日本陸上競技短距離走 桐生祥秀選手・後藤勤トレーナー インタビュー

男子100m走の現日本記録保持者でもあり、2017年に日本人史上初の9秒台となる9秒98を公式記録した桐生祥秀(きりゅう よしひで)選手。中学生の時からボディケアに「鍼治療」を取り入れているという桐生選手と、現在その走りを「鍼」でサポートする後藤 勤(ごとう つとむ)トレーナーにお話をうかがいました。

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―― お二人の出会いはいつ頃ですか?

桐生:僕がまだ高校生、17歳の時です。
後藤:彼が「100m、10秒01」という異次元のタイムを出して海外の大会に招待された時、日本陸連(※1)からの依頼で帯同したのが初めてです。その時は17歳とは思えない筋肉の「量」と「質」に驚きましたが、よく喋ってよく笑う…中身はごく普通の高校生だったことを覚えています。

―― 後藤トレーナーが鍼灸師を志したきっかけは何ですか?

後藤:実は私も高校時代陸上の長距離選手でしたが、腰椎椎間板 ヘルニアになってしまい鍼治療を受けていたんです。その時「トレーナー」という仕事を知って、選手としては叶えられないオリンピック出場の夢をトレーナーで実現したいって思いました。それで大学進学後に、師匠でもある佐藤丈能(さとう たけよし)(※2)氏に指導を仰いで「鍼」の道へ進みました。

―― これまでで一番嬉しかったこと、辛かったことは何ですか?

後藤:担当している選手が良い結果を出してくれた時ですね。
桐生:目標タイムを達成できたのはもちろんですが、良い成績を残すことで色々な方々と出会えたのが嬉しいですね。逆に、怪我をして思うように走ることができなくなってしまった時は辛かったです。

―― 桐生選手はいつからボディケアに「鍼」を取り入れているんですか?

桐生:中学2年生の時に腰痛の治療で受けたのが最初です。怖かったけど注射は嫌いじゃなかったので、鍼を刺される時の“チク”っとした感じ や、“ズン”と響くような感覚も嫌ではありませんでした。そして数日後に腰痛が改善したので、むしろそれからは鍼治療を積極的に受けるようになりました。

―― 桐生選手はどんな時に鍼治療を受けているんですか?

桐生:週一回、または試合遠征や合宿の時に後藤トレーナーの鍼治療を受けています。練習や試合に合わせた疲労回復、ボディチェック、痛みのコントロールが目的です。お陰で良いコンディションで練習や試合に臨むことができています。特に疲労回復のためにやってもらうと、翌日には身体が楽になるのを実感します。

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―― アスリートにとって「鍼」が効果的と思われるのはどんな点ですか?

後藤:即効性がありますね。また、治り難いと言われるスポーツ障害にも効果が期待できます。桐生選手が肉離れをした時は、後遺症を残さずに早く回復させることができました。また、練習や試合のコンディショニング、疲労回復に「鍼」は必要不可欠です。

―― 陸上の短距離種目ということで特に意識していることはありますか?

後藤:陸上の短距離種目の中でも、特に100m走は0.01秒を競う世界です。ただ真っ直ぐ100mを走り抜けるという単純なスポーツだけに、ほんの少しの身体感覚のズレやコンディションの狂いが影響する究極の競技です。試合に合わせて最高の能力を発揮できるように、「ピーキング」(※3)と呼ばれる調整法を行っています。

―― 競技の前と後で施術方法に違いはありますか。

後藤:競技前は、刺激量を抑えるために刺を浅く入れるようにしています。刺激量を調整するために、鍼の長さや太さ・本数・刺入速度 なども変えています。試合の時に身体を最高の状態に仕上げなければいけないので、刺激量にはかなり気を使いますね。筋肉のテンションは張りすぎず、緩めすぎないようにしています。

―― 普段の生活ではどのようにコンディションを整えているんですか?

桐生:入浴剤を入れたお風呂にしっかり浸かっています(笑)。一般の方にもオススメですよ。
後藤:「セルフストレッチ」や「セルフマッサージ」はどなたでも簡単にできます。でも、どんなボディケアもその効果を出すためには正しい手法や理論を理解して行う必要があります。鍼治療も同じで、正確な評価ができなければ施術効果を出せません。特にスポーツ障害を診る上では重要です。

―― 桐生選手にとって後藤トレーナーはどんな存在ですか?

桐生:大学時代4年間、そして今も後藤さん一筋なので他のトレーナーとは比較できませんが、それだけに、僕にとってとても大切で信頼できる人です。プライベートな悩み相談に乗ってもらうこともありますよ。後藤さんは鍼灸師でありトレーナーであり、何でもできる頼れる存在です!

―― 後藤トレーナーはアスリートの活躍をどのように思いますか?

後藤:担当している選手が試合で活躍してくれることが何より嬉しいです。国際大会で活躍することで、陸上競技の普及と応援してくれている人達を元気にして欲しいですね。そのためには私自身も、日々努力・精進し技術力を高めるのは当然ですが、どんな時もその選手の一番の味方でいることを信念としてサポートしています。

―― 今後の目標・抱負を教えてください。

桐生:この春大学を卒業しましたが、これからは社会人として結果を残すことです。何よりもまず練習にしっかり取り組んで行きます。
後藤:選手とコーチが目指す目標を、影できちんと支えていくことです。良い時も悪い時も変わらずにサポートして行きます。

―― 最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

桐生:誰でも最初は「鍼」が怖いかも知れませんが、ボディケアの一つとしてまずはやってみて、自分に合う治療法を選択すれば良いと思います。
後藤:「鍼」は、認定校で3年間「鍼灸医療」のカリキュラムを学んで、正しい知識と技術を必要とする厚生労働省認可の国家資格を持つ鍼灸師(※4)が施術するものです。全国に多くの鍼灸師がいますが、アスリートだけでなく一般の方にも、それぞれの症状に合う正しい治療を選択してくれると思います。是非一度試してみてください。
桐生選手のこだわりは、最初にきついトレーニングをして、最後に気持ちの良いダッシュで終わることだそうです。「鍼」でのボディケア、そしてメンタル面でも疲れを明日に残さないトレーニング法…市民ランナーの方もご参考にしてはいかがでしょうか。

※1「日本陸連」:公益財団法人日本陸上競技連盟(Japan Association of Athletics Federations、JAAF)の略称。日本国内の陸上競技を統括する公益財団法人。
※2「佐藤丈能(さとう たけよし)」:はり師きゅう師あん摩マッサージ指圧師、針院さとうTSSケアグループ代表。大学でアスレティックトレーナーの育成をする傍ら、治療院・現場でアスリートのサポートを行う。至学館大学短期大学部アスレティックトレーナー専攻科准教授、愛知陸上競技協会強化委員会医事部副部長、愛知水泳連盟医科学委員会委員、愛知県アスレティックトレーナー連絡協議会理事、日本体育協会公認アスレティックトレーナー、日本陸上競技連盟医事委員会トレーナー。
※3「ピーキング」:試合当日に選手が最高の能力を発揮できるようにトレーニングや治療方法を変えていくこと。
※4「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」の定めにより、医師以外で鍼(はり)を業とする者は、国家資格である「はり師免許」を受けなければならない。


 

◆桐生祥秀(きりゅう よしひで)

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種目:陸上競技 短距離走
生年月日:1995年12月15日
所属:東洋大学 → 日本生命保険相互会社(2018年4月?)
ホームページ:(日本陸上競技連盟)
https://www.jaaf.or.jp/player/profile/yoshihide_kiryu/

 
◆後藤 勤(ごとう つとむ)

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生年月日:1974年5月23日
出身校:中和医療専門学校
資格:はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
日本オリンピック委員会強化スタッフトレーナー(陸上競技)
日本陸上競技連盟医事委員会トレーナー部委員
免許取得年:2000年
所属団体:T.S Serve Trainer Team(針院さとう)
ホームページ:http://tsserve.com/