「 鍼灸(しんきゅう)ニュースレターNo.13 」をリリース – 在宅ケアと鍼灸〈2〉

鍼灸Newsletter しんきゅうニュースレター  No.13 2013年9月発行

【ルポ】在宅ケアと鍼灸〈2〉

 ━━新しいことは覚えられないと告げられながら

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「ここまで回復するとは!」という驚きと笑顔を鍼灸師と共有しています。境百代さん(左)と鍼灸師の福岡豊永さん

 神奈川県逗子市在住の境百代さん(66)は、平成19年の10月、脳動脈瘤破裂のため、くも膜下出血を発症し同日クリッピング術を行いましたがその翌月になってクリップの隙間から再出血を起こすという事態になり、再度のクリッピング術を行いました。その後に重度左片麻痺と高次脳機能障害という後遺症を負うこととなりました。担当の医師からは「回復は難しい」と告げられたのです。ところが、発症から6年を経た現在、鍼灸とマッサージ、運動療法を取り入れ前向きに取り組み、ご自身も驚くほどの機能回復ぶりを見せています。

医師は「もう自力歩行は無理」と

「頭が痛くて動けないの…」

 電話の向こうから百代さんの悲痛な声が聞こえました。つい先ほどまで一緒にいた妻に、なにか大変なことが起きたとご主人は察したのです。

「どうしたんだ?どこにいるんだ?」

場所を聞いて、夢中で自転車を走らせます。百代さんが路上で頭をかかえてうずくまっていました。

「頭が痛い。割れてしまいそう」

 ただならない様子を見て、ご主人はすぐに携帯電話で救急車を呼びます。10分ほどで駆けつけてきた救急隊員は、百代さんの様子を見ただけですぐに、「これはくも膜下出血のようですね」と口にしました。

 緊急手術は動脈瘤の再出血を防ぐための「クリッピング術」が行われました。ところがそのクリップが1ヵ月も経たない内に外れるというアクシデントが起き、再出血を起こしてしまいます。手術は3回にわたって行われ、壊死していた前脳の切除も行われました。

 集中治療室にいる百代さんは、声をかけても反応がありません。身体じゅう管を繋がれている姿を見てご主人は「これは命が危ないかも」と思ったと言います。

 1ヵ月してようやく意識は回復したものの、左半身は完全に麻痺していました。 ベッドの上で介助を受けながら上半身を起こすのがやっとという状態です。院内でリハビリも始まりましたが、取り組む意欲はまったくわいてきません。3ヵ月が経過して退院が間近になった時、ご主人は主治医からこう告げられました。

「ご主人、奥様はもう自力で歩くことはできないでしょう。ずっと車椅子での生活になります。それから前脳を切除していますので、これからは新しいことを覚えることもできず、幼稚園児くらいの判断力しか持てません。高次脳機能障害という状態です」

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脈診をしながら百代さんの状態を把握する

思うように回復せずにイライラ

 自宅での療養を始めることになった百代さんは、もちろん寝たきりで身のまわりのことは一切できない状態です。ご主人はそれまでの仕事を長男に任せ、家で百代さんの介護に専念することに決めました。そんな中で、百代さんのケアプランに取り組むケアマネジャーからリハビリのために週4回の通所のデイサービスのほか、「鍼灸療法を受けてはどうでしょうか?」と提案されました。

「私はそれまで鍼灸を受けたことがなく、痛いんじゃないか、と怖かったんです。だから、最初はマッサージだけお願いすることにしました」と百代さん。

 福岡豊永鍼灸師が週3回の訪問サービス(往療)を開始します。初めて訪れた時の記録に「倦怠感、頭重・頭痛、不安感、イライラ、眩暈、多夢、過食、夜間頻尿、浮腫、腰痛、体幹の弱さ、右肩痛、筋力低下、左下肢は氷水が流れるような感じがする」などの諸症状が記入されています。

 最初のうち、百代さんは思うように回復が進まないことと、再発の不安からイライラすることも多く、ご主人と口げんかすることも多かったようです。食欲ばかりが亢進して体重が20キロ近く増えた時期もありました。デイサービスでのリハビリも、最初の頃は指導員から「いやいや来ているのがわかる」と言われるほど消極的でした。

「ほら、左足が動くわよ」

 発症後1年を経過した頃から、百代さんは腰痛に対して鍼灸も取り入れた治療を受けるようになりました。最初は敬遠していた鍼ですが、むしろ「鍼は刺激があるからこそ効くのだ」ということが実感できたのです。少しずつ鍼の利用を広げていくと1ヵ月くらいの間に腰痛だけでなく浮腫も夜間頻尿も軽減していきました。さらにその翌年、百代さん自身が驚くことが起こります。麻痺していた足が動くようになったのです。

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膝の裏側にある委中というツボに刺鍼する

「私、人をびっくりさせるのが好きだから、デイサービスの指導員に、『私の麻痺している足はどっちでしょう?』って聞いたの。相手が『左』と答えたから、『ほら動くわよ』って左足を持ち上げてみせたのよ。『エエーッ?』って目を丸くしていたわ」

 鍼灸治療に積極的になるにつれ、起立訓練もできるようになってきて、最初は4点杖で歩けるようになり、発症から3年目にはついに1点杖でも歩けるようになっていきます。

しかし、5年目に顔面神経麻痺を発症するという出来事がありました。近くの医師に「ベル麻痺」と診断されます。「女なのでとても辛かったわ。顔に鍼を刺すのってちょっとは怖かったけれど、治療してもらうと3ヵ月で麻痺がとれ元の顔に戻ったの」({福岡豊永鍼灸師の話}参照)

「進化」を全ての目標に

image007 発症6年目の1年間に百代さんの状態に大きな改善が見られました。左上肢の肩関節内転(腕が背骨に対して近づく動き)肘関節屈曲可能となり、左上肢は緊張と弛緩のコントロールが出来つつある状態になりました。とりわけ歩行能力が大きく向上し、杖をつきながらも毎日3000〜5000㍍相当の距離を家の中で歩きまわっています。 (左写真は百代さんの気持ちを込めた書き初め)

「主人が心配して、1人で外には出してくれないので、居間と寝室を往復しているんです。何往復したか分かるように、1回通るたびに音楽のCDを1枚ずつ積み重ねて計算しながら歩いています。それとトイレの介助もいらなくなり1人で行けるようになりました。これがすごくうれしいんです」

 百代さんは以前、医師から「新しいことが覚えられない」と言われたのに、デイサービスで生まれて初めてオセロゲームを教えてもらうと「そしたらできるようになったの、新しいことが覚えられたんです。今はデイサービスの女性の中で一番オセロが強くなったのよ」

「お医者さんは『これ以上進行しないように、機能の維持が大事だ』とおっしゃっていましたが、私は鍼灸治療を取り入れることで、もう動かないはずの足が動き、手が上げられるようになってきました。毎日一生懸命歩いて筋力もつけて、もっと健康でいたいですね」 習字も習い、自分の言葉を書きたいと思って、お正月に『進化』という文字を書いた。「これが私の病気に対するこれからも持ち続ける気持ちです」 今、百代さんは目覚めてすぐに、モーニングコーヒーを自分で入れて飲みたいのが望みです。しかしご主人に一人で行うのは危ないと止められています。
「本当は、もうできるんですけどね。一つくらい言うことを聞いてあげないとね」とご主人を見る。

【福岡豊永鍼灸師の話】
 6年間にわたる境百代さんへの鍼治療は、機能向上を目指して初診から3年までは「印堂、上星、百会、内関、三陰交、委中、太衝、合谷」へのツボ刺鍼。4年目に発症した顔面神経麻痺に対しては「四白、迎香、地倉、合谷」のツボへ刺鍼。顔面神麻痺治癒後は患側の「委中、三陰交、内関、尺沢、合谷」のツボに刺鍼。6年目に入り巨刺法 (患側ではなく、左右反対の健側の対称点を治療する方法)を用い、健則の「足三里、三陰交、合谷」のツボに置鍼をしながら、患側のマッサージおよび関節可動域運動を行っています。
 境さんは、鍼灸治療を始める前の状態をよく認識されているので、ご自身がどのように改善しているかをとてもよく分かっています。それが次の治療に対するモチベーションにつながり、境さんの言うところのどんどん「進化」されているわけです。随伴症状や不定愁訴にもできるだけきめ細かく対応し、安心感を持っていただくようにしています。また家庭でのキーパーソンであるご主人や家政婦さんの介護疲れの有無にも気を配り、疲れがあれば鍼灸やマッサージを施術してフォローを心掛けています。

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