「 鍼灸(しんきゅう)ニュースレター No.15 」をリリース – 在宅ケアと鍼灸〈4〉

鍼灸Newsletter しんきゅうニュースレター  No.15 2014年6月発行

【ルポ】在宅ケアと鍼灸〈4〉

認知症の方たちの共同生活の中で、“刺さない鍼”が笑顔の数を増やしている。
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グループホームあいむにお住まいのA子さんとS夫さんお二人とも認知症とされているがよく笑い、よく話す。子どもの頃の話題になるとさらに生き生きとする。お二人とも健康が自慢でホームの仕事もよく手伝いをするという

 認知症の人たちの共同生活の場である大阪市住吉区の「株式会社アライヴ グループホームあいむ」では、8年前から鍼灸の往療(出張治療)が行われてきました。肌に鍼を直接刺さない小児用の「擦過鍼(さっかしん)が用いられ、入居されている方々の認知症から起こる周辺症状へのアプローチと健康管理に8年間貢献してきました。その実績をルポします。

 8年間延べ6000人を治療

8年の間、毎週水曜日午後0時45分、昼食を終えると吉村春生鍼灸師は愛用の自転車に乗り、大阪国際女子マラソンの舞台として知られる長居運動場の脇を走り抜け10分ほどで目的地の「グループホームあいむ」に到着します。
この日、アノラックスーツを着込み、まだ冷たい北風に背中を押されながら、吉村鍼灸師が「こんにちは」と声を掛け1階の食堂に入ると、入居者の皆さんは大きなダイニングテーブルを囲んで団欒を楽しんでいるところでした。控え室では1人の入居者が、温かいお茶を淹れて「いらっしゃいませ」と笑顔で迎えてくれます。
グループホームは認知症の患者さん同士が共同生活をする介護施設です。ここ「グループホームあいむ」は2004年10月1日に開設。入居の定員は27人で、現在の入居者の平均年齢は84歳、69歳から90歳過ぎまでの方が暮らしています。要介護度は1から4までとかなり個人差があり、平均は2.2です。
吉村鍼灸師はこの施設で過去8年間にわたって延べ6000人以上の患者さんたちに鍼灸治療を行ってきました。認知症の方たちはうつ状態にあることが多く、腰痛や肩こりなどの身体症状も深刻な問題になっています。

高齢者にうってつけの擦過鍼

ホームでの鍼灸治療は、各階に設けられた日当たりのよい和室(8畳)で、1人ずつ順番に行われます。吉村鍼灸師の治療内容は、ちょっと意外に思えるかも。一般的な鍼灸になじみのある人は、着ているものを脱いで仰向けやうつ伏せになった患者さんのお腹や背中に鍼を刺入してくというようなシーンを思い出すことでしょう。image006
しかし吉村鍼灸師が活用するのは、ギターのピック位の大きさの型をした長さ3センチほどの擦過鍼というものです。これを使って文字通り「こする(擦過)」ようにして治療を進めます。

吉村鍼灸師手作りの擦過鍼

 
 吉村鍼灸師が話します。
「最初は『鍼は痛そうやからいやや』と、抵抗感を持つ方が多く、なんとか皆さんが受け入れてくれるうまい方法がないかと考えました。そこで『刺さない鍼ならいいかもしれない』と発想の転換をしてみたのです。『刺さない』という安心感があるので、鍼をしたことのない人でもその刺激に対して敏感に反応すると考えられるわけです。擦過鍼はそんなに強い刺激でなくても脳の活性化をもたらすのではないかと考えました(*参照)」



 

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眉の縁を擦過すると表情がイキイキと

実際にホームで擦過鍼を使ってみると、それまで鍼治療を受けたことがない方にも、「気持ちええわ」「身体が楽になる」「またしてほしい」という反応が見られました。
 「もちろん刺す鍼のほうが効果的と判断すれば、そちらを使うケースもありますが、この8年間の経過をみても一般的に高齢の方々には擦過鍼が向いていると思っています」
 ここでの擦過鍼治療は多くの場合、患者さんが椅子に腰をかけ、吉村鍼灸師がその横側から入居者の背中や手、足、あるいは眉の縁といった部位を経絡の流れを促進するために、シャッ、シャッ、シャッとリズミカルな音をたて治療を施していきます。すると治療が進むにつれて皆心地良さそうな表情を浮かべていきます。「やってもろうとるうちに、なんか身体がポカポカしてくるんですわ。あとでよう眠れるんです。前は膝が痛かったんやけど、おかげさんでだいぶようなってきました」82歳で入居して3年目のA子さんが、治療の終わったあとうれしそうに語ってくれました。

 認知症周辺症状の緩和にも有用

「どうもありがとうございました」
 この日の最後に治療を受けた女性が、満足そうな微笑みを浮かべながら部屋から出てこられました。顔を見ると、治療前とは打って変わってほんのり赤みが差していて、血流がよくなったことがうかがえます。約3時間、吉村鍼灸師はほとんど休みを取ることなく、あわせて23人の方に擦過鍼を中心にした鍼治療を行ったのでした。
吉村鍼灸師は鍼治療の意義を力強く話します。
「擦過鍼をする前とした後で、患者さんが随分変わっているのに気づくことがあります。これを毎週積み重ねていくことで、認知症の周辺症状をかなり緩和することができていると考えています。それだけでなく、擦過鍼や鍼灸はストレスを和らげる効果もあり、患者さんの気持ちを穏やかにする上でも、とてもいい作用をもたらしていると思います」
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足腕、頭顔、背中とリズミカルな音を立てながら治療が進んでいく

「グループホームあいむ」を経営する奥田寛社長は、当初、患者さんのADL(日常生活動作)改善を主な目的として、鍼灸治療の導入を考えました。しかし、8年間を経過した現在、予想していなかった効果を実感されているそうです。
「患者さんたちの表情を見ていただければ分かります。治療が終わったあとは、ほとんどの方が笑顔になるからです。笑顔はけっして強制できるものではなく、その背景には幸福や喜びがあります。吉村鍼灸師は患者さんへの接し方も柔らかいし、一人ひとりに応じたケアをしていただいています。だから皆さん毎週水曜日の午後を心待ちにしているのです」
ホームのモットーは、「 認知症の方でも、自分が生きていることを実感しながら、能動的にその人らしい生活を」ということ。このモットーを支える上で、鍼灸はかなり重要な役割を担っているようです。

★吉村春生鍼灸師の話
私は2代目の鍼灸師ですが、擦過鍼は父の代から用いていたので、その効果もよく知っていました。在宅鍼灸(往療)では慢性閉塞性肺疾患(COPD)から肺がんを発症した患者の呼吸苦の緩和に擦過鍼を用いるなど様々な経験をしてきました。グループホームは認知症の方々の共同生活の場ですから、いわば在宅鍼灸の延長上にあるものです。このホームでの介護予防において、擦過鍼を絶対に活かしたいし、そこに鍼灸師として関わることがきる道があると考えてきました。地域包括ケアの中でケアする側もされる側も笑顔が出てくる手段として、擦過鍼を使用した在宅鍼灸がもっともっと利用される必要があると思っています。

*擦過鍼による皮膚刺激効果
 基礎医学的研究から、皮膚への刺激方法は鍼を刺すだけでなく擦過でも自律神経や鎮痛機構に影響を与えることが分かってきました。これらのことから、擦過鍼は認知症の周辺症状を改善可能な方法のひとつと考えられ、在宅医療学会などでも臨床発表が行われています。

ダウンロードはこちら → newsletter_no15

2件のコメント

  • 松本英樹

    大阪の鍼灸師の松本英樹と申します。お尋ねします、吉村先生の擦過鍼のワークショップなどは開催されないのでしょうか?

  • webmaster

    松本英樹様、お問い合わせいただきありがとうございます。

    大阪府鍼灸師会ではこのような事業を実施しており、来年も開催予定です。

    http://www.osaka-hari9.jp/study/detail_n00010.html

    また、大阪府鍼灸師会の各地域でそれぞれ研修会を実施していますので、大阪府鍼灸師会 事務局へお問い合わせください。

    http://www.osaka-hari9.jp/contact/index.html