鍼灸Newsletter しんきゅうニュースレター No.9 2011年3月発行
1.「がん」と鍼灸治療 – がん患者に対する鍼灸治療
2.「がん」と鍼灸治療 – がん専門病院における鍼灸治療の現状
3. 明治国際医療大学が、厚労省より鍼灸関連の研究費補助を受給
4. スポーツと鍼灸臨床の場「第1回臨床鍼灸スポーツフォーラム 」を開催
5. 「温泉とはり、きゅう、マッサージで健康つくり講演会」を開催
身近で優しい医療として、社会での新たな役割をめざす鍼灸業界の取り組みや現状
「がん」と鍼灸治療
日本では、がん検診が広く普及しているにも関わらず、がんの発症、がんによる死亡者数は減っていません。年間100万人が亡くなる中で、約30万人の死因はがんだと言われています。そんな中、QOL(Quality of Life=生活の質)の向上や抗がん剤による副作用の軽減、免疫力の回復などを目的に、鍼灸治療を希望するがん患者が増えてきています。
今回は、鍼灸に関する学術学会でがんと鍼灸に関するシンポジウムのコーディネーターなども務める(社)全日本鍼灸学会副会長の小川卓良さんに、がん患者に対する鍼灸治療について話を伺いました。小川さんは杏林堂(東京都新宿区)の院長として、がん患者に対して鍼灸治療を行っており、その経験からもいくつか症例を紹介していただきます。
がん患者に対する鍼灸治療
杏林堂院長 小川卓良
鍼灸治療の有効性
1)免疫力の向上 鍼灸治療では、“心身の変調を整えて自然治癒力、免疫力を高めて病魔に対応する”という方法をとります。特に、自律神経の変調を整える作用があるとともに、免疫力を向上させる働きがあることがわかっています。下図1はイムノドックという免疫力を調べる検査の結果です。この患者は、手術でがんを取りきれずに抗がん剤を毎週投与していましたが、毎日家族に灸をすえてもらっているからか、副作用も少なく元気に生活しています(症例1)。イムノドックの結果をみると、免疫力を高めるために必要なインターロイキンやインターフェロン等が豊富にあり、がんとの闘いで主役を務めるNK細胞も非常に多いことがわかります。そして同時に非常に大事なT1リンパ球数とT2リンパ球数もあり、見事なバランスがとれています。
2)QOL(生活の質)の改善 鍼灸治療を行うと、血行が改善するなど全身的に作用するので、食欲がでたり、睡眠状態や便通も良くなったり、足腰肩のこりや痛み等が改善したりというようにQOLが高まると言われています。QOLが向上すれば、免疫力向上にも繋がりますし、苦痛も減らすことができます。
3)副作用の軽減 病院などで鍼灸治療を行う場合にはまず西洋医学の治療が優先されますが、西洋医学の及ばない範囲の病態や抗がん剤による副作用の軽減などに対して、鍼灸治療による効果が求められています。 次ページ図2は埼玉医科大学での研究成果です。抗がん剤や放射線治療でしばしば起きる浮腫(むくみ)の副作用を鍼治療で軽減できることを示したデータです。西洋医学の治療による副作用が軽減できれば、QOLも向上し元気にもなり、抗がん剤や放射線による免疫力の低下に対しても症例1のように極力影響を抑える可能性も高くなります。
鍼灸治療で、転移がんが完全に消失した症例や
術後の再発防止例
次に、複数転移したがんが、鍼灸治療で完全に消失し、以後10 年以上経っても健康を保っている患者(女性、51 歳)の例をご紹介します(症例2)。
この患者は乳がん摘出手術後、肺に複数のがんが転移し、放射線と抗がん剤治療を始めましたが、食欲不振、嘔気・嘔吐、体重減少等様々な副作用で体調が悪化。抗がん剤と放射線を中止して当院で鍼灸治療を行いました。すると体調が回復し、約半年後にMRI 上で転移がんが完全に消失したことを確認しました。
素問八王子クリニックの真柄俊一医師は、手術後に再発の確率が60~70%あるいはそれ以上高いがんに対して、鍼治療(食事や生活改善のアドバイス含む)を行うと、再発率は10%位に下がり(右表1・左欄)、再発率20%程度のがんに対しても4%程度の再発率しかなかった(右表1・右欄)と報告しており、鍼灸治療にはがん再発防止効果があることを示唆しています。
緩和ケアとしての鍼灸治療
がんに対する鍼灸治療といえば、これまではターミナルケア(終末期医療)として行われていました。しかし私は治療現場で、「鍼灸治療を始めてから、宣告された余命より長く生きた」「ほとんど動けなかったが鍼灸院まで歩いてくることができた」「痛みなどの症状の緩和やQOL を向上することができた」とい患者を多く診てきました。このような経験から、私は緩和ケアに有効ならば治療や予防にも有効であろうと考え、がんに対する鍼灸治療の研究を始めたのです。
緩和ケアに鍼灸を取り入れている医療機関は、前述の埼玉医科大学や国立がん研究センターなど増えてきましたし、世界では欧米を中心に、既に緩和ケアに鍼灸を取り入れています。家族ががん患者になると、他の家族また自律神経の変調等が起きますので、家族のケアも必要になり、そんな時、鍼灸治療が役立ちます。
このように、まだ十分なエビデンスがあるとは言えませんが、がんに対して鍼灸治療がある程度有効であるということは言えるでしょう。
鍼灸治療を受けるなら
WEB サイト「鍼灸net」からの検索が安心
鍼灸医療推進研究会のWEB サイト「鍼灸net」(http://www.shinkyu-net.jp )では、全日本鍼灸学会、日本鍼灸師会、全日本鍼灸マッサージ師会の治療院紹介ページへのサイトリンクを紹介しています。団体ごとにその基準は異なりますが、例えば、全日本鍼灸学会では、認定制度を設け、一定のレベルを保持している会員を認定し、ホームページに掲載していますので、鍼灸師を選ぶ目安として参考にしていただければよいと思います。 また前述の通り、病医院でも鍼灸治療を行っているところがありますので、各病院に問い合わせてみてください。
がん専門病院における鍼灸治療の現状
無量光寿庵はる治療院 院長
鍼灸師 鈴木春子
がん治療における鍼灸の目的には大きく二つあると言われています。
一つは「がんを治す」こと。もう一方は「がん治療により起こる副作用に対して行う緩和ケア」です。二つ目の緩和ケアに重点を置いて治療を行っている、国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)の取り組みをご紹介いたします。
国立がん研究センター中央病院
「緩和ケア科 鍼灸治療室」の役割
がん治療最前線である、独立行政法人国立がん研究センター中央病院(以下、がん研究センター)はベッド数600床、1日に外来患者がおよそ1000人訪れます。ここでは26年前から、鍼灸を取り入れ、1999年には現在の緩和ケア科が新設され、鍼灸も緩和ケアチームの一部門として参加しています。
緩和ケアとは、がんそのものによる痛みや、がん治療によるつらさ、また療養生活に伴う苦痛やがん以外の痛みなどの苦痛を和らげ、今まで通りの質の高い日常生活を過ごすための治療や援助をすることを意味しています。千葉県柏市のがん研究センター東病院には緩和ケア病棟が25床あり、終末期の患者の症状の緩和やリラックスに鍼灸治療を行っています。
患者が鍼灸治療を受診するには
患者の苦痛が取れないとき、担当医から緩和ケア科に依頼があり、緩和ケア医が鍼灸の適応と判断した場合、鍼灸師に指示があります。情報を共有するために、施術は電子カルテに記入します。緩和ケアにおける鍼灸治療は、以下の点で効果が期待できると考えられます。①抗がん剤治療による副作用の痛みやしびれの緩和 ②リラックスするなど精神状態に対する効果 ③闘病生活などの長期臥床による筋肉痛の緩和④呼吸困難など終末期における苦痛の緩和。鍼灸治療は副作用が少なく、手術後や放射線治療などほかの治療法と併用でき、また病期の進行状態にかかわりなく発病から終末期まで治療が可能で、患者から希望されることもあります。
これからの課題
1) 全国の治療院ネットワークの構築
がん研究センターには相談支援センターがあり、全国からがん治療に関する問い合わせが多く寄せられます。各地の鍼灸院の紹介や、退院後自宅近くの鍼灸院を紹介してほしいというニーズも多く聞かれます。全国の多くの鍼灸院の中で、がん患者が安心して安全に治療を受けられる治療院のネットワークが必要です。
2) 医療者に対する鍼灸効果普及
二人に一人ががんになる時代です。がんの治療にかかわる多くの医療者に、鍼灸治療について知ってほしいと願っています。すべての患者に副作用が出るわけではありませんが、抗がん剤の副作用は多様であり、人によってさまざまな反応が出ることがあります。指先の色素沈着や、神経障害によるいたみしびれや、発疹など、時間がたてばとれるのもありますが、抗がん剤が変わるごとに違う副作用に悩まされることがあります。以前テレビで、「抗がん剤の副作用でしびれが取れないんです」という地方の男性の談話がありました。担当の先生が、鍼灸治療を知っていてくれたらなあと思いました。鍼灸は腎障害や肝障害があっても、体表のツボから内部臓器に働きかけて、症状をやわらげることが可能です。
3)がんは慢性疾患
慢性疾患としてがんは経済的に負担が大きく、しかも検査のたび、患者はびくびくして、不安を持ち続けています。がんの治療は確かにきつく、敏感な体質の方には大変侵襲が大きいのも事実です。でも、抗がん剤や手術で助かる命も多いのも事実です。どのようにしたらその方が安心して治療に専念できるのでしょう。鍼灸の温かい手当てや施術はがん患者の心と身体の苦しさを支える、大きな治療の柱となるでしょう。
モルヒネは痛みによく効く薬です。怖い薬ではないのです。ドクターとより良い信頼関係を築き、後悔しない治療を選んでほしいと思います。鍼灸は症状をコントロールしながら自然にその人の力を引き出すいわば「福」作用があります。気持ちがよくて元気が出ます。そういう患者もたくさ
ん見てきました。東洋医学と西洋医学の枠をこえ両者が相まってバランスよくがんに対峙すべきと考えています。
明治国際医療大学が厚労省より鍼灸関連の研究費補助を受給
明治国際医療大学附属病院では、この度、「緩和ケアにおける鍼灸治療の有用性、適応の評価とチーム医療のためのシステム化に関する調査研究( H22-医療- 一般- 010 )」と題する研究費用を、平成22年度厚生労働科学研究費補助金として受給しました。研究費の総額は平成22年度が9,542,000 円(うち間接経費 442,000円)です。
同大学附属病院では、昭和61年の附属病院開設以来、周術期の患者をはじめ、緩和ケア患者等に対する鍼灸治療の併用効果について継続的に研究が行われてきました。さらに、がんの化学療法で用いる抗がん剤の副作用に対する鍼治療併用による緩和効果や術後患者の早期回復に向けたクリニカルパスの中に鍼治療を組み込む試みなど、種々のユニークな取り組みも行われています。
そんな中で、附属病院のみならず、近隣の緩和ケア病棟とも提携し、鍼治療の適応や効果、鍼治療導入のための教育システム等に関する研究テーマを掲げ、この度の受給となりました。
緩和ケア病棟における治療現場では、鍼灸治療への期待が大きく、種々の愁訴に対する鍼灸治療のオーダーが入ります。一方、患者の状態は通常の運動器愁訴を有する患者とは異なり、がん末期で苦痛が大きく、これに認知症や高齢等の影響が重なり、痛みの測定法であるVAS(visual analogue scale)やface scaleなどの調査票がほとんど期待できない患者が多いのが現状です。そのため、鍼灸治療効果を医療における科学的根拠(EBM)として明らかにすることが難題となっています。投薬の種類と投与量の推移はもとより、看護師の経過記録(看護記録)、表情、応答性、医師の印象評価など、臨機応変の対応が必要となっています。
研究は緒に就いたばかりですが、鍼灸治療に対する患者および医療スタッフの期待に応えるべく、努力を傾注して研究を継続してまいます。
なお、今回の研究組織は、明治国際医療大学伝統鍼灸学教室・篠原昭二教授、和辻直准教授、斉藤宗則講師、関真亮助教、横西望(修士/共同研究者)、また、同附属病院の外科学教室・糸井啓純教授、神山順講師で構成されるグループで実施しています。
教授 篠原昭二
スポーツと鍼灸臨床の新たな研修の場
「第1回臨床鍼灸スポーツフォーラム」を開催
第1回臨床鍼灸スポーツフォーラム(主催 公益社団法人日本鍼灸師会)が2011年2月13日(日)に名古屋国際会議場にて開催されました。
近年、少子高齢化とライフスタイルの変容の中で、スポーツに対する関心はますます高まっています。また、行政や民間によるさまざまなスポーツ振興事業の開催により、体力・健康づくりの手段として、多くの人々が多様な形でスポーツに参加するようになってきました。
ところが、スポーツをする国民が増えれば増えるほど、スポーツによる何らかの身体的トラブルに見舞われる機会も多くなります。その結果、身体の不調を訴え、鍼灸院に駆け込む患者が増えているのも現状です。鍼灸師はこれまで以上に専門資格としての責任を求められており、また安心・安全な治療環境を提供するために、鍼灸師の教育と新しい研修の場が重要であることをより認識しなければなりません。そのような背景から、第1回臨床鍼灸スポーツフォーラムを開催しました。
「第1回臨床鍼灸スポーツフォーラム」では、下記の通り、研修ならびに症例検討とボランティア活動報告を行いました。今後も研修を重ね、毎年継続していく予定です。
特別講演の講師・湯浅教授が、鍼灸治療にも通う男子ハンマー投金メダリスト・室伏広治選手とのエピソードを紹介
【実施概要】
1. 特別講演
「老いない体をつくる~運動・治す・防ぐ・若返る~」
中京大学体育学部 学部長/中京大学大学院体育学研究科 教授 湯浅 景元
2.教育講演
「スポーツ障害における動作解析と鍼灸臨床~スポーツ種目の特性と身体バランス~」
公益社団法人日本鍼灸師会 学術局長 小松 秀人
3.症例報告と臨床実技
3題(シンスプリント・高校サッカー急性腰痛・足根洞症候群)
4.全国のスポーツ現場における鍼灸治療ボランティア報告
5題(東京・滋賀・兵庫・岡山・千葉)
鍼灸医療推進研究会研修作業部会
小松 秀人・三浦 洋
「温泉とはり、きゅう、マッサージで健康つくり講演会」を開催
(社)全日本鍼灸マッサージ師会(以下、全鍼師会)は、平成23年2月27日(日)、アートホテルズ札幌(北海道札幌市)にて、「第1回 温泉とはり、きゅう、マッサージで健康つくり講演会」を開催しました。参加者は、一般市民82名を含む、総勢105名となりました。
第1部は札幌国際大学観光学部の松田忠徳教授より講演があり、温泉(源泉かけ流し)の優れた効能
と沸かし直しの温泉や家庭湯の危険性などを解説。
また、塩素消毒による身体への影響を指摘した上で、「病気にならない健康な身体」を得る方法として、日本古来の「湯治」により免疫力・自然治癒力を強化する温泉予防医学の必要性を提唱しました。
第2部では「温泉とはり、きゅう、マッサージで健康つくり」と題して全鍼師会の山田真以知観光地部長が鍼灸マッサージ治療の適応や東洋医学の治癒に至るメカニズムなど、最新の資料を元に分かりやすく解説しました。湯治も鍼灸マッサージ治療も、ともに日本古来の養生法であったにもかかわらず、現在では湯治場が観光地化し、源泉本来の効能を発揮できない単なる公衆浴場となっていることが多くあります。それに伴うように、鍼灸マッサージ治療より、癒し優先のサービスを提供する施設が増えている現状を紹介しました。
第3部ではシンポジウムが行われ、山田観光地部長を座長に松田教授、笹川隆人 全鍼師会事業局長、浜田郁夫 北海道鍼灸マッサージ師会会長をパネリストに温泉と鍼灸マッサージの効果的な利用法について話し合われました。
松田教授はあくまで源泉かけ流しにこだわりつつも、「日常的な対応として家庭湯の入浴方法などを改善して、今よりワンランク上の予防法を意識すること」、また「国の膨大な医療費を抑制するには温泉と鍼灸マッサージを有効活用するべきであること」などを指摘しました。
笹川局長は温泉と鍼灸マッサージの相性の良さについて解説。この講演会を機に、改めて、温泉と鍼灸マッサージ治療についての正確な情報を提供できる体制を整えることが急務であると語りました。
最後に浜田会長は、鍼灸マッサージの北海道の現状や、組織としての取り組みなどを紹介しました。
第3部の後半は一般参加者を交えた質疑応答があり、「鍼の衛生面について~毎回使い捨てなのかどうか」「なぜ治療院の看板には効果効能、料金などが書いていないのか」「どうしたら良い治療院を探すことができるか」など、素朴な質問が相次ぎました。
今回の講演会で、温泉とはり、きゅう、マッサージに関する現状や課題が具体的に見えてきました。今後の課題としては、「温泉と鍼灸マッサージを効率よく利用するための正しい知識の普及」と、「治療を意識した湯治場の整備」が重要であると考えられ、引き続き取り組んでいきたいと思います。
事業局長 笹川隆人
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