蔵病証を考えるうえにおいて、重要な指標となったのである。

 〈六府〉にはこうした陰陽的分類はない。その代わりに登場するのが、〈五蔵〉と〈六府〉の表裏関係であるが、それについては、次回に述べることとする。

ポイント

  • 『素問』『霊枢』では内外、腹背、蔵府を陰陽に分類している!
  • 古代医学者は陰陽に分類して事象を理解しようとしていた!
  • 陰陽分類は伝統医学の指標!


 


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2021年6月30日 コメントは受け付けていません。 鍼灸論考